山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
登場人物たちが超個性的(雑に表現してしまうなら普通ではない)のに、様々な形をしたサボテンを取り上げながら綺麗に纏めている。読後感も良好。
サボテンは個体によって成長スピードも、その仕方も違うそうです。真っ直ぐに伸びたり、曲がりくねったり、他のサボテンにくっついたり…そうやって一つ一つが、唯一の形を持ったものになっていくそう。
エピローグで鳥子さんが言った多肉植物に対する「時間が顔に出るのねえ。生まれ方より育ち方なのね」という台詞、さりげないけどすごく好き。過去の全てがそれぞれの今を作っているのは人間もそうだよなぁ…それがどんな形であれ…
多様性を認める温かさはやっぱり大事にしたいなぁと、しみじみと思いました。 -
Posted by ブクログ
これはにがい 未熟で幼稚な人間をこれでもかというくらい真っ直ぐ捉えて書く
その未熟さ故に譲れない部分がコミュニティの欺瞞だったり、狡猾さだったりする
でも、それは自分も持ってる
その持ってる事も逸らさず書く
だから苦い
ナイフの様な鋭いナオコーラ節に戦慄する
田中という男子大学生を好きになった小笠原
マンドリンサークルの仲間の二人
コミュニケーション能力の低い小笠原はサークルでも浮いている
男子学生からは浮く田中
でも、田中はそのコミュニケーション能力の低さを可愛さに変えて女子の仲良くする狡い奴
恋に幼稚で魅力のない小笠原をいいように利用する田中は本当に狡い
でも、小笠原も負けてばかりじゃない
ナオコーラさん独特のフェミニズム論が愉快だった
セックスの終わりは男の射精ではない
能動的に女子が決めてもいいんだ
この辺りのかっこよさが好き
音楽をするのが目的ためのサークル活動の手段が自分をどう見せるか?社会でどう生きるかという目的にすり替わる矛盾
人間がよく陥る矛盾の書き方が上手い
明確な終わりは自分で決定できないからこそ長い終わりが人生だと言える
ナオコーラさんの感性鋭さ
平易な言葉で心を抉られる
誰もが覚えのある苦さではないでしょうか
完敗 -
Posted by ブクログ
山崎ナオコーラの小説には必ず作家自身のアバターが登場する。もちろんどんな小説にだって多かれ少なかれ作家自身が投影された登場人物は描かれると思うし、作家が登場人物に自身の言葉を語らせることはあるとは思う。ただ、山崎ナオコーラの場合、投影と呼ぶのが慎ましやか過ぎると思う程にそこに山崎ナオコーラ自身の価値観を放つ人物がいるのだ。
もちろん山崎ナオコーラの何を知っているのかと問われれば何も知らないと答えるしかない。それでも文藝でのデビュー以来、小説もエッセイも順々に読み次いで来て見えているものが、この登場人物は山崎ナオコーラだと告げる。そう思ってしまうと読んでいるのが小説だとしてもほとんどエッセイを読んでいるのと同じような読書となってしまう。そして、ああやっぱり山崎ナオコーラだなと思う。
人って誰でも自分一人が世の中から浮いていると感じつつ、強い言葉で言えば迎合して生きているものじゃないかなと思う。サラリーマンなら酔って新橋のレンガ通り辺りで管を巻く時だけ自分自身に戻れた気になるなんていうのは極々普通のこと。でもその些細な違和感を普通の生活の中では誰も気にも止めない。そんな日常を過ごしている中で山崎ナオコーラを読むと、はっとする。彼女の些細な違和感への拘泥は誰しもが見て見ぬふりをするか無意識の内に見過ごしているもの、敢えて感じないように蓋をしているものを覗き込む行為。もちろん作家の表現する言葉を全て真っ直ぐに受け止める程にナィーブでもないし、登場人物が主張していることを肯定出来るものでもない。それでも、やはり、はっとしてしまうのだ。
明日のことは気になるし、明日がくる前提で準備もして置かなくちゃならない。でも今を、いや今自分の感じていることを蔑ろには出来ない。そのジレンマは陳腐なようで実はどこまでも堕ちていく暗い穴の淵に立つ行為。あるいは、現実を、実在するものの積み重ねであると捉えるか、はたまた全ては頭の中のことだと捉えるか。自分自身と呼ぶ存在をアンカーするものは何なのか。頭の中にあるもの以外の存在に自分がどのように見えているかばかりを気にして忘れそうになる自分自身。そんなことを山崎ナオコーラは、何なの躊躇もなく描き出す。少しだけ勇気をもらう。