山崎ナオコーラのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
これ凄い好き。
私なんか全然本読んでないなーって思った。
若林さんがそもそも繋がっている、なんなら飲み仲間作家さんとの鼎談から始まって。初めましての作家さんも登壇してくるんだけどこんな会話繋がって凄いなー掘り下げてるなー面白いなーってのが連続するんだから。
タイムリーにみたかったなー。もっと対談して欲しい作家さんいるなー。私が好きな作家さんの本がお勧めされてて嬉しいなー。
もう紹介されてる本片っ端から全部読みたいっ!!すべての回でその時話題に上がったテーマでお勧めの本を作家さんが紹介するんだが、これが垂涎なんです。紹介の仕方にも唸る、だってどれもこれもすっごく読みたくなる。
沢山の本の中からキラっと光る物を探し当てた気分。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「好きな人の爪を切るというのは、こんなにも面白いことだったのか」
最近読んだ本の中で断トツ素晴らしかった…!生涯大切にしたい本です。
がんに罹患した妻を看取る夫の心情と、夫を通して見た妻の物語。
当たり前のことのようですが、日本人の死亡原因1位のがんで亡くなるとしても、一人として同じ最期を迎える人はいません。
夫は、妻をがん患者としてではなく、社会生活を営んできた一人の人間として、妻自身がなにをしたいのか、誰に会いたいのか、そして自分とどうやって共に過ごしていきたいのかを看取る瞬間まで、悩みながらも考え続けます。
フィクションとして読むと、そんなの当たり前やんって感じもしますが、実際看取りのときって相手を必要以上に''病人''として扱ってしまう気がします。私は成人してからの看取りの経験はないのですが、相手が家族なら余計、優しさゆえに大事なもの扱いしてしまうと思う。がんになったからといってこれまでの本人の全てが変わった訳では無いのに。
だから夫の思考や妻と接する姿は、ある意味「がん患者を患者扱いしすぎない」お手本のようで、最初は立派だけど現実味ないなぁと思いながら読んでいました。が、読み進めるにつれて、夫の姿はむしろめちゃくちゃリアルなのでは?と印象が変わっていきました。
夫は妻のことがシンプルに好きで、きっと最初は恋だったものが愛となり、そして自然に妻自身を尊重したい、妻と過ごす時間を大切にしたいと考える夫になっていったんだと思います。
例えば、感想冒頭の「好きな人の爪を切るというのは〜」は、だんだん自分の身の回りのことができなくなる妻の髪を梳かしたり爪を切ったりする場面の夫の内心なんですが、文中にこういう妻への「好き」がちょこちょこと出てきます。
妻に直接「好き」だと伝える場面はないですが、だからこそ小説として夫の内心を読ませてもらってるこちらには、その気持ちが妻への正直な愛情として伝わりました…!あと結婚20年ぐらい経っても心の中で妻のことを「好き」と思えてることってめちゃくちゃかわいい!笑
また、看護師さんから話しかけられた時などに、夫は「(妻も)自分でできることは自分でやりたいはずだ」として、極力妻が返答するようにしていたところもすごく大事な視点だと思いました。
看取りに限らず、介護や子育てにおいても、ついつい「やってあげよう」として、本人の自尊心ややる気を削いでしまうことってあるあるなので。
*以下ネタバレ
死別した瞬間で物語が終わらなかったところもよかったなあ。夫自身何度も言葉にしていたように、「死の瞬間」に立ち会うために見舞いに来てるわけじゃなくて、「今この瞬間」のために逢いに来てるんだから。死別してもこちらの生活は続くわけですから。
そして山崎ナオコーラさん著を読むのは初めてでしたが、夫の人間関係、社会関係における絶妙な距離感や微妙な違和感を言語化するのが上手すぎる…!
夫の夢に出てくる妻が、最近の病気の状態からだんだん昔の元気な姿で現れるようになったという描写も、夫と妻の''距離''が離れていくのを現していてすごかったです。
「離れていく距離さえも美しい、遠くても関係さえあればいい」 ─── 「距離が離れる」ことはどうしてもネガティブな意味に捉えてしまうけど、その距離さえも一つの在り方だと、そう思える人を私も大切にしていきたい。
読後は、大事な人と向き合う時間や距離の変化を意識できる、つまり余命を宣告されてタイムリミットを知ったうえで死を迎えることのできる、がんという亡くなり方をあまりにも前向きに捉えられるようになってしまいました。
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【随所の感想】
夫が妻のお見舞いに訪れることについて、お義母さんから「ありがとうございます」と言われる。その度に主人公(夫)が違和感を抱く描写
ーーー こちらは来たくてきているのだからお礼を言われるようなことではない、という気持ちと、お礼を言う側=自分(夫)より妻に近しい身内の人間である気がするいう感覚。感じたことないけどわかるわ…!自分が夫の立場ならお邪魔してます」って言ってほしいかも。
転院する病院によって、治療方針が「改善のための治療」から「最期の過ごし方をケア」に変化する描写
ーーー 自分がどう生きたいかではなく、医療体制や外部社会から「生」の段階を突きつけられるということ。もどかしさは計り知れないし、それを受け入れた上で、自分に合った生き方を選び直すには、さらに相当な時間と心の整理が必要になるだろう。
延命治療をしない=生きる未来を諦めているわけではない、ということ
ーーー めちゃくちゃわかる…!多分自分も同じ感覚。でも上手く言語化できない…。がんの治療はまだ生き続けられる身体にするための治療、延命治療はもう生き続けられない身体をこの世に繋ぎ止める治療。だから延命治療で伸びた寿命は私のものではないって感じかな。
「まだ余命とかという段階ではないの?」
ーーー そんなん聞くなよ!!
「二人の生活のためにサンドウィッチ屋を経営しているのではなく、社会活動としてやっているのだ」
ーーー このマインドで個々が自立した夫婦になりたい
紫陽花はガクが色づいているんだって。初めて知った。
亡くなる直前の呼吸の描写は、きちんと裏取りされたものなのだろうということが伝わってきた。死はこうやって急に、でもじわじわと込み上げてくるのかな。
死後、妻に着せる服について、二人(自分)の思い出のワンピースを着せたいと思っていたが、妻が生前魂を捧げたパン屋の服装にしようという義母からの提案に、目からウロコ状態になる夫
ーーー 自分も夫と同じ発想になりやすい性格だからこそ思うけど、これは妻の気持ちを蔑ろにするような間違っている感覚では無い。でも「かつての妻(と自分)」に目を向けた発想であって、「今の妻」が大切にしていたものとは違う。残された側が「自分のための思い出」ではなく、「その人自身が大切にしていたもの」に目を向けるって、やっぱり簡単じゃないんだなあと改めて感じた。
妻の葬儀の手伝いに、自分の知り合いではなく妻の知り合いに声をかけるシーン
ーーー こういう対応ができるように、家族の交友関係は知っておきたいなと思う。
「(綺麗に化粧は施されているが、生前の妻とは全く違う、死に)顔を見たくない、見せたくない」
ーーー この感覚はまだ自分には分からなかったなあ。自分は大人になってから葬式に参列したことがないから、葬式のシーンで世間話したり夫に妻の病状についてはっきり聞いたりする描写は意外だった。案外日常の延長みたいな、悪くいえば野暮な空気なんだなぁという印象を持ってしまった。
「関係が遠くなるのもまた嬉しい」
ーーー とてつもない信頼と情愛がないと、そんなふうに思えないだろうなあ。その人との関わりすべてを、距離も含めて愛おしむような、穏やかな愛。そんな気持ちを自分も抱ける日が来るだろうか。
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【響いた言葉】
●主人公(夫)
仕事というものを、誰かを幸せにする行為だと思い込んでいた。他の誰かを幸福にする代わりに自分が社会で生きていくことを許されるのだ、と。だが、違うかもしれない。幸福だの不幸だのというのは当人の感覚で判断するもので、他人がジャッジできるものではない。〜〜〜本当の「ありがとう」、本当の「幸福」だけを求め、社会に役立つ自分に酔おうとしたばかばかしさに思い当たった。
病気になると実年齢を離れるのだろうか。子どものように他人から扱われる。
来年まで生きると思っていないのだろう。でも、そういうことを言ってこちらを困らせる気もないのだろう。言葉を詰まらせて、ちょっと笑うわけだ。
しかし、これまではずっと、未来を見ることで明るく生きてきたのだから、未来を見ずに明るく生きる方法が、今はわからない。
配偶者というのは、相手を独占できる者ではなくて、相手の社会を信じる者のことなのだ。
好きな人の爪を切るというのは、こんなにも面白いことだったのか。
だから、「上手くいかなくなってしまう人間関係」を作っているのはこちらの感受性の問題なのだろう。
「忌引き」という休みがあるが、死んでから休みをもらってなんになるのだろう。むしろ、死ぬ前に休みが欲しい。
鼻に酸素の管、腕に点滴、尿道にカテーテルが差し込まれていて、体が管だらけな上に、手にミトンをはめさせられた姿は痛々しく、人間らしさがうすくなって、屈辱的な環境に貶められているようにこちらからは見えた。でも、「では、管に繋がれていなければ尊厳のある状態なのか」と改めてかんがえると、そんなに単純なものでは無い気もしてくる。「自然な状態」という既成の理想を頭に置いて、「みていられない」とこちらの勝手な感性で捉えるから、尊厳がないとか自然ではないとかといった感覚を味わうだけのことかもしれない。
死の瞬間を、大事な瞬間のように捉えたくない。死の瞬間なんて重要視していない、それのために見舞いに来ているのではない、今のこの瞬間のために見舞っているのだ、と医者にもみんなにも声高に訴えたい。
●妻
「〜〜〜元気がなくても社会と関わりたい。元気がない社会人だっている」
「仕事相手は大事だよ。自分がこの社会に存在することを許してくれる」
●解説より
いい小説が備えている美点のひとつに、読む前にはなかったものの味方を与えてくれるという効能がある -
Posted by ブクログ
めっちゃ良かったー!
よく、「若い高齢者」に対する呼称について迷うことがある。
「老人」は率直すぎるし、日常会話の中で「年配の方」と言うのはやや堅苦しい気がするし…
そういうわけで、“成熟者”と表現しているのがすごくユニークに感じられた。果たして、本当に成熟しているのかは疑問だけれども…。
愛と理解の違いについてよく分かっていなかった。
私を苦しめていたものは、愛情の不足というより、無知や無理解だったのかもしれない。
私も博士のようにずっとだれかに「生まれてきてくれてありがとう」と言われたかった。
だけどそれは、他でもない自分自身にかけて欲しい言葉だったんだと、納得した。
親への期待を手放したことで、自分の輪郭がはっきりしてきた。『あきらめる』ことでだんだん明らかになってきた。
これからは、飛ぶ鳥や川の流れ、日の光、あるいはまだ見ぬオリンポス山の鈍角のように、ただそこにあるだけで美しいものと共に生きていきたい。
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Posted by ブクログ
古典の読み方は時代に沿って更新し続ける必要がある。源氏物語研究の主立った面子が男性だった昭和を経て女性研究者が出てくると全く違った読み方や解釈がなされ、これまでのスタンダードとされる読み方がいかに男性主義的であったかが浮き彫りになっているという話もあるし、その中でこれは山崎ナオコーラさんが読み方を模索していく試みで、とても興味深く読んだ。しかも現代的な視点で読んだとて、それに応えうる強度をもつ「源氏物語」のすごみもまた感じられた。浮舟をめぐる読み方、とても良いなと思った。ジェンダーにとらわれない描き方で、ナオコーラさんの完訳をぜひ読んでみたい。
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Posted by ブクログ
一万円選書
読書メモあり
①子どものことを、自分のことを邪魔してくる存在だと思っていることに気がついた。
これは結構我ながらショック。
でもやりたいことがやれないのは、子どものせいって無意識のうちに思ってたかもなぁ。
②自分の中の違和感を見過ごさない。
時々言われることだけども、自分の中の違和感を見過ごさないっていうのはすごく大変だと思った。
この著者も、気になったとか違和感を感じたとか、そんなことをきちんとキャッチして、
どうしてそう思ったのか、
どうなると良いと思うのかをすごく丁寧に描写してると思った。
これからも私も生活の中で違和感をそのままにせず、
なぜそう思うのか?
どうしたら良いと思うのか?
と言う点で考えてみようと改めて思った。
③子どもがいても、自分が自分である時間の大切さ
この著書は終始子育てを楽しんでいて、子どもを愛しく思っている気持ちがよくわかるのだけれども、
その理由の1つに、
仕事をしている、自分のことをやれる時間があると言うのは結構大きいと思う。
日中はワンオペ育児になっているみたいだけども、
夜になったら、
夫さんと交代したりしながら仕事をしている。
そして1人で出かけたりもしている。
これは結構重要なんだと思う。
だから、
育児も楽しめるんじゃないかなと思う。
本の中では、
育児の苦しみは、あまり出てこなかったけれども、
子どもを産んでからも自分が自分でいられる時間を持つことが大切さを改めて感じた。
読むと子どもがかわいらしく思える本。
でも、育児中の方もそうではない方にもおすすめ(本の中でそう明記してある)
0歳の赤ちゃんの育児エッセイ。著者自身、出産の前に流産、不妊治療の経験もあり、妊娠中は前置胎盤のため入院、そして帝王切開で出産している。
すごくよかった。
特に、夫のことを対等なパートナーとみなし てるようで、
夫が育児してくれると言う発想なく、夫も子供見ると言う表現を使ったり感じてしまうところが推測できるでも多くの女性の共感を得る。
男性でも、わかると言う方もいるかもしれない。
他にも出産したら自分の時間がなくなるとも考えておらず、子育てを前向きに捉えている姿にも好感がもてる。
育児中の私からすると驚く感覚ではあったが、確かに育児も自分で選んでいるし、自分と赤ちゃんの人格をきちんと切り分けているところもすてきだと思う。
このように考えられる大きな理由は著者は産後も完全に育児一筋とならずら仕事がももっていて、夫と交代で自分の時間も確保できているところが大きいと思う。
・母ではなく、親になろうと決めた。
親として子育てをするのは意外と楽、母親だから、と気負わないで過ごせば、世間で言われる「母親の辛さ」というものを味わなくて済む
・性別はプライバシーのような気がするから書かない
・相手の経験の有無で話題を変える必要はない。わかり合えなくても話してもいいんじゃないか(子どもがいない人にも子どもの話をしてもいい)
今、育児エッセイを書いているが、読者の育児経験の有無によって、文章の読みが変わるということはない。
・女性作家と扱われるのが嫌。女性として男性に言いたいことがあるから文章を書いていると思われている節がある。
・産み方ではなく育て方に注力しよう
・不妊治療は年齢と費用の上限を自分で決めてから望むといい。医院の方針もあるので、自分に合ったところを探そう。
・不妊治療のことはよく知らない人でも理解したいという気持ちを持っている人も結構いるのでは。社会を信じよう。
・夫に遠慮しない
妊娠中重い荷物を持ってもらったり、産後退院してから家事をしてもらったり
・夫も親なのだから、「預かる」のではなく、「自分の子どもをみる」
・育児中でも自分のための努力を続けているという自信を持つことが目的の第一としてラジオ英会話をはじめる
・赤ん坊に対しても堂々としよう
・家事は自分のことだけではなく、赤ん坊や夫のことも行っているがら赤ん坊や夫に自分の時間をあげている感覚はもっていない。家事をしながらもら自分の目で世界を見て、自分の考え事をしているので、家事の時間も自分の時間。
・読者を信頼。
自分の書いている小説がお金になるかは換算しない方がいい。儲けは単発で書くエッセイや広告仕事。小説は書きたいから書いている。後世に名が残ってほしいと思ったことはあるが、読者を信頼して、自分の知らないところで自由にやってもらうのがいい。
・全部自分の時間。
男が時間をくれないと批判する女性がいるが、むやみに男性を批判したり不満を訴えたりするのではなく、冷静に社会構造を変えていく方が実りがある。
・今は今のために時間がある
・赤ん坊とべったり過ごせるのは今だけ。嫌でも数年後は距離を置かなくてはいけないことを肝に銘じておこう
・選択の機会があったら、そのときの自分の気分が悪くならない方を選ぶ
・努力できない人も助けるのが成熟した社会ではないか。