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横から見た赤穂義士
「忠臣蔵」で知られる赤穂義士ほど有名な伝説はない。だが、「その真相は?」となると、「伝説」の言葉どおり、これほど五里霧中の闇の中に沈んでいるものはない。つまり、謎が多く、いろいろな解釈ができ、自由自在に料理できる素材ともいえる。そうしたなかにあって、三田村氏のこの本は、あくまで実証・考証に立場を置きながら、自在に観察した一件の顛末を記した貴重なもの。章立ては「義士に仕立てたのは誰か」と問う「四十六人の偶像化」にはじまり、「浅野の殿様かたぎ」「粋を通す内蔵助」「百二十五人から四十六人」「二月四日 の切腹」「講談の根本資料」「女の子のゆくえ」「後室瑤泉院」「義士ぎらい」まで。義士の切腹時のようすなど、興味深い話もいっぱい。 -
大地
清朝末期から中華民国成立までの動乱の時代を背景に、貧農出の王一家の父子三代にわたる変遷をたどる家族物語。1931年、「大地」は出版と同時にベストセラーとなりピューリッツァー賞を受賞、各国語に訳された。 貧しい農夫、王龍(ワンルン)と阿藍(オーラン)一家の暮らしにようやく明るさが訪れようとしたとき、飢饉が襲う。二人はやむなく町へ出、それぞれ車夫と乞食になって糊口をしのぐ。そのうちに二人は、折からの暴動の勃発によって思いがけぬ大金を手にする。一家は再び故郷に帰り、没落した地主から土地を買い入れる。さいわい引き続く豊作にめぐまれて王龍は大地主にまでなるが、余裕ができると女遊びに走り、ついには妾を家に入れる。阿藍はただ黙々と働きつづける。子供たちは大きくなり、一家の暮らしはしだいに変容し、やがて二人にも死が。 -
釣魚大全
幻の釣り指南書、釣り人の聖書といわれているウォルトンの「釣魚大全(ちょうぎょたいぜん)」の初版本の完訳。釣り特有のゆったりとした気分、それぞれの魚の棲み家と四季の生態にあわせた釣るための作戦と周到な準備――餌の用意、竿や仕掛けのこまごまとした準備と工夫――自分の苦労ばなし、自慢ばなしを人に聞かせたいという釣り人の生態まで、「自然のなかで遊ぶ楽しさ」を楽しく披瀝した名著。「300年以上も昔から私の手許まで流れ漂ってきた釣りの楽しみの情感、ああ、はるばると伝わって来たものだな、という気持ちだった」これは訳者の言葉である。 -
里見八犬伝
ときは戦国。安房国(千葉県)を領する里見義実《よしざね》は安西景連《かげつら》に攻められる苦戦のなかで、たわむれに犬の八房《やつふさ》に向かい、「景連の首をとってくれば娘の伏姫《ふせひめ》を与えよう」といった。この冗談が現実となったばかりか、八房はほんとうに伏姫を欲しがる。伏姫は犬を殺そうとする父を制して、八房と一緒に出奔する。二年後、義実は娘の救出にむかい、犬と一緒にあやまって娘をも銃で撃ってしまう。伏姫は死ぬまぎわに妊娠していることを告げるが、けっして八房に身を汚されたことはないと誓い、身の潔白のあかしに切腹する…と、白煙があがり、伏姫の「仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌」の八字を彫った数珠が天空にのぼって光を放って飛び散った。その後、各地に八つの玉のそれぞれ一つを持った八人の犬士が生まれる。本巻には「仁の巻」と「義の巻」を収める。早くも四人の珠の所有者があきらかになる。 -
ある詩人への挽歌
舞台は寒風吹きすさぶスコットランドの人里はなれたエルカニー城。そこの当主で異常な吝嗇家ラナルド・ガスリーが、クリスマスの朝に胸壁から墜死しているのが発見される。ガスリーはかなり前から死に瀕した詩人ウィリアム・ダンバーの「詩人への挽歌」を憑かれたように口ずさんでいるところを目撃され、近くの村ではもっぱら気がふれたという噂が流れていた……全体を圧倒するゴシック・ロマンの雰囲気のなかに展開する謎につぐ謎、そしてどんでん返し。いち早く江戸川乱歩が第一級の名作として紹介しながら、翻訳されなかった古典ミステリ期の代表作。最初の一章は少し堅苦しいが、その後、テンポは軽快になり、クライマックスまで一挙に読ませる。 -
森の生活(ウォールデン)
ソローはマサチューセッツ州生まれ。ハーヴァード大卒業後、小学校の教師。ついでエマソンに私淑し、徹底した個人主義の実践としてウォールデンの池のほとりで2年間にわたって独居生活を試みた。本書はその報告であり、自然とともに生きることの意味を新たに問いかける。正式なタイトルは「ウォールデン…森の生活」という。 -
アンナ・カレーニナ
モスクワのオブロンスキー公爵家では、夫のステパンの不倫を知って、妻のドリーがいっしょに暮らせないと言い出す。ステパンはペテルプルグにいる妹のアンナに助けを求める。同じころ、ステパンの親友で田舎暮らしのレーヴィンが、ドリーの妹キティーに求婚しようとモスクワにやってくる。しかし、キティーには意中の人、ウロンスキー伯という美貌の青年士官があった。そのウロンスキーは母を迎えに出た駅で、ペテルブルグからやってきたアンナ夫人と出会う。アンナの到来で、オブロンスキー夫妻の仲はまるくおさまる。ペテルブルグに帰る前日の舞踏会でアンナはふたたびウロンスキーに会い、二人は楽しげに踊る…これがアンナの破滅への序章だった。文豪トルストイが心血を注いで完成させた名作。 -
モンテ・クリスト伯
青年エドモン・ダンテスは「ファラオン号」の次期船長の有力候補として、希望に胸ふくらましてマルセーユに帰港する。そこにはフィアンセが首を長くして彼の帰りを待っていた。だが、足取りも軽く父親とフィアンセのところへと急ぐダンテスの背後には、「ファラオン号」の会計士ダングラールの食い入るような憎悪のまなざしがあった。…ダンテスが知らずして託された手紙が陰謀の引き金をひく。ダンテスは無実の罪を着せられ、死の牢獄「シャトー・ディフ」に幽閉される。囚人三十四号としての十四年の獄中生活! だがダンテスはついにチャンスをとらえて脱獄する。まず知りたいのはフィアンセのこと、父のことだ。せめて獄中で知り合ったファリア神父から聞いたスパダの秘宝を手に入れることができれば…雄大な構想で展開する波瀾万丈の物語。 全5巻。 -
白痴
霧ふかいある冬の朝、ペテルブルグの終着駅へと、列車が疲れきったかっこうで物語を運んでくる。三等車の座席に三人の男がいる。色あせた包み一つをかかえてスイスから帰国途中のムィシキン公爵と、熱病やみの男で、着のみ着のままでプスコフからわが家へ帰るラゴージン、そして、赤鼻、吹き出物だらけで、何のために列車に乗っているのか見当もつかぬ、抜け目のないレーベジェフだ。列車の到着後、その日のうちに主人公はほとんどすべての登場人物と会う。…純真な子供のような眼をもつムィシキンを、ひとは「白痴」よばわりする。だが公爵は常にその曇りのない大きな空色の眼に微笑をたたえているのである。……「しんじつ美しい人物を描こうとした人は常に失敗しています。なぜなら、それは量り知れぬほど大きな仕事だからです」ドストエフスキーのこの決意が結実した傑作。 -
神風特別攻撃隊
ミッドウェー海戦で4隻の空母を失い、じり貧となった日本艦隊機動部隊は、決死のマリアナ沖海戦で壊滅的打撃をうけて、実質的に「機動力」を完全に失った。太平洋戦域は徐々に後退し、フィリピンが南方の石油供給確保のための最後の砦となった。制空権を完全に奪われ、残存航空機も少なくなった日本軍には、米空母を主目標にした航空機による「体当たり攻撃」という選択肢しか残されていなかった。こうして結成されたのが「神風(しんぷう)隊」、すなわち神風特別攻撃隊であった。本書はこの作戦に最初からかかわり、多くの若者を「雲流るる果て」に送り出した指導者2人がつぶさに語る痛哭と鎮魂の戦記であり、各国語に翻訳されて大きな反響をよんだ。 -
神州纐纈城
武田信玄のお気に入りの家臣土屋庄三郎は、ふらりと思い立った夜桜見物で、老人から声をかけられ、見事な深紅の布を売りつけられた。これは、古く中国で人血で染められたという纐纈布だった! だがこの紅巾には、今は行方知れずの庄三郎の父の名が浮いて見え、ひらひらと飛ぶ紅巾に操られて、庄三郎はいつしか富士山麓をさまよっていた。そこには、仮面の城主が君臨する纐纈城があり、神秘的な宗教団、不思議な女能面作り師が隠れ棲み、毎日人を斬らずにはすまない陶器師がうろつき、まさに魑魅魍魎の跋扈する魔界だった。怪異と妖美の世界をめくるめく筆致で描いた、不滅の伝奇文学。 -
江戸繁昌記
書名が示すように、江戸の天保年間の繁昌を写したものであることはいうまでもないが、単にその表面を書いたものではない。大江戸の繁華をつくり出した根底をとらえ、それをえぐり出した、卓抜な文明批評なのである。しかも、著者は、それを生(なま)の理論としてではなく、江戸に生きる人間の姿態を描いた作品として、われわれに提供している。著者は儒者であるが、かれの学問は、幕府の御用哲学の朱子学や学者の業績のための考証の学ではなく、人間としての儒学であった。上巻では「相撲、吉原、芝居、富くじ、女義太夫、両国の花火、易者、書画会、火事、縁日、髪結い、古着市、魚市、銭湯、葬式、かげま茶屋、猪牙舟」などを、下巻では「神仏の開帳、祭り、侠客、妾宅、永代橋、書肆、寄席、長屋、吉原火災、学塾、百花園、角(かく)乗り、千住、品川、深川、本所、茶店」などを取り上げてある。漢文の原本は、訳者によって読みやすい本となった。 -
あら皮
神秘な護符「あら皮」を所有する者はほとんど無制限な力を持ち、あらゆる欲望をとげることができる。その代り、欲望がとげられるたび、少しずつ生命はけずられて行くのである。これを手に入れたラファエルは十九世紀初頭の若者であり、権力を、快楽を、金を渇望した。そのための手段は護符を手に入れるということ以外になかった。自殺するほかないほどまでせっぱつまっていたラファエルは、悪魔に魂を売ったのだ。「これは最新式の秀作であり、その特長は、驚くべきことを手段として、最も奇妙な人間情意や事件などを徹底的に使用しつくしているところにある。そしてそれらの個々については、じつに高き評価が下されるであろう」とゲーテは書いた。 -
神々は渇く
フランス革命期の恐怖政治に巻き込まれた人々の運命を描く歴史小説。正義感あふれる青年画家エヴァリスト・ガムランは革命裁判所の陪審員となり、ジャコバン派の影響を受け、元貴族や亡命者、無神論者、娼婦などを次々と断頭台に送ってゆく。「自由、平等、博愛、しからずんば死」の標語がガムランの指針であり、反愛国主義者の疑いのある者は友人に至るまで、容赦しなかった。物語は、バスティーユ襲撃や、チュルリー宮殿の襲撃、国民公会の成立など、革命の主要な出来事を背景に進行する。パリは戦争と飢餓に苦しみ、民衆の熱狂は冷め、政治への関心も薄れていくなかで、ガムランは理想主義的な愛国心を抱きつつ「人民」の再生をあくまで夢想しつづけ、ついに破滅する。タイトルの「神々は渇く」とは、権力や理想を求める人間の欲望を象徴している。 -
彼方
中世のあらゆる雑学が妖艶で怪奇な渦をまいている本作の主要人物は、ジャンヌ・ダルクを助けて数々の武勲を立てた西フランスの王侯ジル・ド・レーである。彼は愛国の処女の火刑ののち、爛熟した豪奢な生活をおくる。そのうちに金に欠乏してきて錬金術に興味をおぼえ、その帰結として悪魔礼拝に走った。そして、残忍卑劣な罪悪の限りをつくし、ついに宗教裁判にかけられて焚刑に処される。『彼方』はこの物語を骨子として、中世のあらゆる学問、すなわち錬金術、悪魔宗、呪詛、占星術、黒ミサなど、いわゆる神秘学の伝統を次々と暴露する。その凄惨、その淫靡は、一読肌に粟を生ぜしめる。しかし、「狂人か兇賊か聖者でなければ興味がない。その他はすべて俗衆だ」と喝破した世紀末フランス耽美派の雄ユイスマンスとしては、これは当然の帰結であった。 -
ハテラス船長の冒険
ヴェルヌの「驚異の旅」は1863年の「気球旅行」でスタートし、「地底」「月世界」と続いたが、本書は67年刊で、「グラント船長」や「海底二万リーグ」より前であった。本書の訳者は「これほど面白い作品がどうして邦訳されていないのか」と述べる。冒頭から、帆船フォワード号を取り巻く謎で、読者の心を掴む。その行先は分からず、船長は姿を現わさず何者であるかも分からない。同号は船長からの秘密の指令によって北極へ向かう。ついに姿を現わした船長は北極征服熱一色に染め上げられた誇り高きイギリス人であった。この人物は単一の情熱に支配され、目標に向かって邁進する。極北の酷寒、乗務員の反乱、未踏の地の不確実性との戦いに、冒険心と知識欲に駆られたハテラスの勇気と決意は微塵ともしない。推理小説と冒険小説が渾然一体となった傑作。 -
チェッリーニ自伝
チェッリーニはフィレンツェ生まれの彫金師、金と銀と大理石とブロンズに鑿(のみ)を揮うことが本業だった。当時はルネサンスの後期にあたり、動乱の時期でもあったが、権謀渦巻くなかにあってみずからの野心に忠実にしたがってよくその目的を実現した希代の人物だった。そうした彼が、鑿を言葉に換えて、自我像の彫刻として仕上げたのがこの自伝である。自伝と称するものは数多くあるが、この「自伝」ほど面白い作品はまたとないといわれ、この書が十八世紀になって初めて公刊されたとき、ゲーテは感激の余りその翻訳を思い立ち、ルソーは彼の「告白」を書くべく暗示されたという。本書は上下二巻より成り、上巻は出生よりサンタンジェロ防衛戦におよぶ。金細工やデッサンの徒弟、遍歴、ローマ定住に及び、この町では天才を認められ、交友と礼讃者も多く、最も得意の時期である。下巻はフランスのパリと故郷フィレンツェを中心として、当時芸術家が本来の面目とするところの大型の彫像を専らとし、大家をもって自他ともに許した。だが、ライバルの執念深い妨害、法王やメディチ家との駆け引き、戦争や地下牢への投獄に苦しんだ時期でもあった。 -
往年のSF短編傑作
SFのアンソロジーは各種あるが、本アンソロジーで「往年の」とうたっているのは一般にSFの黄金時代といわれる一九三〇年代後半から五〇年代末くらいを指している。ハミルトン、ヴォークト、アシモフ、ハインライン、ラインスターに始まり、ブラッドベリ、スタージョン、シマック、アーサー・C・クラーク、ベスター、マシスン、アンダースン、ディックという流れである。六〇年代初めにはいわゆるニューウェーブ時代が始まる。本巻収録作は、「フェッセンデンの宇宙(ハミルトン)」「犬の散歩も引受けます(ハインライン)」「死都(ラインスター)」「遥かなるケンタウルス(ヴォークト)」「AL七六号失踪す(アシモフ)」「時を超えて(ハインライン)」「太陽系最後の日(アーサー・C・クラーク)」「闘技場(フレドリック・ブラウン)」ほか12編である。 -
牡猫ムルの人生観
牡猫のムルは魔術師のアブラハムに拾われたが、ご主人が声を出して本を読むのを聞き、文字を目で追ううちにドイツ語を習得した。ムルは才能にめざめ、羽根ペンで自伝を書くようになる。ホフマンの友人がムルの原稿を目にし、ホフマンに渡す。ホフマンは出版社を見つけてやり、見本刷りを見てびっくりした。自伝は各所で別の文書で中断されていた。ムルはインクの吸取り紙として、手元にあった『クライスラー伝』のページを破って使っていたのだ。だが、ホフマンは『クライスラー伝』の価値を認めていたので、目印を入れてそのままの形で出すことにした。なので原書の正式名は『牡猫ムルの猫生観ならびに偶然の反古に含まれた楽長ヨハネス・クライスラーの断片的伝記』となった。こうしてアイロニー豊かなムルの伝記部分と、犯罪推理小説仕立ての「クライスラー伝」が交互に展開する奇妙でおもしろい本書が完成した。 -
王妃の首飾り
落ちぶれ貴族のジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人は、ルイ16世の宮廷に出入りするという野望を胸に抱いていたが、ふとしたきっかけから王妃マリー=アントワネットと顔なじみになり、足がかりを得る。王妃のお気に入りの美女アンドレは、恩義を感じる海軍軍人シャルニー伯に恋心を覚えたが、シャルニー伯のお目当ては王妃だった。アンドレの兄フィリップも王妃に気があった。王妃は次々と画策される陰謀にまどわされる。王はあるとき王妃の行動を疑ったことを恥じ、お詫びに高価な首飾りを贈ろうとするが王妃は受け取らず、首飾りは宙に浮く。カリオストロ伯は陰謀を企む謎の人物だ。彼は王妃に関する醜聞を広めようと、王妃と瓜二つの容貌を持つ、オリヴァという無名の女を利用して、有名なサロンに行かせて錯乱を起こさせたり、オペラ座の舞踏会に行かせて、王妃としての品位を傷つけるように仕向けたりした。 -
かみそりの刃
モーム晩年の70歳の作。1944年、米国滞在中に書かれ、第二次大戦中だったため、主人公ラリーの生き方に共感した米国の青年たちに歓迎され、熱狂的に読まれた。物語はモームによって語られる。モームはたまたま立ち寄ったアメリカで旧友エリオットから、姪のイザベルと彼女の婚約者ラリーを紹介される。ラリーは第一次大戦で親友を失い、途方にくれ、道を求めてヨーロッパを放浪する。当然ながら婚約者イザベルはついてゆけず別の男に嫁した。ラリーはさまざまな体験を経て、最後にはインドで自分の人生の目的を悟る。この本筋のなかに、エリオット、シュザンヌ、ソフィらを巡る数々の物語が組み込まれ、全体は周到なエンターテイメントになっている。 -
イシュタルの船
冒険家ケントンのもとへ、太古バビロニア帝国のころの石碑が送り届けられた。石碑が放つ芳香に興味をひかれ、ハンマーでそれを打ち砕いた瞬間、そこには一艘の船があらわれた! 瑠璃色の海の上に、宝石をちりばめた船が高々と浮いていたのだ。それは、愛と憎しみの船だった。天と地の女神イシュタルと、悪と死の神ネルガルの魂が乗りうつった船では、イシュタルに仕える尼僧シャラーネとネルガルに仕える僧クラネスの果てしない闘争がつづいていた。ケントンは一瞬呆然としたが、たちまち、神々の闘争の渦中に巻きこまれていった。そしていつしか、彼はシャラーネに魅かれていった。 -
ローマは光のなかに
かつては映画俳優として華々しく活躍していたジャックは、第二次大戦を経て今はパリで目立たない公務員の仕事を粛々とこなす生活を送っている。ある日、長らく疎遠になっていた映画監督のデラニーに請われて二週間ローマに滞在することになるが、そこでの出会いや目まぐるしいほどの出来事によって、ジャックは若かりし頃の栄光や挫折を振り返り、今後の人生について思いを馳せる。美しいイタリア人女性のヴェロニカ、暴力的だが若く才能のあるブレサック、戦争ジャーナリストのデスピエール、石油王のホルト、それぞれが日常に直面しながらローマの光のなかで織りなしていくカレイドスコープのような物語。表紙挿画─和田誠。 -
日陰者ジュード
貧しいながらも学問への志を持っていたジュードは、ふとしたきっかけから村の娘に誘惑されて結婚する。だが、考え方、志向すべてが合わずに破綻。その後町へ出たジュードは従姉妹のスーに出会い、強烈な引力で引き合い二人は愛し合う。だが、二人は同棲はするものの結婚はせず、そのことで、世間からは日陰者扱いされ、貧困に落ち込む。ジュードは元の妻がこっそり産んでいた子どもを引取り、スーとの間にできた二人の子供をかかえ、貧乏に拍車がかかる。そして、さらなる悲劇が。スーは打ちのめされ、これまでの自分の生き方を反省し、ジュードの元を去ってゆく。人間存在の悲劇性を描いた問題作。 -
心は孤独な狩人
舞台はジョージア州のうらぶれた工場町。人々は無気力な状態にある。主人公の唖(おし)で聾(つんぼ)のシンガーは、同じく唖のアントナープロスと共同生活をおくり、思慕を寄せるが報われない。そのシンガーに、多感な少女ミックはほのかな思いを寄せるが、当のシンガーは少女の思慕に気づかない。またそのミックに、ニューヨーク・カフェの主人ビフ・ブラノンは年甲斐もなく愛情を感じているが、ミックは彼を気味悪く思うばかり。作中人物はそれぞれが《報われざる愛》の連鎖関係のなかに生き、そこに解決はない……魂の孤立を透徹するまなざしで描ききった20世紀アメリカ文学の代表的古典。 -
帰郷
クリムは英国の大学を出てパリに行き、宝石商として成功したが、貴婦人の虚飾にへつらう商売がいやになり、愛する郷里エグドン荒野で、学校を開こうと考えて帰ってくる。そこに待ち受けていたのは女神のように気ままで誇り高いユーステイシアだった。クリムは母の猛反対を押し切って結婚する。だが、ユーステイシアにはワイルディーヴという密通の相手があった。クリムの母の死をめぐるいさかいから二人は別居し、沈むユーステイシアはワイルディーヴの誘いに乗ってパリへ脱出を図るが……全体はギリシア悲劇の様式にならって、長い物語は1年と1日で終止符を打つ。立ち読みに取り上げた冒頭はエグドン荒野の描写の一端で、深く暗いながらも崇高な永遠性をもつ物語の背景が的確に描写されている。 -
アンクル・トムのキャビン
トムはケンタキーの温厚な農場主に雇われていた忠実な黒人奴隷だったが、事業に失敗した主人によって、小間使いイライザの息子ハリーとともに奴隷商人に売り渡される。トムの苦難はここから始まる。トムは ニュー・オーリアンズの富豪セント・クレアの一人娘エヴァが河に落ちたのを救った縁で、同家に買い取られる。だが、比較的落ち着いた暮らしも、エヴァの死、つづく主人の急死によって一転する。トムは飲んだくれで残忍なミシシッピの農場主 レグリーに買い取られていく。その果てに待っていたものは……19世紀アメリカが生んだ代表的な社会小説であり、黒人奴隷のさまざまな姿を鮮烈に描いた秀作として呼び声たかい長編小説。 -
機動部隊
太平洋戦争の後半、ミッドウェー海戦の惨敗を経てもなお、機動部隊の果敢な戦いは続いていた。敵機動部隊に大打撃を与えた南太平洋海戦(本書第一部)をはじめ、勢力挽回をかけて展開されるアメリカ海軍とのあいつぐ死闘。だが一大決戦を挑んだ「あ」号作戦(本書第二部「マリアナ沖海戦」)に完敗、帝国海軍の機動部隊は、ついに積極的な作戦能力を失ってしまう…。連合艦隊の中核をになした機動部隊の奮戦ぶりをつぶさに詳述しつつ、日本の戦争指導の問題点を鋭くついた古典的名著。 -
良き兵士シュベイク
プラハで怪しげな犬の売買をして暮らしていたシュベイクは、オーストリア軍に召集されて前線に送られる。以前に兵役に服したときは「愚鈍」とレッテルをはられて除隊になったのだが、シュベイクははたして「愚鈍」なのか、それとも「知恵者」なのか。だが、シュベイクは上官の命令を忠実に実行することで、軍に多大な損害をあたえる。軍律の盲点をつく天才だったのだ。この長編は、第一次世界大戦時に被支配状態にあったチェコ人の一下級兵士がおこなった珍無類の抵抗と冒険をコミカルにえがき、諷刺・ユーモア文学の世界的傑作として名高い。シュベイクが常連だったことになっているプラハのレストラン兼酒場「ウ・カリハ(さかずき屋)」は、今も観光名所として知られる。 -
オデュッセイア
トロイアの陥落後、帰路についたオデュッセウスは単眼巨人ポリュペモスの島に着く。仲間を食われたオデュッセウスはポリュペモスの目をえぐって脱出するが、ポリュペモスの父親、海神ポセイドンの怒りをかい、以後故郷へたどりつくまで10年間の長い放浪苦難をよぎなくされる。女神カリュプソによる7年の幽閉、人を豚に変える魔女キルケ、美しい歌声で誘惑するセイレネス、恐ろしい怪物スキュレとカリュプデスらとの遭遇と闘い、そしてようやくたどり着いた故郷イタケでは、妻ペネロペイアに言い寄り、その家を我が物顔に占拠利用するやくざな求婚者どもと闘わなければならなかった。 だが、オデュッセウスは単純な勇士、不撓の航海者にとどまらない。策士であり、高貴であると同時に残酷・貪欲な人物でもある。「オデュッセイア」はそうした意味でも「最初の小説」「最初のすぐれた冒険小説」の名にはじない。 -
カラマーゾフの兄弟
フョードル・カラマーゾフは金と女にしか興味のないような悪魔的な男だったが、彼には3人の息子と1人の私生児があった。長男ドミートリイは27歳の退役士官で、婚約をむすんだ娘がありながら、妖婦グルーシェンカに恋慕して父親の恋敵になる。次男のイワンは合理主義者、無神論者である。三男のアリョーシャは幼いときから僧院に入って修業し、キリストの愛によって肉親を和解させようとする。私生児のスメルジャコーフは癲癇の発作もちで、悪がしこく、自分の出生に恨みを抱いて生きている。入り組んだ愛憎のもつれのなかで、フョードルが何者かによって殺害される。あらゆる証言からみて状況はドミートリイにとって不利なことばかりで、結局彼は起訴され裁判にかけられる……人間の獣性と神性をみごとに描きつくした大作。 -
ミッドウェー
ミッドウェー海戦は惨憺たる敗北であった。戦前、量よりも質をモットーとし、「寡(か)をもって衆を制する」ように訓練し、準備されてきた日本の連合艦隊が、「衆をもって寡に敗れた」のである。海戦の主導権は我にあった。参加兵力は米太平洋艦隊のそれに比して圧倒的に優勢であった。戦争の主役を果たした航空部隊の質は、必ずしも米軍のそれに比して劣ってはいなかった。しかもその敗戦は、近世の日本海軍が未だかつて経験したこともないほど決定的なものであった(初版まえがき)。……実際にこの作戦に参加し、つぶさに辛酸をなめた両著者が、この海戦に関するおおやけにされることのなかった詳細な報告文書と資料とをもとに書き上げた空前絶後の戦史! 本書は多くの言語に翻訳されて、世界的にも戦史の古典とみなされている。 -
上方落語100選
五代目笑福亭松鶴(しょうふくていしょかく)、六代目松鶴という上方落語の興隆に心血をそそいだ二人の十八番のネタから、速記によってまとめた落語。江戸落語とはまったくちがう即妙な語り口、「ド大阪」の息吹が生き生きと伝わる貴重な笑いと風俗の遺産。全100編を25編ずつ4巻にわけておくります。 -
レ・ミゼラブル
1815年10月、ディーニュのミリエル司教の司教館を、46歳の男ジャン・ヴァルジャンが訪れる。1斤のパンを盗んだ罪でトゥーロンの徒刑場で19年も服役していた。司教は温かく迎え入れる。だが、その夜、司教が大切にしていた銀食器を男は盗んでしまう。翌朝、男を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えた」と言い、残りの銀の燭台も差し出す。男の魂は司教の信念に打ち砕かれる。4年後、男はモントルイユ=シュル=メールで別名を名乗り、工場を営んで成功し、市長になっていた。その工場では、ファンティーヌという女性が働いていた。彼女は、3歳になる娘コゼットをモンフェルメイユのテナルディエ夫妻に預けていた。彼女は父無し子がいることを知られ、解雇された。その後、貧困のため前歯までも売ったファンティーヌは、あるきっかけでジャンに救われる。彼は、コゼットを連れて帰ることを母親に約束する。テナルディエ夫妻は「養育費」と称して母親から金をせびり、大きな借金となっていた。だが、コゼットを迎えに行こうとした矢先、ジャンは、自分と間違えられて逮捕された男のことを警官ジャヴェールから聞かされる。彼はその男を救うことを優先、裁判所で自分の正体を明かす。ジャンはファンティーヌの病室でジャヴェールに逮捕され、ファンティーヌはショックで死んでしまう。 -
好色一代男
井原西鶴の処女作であり、当時のベストセラーになった出世作。好色一代男とは、色道の探求に生涯を賭けて悔いなき男という意味だ。その主人公である一代男こと世之介は、巨万の富を擁する上方町人の二世として生まれ、七歳にして恋を知り、六十歳には女護島遠征に船出したまま行方知れずになるが、それまでの五四年間を、一年を一章にする構成で五四章にまとめた好色一代記である。世之介は地方も含めてさまざまな場所に出向き、さまざまな遍歴をするが、主要な舞台は公許の廓(くるわ)で、粋(すい)という「遊興の美学」を描くことが西鶴の意図であった。巻末には西鶴全集の翻訳で知られる暉峻康隆氏による「解説」を収めた。なお「プライム」とは「グリンプス」とは異なり、古典のほぼ全巻の現代語訳を言う。 -
インドへの道
イギリスの植民地だった第一次大戦後のインドを舞台にした物語。英国人女性アデラはインド在住の治安判事で婚約したロニーのもとを訪ねてくる。二人はインド人医師アジズや哲学者ゴッドボール、英国人教授フィールディングらと近しくなる。だがある時、アジズの提案でマラバー洞窟へ出かけ、アジズとアデラは二人だけで洞窟に入ることに。アデラは原因不明の錯乱状態になって洞窟から出てきて、性的暴行を訴え、ついにアジズを告訴する。裁判の経過とともに、英国人とインド人との軋轢が高まっていく。最終的には和解にたどり着くが、それには長い道のりが必要だった。英国の作家フォースターの代表作。 -
未成年
『罪と罰』『白痴』『悪霊』につづくドストエフスキーの4番目の長編小説。幼時から屈辱のうちに生い育ち、その間に自ら育んできた、ロスチャイルドになるという夢と、父ヴェルシーロフにたいする憎念と愛の渇望を抱きながら、父の招きに応じて上京した主人公アルカージイ。彼が身を投じた新しい生活環境は、さまざまな事件と陰謀と犯罪の渦巻く無秩序の世界だった。理想を見失って堕落の淵に落ちそうになりながらも懸命に踏みこたえ、一方ではカチェリーナ夫人にたいする恋と、その恋を種に企む悪党ランベルトの陰謀への加担の誘惑と闘い、異母姉アンナの、老公の財産を横領しようという企てを未然に防いで苦闘する。あげくはこれら錯綜した事件が一挙に解決したおかげで、彼はようやく押し流されようとした濁流から脱することに成功する。19世紀ロシア社会で、真の自由を求めてはげしく揺れうごく、青年アルカージイの魂の告白。 -
メリー・スチュアート
あるときは残忍な殺人者、または聖なる殉教者、あるときは愚かな陰謀家として、16世紀ヨーロッパの政治権力とからむ宗教的分裂の時代を背景に生きたスコットランドの女王メリー・スチュアート。生後6日にして女王に。58年にはフランス皇太子と結婚、翌年フランス王妃となり、61年には夫の早世により帰国。以後新旧両教派の争いと家臣間の内紛を極めた政治情勢の中に生き、さまざまな争いの渦中に、エリザベス女王廃位の陰謀荷担の疑いで監禁され、19年間各地に幽閉後、処刑された。ツヴァイクは豊富な資料をもとに、悲劇の女性を、対照的なリアリスト、エリザベスとの心理的対立の中に捉えて描く。「ジョゼフ・フーシェ」「マリー・アントワネット」とならびツヴァイクの三大伝記小説とされる。 -
ミシシッピ河上の生活
マーク・トウェインといえばトムやハックの冒険物語を思い浮かべるが、『河上の生活』はそれに劣らない傑作だ。それらの物語と同様に、雄大なミシシッピ河を舞台に、そこでの生活が躍動的に描かれる。作者自身が主人公になり、少年時代から憧れの的であった水先案内になるための厳しい修行を通じての実体験を基に、生き生きとした生活が描かれ、後半は、ミシシッピ河を再訪した時の記録となっている。訳者は言う…大動脈ミシシッピ河は、南北戦争の頃と今日では大分趣きを異にしているだろうが、それでも往時をしのばせる雄大な景観がいたる所に広がることは、彼の作品を読み、初めてこの大河を訪れた人々が等しく讃嘆するところである。 -
77人の侍アメリカへ行く
幕末の万延元年(1860年)、日米修好友好条約批准のために、幕府は77人からなる大規模な使節団をアメリカへ派遣した。正使・新見(しんみ)豊前守、副使・村垣(むらがき)淡路守、監察・小栗(おぐり)豊後守であったが、役人、多数の従者、勘定方、目付方、医師、まかない方などまで同道した。年齢は30代前半くらいが最も多かった。この珍客を迎えて、アメリカは国をあげての大騒ぎ、歓迎の嵐だった。一行は臆することなく行動し、珍談奇行の数々を披露、そこには初めて触れる西洋文明への素朴な驚きと巧まざる批判も生まれた。だが、帰国した故国の風は冷たかった。一行を送り出した井伊大老は暗殺され、この痛快無類の親善旅行の成果も、時代の大波にのまれてしまった。本書は村垣淡路守の子孫、服部逸郎が長年をかけてまとめた行状記で、多くの図版とともに忘れられた歴史の1ページがありありと眼前によみがえる。 -
魔術師
モームは、アレスター・クロウリーという特異な人物とパリでめぐりあった経験をもとに、オリヴァ・ハドゥーなる悪魔的怪紳士を創作し、それにふさわしい怪奇な筋をもつ一編の怪奇小説、恐怖小説を造りあげた。それが本書である。「常識」と「迷信」との対決という主題を掘り下げたのであるが、こうしたプロットを効果的に運ぶためには、作者は自身の経験にもなく、知識もなかった《魔術》という奇怪なカルトが、現実のヨーロッパ社会に存在していることについて、同じく無知な読者に納得させなくてはならない。すなわちこの小説は、小説としての意匠から必然的に、魔術とは何か? という問いに対する解明と考察とを含む一種の思想小説、文明批評小説として仕立てあげられることになった。 -
アイヴァンホー
中世イギリスのサクソン人とノルマン人の対立を背景に描かれた恋と冒険の騎士道絵巻。サクソンの郷士セドリックの子アイヴァンホーは、サクソン王アルフレッドの後裔であるロウィーナ姫に恋して父の意向に反し、勘当される。彼はノルマン人リチャード獅子心王の臣として十字軍に加わるが、リチャード王の弟ジョンは、兄王の外征中に王位をねらう。アイヴァンホーとリチャード王はひそかに帰国して、王位を守る。義賊ロビンフッドも力を貸した。ジョンと金融上のつながりを持つユダヤ人アイザック、およびその娘レベカも登場、レベカは負傷したアイヴァンホーを看護し、恋におちる。だが、最後にはセドリックの勘当も解け、アイヴァンホーはロウィーナ姫と結婚する。 -
ラーマーヤナ
古代インドのサンスクリット語による大叙事詩。詩聖ヴァールミーキの作と伝えられる。ガンジス川の中流に位置するコーサラ国の首都アヨーディヤーを統治するダシャラタ王は3人の妃によって4人の王子を得た。長男のラーマは魔類を滅ぼすためにヴィシュヌ神が人間に化身したものであった。王は長男ラーマに王位を譲ろうとしたが、継母のカイケーイーは、自分の産んだバラタを王位につけ、ラーマを14年間追放するよう王に迫る。ラーマはそれを知ると、自ら森に入った。妻のシーターと弟のラクシュマナも彼に従った。王が亡くなると、バラタはラーマを連れ戻しに行くが、拒絶されたので、ラーマのサンダルを玉座に置いて、王国を守りつつラーマの帰国を待った。ラーマはダンダカの森において有害な羅刹(らせつ)を退治したので、羅刹の王ラーヴァナは彼を憎み、かつシーターの美貌に魅了され、彼女を略奪して、自分の王宮に幽閉した。ラーマはラクシュマナと共にシーターを救出しに出かける。この救出劇の詳細がラーマーヤナの主筋である。途中、ラーマは猿王スグリーヴァの窮地を救ったので、神猿ハヌーマンをはじめとする猿軍の支援を得て、ラーヴァナの王宮がランカー島にあることをつきとめる。ラーマは猿軍とともにランカーに渡り、激戦につぐ激戦のすえ、ついにラーヴァナとその配下の悪魔たちを殺し、シーターを救出する。1年間ラーヴァナの王宮に幽閉されていたシーターは、身の貞潔を証明するために火神を念じながら火の中に入り、火神はシーターを抱きあげてその身の潔白を証言し、ラーマに手わたす。ラーマは彼女を伴ってアヨーディヤー市に凱旋し、王位についた。「ラーマーヤナ」はヒンドゥー教の聖典とされて後代の文学と思想に多大な影響を与え、インド国外でも、ジャワ、マレー、ミャンマー、タイなどの文化に強い影響を及ぼし、中央アジアから中国や日本にも説話として伝えられた。表紙絵はタイ、バンコクの「ワット・プラケオ(エメラルド寺院)」にある大壁画の一部である。 -
アエネイス
古代ローマの建国神話叙事詩。「アエネイス」は「アエネアスの歌」の意で、ラテン文学の最高傑作。トロイアの王子で女神ウェヌスの息子であるアエネアスは、トロイア陥落後、海上へと逃れカルタゴに着く。アエネアスは女王ディドに歓迎され、二人は相愛の仲となるが、天命には逆らえず、アエネアスはイタリアめざして出発する。ディドは別離に耐え切れず火炎に身を投じて自死する。ラティウムに上陸したアエネアスは、現地の王とルトゥリ族長トゥルヌスとの連合軍による執拗な抵抗に直面するが、長い戦いののち、ついにトゥルヌスを倒してローマの礎を築く。この作品の執筆に作者は11年を費やしたが、未完に終わった。彼は死の前に草稿の焼却を望んだが、アウグストゥスが刊行を命じたため世に出ることになった。この作品は単に神話的英雄を謳うにとどまらず、当時内乱を終結させたローマの実力者アウグストゥスの治世をアエネアスに仮託し、賛美する構造をもっている。原文は韻文であるが、この翻訳は親しみやすい散文訳である。
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