山崎ナオコーラのレビュー一覧
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ネタバレ夫の妻への愛をものすごく感じた。妻との距離の取り方が美しいと思った。人を大切にする尊重するということはこういうことなんだろうなと感じた。
妻の母に対しても、病院に対しても誠実で気遣いする姿が印象的だった。
p.7:他人に頓着せず、自分の心にのみ興味を持ってみるか。
p.62:やはり、未来を見ることが明るさに繋がるわけではないのだ。〜。では、何を見ることが明るさに繋がるのだろう?
p.63:こちらの感受性の問題なのだろう。
p.139:どうしたらいいのだろう、妻に手を合わせるなんて、とてもできない。
p.153:人間は常に物語を求めていて、ある事柄とある事柄を繋げようとする。
p.164:遠くても、関係さえあればいい。
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Posted by ブクログ
本作は短く読みやすい一方で、捉えどころが難しい小説だと感じた。明快な起承転結や劇的な展開があるわけではなく、提示されるのは25歳OL丸山の現実と14歳中学2年丸山の事実である。
そこに明確な意図や教訓、学びを求めること自体がナンセンスであり、実際にそういったものはほとんど読み取れなかった。
14歳と25歳の丸山は、別人のようでいて本質的には変わっていない。
特に印象的だったのは、25歳になり仕事を辞め、アジアを旅したことで「世間に溶け込めるようになった」と自己評価しているにもかかわらず、依然として一人で公園でランチをとり、自ら積極的に他者と関わろうとしない点である。
世間的に「浮いている自分」に対して、気を遣わずに接してくれる三上には心を開く一方で、旅先で再会した新田に対しては自分から関係を築こうとはしない。しかし、誘われれば応じ、手紙をもらえば関係を続けたいと思う。
その姿はかつての犬山たちとの関係性と本質的に変わっていないように見える。
つまり、考え方の上では変化があったとしても、行動のレベルでは何も変わっていないのである。世間的な「正しさ」を理解することと、それに寄り添い、実際に振る舞いを変えることの間には大きな隔たりがある。本作はそのギャップを埋めたり、克服することなく、ただ提示している。
中学の頃に新田が言った「待っているだけでは何も与えられない」という言葉は、その構造を端的に表していると感じた。
本作に強く感情移入できたのは、自分自身の他者との関わり方と重なる部分が多かったからだ。
私も一人で公園でランチをとるし、学生時代にはいわゆる「量産型」を嫌い、長髪にパーマをかけるなど、周囲と距離を取るような選択をしていた。
現在ではそうした価値観は薄れ、他者をフラットに受け入れたいと思うようになった一方で、自分から関係を深めにいくことは少ない。職場でも、仲良くなりたいと思える相手に出会うことは少なく、飲み会にも積極的には参加しない。「適度な距離感を保ち、フラットに受け入れたい」と思うが、あくまで「受け入れたい」という受動的な態度を取り、その距離を自ら縮めようとはしていない。
このように、本作には強く共感できるが、だからといって今後の指針が得られるわけではない。むしろ、「自分もまた同じ構造の中にいる」と再認識させられるにとどまった。
最近になって人付き合いの悪さを自覚し、改善の必要性も感じてはいるが、結局のところ大きく変わることはないのかもしれない。であれば、無理に変わろうとするのではなく、自分が関わりたいと思える人、そして自分に関心を向けてくれる人と、心地よい距離感を保ちながら関係を続けていくのが自然なのだろう。
本作は、そうした自分の在り方を肯定も否定もせず、ただ提示してくれる作品だった。 -
Posted by ブクログ
「家事で革命を起こして経済の概念を変える。「家事をやっているなんて、すごいね」という社会にしてしまえ。金を生み出さなくとも、胸を張る」
「家事の価値を高騰させて、みんなに「家事をやりたい」と思わせたい。家事でも社会参加ができる、という考え方を推し進め、「ああ、家事がやれて良かった。家事をやることによって、遠くまで来られた」と思いたい」
「家事をしながら考え事をすることで人間は成長し、社会を作る」
上記引用のあたりが本書の主な主張だと思う。
女性の社会進出が進んで、家事の価値は下がりすぎてるなとわたしも思っていて、ナオコーラさんの主張に賛成の立場ではある。
でも読んでいて、結局ナオコーラさんも社会に参加することに価値を見出していて、家の中が家事によって楽しい場所になり、充実するということには重きを置いていないんじゃないかと思った。
「仕事だけが社会参加、仕事だけが人間的成長に繋がる、という考え方をしていたら、私は悔しさから抜け出せない」という文章もあるが、その考えから抜け出せぬまま書かれた本なんじゃないだろうか。
どんなに多様性の時代になっても、資本主義社会である限り、働いて利益を出して金がある方がいい、というのが社会のベースで、どんなに強がっても、誰もが心の奥ではそう考えてしまう。それを止めるのは難しい。どうしても外で仕事をしていない人、お金がない人は、下の立場とみなされてしまう。「金なんかよりも、もっと欲しい何かが、もっと大好きな何か」が本当にあるとしても。
そんなことを逆説的に考えさせられた。
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第33回(2023年度)Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作とのことで、東急線の電車内広告でたびたび見かけたために気になって買ったのですが、ずっと積ん読にしていて、今月ようやく読み終えました。
ちなみに、『源氏物語』は高校時代に古文の授業でいくつかの節を学んだほか、大人になってから瀬戸内寂聴訳で途中まで読みました(「藤裏葉」の途中で挫折)。
平安時代に作られた『源氏物語』には現代では受け入れ難い、現代の社会規範に反する描写がたくさんあります(ルッキズム、ロリコン、不倫など)。それでも『源氏物語』の読書を楽しむにはどう読んだらよいか、を解きほぐしているのが本書です。
語り口はやわらかで、『源氏物語』を読んで面白いと思うことも逆にもやもやすることも否定されず、とても読みやすいと思います。
平安時代の社会規範と比較して現代の社会規範も丁寧に解説されているので、道徳の教科書にもなるのではないでしょうか。
たとえば、「マザコン」の章では、光源氏が母親以外の人物に死んだ母親の影を求める姿について、「やっぱり気持ち悪い」と言いつつ、「『人間の変な見え方』の描写が、ものすごく面白い」と書かれています。
「人間の変な見え方」とは、人は目の前の個人に向き合わなければいけないにもかかわらず、人間の目にはどうしたって他人という存在が一塊に感じられる、その見え方のことです。親ではない異性に対しても「母親役」を求めてしまう「マザコン」がその典型的な例ですね。
また、「貧困問題」の章で著者は、『源氏物語』の平安時代の読者であった菅原孝標女が夕顔と浮舟に憧れた理由について、「貧乏って、うっとりする設定だから」だと想像しています。
貧乏って、うっとりする!
ここだけ切り取ったら炎上しそうですよね。笑
現代の社会規範には反していても、人間ってそういうものだよねというところをうまく描いているから、『源氏物語』は面白いのだと筆者は指摘しているのだと思います。
が、著者が舌鋒鋭く批判している読み方、許されないことは許されないのだと厳しく断じている行いもひとつあります。
「性暴力」の章です。
柏木が女三宮の意思に反して性行為を行ったことに対し、後世の読者や研究者たちの多くも、「密通」という言葉で表現し、「レイプ」や性暴力といった言葉は使ってきませんでした。そして、女三宮は「『密通』をして光源氏を裏切った」という設定にされてしまっています。
が、女三宮は性暴力の被害者です。悪いことは何もしていないのです。
「少なくとも、今後の研究の場では『密通』や『不義』という言葉は使わない方がいいのではないでしょうか? 女三宮の痛み悲しみにも寄り添って読んでいきたいです。」という筆者の指摘はもっともだとわたしも思います。
やわらかな語り口のなかで、「性暴力」については筆者の固い意志が際立っていました。 -
Posted by ブクログ
私は経済力を誇る気持ちはないし(誇れる経済力もない)、自立しているということを殊更主張したい気も、消費や納税で社会に貢献しているという悦びもそんなに感じないが、自分をブスだと評し、かわいく見せることに興味が湧かないというところは自分のことかなと思うくらい共感した。
そうなのよ、そもそも可愛くない上に、少しでも可愛くなりたいという欲すら湧かないのよね〜と。
(こんな薄い理解になって申し訳ない。豆子はもっとちゃんと言語化しています)
こんなに自分を客観視して言語化して理解しているのに、自分をぶすと評したり発言小町を見たり、きっとするべきではないと思いながらも見てしまう思ってしまうところも等身大の人間そのもの。理解してても行動に落とし込めないこともあります。
経済力があること、それを少し褒めてほしいと思うことは男性と女性で感じ取られ方は確かに違うだろうな…言われてみて初めて認識し、ハッとするくらいには私もステレオタイプな価値観に囚われていることを教えてくれた良著。
宇多田ヒカルさんが一般の方と結婚されるときに相手の経済力について記者から質問された(とても失礼)際に「経済力は私にとって最も重要でないもの」
みたいなことを答えていてカッケーー!ってなったので、豆子の気持ちもわからないではない。
でも、一般的な価値観と違う価値観を押し通すのは茨の道ですよね。この本の評価が伸び悩むのも多くの人に理解し難いせいなんだろうな。わたしもそういう考え方があるんだとこの本で知れたので視点が広がってよかったです。少しずつ理解が広がって段々多様な価値観が受け入れられるようになるんだろうな。