村田沙耶香のレビュー一覧
-
-
Posted by ブクログ
ネタバレ村田さんの作品は「生きづらさ」という日々のもやもやを的確に言語化してくれる気がします。結末は突飛に感じることもありますが、そこに至るまでの経緯や登場人物たちの感情・言動には共感できることも多いです。
「ギンイロノウタ」でうわぁ分かる…!となったのが、花いちもんめのシーン。
「私の体は強ばっていた。この遊びで私は、いつも最後の方まで残ってしまうからだ。人気のある女の子は何度も名前を呼ばれ、いったりきたりの取り合いになっていた。(略)私はいつまでも名前を呼ばれないまま、細い声で歌いながら前後に動いていた。」
何て緻密に文章化するんだろうと思いました。
他にも「失敗してはいけないと思えば思う -
Posted by ブクログ
ネタバレ変半身、島で行われる変な伝統儀式の話かと思っていたら、そこで終わらせないのが村田沙耶香だった。人の信仰なんてこんな簡単に変わっちゃうでしょ、歴史なんてこんな簡単に改編できてしまうんだよ、というような嫌味をビシビシ感じた。現代の「普通」「常識」によくもこんな疑問を投げかけられるな……と毎度驚かされる。そんなところが大好き。そして最後は村田沙耶香らしい気持ち悪さで終わる。
満潮は潮を噴くために切磋琢磨する夫婦の話。膣の描写が丹念で、めちゃくちゃわかる〜それそれ!と思うようなリアリティだった。村田沙耶香の書く“性”、絶妙に生々しく気持ち悪いのが大好き。2篇とも面白かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ歪な家庭環境で育てられた主人公がその呪縛から逃れるために、いろいろともがく話。短編が二編収められているが、状況設定はとてもよく似ていると感じた。ただ解釈が様々になるように描写されていることも多く、私の読み取り不足によるところもあるかもしれない。
似ている点としては、主人公は両方とも親から何かを押し付けられるというところが挙げられ、「ひかりのあしおと」では、大人っぽくあることを、「ギンイロノウタ」では臆病であることを押し付けられて、そのせいで孤独を強いられていた。
大きな違いとして「ひかりのあしおと」では、主人公は自分の家庭や自身についての異常性を認識しており、それ故に普通になることを目指 -
-
-
Posted by ブクログ
村田沙耶香さんの作品は気持ち悪いと評価されがちだけど、
私は気持ち悪さを感じるのではなくて、こういう世界もあるのかもしれないと心がゆるむ
世間は、社会に迎合できない考えに対して、今のままでいいとは言ってくれない
相談には結論が必要であるという一般認識のせいなのか、妥協していく未来の話、時間に全てを委ねた解決がどれほど素晴らしいかを説明される
私はその有難い話に救われたことになり、
相手が気持ち良くなって終わるのが関の山
私の心は素手で掻き乱され、ぐちゃぐちゃに黒くなり、ネトネトと溜まっていく
村田沙耶香さんの作品は、周りの言う通りにすることが正しいのだと思い込んで自分を殺して楽にな -
Posted by ブクログ
ネタバレ千久世島では、ポピ原人と人間が仲良く暮らしていることをポーポー様に知らせるために、秘祭モドリが行われる。それを信じきっていた陸だが、その秘祭は数年前に島の若者たちがエロ目的で考え出したものだと知る。
後に陸が結婚した夫は詐欺師。里帰りした千久世島は今度は別の神話をかたって変な観光地にプロデュースされている。この世のものは何かにプロデュースされて、意味づけられているに過ぎない。最後に秘祭ニンゲンの終幕が宣言されると、戸惑う人もいつつも人々は皆ニンゲンをやめてポーポーになっていく…
『信仰』とテーマが重なる。ニンゲンとして振る舞うのは皆仮面。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ狂気そのもの。読んでいて圧倒されたしおいて行かれた。
訳が分からなかったが、それであってこその村田さんの作品なので、今回も楽しく読めた。前半の「ポーポー」という単語だけが書かれたページはさすがに気持ち悪くて笑いながら読んだ。結末が全く予想できなかったが、逆に予想できた人はいるのだろうか。モドリやポーポー様が偽りだったのではなく、「世界」事態が偽物だった。今こうやって話している言語も立っている場所もすべて偽り。書いていてよくわからなくなってきた。モドリで高木君が卵を産んでいるシーンは最高に気持ちが悪くて想像するだけで嫌になった。
「満潮」はモドリの話よりさらに訳が分からなかった。旦那はなぜ潮を吹