山崎ナオコーラのレビュー一覧
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ネタバレ久しぶりに山崎ナオコーラさんの小説を読んだ。等身大の文体で、恐らくナオコーラさんが感じたこと、考えたことを丁寧に描写しているのが好きだ。ナオコーラさんは、世間の常識や暗黙の了解に疑問を持って、「こういう考え方があってもいいんじゃないか」と小説を通じて投げかけている気がする。
本書で言うと、
・働かなくても、胸張ってご飯を食べていい
・趣味でも社会参加できる
みたいなこと。
自分にない考え方に出会うと、反発することもあれば、癒しや救いになることもある。ナオコーラさんはいつも私に新しい道を示してくれる。私がその道を歩むわけでもないけど、人生の選択肢が増えて気が楽になる。
鞠子との生活を通じて、小太郎が少しずつ考えを変えて、人生の舵を大きく取る様子が読んでいて楽しかった。鞠子の、自由な、悪い言い方をすると緩くて世間を舐めているような考えを頭ごなしに否定しない小太郎が素敵だ。 -
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ネタバレ結婚に対するネガティブな感情(女としての役割を押し付けられる、自分の負担が増えるだけ等)を少し改めた。
お互いを社会人として尊重し合う、2人の関係はとても素敵だ。
愛する妻のために働き方を工夫しながら看病する主人公は、献身的とも言えるが多分違う。彼は好きな人と一緒にいたくて、少しでも力になりたい一心だけど、自分が属する社会、妻が属する社会両方を大事にしている。
私もそんな人生のパートナーがいたらいいなと思った。
妻の死の場面では号泣した。段々と呼吸の間隔が大きくなり、息をしなくなる描写がとてもリアルだった。
死んだ途端に向こう側の住人として、神様のように扱われることに主人公は違和感を抱いていたけど、遺族がその先の人生を生きるために必要な儀式なんだと感じた。 -
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一昨日読んだ山崎ナオコーラさんの「可愛い世の中」
なんだか私には縁のない性格や特徴、人生の渡り方をする主人公。結婚を軸に進んでいくのに全くハッピーじゃないし五本の指に入るほど好きな作家さんだけど今回は残念だった、と思ってた。けれど、さっき。ふわふわ考えていたらいきなり腑に落ちた。豆子が香水の事業を始めるパートナーとして夫とは別に彼を選んだように、結婚のお手伝いを家族に頼んでしまったように、パートナーは目的ごとに存在して、全てを相方一人に抱えさせることは間違いだったと。例えばライブハウスや読書やカレーや音楽、同じものが好きなひとなら無理させず共に隣で楽しむことができるし、ふたつの脳みそで考えごとができる!あたりまえだけど、わすれていたこと。 -
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帯を見て、反射的に
切ない感じを想像していたけど
そうじゃなかった。
がん患者と家族の心のうち、
医師をはじめ、そこに関わってくる人たちとのやりとりで感じるさまざまな思いや葛藤、
どう社会と関わっていけるのか…
登場人物に名前がないぶん、
彼らが着ている服の色や仕草を
何度も描写しているのが印象的だった。
それが、淡々と物語が進んでいくように感じた
理由の1つかも。
主人公が、
がんを患った妻の入院先へ向かうところから
物語は始まる。
がん患者が考える仕事への思いと距離感。
がん患者家族とそれ以外の人たちとの距離感。
逝ってしまった大事な人との距離感。
とても冷静に綴られているなぁ
何度も思った。
がんに対して明るいイメージを持てた、と
主人公は言う。
あたしは、正直そこまでの変化はなかったし
最期の瞬間もあたしには大事なものだった。
だけど、
抱きがちながんへの悲観的なものは
なんか違うんじゃないかって思う。
がん患者だって可能な限り、
社会と関わっていたい。
仕事だってしたい。
延命治療をしないからといって、
全てを諦めているわけじゃない。
病室のロッカー、テレビカード、
横長の白いテーブル、
仕切りのカーテン…
自分もがんで父を亡くしているから
ものすごくリアルでに感じられ、
まるで自分の記録、のような一冊だった。
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ネタバレ山﨑ナオコーラさんと白岩玄さんによる、子育て交換エッセイ。(「往復書簡的な」とも書かれている)
山﨑さんと白岩さんは同じ年にデビューしたそうで、山﨑さんは唯一の「同期」と呼んでいる。年齢は山﨑さんの方が年上だが、2人とも同じ頃に子どもを持ち、作家業をしながら子育てをすることについて、「before corona」と「under corona」の二部編成で綴られている。
私は子どもがいないので、子育てには直接関係がないのだけれど、だからこど、自分には直接的に関わらない分野だからこそ、読みたいと思って手にとった。タイトルに「コロナ」という言葉があったことで、コロナ禍の子育て事情かな?とも思った。
白岩玄さんといえば、「野ブタ。をプロデュース」でデビュー作がドラマ化され一躍有名になった方。(ドラマはちら見してたけど、当時原作には興味なく・・・)
私の記憶では、「たてがみを捨てたライオンたち」で男性が男性らしく生きていくことに苦悩する社会人男性の話を書いた人という情報しかなかった。しかも、読んでない。(読みます)
白岩さんご夫婦は共働き。3か月の育休も体験し、子育てをまるごと自分で抱えるという経験をしたのは良かったとのこと。それでも、夫婦間で日々いろいろ話し合っている様子が垣間見れ、子育てや家族構築のうえで、夫婦で共通の考え、思いが通っているように思う。夫が子育て経験をすることで、この共通認識は持ちやすいと思う。(私の知り合いも、夫さんが2か月の育休を取得したことで、子どもに関する基本的な情報共有ができるようになったといってたので)
コロナ前の話は、「ふ~ん」「へ~」と思いながら読んでだんだけど、コロナ禍で緊急事態宣言後に、都会のマンションで住んでいた白岩さん家族はかなり疲弊したという話は、なんかもう、子育て中でマンション暮らしの人は全員共感すると思う。子どもの面倒をみながら仕事なんてできない!リモートといえども、画面の後ろでは子どもの泣き声とか入るし。仕事のオンライン会議とかにも子どもが出てきても和むくらいの日本社会であってほしいように思う。(コロナ前のイギリスの記者さんが、自宅からオンラインで参加した背景で子どもたちが部屋に入ってきちゃう動画は一時拡散されたっけ)
また、コロナ禍でも出産や、マスクを嫌がる子どもを連れた外出する大変さ。こういうのは、子育て世代だけでなく、子育てしいない世代の人にも知ってほしいと思う。
ところで、山﨑ナオコーラさん。彼女の小説はいくつか読んだことがあって、ご本人も性別を公開していないことなど、「女性らしさ」とかいう社会的に求められるジェンダーにはかなりアンテナがある人と思っていたので、さらに日常考えていることが分かり、なるほど~と思うこともあり面白かった。一人目を出産されたあと「母ではなく、親になる」というエッセイを出されていたのは知ってるんだけど、まだ読んでなくて、読んでない本が多すぎてすみません。
だらだら書いているけど・・・
一番お二人のいいなあと思ったことは、子どもたちと工夫して遊んでいること。
山﨑さんは、「自然公園」にいって、目隠しをしあって、手を引っ張り木を触ってもらい、「さて、その木だったでしょう?」という遊び。自然に触れて、その観察もできるし、お金がかからない!(雨の日とか酷暑の夏はあかんけど)。室内ではぬいぐるみのかくれんぼごっご。まだ幼稚園ぐらいの子どもだからできる遊びではなるけど、楽しそう。
そう、山﨑さん家族も白岩さん家族も基本的に、インドア派で、自宅にいることが苦にならないタイプだっだので、コロナ禍もそれなりに楽しそうに過ごしていた。
それに、コロナ禍に双方とも引っ越しをされて、それで環境に変化があったことも良かったのかも。(誰でもすぐに引っ越しはできないけど)
白岩さんが子どもたちを連れて、見渡す限りの菜の花を見に行ったとき。息子さんが、「息子はどこまでも続く黄色い花畑を目を細めながら歩き、てんとう虫を見つけて手の平の上を歩かせていた」というのが、気持ちよさそうでうれしくなった。
このエッセイを読んで、白岩玄さんの考え方はかなり好きだなと思った。子どもに向きあう姿とか、子どもとしてというより、一人の人間として向きあっているから、相手が大人であったとしても、この向き合い方は初心に返らされました。
とりあえず、「たてがみを捨てたライオンたち」を読んでみたい。 -
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小市民の職場での会話や人間関係がとても愛しく、私は大好きな作品だった。
・ジューシーってなんですか?
新聞のラテ欄を作る多忙な部署の人たちの話なのだけど、仕事のつらさよりも、その合間の何気ない会話や、ちょっとした息抜きなんかが中心に書かれている。
そんな中で、ふと浮かび上がる思考がぽこぽこと間に挟まる感じ。
職場ってこういうさりげなく優しい交友関係がいいんだよな、私もこういうのが楽しくて働いてるな、と思う。
「先に続く仕事や、実りのある恋だけが、人間を成熟へと向かわせるわけではない。ストーリーからこぼれる会話が人生を作るのだ。」という文章が作中にあり、とても素敵な言葉だと思った。
普通の人の小さな営みを肯定してくれるような。
・ああ、懐かしの肌色クレヨン
主人公であるアルビノの鈴木さんの言動がとてもキュートなので、かわいいお話だなあと読み終わったものの、違和感はいろいろあったので2周目も読んでみる。
これ、もしかしたら今村夏子さん「ピクニック」と同じ構造…?
告白や精一杯の口説き文句を受け流されたり、美術館のチケットを自分の分だけ金券ショップで調達されたり、挙げ句の果てに館内では勝手にどこかに行かれちゃうの、おかしいよね…?
結局、主人公は、はっきりとはわからないくらいに、差別され、距離を置かれていたということなんだろうか。
そう考えると物語の印象が180度変わる。
とても面白い読書体験だった。 -
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なんだろう、読みながら自分が愛しくてたまらなくなった。
カサカサした心になってしまった時も、持ち前の「トライアンドエラー」精神で物事をぐるぐると考え直し、何かに気付いたり、考えがうねうね変わりながらモヤモヤしたままだったり…。
そんなナオコーラさんの日常がエッセイから透けて見える。
特に大好きだったのは、"栞が導くいろんな世界たち"。
「本離れ」を問題視して、「子どもに本を読ませなくては」と言う人がいるが、大人が読書のメリットを提示して勧めても、子どもはきっと読む気にはならない。ナオコーラ氏が本好きの理由は「現実逃避ができるから」。
それってほんとうに、真理だ。
私が今年100冊以上読破できたのも、現実がちょっとしんどかったから。でも、本に逃げられると、なぜかちょっと大丈夫になっていたりする。
現実と空想の境目が曖昧になったり、現実にいる時間が少なくなるからかもしれない。
"本は勉強のためにあるのではないよ。戻る気があれば、本を逃げ場にしてもいいんだよ。"
優しくて、救われる。
"なにか"のため、"だれか"のため、にウンザリしています。
読みながらあれこれ考えて、自分を肯定したくなって、人に会いたくなるような、そんな一冊でした。 -
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ネタバレ前作に続いて白岩玄さんの著書を読んだ。
今回は小説ではなく正確には白岩玄さんと山崎ナオコーラさんの往復エッセイだ。
『『野ブタ。をプロデュース』の白岩玄と『人のセックスを笑うな』の山崎ナオコーラ。共に20代で作家になり、現在二児の親でもある二人が、手紙をやりとりするように綴る、子育て考察エッセイ!』河出書房新社HPより
タイトルからわかる通り、これはコロナ禍での育児を綴ったエッセイだ。
特に白岩さんは二番目のお子様の出産がちょうど丸かぶりしたとのことだった。出産に立ち会う予定だったそうだがそれが叶わず、また上の子と一緒に面会することもできなかったらしい。
私の友達にもコロナ禍で出産した子がいるし、私自身も祖母が入院して見舞いにいけないということがあった。
会えたい
白岩さんと山崎さんのやり取りを読んでいて、もっとほっこりとするものかと思っていたけどこれもたしかに変なイメージだよな、と反省した。
白岩さんと山崎さんの母親、父親、そもそもそれらの概念への取り扱い。
違う認識や価値観を持ちながらも、それらをぶつけ合うわけではなく自分がなぜそう考えるようになったかをつまびらかにしながら育児を考えていく。
それらは世の中でよく言われるようなものとは異なり、白岩さん山崎さんのそれぞれの家庭事情にカスタマイズされた子育て論だった。
でもそう考えてみると子どもなんて、子育てなんて各家庭によって違いがあって当たり前で子育て雑誌や本やなんかで一括で語られるものではない。
こうして色んな子育てのスタイルや捉え方がもっと知られて、子どもとは子育てとはという世間のイメージが少しでも薄くなるといい。
それで子育てをしている人が少しでも呼吸しやすい環境になってほしい。 -
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ネタバレ#1
劇中の中盤で最も心を惹かれたシーンがある。加賀美とニキが新宿の路上で写真をとる家族に遭ったあと、ニキが言う。
「さっきのお母さんの、『美人に撮ってよ』ってセリフ、良かったね。結局のところ、写真ってそういうことだよね」
ニキは不器用で、人間関係の機微よりも無機質な被写体を得意とする写真家だと自称し、それが写真にも表れていた。そしてそれを自身の姿、アイデンティティだと信じ込むために気を張っていた。それでも、物語の終わりについにニキは自身の人間ぽさに向き合った。
『美人に撮ってよ』のシーンは、二人がきっとその感覚に気がついていたんだとおもわせる瞬間だった。あのときに何かが起きていれば結末は変わっていたかもしれないし、あるいはそれのおかげで迎えた結末だったのかもしれない。
#2
初めて読んだ山崎ナオコーラ作品。巻末の解説も良かった。作者の気負わなさ、「何者でもない」という柔らかさが成し得た作品というのは大変に適った表現だ。「浮世離れした」アーティストの物語でありながら、それを気取ってるわけでもなく、天に向かって唾を吐き、それを自身の顔に浴びながら生きるサラリーマン生活の私にも優しく染み込んできた。
「ナオコーラなんてふざけた名前は、軽薄なエッセイを書いてるのかな」と思って読まず嫌いでごめんなさい。その柔軟で自然な感覚、最高です。他の作品もどんどん読みます。