すべての高評価レビュー
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ネタバレ 購入済み
ミリアーナ王女、王族としての矜持もしっかり持ち合わせてるけれど、まわりに気づかいもできるし、なかなかの強気と行動力をお持ちで。
ガンガンに物語を動かしてくれそうで、期待。
そしてあいも変わらずの、ライナス君とフローラ嬢との気持ちのすれ違いに、王太子殿下と一緒にハラハラするしかない。
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匿名
ネタバレ 購入済みやっちまった
拷問は生かさず〇さず……だが、回復魔法があるなら、それも楽だし、相手は何かに目覚める。
鞭って、そう言うアレっちゃアレだしな。
そして、どっかの姫様みたいにお預けされて屈するな……
お仕置きと言う名のご褒美言うなww -
Posted by ブクログ
本書のような「血の通った哲学書」は珍しい。
「哲学を、お勉強すること」と、「哲学をすること」は、まったく違う。
本書は、「哲学をすること」のおもしろさ、恐ろしさ、そして尊さを、読者に感じさせる良書である。
まさに、題名どおり「哲学の始め方」の本である。
本書は、著者が懐疑論におちいって、実生活がままならなくなった学生時代を振り返りながら、同じ困難を抱えているかもしれない若者たちに向けて書いてある。
望むと望まざるとに関わらず、懐疑論の哲学者になってしまった若者の「相談する相手もいない、哲学的な悩み」に、先輩哲学者としてのアドバイスを送っているのである。
これには、胸を打たれる。
これこそが、まさに本当の哲学入門書なのかもしれない。
わたしは、大量の傍線を引きながら読み、白紙ページのすべてに、著者の主張から派生した着想や、著者の論への反論を書き込んだ。
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懐疑論に、心からどっぷりはまってしまって苦悩した著者の「哲学的な才能」に、わたしは嫉妬してしまうところもあった。
しかし、自己をよく見つめると、たぶん、わたしは、「日常の実感主義」の哲学をしているのだと思った。
「あれも、これも疑える」という方向に思索が進むタイプではなく、「わたしの実存の日常的な実感に即して、世界を分析してみよう」という方向に思索が進むタイプなのだと思った。
とはいえ、著者の懐疑主義の哲学の誠実さと、それによる苦悩には、敬服するほかない。
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山口尚の著作を読むのは、2冊目であるが、この哲学者は、本当に、読者に伝わるように、丁寧にわかりやすく書く人である。
「本節の残りの箇所では〜」
「おさえておくべきは〜」
「ポイントを予告すると〜」
「ーー急いで注意するがーー」
このような、記述を多用することで、読者が迷子にならないようにアテンドしている。
意味のまとまりには、≪≫をつけて、読みやすくしている。
これほど、読者に伝わるように丁寧に書く人も、なかなかいないのではないか。
この文体は、参考にしてみても良いかもしれない。
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本書で取り上げられている6つの懐疑論は、哲学に触れている者にとっては、目新しさがある議題ではない。
むしろ、超定番の議題である。
その、おなじみの議題に対し、著者は、自身の思索のはじまりから、結論まで、その道行きをきちんと段階を示しながら書いている。
哲学者の思索のアプローチを知り、そこから学ぶことができるのだ。
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そして、本書の中核となる「超越論的会話主義」は、著者自身が自負するとおり、なかなかに、おもしろいものである。
わたしは、ウィトゲンシュタインの言語ゲームの概念を下敷きにすんなり理解し、多くの主張を受け入れることができた。
しかし、反論したい点も多々ある。
「他者との会話としての言葉」が、意味の崩壊を防いで、理性を保たせてくれる。
だから「他者との会話としての言葉」を保つことが、懐疑論の狂気に堕ちないために、肝要なのだ。
全体を通底して語られてきたテーマが、結末において、このようにまとめられている。
これは充分にわかるし、共感もできる。
しかし、いっぽうで、このようなまとめは、頭脳明晰で言語偏重な、著者のような秀才に特有のものではないかと思う。
言語レベルの「意識できる意識」の部分ばかりにフォーカスして、それこそが自分の実存であると思い込んでいるのではないだろうか。
「意識できる意識」の言語を駆使することによって、世界の謎が解けると思い込んでいるのだ。
それでいつも、生活実感ではない方向に言語が滑っていって、懐疑論におちいって、苦しんでいるのだ。
自己の心の動きを、きちんと見つめてみれば、思索中に、アイディアが言葉として生まれてくる瞬間に、なんの論理性も因果性もないことは、明白である。
理屈もないままに、突然、無意識から浮かんできて、「意識できる意識」のレベルでは、言葉という形を取っているだけである。
この無意識の側のほうを、自己の本体だと考えればよいのである。
自己の心をよく見つめてみれば、実際にそうなのだから。
たぶん、この指摘は、著者もわかっていることなのだろう。
本書で引用されている、中島敦『文字禍』において、「人間は言語によって、強さと健やかさを喪失した」とされている。
これこそ、まさに、著者が懐疑論の悪夢におちいった理由なのではないのか。
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わたしの哲学的な興味の本丸は、自由意志である。
これについて考えているうちに、自分の心を見つめる癖がついた。
そうすると、言語化可能なものなど、わずかな表層に過ぎないということが、わかってきた。
わたしは、本書を本屋で手に取って、パラパラとページをめくり、それぞれ数行読んで、「わぁ、おもしろそう」と思った。
その時に、本書に、あるイメージを抱いていた。
家に帰って、読んでいる途中、そのイメージとは、離れた内容なのだと気づいた。
離れているが、それはそれで「おもしろいなぁ」と、本屋とは違うイメージを形成しながら読み進めた。
そして、「おもしろかったなぁ」と、読み終わってしまったことの寂しさを少し抱えながら、本を閉じて表紙をボンヤリながめると、本屋で手に取った時とは、まったく違う、本書に対する「何か」が心にあらわれていることに気づいた。
その「何か」には、名詞がない。
そのことに、驚かされる。
ここまで、仮に用いた、イメージという名詞では陳腐すぎる。
むりやり言葉にすれば、「匂い」とかになるのだろうが、まったく的を射ていない。
形がないことが、似ているだけだからだ。
わたしの心にあらわれるのは、本に言葉で書いてあることや、それへの感想だけではない。
表紙の色や、紙の触り心地などまで加えた「何か」が、あらわれるのだ。
言語化できることなんて、わずかな表層に過ぎない。
その言語の力だけで、探究をすると、そこには理屈しかない。
理屈は屁理屈を生むことができ、なんでもかんでも、懐疑することができてしまう。
懐疑論とは、要するに、ただ、これだけのことなのではないか。
言語化不可能なもの、それこそが、唯一無二の自己であり、それこそが、人間の本懐ではなかろうか。
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まとめると以下である。
著者は、独語が懐疑論へ堕ちるトリガーだとし、会話がセーフティーネットだとしている。
どちらにせよ、言葉に着目し、重心を置いている。
それに対し、わたしは、言語化できない部分こそが、実存であり、人間の本懐なのではないかと言いたい。
そのうえで、懐疑論を思索するのならば、それは、楽しいものであるはずだ。
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大学の先生が書いたものに、ど素人がツッコミを入れることができるのが、哲学の楽しくて、おもしろいところである。
科学、数学、社会学、政治学、歴史学、民俗学…などでは、到底できないことなのだ。
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匿名
ネタバレ 購入済み必死に浴衣に噛みつきつつも
気持ち良くて声が漏れそうです。友人の方は対面座位で上に乗って乳房を揺らしていますし、マイさんもケイタ君を口淫で喜ばせつつ、よがっていて、なかなか良いです❤️
3組目は熟睡中でしょうか。 -
Posted by ブクログ
デビュー作とは思えない完成度と内容の濃さ。
しかし原罪や赦しといったテーマを理解しないで読むと、ただの昼ドラのような愛憎劇と勘違いされそう。
「原罪」というテーマは重くても、テンポ良く滑らかに展開するストーリーは昼ドラのようにわかりやすく、読みやすいので、面白く読めて意味も感じるような、エンターテイメント性と問題提起のバランスが絶妙だと思います。
若者特有の、社会に対する欺瞞や矛盾を許さない目線と、宗教者の俗世に対する目線が合わさったような、潔癖とも言える目線が、非常に鋭く表現されていて、それが断罪と赦しのテーマに繋がっている感じがお見事。
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Posted by ブクログ
デビュー作とは思えない完成度と内容の濃さ。
しかし原罪や赦しといったテーマを理解しないで読むと、ただの昼ドラのような愛憎劇と勘違いされそう。
「原罪」というテーマは重くても、テンポ良く滑らかに展開するストーリーは昼ドラのようにわかりやすく、読みやすいので、面白く読めて意味も感じるような、エンターテイメント性と問題提起のバランスが絶妙だと思います。
若者特有の、社会に対する欺瞞や矛盾を許さない目線と、宗教者の俗世に対する目線が合わさったような、潔癖とも言える目線が、非常に鋭く表現されていて、それが断罪と赦しのテーマに繋がっている感じがお見事。
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ネタバレ 無料版購入済み
いや〜イイですね〜
宮永さんのデレが早く見たいです!
晃太の匂いが分からない以外のαの特性って何なんだろう?
お互いの匂いにしか反応しないなんてもう運命の番一直線ですね! -
Posted by ブクログ
ネタバレいやー面白かった。笑いと共感と学びと感動と。綿矢りさ恐るべし。
夫で語り手の俊貴は温厚で比較的鷹揚な性格。そんな彼でも由依の変貌ぶりに混乱や不満が芽生えるのは当然のことではある。男性である私は基本的に彼に共感しながら読み続けた。
しかしふと気づく。女性作家が夫の一人称で男性が共感できるように書いたものに、私はまんまと共感していたのだ。どうして男性の気持ちを完全に把握した上で書けるのか。しかもこんなぶっ飛んだ話で。もうこの時点で私は綿矢りささんの手のひらで転がされていたのだ。
読んでいる側ですら困惑するしかない由依の変貌ぶり。しかしその理由を知ると途端に応援したくなってしまった。
「強い自分になりたい」
これ以上ないくらい端的な理由だけれど、由依は新しい命を体内で育みながら自分自身も生まれ変わろうとした。言動のインパクトが強すぎるので目立たないが、子を宿しながら母もまた生まれ変わる。何かとても崇高な光景だと思った。
妊娠した人が妊娠出産に関する諸問題について語ることにより、妊娠を望みながら叶わずにいる人たちの反感を買ってしまうという現象。私は世の中にこんな事があるなど考えたことすらなかった。作者は由依をその現象に巻き込ませ、反感を持った人の為に由依に反省の涙を流させた。これは「どちらも間違ってないよ」という双方に対するメッセージであると捉えた。
対立するのではなくてお互いの手を取り合うことができないか。私は素直にそう思うのだが、男性として安易に語って良いことなのかという躊躇もある。これに関しての私の答えはまだ出ない。
この手の作品はきっとハッピーエンドで終わるだろうと思いながら読んでいた。そして実際ハッピーエンドだった。しかし、思っていたものとは違った。
私はなんだかんだで最後は由依は妊娠前のような姿に戻るのだろうと思っていた。ところが由依、変わらないでやんの。おまけに俊貴がそのまんまの由依を丸ごと愛している。
これについて私は心の底から猛省した。最近女性作家の作品ばかり読んでいる自分に酔っているだけで全く何にも分かってなかった。結局私は男性目線でのハッピーエンドしか想像できていなかった。由依は自分がなりたい自分になって、しっかり自分の足で立っているではないか。これ以上のハッピーエンドがどこにあるのか。思いもよらず良い学びの機会となった。今作に出会えて良かった。
『深夜のスパチュラ』は難しいことを考えずにただただ楽しく読みました。スパチュラをGoogle検索しなくてよかった。
次に読むときはPerfume『チョコレイト・ディスコ』でも流しながらかな。 -
ネタバレ 購入済み
結局最後はどうなるの!?ってなるんだけど、終始ほのぼの微笑ましくて可愛くて面白かった。デートの場所が沼ってwwww
色々詰め込まれてる割に忘れられる事もなく、ってのも良かったわか -
ネタバレ 購入済み
えっ?続くの⁈
シストとジーナは邪竜に勝利し、王妃を無事救出。なんやかんやとバタバタしながらも婚約も成立!そして現在のフィンセントの様子も描かれて…これで大団円で完結!
かと思ったら、まだ続くのかーい⁈
出てくるお料理は美味しそうだけどね☆
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