平田オリザのレビュー一覧
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但馬日記 演劇は町を変えたか
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Posted by ブクログ
(2014/7/6)
リサイクル本、2001年の本ながら、2012年に四刷りされてる。
内容は、芝居に国や県、市の予算をつけることの必要性。
これを読んで昨年の大阪市橋下市長の文楽への補助金カットが思い出される。
私はどちらかというと橋下派。
税金なしに成り立たない芸術ならなくなってもいい気がする。
それより新しいものが生まれるエネルギーを削がないほうが大事な気がしてる。
ただ、同世代平田さんの言うことももっともで、じゃあ今の予算の使い方が国民市民を幸せにしているかといえばそれはまた別。
そもそも私はフリードマン派なので、一部の人間が金を集めて何かに使う、ということに懐疑的なのだ。
とはいえ目先のことしか考えない大衆の意見に従っていいのかといえばそうではないのも事実。
でもその予測が当たるとも限らず、、、答えは出ない。
芸術に金をつぎ込むことが国民市民の幸せになるのかもしれない。
わからん。
税金って。
序章 芸術の公共性とは何か
第1章 地域における芸術文化行政
第2章 経済的側面から見た芸術文化行政
第3章 教育と芸術文化行政
第4章 文化権の確立
第5章 文化行政の未来
終章 芸術の未来 -
Posted by ブクログ
(2022/1/8)
2020年、まだコロナ第2波くらい、オリンピック延期、という段階で書かれたアンソロジー。
日本の知性が集結している。多くの方が参加している。
読み始めたとき、それぞれのお名前の横に簡単な肩書しか書かれておらず、
もう少し人物紹介すればいいのに、、、と思ったのだが、巻末にまとめて紹介されていた。
この本は中高生向きなので、それぞれの著者を知らない可能性が高く、人物紹介が長いとかえって予断を持って読み始めてしまうので、避けたのかな、と推察。
私は彼らの著作を結構読んでいるので、背景を知って読むとより立体的に読めた気がする。
一つ一つのコラムにコメントをするのは野暮なので辞めておくが、一番心を動かされたのは、雨宮処凛さんのコラム。
ペット連れの要生活保護者をどう支援するか。役所は「犬を処分してから来い」と言い放つ。
確かにその考えは自分の頭の中にもある。生きるか死ぬかの状態で支援を求めるのにペットなんて贅沢!と。
しかしその一方、モノではなく生きているペットを捨てる、殺すなどできるはずもないと、、、
我が家にも猫がいるが、極端に憶病なので、地震で避難所に行くことになったらどうなるのか?いやそもそも避難所が受け付けないか、、
話戻ってそうした人を支援する彼女たち。当然お金が必要。これをどう集めるか。
自分は寄付できるか?
日ごろ人の役に立ちたい、などと言っていても、そこに目が向くか。
反省。
それに関連して、ベーシックインカムに注目するコラムもいくつか。
クソ面白くない仕事をAIに任せる。
イギリスをダメにした高福祉、働かなくても食えることに劣等感、感情を持たせるようにしたサッチャー。これは今の日本にもある。生活保護を受けづらくする。
しかし金はあって暇がある、という状態が様々な文化を生む側面もある。
オリザさんも別の切り口ではあるが、不要不急の芸術の必要性を訴える。
・・・もしAIが何でもやってくれて、富がうまく社会に分配されるようになれば、人々は金のためにあくせくするのではなく、本当に人の役に立つために、自分の好きなことをして働けるのではないかな。
なまじ労働が貨幣価値に代替されるから、怠ける人が出るのでは、、、
いくつかのコラムからそんなことを感じた。
あ、それと、「椎名林檎になるための方法を教えてくれるのはどこの学校か?」と真剣に聞く大学生がいたという話は衝撃的だった。増田聡さん。
正解が学校にある、と思っている日本の教育システムの膿のような話。
。。。しかし、こういう本があるということは、日本の知性が捨てたもんじゃないことの証でもある。希望はある。
こんなコロナ禍ではあるが、前を向いて生きていきましょう! -
但馬日記 演劇は町を変えたか
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Posted by ブクログ
定年間近のこの歳になっても、青春を描いた本を読むのは楽しいです。
もしかしたらこの本は学校の演劇部員にとってはバイブル的なものかな?著者もそこは意識して書いたのではないでしょうか。所々に「ここはこうした方がいいよ」とか「ここにも注意した方がいいね」とか、読者に丁寧にアドバイスしてくれているような場面が数多く散りばめられているのは演劇に疎い私でも感じました。
以前に読んだ、佐藤多佳子さんの「一瞬の風になれ」が中高の陸上部員の間で広く読まれた(たぶん)のと同じように、プロ・アマ問わず演劇の世界で頑張ろうと考えている中高生にとってはうってつけの一冊だと思います。
もちろん、演劇に興味がない人にとっても珠玉の青春小説であることに変わりはありません。
※追記:読み終えてから平田オリザさんのことを調べてみたら、女性作家さんとばかり思い描いてましたが、なんと男性でした。そしてやはり本職?は劇作家、演出家となってました。こちらは納得!です。 -
Posted by ブクログ
現在のシステムの潮流でのカタストロフィの生じる前の方向転換を撤退論としている。
コモンの再生と撤退ということで、斎藤幸平が、『資本主義から撤退して里山に行くだけでは不十分。何故ならそのままでは、資本主義が里山を含めた環境を破壊するから。』と言っていたところに納得。彼はだからこそ資本主義は止めなければならないという。当方はまだ、サステナビリティは社会という形での対応が必要と思っている。戦争、技術進化などに対応する上で、経済を止め切ることはできないと思うため。
撤退とは、単に行くか戻るかの二者択一を意味しない。そのような二者択一を自分に迫っている世界観とは、全く異なる世界観へのパラダイムシフトを意味しているということである。
難しいと考えているシステムの転換は、現代のシステムの思考の中て考えているから。
そのためには、イメージから先に変われ。かえ?とは、目標わ着地点をへんこうすることではなく、現在流通している思考や、言葉遣いそのものを変えるということに他ならない。 -
Posted by ブクログ
中高生向けの授業が増えそうなので、参考になりそうな事例を学ぼうと購読。以前からパフォーミングアートで地域活性や人材育成などに取り組んでいる平田さん。今回は子供たち向けに、これから何をどのように学ぶと良いかについての論を展開している。といっても、子供向けというよりは、子供に向き合う大人や、新人を採用する組織に向けたものでもあり、とても参考になった。世界最高クラスの知識はネット学習でいくらでも学べる時代であり、そういった形式知の多寡よりも、「クルー型」(見知らぬ仲間、多様な仲間と、いかに物事を成し遂げていくのか)を見るようになるだろうと。そうすると、このような機会を小さな頃から持つことが大事なのだが、それは首都圏が圧倒的に有利で、同質的・閉鎖的な地方は不利になることが多い。こういうことも格差の端緒になり得るということで、やはり教育は大事。
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Posted by ブクログ
「まえがき」の内田樹の文章の衝撃たるや。
21世紀末には、総務省の中位推定で、日本の人口は4700万人に。7000万人も減るという。
そして、この事実を国は知ってはいるが、「このシナリオを国民に対して開示する気がない」にっちもさっちもいかなくなってから、我々に、さて、「日本は沈みつつありますが、生き延びる手立てはもうこれしかありませんと手の内を明かす」だろうと。
その時には「強者にすべての資源を集中し、弱者は見捨てる」というシナリオは出来上がっている…。
そうだろうと思う。そうなのだ。たぶんもう出来上がっているのだ。我々庶民はうかうかしてこれからだまされるのだ。
この「まえがき」と白井聡と平田オリザの論考が、特に優れている。この三箇所だけで、この本は⭐️5つだ。
白井聡はあまりにもハッキリとこの本で、誰もがそうではないか?と薄々気づいていたことを明らかにした。「われわれは根本問題の所在をはっきりと認める必要がある。日本の政治が見るも無惨な状態にあるのは、官僚機構が、あるいは政界が劣化しているからだというよりも、そうした堕落を許すどころか、腐敗堕落した勢力をわざわざ選択し、それに権力を与えている有権者の無知と堕落のためだ、という事実が正面から認められなければならない」
とうとう言ってしまった(笑)
ここを読んだ時間が寝る前だったので、その日は寝付くことができなかった…。白井さん!
平田オリザの指摘も示唆に富む。
西洋のリアリズムを情緒、感傷的に読み変える日本文化。
この甘美な情緒が産むものは何か。
せめてソフトランディングできたら、と願う。
兪炳匡の「プランB 」が少しでも実現できたらと思うが、この国はできないだろうな…。
兪さんの指摘、「著者が懸念するのは、現在の日本で生まれ育った人が、欧米諸国に留学ないし就職する際に、『基本的人権の尊重は建前であり、本音では揶揄・否定しても構わない』との言動をとりかねない」こと、さらに、「個人を評価する時に、日本では、仕事をする能力と倫理観・価値観を『足し算』によって評価」するが、「欧米での評価方法は、『掛け算』ですので、差別発言がある限り、高い研究実績を乗じても0以下になり」、「特定の大学だけでなく欧米の大学・政府組織・企業から永久に追放されます」は重く受け止めた。
つい最近、映画人をはじめとする文化人のセクハラに関して、その作品までも追放するのか、という発言が、なんと新聞にまで登場したことが思い出される。
言論人でさえ、足し算に疑問すら持たず、掛け算の発想すらない、その程度の知性が新聞をつくる国なのだなと思う。
今回の「撤退」に関するアンソロジーは、しみじみ読んでよかったと思うが、しみじみ悲しくもなる。