平田オリザのレビュー一覧
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新井紀子さんの本を読んだ時に感じた違和感のようなものの正体がわかった気がする。いくら論理的な思考や表現力などを身に付けたとしても、相手に伝わらなければ意味がないし、相手の気持ちを理解しようとすることを忘れてしまっていたら意味がない。
そもそも、人はよく誤読をする生き物なのだというのが大前提。それでも、先行きが不透明な未来を生きていくために、きっと大事なのは、さまざまな文化的背景が違う人たちと話しをし、相手の言っていることを理解しようとすること、そして、自分の言いたいことも伝えようとすること。そして、どちらかがいいとかどちらかを選ぶののではなく、それぞれの主張をすり合わせて新しい結論を見出すことができるようになること。
そんな力を身に付けるのに、有効なのが演劇教育。演劇教育を通して、身体的文化資本を一人一人に身につけさせられるようにすること。
面白い取り組みをしている大学の大学入試が本当に面白いし、中学生高校生にも取り入れられる視点がたくさんあったように思う。また、平田さんが学長に就任予定の専門職大学もある兵庫県豊岡市の取り組みが本当にユニークでとても興味深い。東京に住んでいるくせに、こういう地方・地域が元気だとワクワクするし、とてもとても興味がある! -
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まことに小さな国が、衰退期をむかえようとしている。
――とは『坂の上の雲』の冒頭を引いての贋作だそうだけど、この本はこのフレーズで始まる。これから衰退していくしかない日本の、この先のいき方を示唆している。
「降りていく生き方」という言葉を聞いたのはほぼ10年前のこと。日本のあり方というよりは、身の丈に合った無理のない生き方をしていけばいいんだというような話だったという記憶があるんだけど、この本はそれを日本という国のあり方として考えようというもの。兵庫県の豊岡市とか四国学院大学とかオリザさんがかかわってきた好事例が紹介される。いずれも理想的で希望がもてるような感じ。ワクワクする未来がやってきそうな感じ。
「下り坂をそろそろと下る」ってタイトルはオリザさんが自分でつけたのだろうか。内容と合っていそうで合っていない。紹介されている事例は「そろそろ」でなく大胆に、しかも下っていない感じがするよ。むしろ上っている……いや、昇っている……っていうか閉塞した現代日本とは別の次元に昇っていると思う。下りか、上りか別次元かわからないけどまずは頭を切り替え一歩踏み出せ。そろそろとでもいいから。 -
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筆者自身が述べているけれど、こういうことを書いた時点で怒り出す人がいる。
でも人口減少社会という、止めようのない、そして文字通り未曾有の事態を前にして、これまでと同様の方法論が通用すると考える方が明らかに理性的でないと思う。
だから私は、これからの日本が「下り坂」であることを認めようと思うし(厭だけれど)、下り坂に逆らって上ることができない以上(それができるのがタケコプター。出せるのはドラえもんだけ)、現実的にはその下り坂をいかに「負けしろ」を少なくして下るかという命題を立てざるを得ないと思う。
タケコプターを作りたい人がいてもいいし、そんな天才があらわれてくれることを切に、心の底から願うけれど(本当に私の老後はどうなっちゃんだろう?)、あくまで現実的な話としてタケコプターの出現に賭けるわけにはいかないだろう。
ただ思うにそれは「負け」ではない。筆者自身が末尾に記しているように、新しい景色に、新しい価値観を見出す作業が必要だということだろう。
パラダイムをシフトさせて、大きな混乱のないように、新しい地平に軟着陸していくこと。そういったことが求められているのだと、改めて感じた。 -
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平田オリザ氏 本質論であり、反権力主義 心から共感できる 初心を取り戻せる
すっかり嵌まってしまいました
演劇の基本を学ぶ書 基本は大事だが、教えてくれる機会は少ない なぜ?
基本は全体像を教える
ex「戯曲」①場所②背景③問題④登場人物
戯曲を書くこつは二つだけ
(1)周到な準備の元、どこかで勇気をもって書き出す
(2)書き始めたら最期まで書く
演技とは、自分のコンテクストと、演ずべき対象のコンテクストを摺り合わせる
cf新婚夫婦 共同体の形成には時間を要す=コンテクストの摺り合わせ 味噌汁の味
☆「劇団の稚拙な組織論(176)」
「演出家が独裁者となる」← 絶対的人事権
劇団内に厳然としたヒエラルキーや年功序列が確立
劇団員同士の自由な相互批評を不可能にしている=組織の硬直性
いかなる集団も権力構造を内包し、その権力構造が腐敗を生む
「俳優の存在理由」・・・サラリーマン論に通じる
その存在の弱さと孤独を知り、俳優とは何かを問い続け、
俳優の誇りは何かを常に考え続ける存在であること
→俳優の尊厳と主体性 -
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2017/11/24平田オリザ「芸術立国論」☆☆☆「成熟」時代認識を踏まえた日本革新=真の成長戦略
「管理」(155)
人間の中に巣くう他者を管理しようとする気持ち、が問題
この心根が、規制を生み、規制緩和を妨げる
構造改革は、この精神の構造改革から
→管理の仕事はリスク無く権力的 望む人が増えると国は滅びの途
しかも「責任者の空洞化」が起こる 開戦の責任者がいない
「芸術」(156)
芸術は常に既成の概念を打ち破り、自由へ向かう強い意志を内包
権力は「芸術」を怖れ、忌避する
「成熟の時代」 成長主義から卒業
芸術文化は余暇ではなく、生活の中心になる
労働さえもが、文化化されていく
「国家が細かい仕事」(167) 国家と地方のあり方 道州制
助成金制度 大きな国家が、劇団の公演一つ一つを査定・支援する
中央官庁が直接管理はできない 権限を委譲すべき
地方創生も同じ 個所付けの利益供与から脱却すべきだが
「劇場運営のプロ」(169) 人材育成システムの改革
公務員が、ローテーションで劇場担当となり、2年後転勤していく
消防署から来て、保健所へ転勤 ここに意味があるのか
日本は「仕事」を中心としたキャリア制度がない
ジェネラリスト偏重は国家公務員からきている 企業組合制度も
資格と実績でキャリアアップしていく制度・運用を
2017/11/25芸術立国論 平田オリザ
1.地域における芸術文化行政
成長の時代 地方の画一化 価値観も画一 重層性を失い安定を欠く
社会の成熟(43) 芸術文化の必要な時代へ 多様な社会を作る
無駄のない社会は病んだ社会
芸術家のいない社会は病んだ社会
多様性・重層性のある社会が民主主義社会の根幹
少数民族・身体障害者など弱者の意見を強く反映
芸術は未来を形にして私たちに提示する(53)
成果も未来に現れる
日本の行政システムは対応できない
公共事業依存(55)精神的な鎖国
県民一人あたり公共事業費(1)予算を増やす(2)人口を減らす
内向きであり 他者の足を引っ張る 北海道の気風でもある
住むことに誇りを持てる社会を(56)
工場見学から、地域の芸術文化の見学へ
演劇 小さな営みが、その小ささ故に価値を持つ
2.経済的側面から見た芸術文化行政
もはや「モノ」は人を幸せにしない
「サービス」が産業の中心に 感性・発想力国力を左右
これからは「何を売るか」→「いかに売るか」
CF 文化はフランスの基幹産業 ⇒国家イメージ 「ブランド戦略」
競争相手の間違い(76)製造拠点を取り戻すのは時代錯誤(植民地主義)
新しい産業を創出し、重層性のある社会への転換を図る
経団連の重厚長大産業を卒業
独創的な発想の人材を重視 工業国では与えられた命令に従順
3.教育と芸術文化行政
4.文化権の確立 芸術は医療・教育と同じ
芸術の予算確保 ex芸術保険制度 医療保険と同じ
5.文化行政の未来
成熟国日本は文化立国を目指す
文化省の中に、教育・学術・スポーツ・芸術文化
ex桜美林大学の変革
問題は、人間の中に巣くう「他者を管理しようとする気持ち」!
まずはこの精神構造の改革から
芸術は変革のリーダー
労働さえもこれからは文化化されていく
社会との関わり(164)助成金制度 地域に多様性をもたらす
貧乏だから金をくれ、というだけはダメ 北海道も同じ
助成金制度の問題
国家が個々の公演一つ一つ直接支援を行う
プロ人材 地方公務員のローテーションではプロはできない
劇場の管轄は消防署と保健所 -
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2017/11/20 下り坂をそろそろと下る 平田オリザ
日本は「文化立国」へ大きく舵を切らなければ、犠牲者が増えるだけ
体育会価値の時代は終焉、柔らかく・しなやかな社会を作りたい
しかし安倍政権は「復古」過去の栄光の時代に戻りたい
だがそれは時代に逆行する 社会の活力は生まれない
この五年の総括は「時代不適合の国家戦略」だった
次の時代を構想できないトップは総理の資格はない
国民が不幸になるだけ
堺屋太一さんの論であるが、20年経っても踏み出せない日本死屍累々
(1)工業立国ではない (サービス業が7割)
(2)成長無く、長い後退戦(撤退戦)
(3)アジア唯一の先進国ではない (中国の後塵を拝す)
不要なもの 原発 開発 オリンピック
1.地方創生
雇用を作れば若者がターンするというのは、コインの裏側
地方は人生を賭ける魅力に乏しい→人生の充実感を作る
東京を真似るのではなく、「世界レベルの魅力」を作り出す
2.女性の活躍
自己犠牲を強いるのではなく、自己実現を応援する
そもそも子供を作ることにマイナスが大きすぎる
お金ベースの人生設計上は子供がいない方が豊か
社会システムが現代に不適合 しかし誰も改革できない -
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平田「…いまの語学教育は、『使える』ということのみに偏っている」
鈴木「…日本のこれからの一般の外国語教育は異文化理解ということを主にして展開すればいい。『月は黄色』と日本人は思うけれど、白と思う国もあるんだよ。中国では太陽が白なんだよ。…逆に日本の日の丸は赤でしょう。ところが世界中の人に『これはなんだ?』と聞いたら、ほとんどの人は『血』って答えますよ。だいたい世界の人の赤い丸は血なんです。日本人だけが太陽だと思っている。…」
言葉や文化の違いの「面白さ」を
どこかに置き忘れて
使うことばかりを念頭に言語教育をしていないかと
考えさせられたやりとり -
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演劇における「リアル」とは何かについて考える本。日常会話におけるリアル、映画におけるリアル、演劇におけるリアルはそれぞれ全く違う、でもそれが何なのか掴みかねていた僕にはこの本を読んで納得できることが多かった。
「場」としての舞台と、それを構築していく過程における具体的なテクニックについても書かれていてよい。
平田オリザはかなり特殊な理論と実践をしている人だと思うが、しかし演劇人において多くは独自の方法論を持っているのではないかと思う。だから「特殊だから役に立たない」という批判は無用だ。多くの「特殊」を学ぶことによってある種の普遍を見出し、そして自ら独自の「特殊」を編み出せばよいのだ。
これは脚本を書く前に読み終えていたかったなあ。 -
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ええ本でした。
最近、色々なニュース(東京五輪のエンブレム問題とか、夏休み明けに自殺する中高生が多いこととか)を見ていて思う。
「いいね」を押したり、批判したり、ネットというツールがあれば、自分の意思が表明できる。自分の意思をすぐに出力できる環境は、出力する前に
考えること、自分がどう感じているかを観る機会を奪っているのではないかと思う。(そういう環境に疲れている・・。)
もっと言葉にならない、いいとも悪いとも言えないことはたくさんあるのではないかと思う。言葉にならないことを言葉にならないままでいい時間、余白がないことが、世の中の様々な問題の元にあるのではないかと思う。自分の心の中にある言葉にならないことに色々な角度から見せてくれるのが、本と対話する時間、本と対話して、自分と対話する時間だと思う。
そうやって自分も生きてきたし、そうした場や時間を子どもにも大人にもつくりたいのだと思う。
下記、引用。
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「人は、たとえば誰かを好きになったときに、その言うに言われぬ気持ちを言葉に託したくて、はじめて詩を読むものだ。
あるいは愛する者を失った悲しみを、そのままにはどうしてもしておけなくて、小説を読んだり芝居を見たりして、その気持ちを表すのに、何かぴったりの言葉や表現を見つけて、かろうじて精神の均衡を保つのだ。
21世紀のコミュニケーション(伝達)は「伝わらない」ということから始まる。この連載で何度も繰り返してきたように、対話の出発点は、ここにしかない。
私とあなたは違うということ。
私とあなたは違う言葉を話しているということ。
私とあなたが分からないということ。
私が大事にしていることを、あなたも大事にしてくれているとは限らないこと。
そして、それでも私たちは、理解し合える部分を少しずつ増やし、広げて、ひとつの社会の中で生きていかなければならないということ。」