山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
お名前は存じてたが、著書を読むのは初めて。
ノンバイナリー、
この本で初めて知った。
「第3の性」ともいわれ、he、she、theyと表記するらしい。
主人公のように、生きづらさを抱えて日常を送らなければいけないことに、胸が痛む。
ストーリーは小学生から年老いるまでのアマネの生涯を、一気に走馬灯のように目まぐるしく綴られている。
痴漢に会うところとか、バンドを組んだり、シングルで子育てしたり、テンポが速すぎて、チョッとついていけないところも・・・。
陽ちゃんのように、自分に興味を持ってくれる友人ができたことがすべての転機になったようだ。
人との出会いによって、人生が全然違ってくる。
そこには「性」とは関係ない、人間同士のつながり。
「九相図(くそうず)」
生まれたら必ず死がやってくる。
どんなに美しい小野小町でさえ、最後は骨になる。
男だろうと女だろうと、最後は同じ骨になる。 -
Posted by ブクログ
山崎ナオコーラさんといえば、「モサ」や、「母の友」で連載されていた「線の上のママとぼく」のように、世の中には『マジョリティに合わせた社会システムの中で、自分たちがただそのままで生きるということにも辛さが伴う』人たちがいるんだよということを様々な視点から描く印象が強く、本書(2025年)では、『ノンバイナリー』の「向井アマネ」が『友情を築くために生きていく』人生が描かれております。
ノンバイナリーとは、『男か女という既存の性別区分にとらわれない、多様なジェンダーアイデンティティの一つ』だそうで、正直なところ私には理解できない部分もありながら、そう感じるのならそれでいいんじゃないのという心境であり、本書に関しても、あくまで『ノンバイナリーのアマネ』ということなのであって、ノンバイナリー皆が本書のアマネのように全く同じというわけでは無いんだという点は、決して勘違いしてはならないのだと思う。
そんな友情を求めていくアマネであったが小学校でまずは躓いてしまい、おそらく周りの子どもたちが『この子はちょっと違う』と感じたのかもしれない、アマネはクラスで孤立してしまうだけではなく、イジメと思われる苦痛も味わうことになった時、アマネに声をかけたのがタイトルの中にもある「陽ちゃん」で、彼女との友情がきっかけとなり、アマネの友情と共に歩む人生は本格的にスタートする。
アマネは女性ではないことから、『連帯という言葉に、どうしても難しさを感じてしまう』ことや、「わたしも同じ気持ちだよ」の『わたしも』と言うハードルの高さを意識してしまったりと、そうしたその人自身の気持ちを汲み取ることというのは、実はそんなに難しいことでは無いのかなと思いつつ、難しいのはアマネの友達である陽ちゃんたちが抱く『共通の社会感覚や人生の問題意識』を、アマネは共有できず彼女らの友情の狭間で苦しむことだと思ったのだが、そこはアマネがアマネであるように、陽ちゃんだって他の誰でもない、生粋の陽ちゃんそのものなのだから認める部分は認めるということを、アマネ自身も感じながら、更に人生を歩む過程でいろんな学びや気付きを得て成長していく、そうした展開は重くなりがちなテーマをどこか明るく軽やかなものにしてくれており、物語自体の読みやすさへと繋がっている、そんな皆に読んでほしいという敷居の低さがまた良いのだと思う。
『死なないでただ生きるだけ、それでどうにかなることが実は多いらしい』や、「この社会は、多数派の平均値から離れた人に対し、『障害』という言葉を使いがちだ」等、ナオコーラさんならではの言葉に励まされながら、物語はノンバイナリーとしてだけではなく、人間として心健やかに生きていくのに、こうした視点はいかがでしょう? といった世界が広がる展開へと変わっていくのだが、私が最も印象に残ったのはそこではなかった。
それは物語の中でアマネ自身、誰にも言っていないことがあって、それを『読者にも伝える気はない』と書いたナオコーラさんの意思であり、そこからは小説にはエンタテインメントの部分もある中、それでも書くつもりはないと意思表明したナオコーラさんの本気の思いが窺えることによって、ああ、個人の価値観というのはこういうことなのだという気付きを、フィクションだけではなく現実からも得ることができた凄みを実感したのだが、おそらくナオコーラさんはただ嫌だったからそう書いただけなのだろうと私は確信しており、ナオコーラさんがそうしたいのならそうすればいいですよ、という心境でした。 -
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ノンバイナリーの自認を公言している著者による源氏物語の読み方ガイド。
わかりやすい語り口で、源氏物語、めっちゃヤバいよねー!て感じで読みやすい。現代だったら性犯罪!という当時の恋愛観を断罪でも評論でもなく、面白がりながら読んでいく。今ならありえない設定だけど、心情的にはわかるし、よくないことだけど、この描写にはカタルシスがある、など、なるほどー、面白い!とすらすら読めた。
恋愛が生活と切り離せず、女性が主体的に生きることが許されなかった時代。その時代にとっての恋愛を光源氏側からではなく、その相手側からの視点に切り込んでいるのが新鮮だった。ノンバイナリー自認にも関係しているのか(いないのか)、中立な視点を大事にして、時代に左右されない人間の芯の部分の心情を読み取る、文学というものの面白さを源氏物語を通して語ってくれてる。 -
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ネタバレキラーワードいっぱい書いてあるじゃん!
「ユリの世代は、オレの世代よりも安定した時代に青春を過ごした世代なんじゃないだろうか。「甘さ」や「弱さ」が見える。
オレは人生について考えるとき、「自分の中身」や「自分の成功」というようなことより、「サバイバル」という感覚の方が強い。」
「恋してみると、形に好みなどないことがわかる。好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。」
「この人は相当の変わり者だ。でも、おそらく常識も持っていて、人に合わせることができる。しかしその能力がある分、殻が厚く、中は風変わりなものがそのままになっている。ユリがこの人を大事に思うことが分かる。」
「オレのAカップもない胸の肉をユリがえぐって持って行き、今でもどこかでオレの肉をつねっているのだ。」
題名だけじゃなく中身も面白いよ
25歳でこれ描けるのか…
25歳だからこそ描けるのかなこの説明の少なさは
説明少ないのに分かるのが本当に才能ある人って感じ
今持っていらっしゃるジェンダーについての考えはこの時は持っていたのかな? -
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ネタバレ先にエッセイを読んでいたので何が言いたいかが分かりやすい
これは小説…?小説というよりエッセイ…?
文学なのかいなこれは、と序盤では思う
この人は私ができないことうっすら分かってるけどきちんと理解していないことを理解して受け止めているのがすごいな〜
女姉妹欲しかったよ〜
無条件で仲のいい人
女友達は時として離れるけど姉妹なら離れなくていいもん
でもやりにくい面もあるだろうけどね
血のつながった姉妹こその干渉的で遠慮のないお気持ち表明を受けながら、肉親ではなかなかやる機会のない腹割った話し合いを逃げずにやり、お互いの価値観を認めること=お互いを肉親でない1人の人間として認め、適切な距離感を保ちフラットな友達としての関係を作ろうとしている
谷崎潤一郎とか小津安二郎とかを読んで分析できるのすごいな…
私もこのくらいの頭の良さで読書したいわーい
うんこれはなかなか面白いですよ
ああもう面白い
過程全部面白い
初めて読む感覚の作品だ
エッセイと物語の違いってなんだろう…と思った
エッセイでなくあえて物語にする意味とは…?
なんでみんな物語が書きたいって思うんだろう
何か伝えたいことがあるのか、それはエッセイではだめなのか、ただストーリーが思い浮かぶのか、その結末は何かを伝えたいのかストーリーを終えたいのか…というもう訳分からない考え
「機械ができないことをやるのが人間じゃないよ。機械ができることも一所懸命にやるのが人間だよね」
「自分にしかできないことをやるのが仕事じゃない。誰にでもできることでも自分なりに面白がって社会参加するのが仕事だよ」
これからってところで終わって数十年後に飛んでしまった
しかも急にセクハラで辞めたっていうエピソード突っ込んできた
それは作中に必要か?持論では
というところでエッセイぽいなと思った
お話としてすごく面白かったしキャラに好感も持てたのでお話を書くのも上手そうだけど
上手いのか下手なのか
阿佐ヶ谷姉妹との対談とあとがきは面白かった! -
Posted by ブクログ
ネタバレ面白かった!
源氏物語とか光源氏とか紫式部とか
今まで幾度となく耳にしてきた名前だけど
ぜんっぜん興味なかったんだなーって痛感してしまった。
こんなにも面白い話なのに
学校の授業では難しすぎて、全く好きになれなかったもんなあ。
この物語が、どの程度事実を反映しているかはわからない。
だけど、女性に対する目の向け方や、接し方があまりにもひどくて
憤慨しそうでした。
兎にも角にも、全体的に
その人物を愛しているというよりも
誰かに似てる、誰かの血縁だから愛するっていう方向性で
なんだか、これを純愛と言っていいのか?な話が多かった。
男性陣は好きに恋をして、相手の気持ちなんてほとんど考えずにアプローチする。
時には、無理矢理したり騙して性行為をすることもしばしば。
なんだが、女性があまりにも軽視されていて
悲しい話でした。
他の源氏物語も読んでみたい。
もっと深く知りたい。
登場してくるヒロインの中では末摘花がすきでした。
見た目に自身がない末摘花でも、芯を持って光源氏を愛し続けていてかっこいい。
外見ってどんどん廃れていってしまうけど
性格の良さや、気丈さ、人柄、自分を持っている輝き、愛の深さって
もしかしたら歳を増すごとに増ていくのかも。
だから、歳を取ればとるほど魅力的になる女性って
本当に素敵だなあ。って感じた。 -
Posted by ブクログ
私も働きながら子育てをしている母親として、共感できることが多かった。
そしてジェンダーや世間一般の夫婦感への疑問は、自分と同じように考え、より深くまで思考していてうなった。
女性の社会進出による少子高齢化という概念に物申していて、そうそう!私が言いたかったのはこういう事!と読みながら共感した。
社会の風潮や流行りの思想などにぼんやりと考えたり問題提起をしたりするが、私の場合は考えがぐるぐるぐるぐる回って終着点のない観覧車みたいになってしまっているが、著者はしっかりと考えを着地されるので読んでいてスッキリする。
他の著書も読んでみたい。
著者のすごいところは、 -
Posted by ブクログ
医者が用意した人生ではなく、妻自身の人生をまっとうしてほしい
この言葉の本当の意味が、小説全体を通して段々とわかってきます。
医療職として終末期をみることもある者としては、この小説の医療者の見え方はかなりショックなものでした。特に、医師との噛み合わない話の場面では、医師側の気持ちも大いにわかってしまいました。トラブルを避けるために、事実ベースかつ最悪の想定を常に話しておき、それを理解してほしいという思いが先走ってしまうのです。
仕事を効率よくこなすことに躍起になり、疎かになっていた、病気ではなくそのひと自身をみるということを思い出させてくれる、苦しい読書となりました。
ネガティブなことばかり書いてしまいましたが、
「来たよ」
カーテンから覗いて、片手を挙げる。
「来たか」
笑って片手を挙げる。
このやり取りに、二人の関係が凝縮されているようで、憧れました。