山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ここに出てくる「夫」の家事の仕方、
・夫の作る食事は一品料理ばかりだ
・仕事では想像力豊かで、自分で仕事を見つけているのに家事のシーンでは指示のみを気にするのか、想像力をオフにするのか
が、すごく共感出来た。
特に一つ目に関してのエピソードは「料理はパズル」という著者の考え方がすごく自分に当てはまった。
冷蔵庫の中身の賞味期限や組み合わせを考えながら献立を考えたり、季節を意識できるような献立にしたいと思うこと、それらは全てパズルを組み立てていくようなものなのだなと。
このエッセイの中には普段何気なく行なっている家事についての著者なりの考え方が書いてあって面白かった。
(ローリングストックやポイントカードを貯めないことを損だと思わないこと、料理本以外のところにあるレシピを探したいなど) -
Posted by ブクログ
すごく良かった。
今まで読んできた、山崎ナオコーラさんの小説の文体(あの、なんとなくカタコトっぽいんだけど自然なセリフたち。すごくすき)とは、すこし違う感じがした。
恋愛小説と聞くと、なんとなく主人公が女性であることをイメージしてしまうが、本作はあくまでも、男性であるアシスタントの加賀美の視点を中心に、若くして成功したカリスマ女性カメラマン村岡ニキを映し出しているような、そんな感じ。新鮮。
自分の信じるものが強くあって、でも時々自信がなくなって。ひと以上に敏感に、ひとからの見られ方を気にするけれど、大切なひとを心から信じられない不器用なニキ。
すごくわかるし、愛おしい。女だからってナメられたくないと、悔しい涙を飲み込んで踏ん張る気持ちは、きっと真っ直ぐな加賀美にはわからないんだろうと思う。
これは予想でしかないけれど、ニキは、誰かに当たってしまう自分の弱さもわかっていて、それを省みてまた苦しくなったりしているんだと思う。
加賀美が、自分を恋人として周囲に紹介してくれないニキに不満を持つシーンがある。
これに対するニキの言い分には、首がもげるほど頷けた。
女性=恋バナが好き という図式に、私はいつも迷惑している。
自分の中での恋愛というのは、誰かに伝えるものじゃなくて、恋人との中だけで共有されるものだと思っている。ので、距離を縮めようと恋愛話をしてくる人がニガテで、そういうプライベートなことをずかずか聞いてこない人としか、友人関係は築けない。(自ら、自分の恋愛話をする分には大いに結構)
なんで恋バナがキライなんだろうと考えた時に、自分が鼻の下を伸ばしているさまを友人に見られるのがイヤだし、その逆もまた然り、なのだった。平たく言うと、『オンナの顔』が見え隠れするのが嫌なのだった。
ナオコーラさんの小説では、この人のジェンダーに対する考え方が織り交ぜられていることが多く、そのどれもが自分を肯定してくれる材料になるから、安心できる。
心に残ってしまう部分は、筆者の意図したところではないかもしれないけれど、芸術家同士の恋愛を描いた、なんてそんなあっさりすぎる感想は言いたくないと思った。そんな小説。大好きだった。 -
Posted by ブクログ
最近ハマりつつある山崎ナオコーラさん。
タイトルにすごく惹かれて購入。
ワークライフバランス、働くことに対する価値観、趣味に対する価値観のお話。
社会人になってから、手当の出ない残業ばかりで自分の時間が削られ、何度となく「働くために生きてるんじゃないのにな」と思ってきた私を肯定してくれた。
小説では、主人公が何かに苦しみ悩み、成長していく様が描かれることが多いけど、山崎さんの小説は、自分の理想を形にしていることが多いのかな、という印象。
だからいつも、心がほくほくと温かくなり、大丈夫、と少し思えるようになる。
とんとん拍子すぎる節はあるけれど、人生を豊かにするために趣味を楽しむ余裕は持っていたいと思わせてくれた。
最近、小説の執筆を趣味にするのも楽しそう、とPCに向かい始めたので、なおのこと読んでいてワクワクした。
職場とプライベートの服装が同じようになってきたら、ワークライフバランスが崩れてヤバいらしいよ、という内容に、やはり私はヤバい、となった。 -
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山崎ナオコーラさんのいい感じに力の抜けた小説が好きで、タイトルからして恋愛ものなのかしらと思いながら読み始めたのだけど、なんと主軸(?)にあるのがサボテン!
全9話の短篇集で、すべてのお話に1つずつ違う種類のサボテンが登場する。親切に写真と解説付きで。
これだけ説明するとなんじゃそりゃ?って感じだろうけど、なんの違和感もなくサボテンたちは登場してくる。
それぞれお話の登場人物たちは、みな同じサイトに関連したところからサボテンを購入する。
1〜3話、4〜6話、7〜9話がそれぞれ繋がっていて同じ人物で構成されているのだけど、途中でそれらをまたいだ相関図を感じさせる描写が出てきて、エピローグにてすべてに合点がいくというつくりが心憎い。ミステリじゃないのに謎が解けた!みたいな気分になる。
ドラマティックではなくどちらかというと淡々と進むのだけど、人には様々な生き方があるのだな、としみじみ思わされる。
恋を知らないままお婆さんになった人、40代後半で劇的な恋に落ちて再婚する人、いじめが原因で引きこもりになったがネットに活路を見出す人、友人に秘めた恋心を持つ同性愛者、などなど。
生きている人間全員にドラマがある、というのは常日頃から思うのだけど、そういうことを描いている作品はすごく好きだ。ジェットコースターのような物語も悪くないけれど、淡々としていることに読み応えを感じる場合もある。
サボテンって育てやすいイメージがあるけど意外と難しい植物だとよく聞く。日に当てちゃダメでじめじめした場所を好む種もあるとか。
砂漠でも強く生きる的なイメージだけで接して私もダメにしてしまったことがあるので、以来サボテンに近づくのはやめることにしたのだけど。笑
色んな種類があるのだなぁと物語とは関係ない部分で感心しつつ、よく読むときちんと物語と繋がった要素があるところもまた心憎い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレコロナ禍で人と会う機会が減ってるし、そもそもデリケートな話題なので、あまり出産育児に関して人と話すことがあまりできていない。
だから出産育児エッセイは、読んでいて純粋に楽しい。わかるわかるって思ったり、逆にそれは違うでしょーって思ったり、頭の中であれこれ意見交換している感じがある。
著者の山崎ナオコーラさんは、割とはっきり自身の考えを持っている方なので、そういう考え方もあるんだなーって気持ちで読めた。
そして子育てに関して、あまりネガティブな感想が書かれていなかったのが新鮮だった。
SNSでは出産育児に関してしんどいとか大変だっていう考えに触れることが不思議と多い気がする。(周りの協力が得られず孤独だとか、寝れなくて体力的にしんどいとか、自分の時間が取れないだとか…)だから自然と、子どもを持つことは自分をある程度犠牲にすることだという意識がどこかにあったけど、その考えが少し溶かされた気がする。
出産も育児も自分にとってかけがえのない経験で、一瞬一瞬が「かけがえのない今」なんだろう。
まぁ、適性もあるから、そんなこと言ってられないってなるかもしれないけど、楽しみながら、しんどかったら都度調整しながらやっていこうかなって思えた。 -
Posted by ブクログ
いわゆる女らしくあることを忌避する大学生であり作家でもある雪村という女性の数年間が描かれる。雪村が女性であることを忌避する言動はしばしばあり、乳房切除をしてしまうほどなんだけど、全編通して雪村がどうなりたいのかがよくわからなかった。男性になりたいのか? 女性でないものになりたいのか? ……女性でも男性でもない意識で生きればいいじゃんと思うんだけど、そういう感じでもない雪村の言動な気がする。自然のままだとドレッシーな服とか選んでしまうようだし、好きだと思うのも男性だし、つき合ったのも男性だったり、捨てきれない女性的な面がけっこうあるようなんだけど、何だか意識にとらわれて自由に振る舞えていないみたいな雪村。
そんな感じで雪村のこじらせぶりを面倒くさく感じながらも読み続けたのは、雪村がしばらくつき合い、好きでないと思い込んで別れを告げ、その後友だち関係になる時田くんがすごく気持ちのいい性格と考えをもつ好男子だったから。
たとえば、時田くんが雪村に告白するとき、「オレは雪村さんが好きなんだ。オレを彼氏にしてほしい」(p.86)って言うんだよ。「オレの彼女になって」的な男性の告白って定番だと思うんだけど、ある意味それの逆をいくような「オレを彼氏にしてほしい」って言い方が新鮮に思えた。どっちも似たようなもんだけど、「オレの彼女に」はやっぱりオレワールドに入れって感じがするのに対し、「オレを彼氏に」は彼女のワールドに入れてもらえますかっていうニュアンスが感じられないだろうか。
さらに、雪村が時田くんと3か月つき合ったあげく「やっぱり付き合えない」と別れを告げたときの時田くんがいいこと連発で言う(p.103)。
「もうひとつ聞きたいことがあるよ。『やっぱり付き合えない』ってことは、今までのことをなかったことにしたいってことなの? 最初から付き合ってなかった、って思いたいの? 確かに、三ヵ月くらいのことだし、ゼロも同然なのかもしれないけど。オレは、雪村さんと友だちだった期間も楽しかったけど、この三ヵ月はそれの何倍も楽しかったよ。散歩が意味のないことだと思ってないよ」
「私も、楽しかったよ。楽しかったって言う資格ないけど」
「資格あるよ。オレのこと好きじゃなくても、楽しかったって思ってほしいよ」
「うん」
「せめて、この話は『別れ話』にしてほしいよ。『間違いだった』とか、『つい、付き合いたい、って言っちゃった』とか、『やっぱり、なしにしたい』とか、それって、あんまりだよ。ひどいと思う」
っていう感じ。その後、時田くんと雪村は大学卒業時に友だちとしてつき合い続けることにし、国際協力関係の仕事に就き海外で暮らすようになった時田くんとの仲が続いていく。
この小説を、ちょっとうがった見方をすると、時田くんの言動には意志的に生きている姿が反映されている気がする。そしてそれは旧来「男性的」とされているもの(実際に時田くんのように気持ちのいい考えをもっている男性はまれ)。かたや雪村の落ち着かないこじれぶりは旧来の「女性的」なものがしっかりしみ込んでいるように思える。書題からは、雪村の内面に男の子的な面があるところが示唆されるが、果たしてどうだろうか。「私って男っぽい性格だから」という女性がそうでもないこと、ままある気がするんだけど。