村田沙耶香のレビュー一覧
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ネタバレとにかく後味が悪い読後感。このまま眠りについたらうなされそうという危機感すら感じる。『常識、普通、当たり前』にメスを入れる作品は少なくないが『殺人』を命を生み出す『出産』と同等に神聖で尊い行いだという設定は衝撃だった。一方で、同じ衝撃的な設定でも、『性行為』は『愛情表現』と『快楽』のための行為であってその延長線上には『妊娠』『出産』は存在しない体の構造にしてしまうあたりの発想は合理的で現実に合った社会構造のような気がした。
『殺人行為』をかなり具体的な言葉で紡いでいるのが思わず目をつぶりたくなる作品であった。一気読みだったのに高評価がつけれないのは表現がエグすぎて疲れてしまう作品であったためである。 -
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家族、性愛、生殖、人間関係といった当たり前だと思っている価値観を、徹底的に組み替えて見せるディストピア的な世界観はとても興味深かった。
一方で、性や性愛の描写はかなり苦手で、読んでいて精神的に疲れる部分もあった。
特に引っかかったのは、作品が多くの価値観を相対化していく一方で、その価値観を相対化している側の思想そのものは十分に相対化されていないように感じたこと。
人間や家族を箱の外から観察しているようで、観察者自身は箱の中に入っていない様な、そんな非対称さを感じたことには少し違和感が残った。
世界観は非常に面白く、考えさせられる作品でした。
ただ、読後は『すごい!』というより、『作者さん、ちょっと話聞こか?』という気持ちになった笑 -
Posted by ブクログ
いろんな人の性への考え方があって、理解できるものもあれば出来ないものもあった。
自分の性に対する考えをもっと整理したいと思った。
藤野可織さんの話は首がもげるほど共感できた。
特に共感した部分。
「私は自分が子どもを望んでいるのかどうかわからなかった。いくら考えてもわからなかった。私は体力がなくて、だいたい無気力で、まともな生活もできず、一般の人よりも劣っていると言う感覚があった。子供なんて産んでしまったら責任のある決定をたくさんしなければいけなくて大変だし面倒だし疲れるだろうと思った。」
「私は、自分をコントロールできるということに振り回されていた。当たり前でありながら得難い素晴らしい権利に気持ちをぐちゃぐちゃにされ、一瞬ごとに子供がいてもいいと思ったりいたら終わりだと思ったりしていた。自分が情けなかった。」 -
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ネタバレ短編集。ちょっと変わった人間見本市。
1番最初は葬式の代わりに“生命式”をやるようになった未来の話。生命式では死んだ人間を食べるという。主人公の友人山本も例外なく調理される。解体や処理は業者任せが主流で調理は家でが主流だそうだ。主人公は山本家族と山本を調理する。その後式が始まりみんなで山本を食べる訳だがこの描写がまあ気持ち悪い。脂がまろやかだの血の味がどうだの…。一日くらいうっすら体調が悪く肉食べる気にならなかった。
またこの式には死んだ人を食べて新しい命を作るというのも目的らしく、式の最中で男女が「僕たち受精してきます!」と中座したり、夜の浜辺で何人も…、と性行為が神聖なものとなっている。道端には精液が落ちているなどえー…となる描写が盛りだくさん。
しかし変な人と思うのは自分の価値観に合わないから。主人公も生命式がなかったころの価値観を忘れておらず、違和感を感じてはいる。急に食人推進されるようなことはないだろうけど、社会の空気に飲みこまれないでいるのはきついなと思った。
変な人たちだと思ってはいるが、そういうもんなのかもと思えてしまう。映像でなく文章だからかしれないが。
最後にはペルソナを5人、それも極端なのをもった女性が結婚式を挙げるときにどれか1つに絞らんとする話が出てくる。
婚約者に相談するも彼はキャパオーバーして引きこもってしまう。彼女は親友に考えてもらった第6のペルソナ、愛情欲しさに5つものペルソナを作り出した女として接する。彼は信じ互いをハーちゃん、マザーと呼び合う関係に落ち着く(何でだよ)。しかもこのハーちゃんという命名、彼女の名前はるかからだけと思いきやハンニバル•レクターからもとっているという。マザーは何でなんだ。説明なし。
この第6ペルソナをつくった親友謂く「人は真実が汚くあって欲しいんだ」というのはわかる、と思った。
昔からカニバリズムの話を聞くと、なんとも言えない味が、感覚が口の中に広がる。爪を噛んだ後のような。この作品も例外なくそうだった。
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Posted by ブクログ
空子自身のスタンスや考えが定まってきた中でストーリーが展開されるようになったため下巻に入って読みやすさは格段に上がったが、ショッキングな出来事が息つく暇もなく起こるストーリー展開は上巻と相変わらずであった。
空子の感情の起伏が最小限に抑えられているため、凄惨な出来事が続いても、なんとか読み進められたのは作者の狙いなのだろうか。
突飛な世界設定と、その設定を最大限に活かしたストーリーにも関わらず、「現実世界で見て見ぬふりをしている/されている問題」がストーリー中に所狭しと並んでいて、読み進めながら頭の片隅に後ろめたさと憤りが常に見え隠れしていた。
最終的にこの物語が何を伝えたかったか明確には分かっていないが、もし多くの人がこの作品を読み進める中で私と同じように「後ろめたさ」や「憤り」を感じているのであれば、現実世界への問題提起型の小説なのかもしれない。
この仮定の正誤はきっと分からないままなのだろうけれど、現実世界とかけ離れた設定にすることで「分かる人にだけは分かる問題提起型小説」になっているのかな、と思ったり思わなかったり。
個人的に興味があるのが、私の感じた「憤り」を男性の読者が同じように感じたのかどうか。女性の作者が描いた女性差別、女性軽視、ジェンダー・ステレオタイプについてどのように感じ、考えたのかを知りたいと思う。