吉川トリコのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
あらすじを読んで謎解きものかと思ったが違った。やっぱり吉川トリコが描くのは、女たちの心の深淵だ。
高校時代の仲良し5人組。
「銀チョコラバーズ」とチーム名をつけて、くっつき合って笑い合って「5人揃えば最高で最強」だと信じていた。きっと誰もが経験したことがある、輝きに満ちた怖いもの知らずの日々。
卒業から2年後、仲間の一人がバラバラ死体で発見され、彼女の死にそれぞれが罪の意識を抱えながら16年の月日を経て、4人は再会する。
「本当に知りたいことのほとんどを私たちは卒業してから学ぶことになる。多くの場合、その学習には痛みを伴う。時には大きな喪失が要らないおまけのようについてくる。」p156
「どこからが自分でどこからが相手なのかもわからなくなるぐらい同じ温度でひとかたまりになっていたあの春は、もう二度と戻らないのだ」p197
それぞれの道に進む中で、もはや彼女たちは(私たちは)あの時の少女のままではいられない。
けれど、自分が「あの春」からどれくらい遠くまで行けたか、あるいは未だ辿り着けないでいるのか、比較し意識し続けるのは、常に「あの春」を共に過ごした友人たちの存在だ。
「私ね、思うんだけど、友だちって密に連絡をとりあって、ずっとそばにいればいいってもんでもないんじゃないかな。若い時はさびしさに負けてわからなかったけど、いまならわかる。どっかで無事に生きててくれるだけでいいなって。」p290
相手を傷つけ、自分も傷つくような、未熟で剥き出しの人間関係の中で出会ったからこそ、かけがえのない存在。
過去を振り返る作業は、痛みと後悔と身勝手な自己欺瞞とに満ちて、全編通して息苦しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレマリーアントワネットを身近に感じる日記。
ほんとうにこんなことを思っていたのかしら?
なんて。少し興味をもったりして。
マリーアントワネットだからって
幸せだったとは限らないんだなって。
どんな有名な人でも、歴史に残る人でも、
それぞれに壁はあるし悩みもあるし、
辛いことを乗り越えているんだなって思った。
マリーアントワネットが残す、男尊女卑、というか。
そういう概念を当たり前と思って受け入れていたけど
思えばなんじゃそりゃ!気持ち悪い!って思う。
そこまで深く、物事を考えてなかったんだなって。
その視点がすごいな〜って思った。
ルイ15世が御逝去されて、さて2人はどうしたのか、
すこーし続きが気になる。 -
Posted by ブクログ
やりての妻と別居するため、田舎の写真館に父とともに引っ越した小学三年生のミドリ。そこには、髪を伸ばし、派手な服装でオネエ言葉を使う源三がいた。父と源三はいつも楽しそうにふざけあっているが、ピアノもなく地元の同級生の意地は悪く…。
ミドリ、広(父)、花世、源三、貴美子(母)のそれぞれの視点から、離婚しかけの家庭、同性愛に子供を受け入れる家庭、学校などを描くアンソロジー型の小説である。
「ミはミドリのミ」という、他愛のない話からスタートし、離婚の話、花世の話など、どんどん重いテーマになっていくが、それらを源三が「めんどくせーな」の一言で突っぱねていく。そこが本作の醍醐味であろう。
ただ、いかんせん、取材したウェイトもあるだろうが、源三のゲイの話を軸に重点を置きすぎたきらいが有り、そうかんたんにいじめられたりするもんかねえと思うのは、2021年だからかもしれない。
そういうこともあって、キーとなるミドリの父と母に対する葛藤、花世の難しさという、子供世代の登場人物について、悩み自体は描かれているものの、周りの情景がさほど見えず、キャラクター自身の魅力が引き出しきれていない。
終盤には、源三の過去やゲイの難しさ、おそらくそこが作者が一番書きたかったことだと思う、のあたりが、書きたい気持ちが先走って、読みにくいしどうしたいのかがよくわからない文章になっていたのは残念。もっとシンプルに「ミドリと暮らしたい」って方向で良かったと思う。ここが☆一つ減点ポイント。それ以外は☆4。
あとまあ、「日曜日はヴィレッジヴァンガードで」うん、これ書きたかったんだろうね。内容はいきいきして、他の作品よりも出来が良いけど、タイトルも含めて本の中で浮いてるわ。物を書くようになってから、こういう文章書きたいもの。わかる、わかるんだけど、タイトルもうちょっと薄めてほしかったな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「フランス王妃マリー・アントワネット」に隠された心。
ルイ15世が崩御し、とうとうフランス王妃となったマリー・アントワネット。自分の思うままに、寂しさや不安を押し込めながら、愛するものを愛し続けたアントワネットがどうなったか。
本人の日記というスタイルで、本人の視点から様々な事件が描かれているので、アントワネットの持ち上げられたら乗っちゃう危うさや、愛を得るための過剰なまでのサービス精神、隠された不安、マリア・テレジアの娘らしい不屈の精神などが、ところどころに現れている。
Aで表されるフェルゼンとの愛、そして固い絆。木訥で控えめ、偏屈でとても「ヴェルサイユ人」らしくない夫・ルイ16世への愛と尊敬。ふたつが矛盾しない形で描かれるのは、最近のアントワネット界隈ではそれほど珍しくもないのでは。ここではフェルゼンへの思いを恋、ルイ16世への思いをアイドルのような対象から同志愛のように描いている。特にルイ16世を「自担」と呼び、認知やファンサをくれる存在と見ていた頃から、最後の方ではともに生きる存在「だぁ(ダーリンの意味)」に記述が変わっているのは、なるほどと思った。
オーストリアからフランスはヴェルサイユに行ったアントワネットが直面する王宮のしきたりは、現代の感覚を持っている読者にとっても冗談じゃないものばかり。彼女の心の動きが、現代の女子のようであればあるほど、アントワネットはわがままな王妃ではなく、感覚が時代に早すぎたのかと思わせる。あまり自分は読まないが、現代の感覚を持った人が、常識が全然通用しない世界でツッコミを入れながら奮闘するという意味で、転生モノに近い読書体験になるのではないか。
途中で、もうこの頃には自分のものを持っていくのも許されないし書くことも許されないのでは、と思い始め、ラストで頭の中の日記と知る。細かいことを考えれば、アントワネットが生きた頃に存在しない言葉遣いで書いているのだから、この日記はまったくのフィクションである。元になった日記も、寡聞にして知らないが、多分なかったと思う。枕草子の桃尻語訳とはまた違う。現代に蘇ったアントワネットでもない。まさに、アントワネットが現代の女の子のように語ったら、このようになるのではないか、という想像を、現代に生きる著者が綴ったのである。ラストの方の展開は、当たり前だがそれこそベルばらやそのほかアントワネットが登場する創作物で見たことあると思ってしまった。そう、これほど共感できるアントワネットの運命は、やはり変わらない。フランス王妃としてギロチンにかかるのだ。
だから、最後で投げ出されたような気がした。何か新しいものを得られると思っていた。新たなアントワネット像に出会ったのに、彼女は誇り高く死んでいく。それが積極的なマイナスだとは思っていない。パリピでウェイ系なアントワネットは、まるで同時代のどこかにいる一人の女の子のように、私に自分の姿を見せてくれた。アントワネットを好きにならずにはいられなかった。
マリー・アントワネットを好きな人にも、あまり好きでもなんでもない人にも、ぜひ読んでもらいたい。
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