村田沙耶香のレビュー一覧
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嫌悪、不快といった負の感情や感覚が生来自分に根ざしているものと思いやすいのはなぜか
これをしてもいい、くらいならあるけど、これをめちゃくちゃしたいって思えるものはあまり思い浮かばなくて、確実に自信を持って主張できるのは、これは嫌だ、っていう抵抗感だけ
そもそも、好きを探して能動的に生きることを強要されるのが意味がわからない。好きなものを無理やり模索させて開示させて「ほら大丈夫だよ、あなたにも好きなもの、夢中になれるものがあるじゃない」と、安心感が保証されたかのように慰められようものなら、豆腐にかすがい状態、フラストレーション溜まりながらも服従を受け入れる諦めモードに入る。
生きているだけじゃダメか。
と、マリーになっていない状態の瀬里奈の主張を読んで思った。
正解の範囲が暗黙の了解で決まっている「好き嫌い」を主張してそれなりに納得のいくアイデンティティを保持する面倒くさい生活。ワークブックのように愚直に都度正解を探す主人公の普段の生き方より、マニュアルが決まっているという点で、ファミレス店員とかマリーとかに嵌まり込む方が楽そう
いつもワークブックをこなし続けては、たまに三角をつけられて落ち込む主人公が、マリーをやめてワークブックの存在すら意識せず奔放に振る舞ってもやがては周囲に受容されるだろう瀬里奈を羨ましく思うのは理解できる
そのまんまの自分でもみんな分かってくれるという綺麗事はよく聞くが、まず、そのまんまの自分というものは「そのまんま」に見えているだけかもしれないし、そのまんまが、周りの許容範囲内に入っているというラッキーを手にしている人のおめでたい発言だと感じる
両者世界との触れ合い方が違うけど、どうにか生き延びたいだけなのに、互いに相手との間に努力や臆病さに差があるように感じられてしまうよね、どっちもマウスなだけなのに
他人の生き方と自分の生き方を比較しても隣の芝生は青く見えるだけ。自分を品種改変すると改良された気になるが、ただの変化をベクトルと捉え、良方向に向かっているとするのにはどうしても抵抗があるので、すっきりとしない後味のラストだった。 -
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どんなことをどんな風に語るかは自由なはずなのに、不思議と受ける印象が近い方も多い。圧倒されたのは、自身の自慰について複数名の方が赤裸々に書かれていたこと。もちろん秘めておくべきかどうかは個人の自由だが、同じことを目の前の男性に言われたらきっと眉間にシワを寄せてしまうと思うので、(こんな性差を感じてどうかとも思うが)そうならないのを織り込み済みの、女性性を逆手に取った表現ような気もする。私のお気に入りはセブンルールで見たことのある藤原麻里菜さん。「もし、技術が発達して、アバターを作って仮想空間で生きれるとしたら、私は女の身体を選ばず、カービィみたいなピンク色の球体を選ぶだろうと思うのだ。そうしたら、女であることの不安や恐怖から解放される。ピンク色でかわいいし。丸くてかわいいし。そういった願望があるけれど、身体からは解放されない。生殖器があるからだろうか。生殖器が私の身体にばっちり組み込まれてるからかな。テトリスだったらセックスしたときに消えそうだけど、そうもいかない。私の身体は消えない。だから、愛するしかないのだ」。
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高橋源一郎さんのラジオで紹介されているのを聞いて読んでみた。
同じ状況でも「気づいてしまう人」と「気づかずスルーする人」がいると思うが、
「女であること」で少なからず嫌な思いをした経験は誰にでもあると思う。
痴漢について、本筋からはずれるかもしれないが、これだけ多くの女性が被害に遭ってる、ということはそれだけ痴漢をやったヤツがたくさんいる、ということよね?
もしかしたらそこにいる善良そうなおぢさん、爽やかそうなお兄さん、しょぼくれたおじいさんだって!
それでもみんな知らんぷりして普通の生活をしているんだろう、と思うとものすごく腹立たしい。
またまた話がズレるが最近読んだ大谷晶さんが自分をすごく好いている、と書かれていたことがとても印象的だった。
いろんな思い、様々な経験をした上での発言だと思うが、ぜひともこのリレーエッセイに、大谷さんも寄稿してもらいたい、と思った。 -
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人間の醜い部分とか嫌悪感を描写するのが天才的に上手だなあと思う。ここまで詳細に言葉を尽くして、目の前にある醜さや心の内側から湧き出てくる嫌悪を描写することになんだか執念みたいなものを感じて、謎の感動が生まれる。あと、作中に出てくる奇妙なエピソードになぜか説得力があって、実在する記憶を辿って書いてるんじゃないかという気がしてくるのも不思議(「授乳」の母親のおにぎりの作り方、「コイビト」のぬいぐるみとの関係、「御伽の部屋」の正男お姉ちゃんとの思い出、など)
解説の言葉を借りると、自分だけの王国を築いている三人の女性の物語。私には、村田沙耶香さんこそが初期から完成された自分だけの王国を持っている人に思える。
作品同士が繋がっていたりはしないのに、どの物語もパラレルワールドみたいに分岐した世界で根っこは同じ場所にあるような感覚がずっとある。その根っこにあるのが彼女の王国なのかなあと。 -
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ネタバレ【読んでる途中の感想】
私はグロ描写もつらい話もたいくつな小説でもたいてい途中でやめるということはまずないのだが、これはキツくて途中で休憩してハートウォーミングな全く関係ない短編を読んで回復してまた読み進めるという手段を取りながら読み進めた。こんなことは初めての経験!しかも物理的グロ描写や目を背けたくなるような悲しい話などではないにも関わらず。だから本作はある意味すごく「心を動かす」本だった。
モラハラロリコンDV男性ばかり出てくるが、自分はこういうタイプの男性と関わったことがないので、主人公の振る舞いが相手の人をそういう人格に変容させてしまっているのでは?と思った。
いや、この小説の世界は現実と違ってこういう男性がデフォルトなのかな。
でも楽したいと言いつつ主人公は自分が楽じゃない方向へ自ら男性を誘導している気が…
「SNSで極端なことを言ってる色々な人を集めて煮詰めて作った世界」という感じで現実とは少し違うなとは思うが、この小説の世界にどっぷり浸かってるとだんだん感覚も現実味を帯びてきて、洗脳されそうで怖いですね…。
こういう考えにはなりたくないなという意味でそわそわしながら読んだ。
【読み終わった感想】
SFだったー!!!
SNSを強調して煮詰めたみたいな人々が生きる世界って印象はかわってなくてイライラするけど、やっぱSFだったー!!!
この世界の中の色々な発想が現実に完全にないとも言い切れないので、それもまた少し怖くておもしろいです。
題名の意味もわかって世界が開けたし下巻もたのしみです。
まぁでも精神的ダメージが大きいので家族には読んでほしくないかな! -
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西加奈子さん、村田紗耶香さん、千早茜さん、、他にも豪華な方々のお名前が、、
もうこれ買うしかないやんと思って購入して即読みました。
それぞれの女性作家さんたちがご自身の身体をテーマにリレー形式でエッセイをつづられていて、どのエッセイもすごく赤裸々に描かれていて同じ女性として共感するところもあれば、驚かされることもあり、、それこそ、読んでからは「私の身体は私のもの」を強く感じた。
それぞれの身体に色々な経験や傷が合ったり、コンプレックスが合ったり。
それでも一つしかない自分の身体。
こんな私でももっと堂々と生きていていいんだと思わせてくれる作品でした。 -
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殺人出産、他3つの短篇から成る。
全て着眼点が面白いなと思った。
これが11年前に書かれた小説だというのも衝撃。
11年前の時点で既に未来の可能性としてこんな小説を書いてるんだこの人…という感じ。
①殺人出産
現代では男女が恋愛▶︎結婚▶︎妊娠・出産
の順序で(例外あり)進むことがメジャーだが
100年後の世界では人工授精が主流となり
男性も人口子宮を付けることによって
妊娠・出産が可能になっている。
更に現代日本での極刑「死刑」が100年後には
「産刑」、つまり人を殺した人間は命を産み出すべきだという考えが浸透している。
10人産んだら1人殺せる「殺人出産システム」、
これにより日本の人口減少を食い止めている。
なんかもう世界観がすごい。
現代ではありえない話だけど近い将来、遠い未来に
ありえなくはないんじゃないか…?と思える絶妙な
ラインの設定なのがすごい。
人間の価値観や常識は昔からどんどん変化していることを思えば、いつかこんな時代がくるのかもしれない。
終わり方はイマイチだったけど設定がすごかった。
②トリプル
2人で付き合うカップルではなく3人で付き合うトリプルという概念がある世界線。
デートもキスも性行為も全部3人で。
異様だと思うけどトリプル側の人間からすると
カップルの方が異様。
人間は自分が当たり前だと思っている価値観から
ズレているものについては排除したがる生き物。
これも設定として面白かった。
でもこの人の性描写絶妙に気持ち悪いから
あんまり好きじゃない。
③清潔な結婚
体外受精のシーンで思わず声出して笑った
④余命
医療の進歩により人間の平均寿命がどんどん延びている。いつか不死身が当たり前になり、死ぬのに一苦労する時代。自分で死ぬタイミングも死に方も考えなければいけなくなり、それはそれで厄介。
"医療がここまで発達する前は、死は向こうから勝手にやってくるものだったという。楽でいいなあと思う。今はわざわざ、人目を気にしてセンスのいい死に方を探しながら自分を葬らなくてはいけないのだから。"
斬新だ……たしかに楽なのかもしれない…… -
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学校ってこういう感じだったなぁ。
グループが出来るし、大人しい子を虐めの対象にしたり。そういうの大嫌いだった。嫌いな人は関わらなければいいだけなのに何故虐めるのか、胸糞悪い。女だけじゃなく見てたら男も似たような感じだったなぁ。
私は自分が好きな人にだけ好かれていたいと思うからあまり律の考えには同意出来ないけど、大人になって職場家庭友人等の相手が変わればそれぞれに見せる私も違って。
でもそれでいいと思うのです。
律と瀬里奈がお互い本当の素の自分を見せられてるのは、私で言えばもう友人以上の家族のような関係性なんだろうなと。
この本は、大人になって読むと忘れていた思春期のなんか胸が切ないようなザワザワするような感覚を思い出せるものでした。 -
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生きる上では真実らしい信念で脳が薄く飽和しているくらいがちょうどよいのでは。
自分たちが真実だと確信できるもっともらしいストーリーを吸収し続けている人間教。その外に出て無になろうとしても、余計に存在の不確かさに怯えて、その不安から、それらしい物語の吸収率が高くなるだけな気がする。もしくは、その反動で無になる宗教、つまり全て騙されている、洗脳されているという真実に辿り着こうとする宗教にのめり込んでしまいそう。
何か真実らしいものを信じ込んでいるという究極の真実を見つけた気になるが、その確実な真理のように思えるものも、信じ込んでいるだけかもしれない、というマトリョーシカ構造。
真実の乗り換え、新しい流行に移り変わる時期には犠牲者がつきものという図式も他作品でたくさん出てきたな。
最後、空っぽな脳を埋めていた「ニンゲン」という役を脱ぎ捨てて島の住人たちが「ポーポー」になっていったが、ポーポーもやがては違う何かに置き換わるんだろうな。自分という器を満たしていたものが違うもので満たされ、その変化の隙間に無が現れると表現されていたが、空っぽの状態すら存在しないんじゃないかという感覚がどこかにある。 こういう思想が根底にあるんじゃないか、真実はこうなんじゃないか、と普遍的真理のように感じられる何かに出会うたびに、それも自分の思考が土台になっているから外側からさらに解釈可能なものなのではないか、つまり思考主体である自分の地盤となるものなんて存在しないのではないかという思いに常に悩まされているので、空っぽな状態(容器という形状を保つ外側の輪郭)=思考における究極的で絶対的な外側(絶対的客体)なんて存在しないと思ってしまう
信仰の家畜ということを認識して家畜としての人生を全うしたいが、自分が家畜という自覚がある限り理想的な家畜(無自覚な家畜)にはなりきれず違和感が拭いきれないというジレンマ
満潮は丸の内魔法少女ミラクリーナの無性教室と通ずるものを感じた。世の中で横行している考えに消費され、世の中に存在する確固たるルールに縛られる前の、純粋な姿としての自分の性を(身体を)ありのままに扱いたいという気持ち。