原田マハの板上に咲くを読んだ。
読み始めるまで、棟方志功の一生を描いた内容だとは知らなかった。
チャッピーに勧められた一冊だった。
棟方志功は、版画家ということぐらいは知っていたが、何でも鑑定団でよく偽物が出てくる巨匠というイメージぐらいだった。
作品はあまり知らなかった。
改めて、棟方志功の作品を見てみたいと思った。
本書は、棟方志功のことが描かれているが、妻のチャの目を通して描かれている。
ある意味、チヤの物語でもある。
白樺の表紙のゴッホのひまわりに衝撃を受けたというのだから、凄い
食べるものも無くそこまで没頭できるのは、やはり才能で、それを見出してくれる人と出会えるのも才能だろう。
脇道にそれるが、文中に軍歌の海ゆかばが、出てきた。
すっかり忘れていたが、今、海ゆかばを知っている人はあまり居ないだろう。
歌詞を今風に言うなら
「海へ行くなら海に沈んだ屍となり、山へ行くなら草の生い茂る中の屍となろう。天皇のお側で死ぬことになっても、それを悔やんだり後ろを振り返ったりはしない」
戦前で無ければ受け入れられない歌詞だ。
チャッピーに聞いたらもともとは
歌詞は大伴家持が『万葉集』に詠んだ歌が元になっているということだった。
ただ、元になった大伴家持の歌は、現代の戦争歌として作られたものではなく、「君主に対して忠誠を尽くし、命を惜しまない」という古代の武人・貴族の精神を詠んだもの。
それを昭和の戦時下に取り上げて、出征する兵士が国のために死ぬ覚悟を示す歌として使われたということだ。
話をもとに戻すと、本書は棟方志功の偉人伝のようでもあるが、ただ普通の偉人伝と少し違うのは、棟方志功本人だけを格好よく描いていないところでしょうね。貧乏だし、家族は大変だし、周囲から見れば「この人大丈夫か?」というところもかなりある(笑)。それを妻のチヤの側から描くことで、
「偉人が偉人になる陰では、いったい誰が支えていたのか」
という話にもなっていたと思い。
棟方志功だけの一代記だったら、もっと「天才・棟方志功物語」になってしまったでしょうが、チヤがいることで人間ドラマになっている。そこが原田マハらしい。
それにしても、あれだけ根拠なく自分を信じられるのも才能の一つだなと思いました(笑)。普通なら途中で「やっぱり無理かな」となってしまう^^;
才能そのものももちろんあるけれど、まだ誰にも評価されていない段階で、自分だけは自分を信じ切れる。これは普通の人にはなかなかできない。
しかも棟方志功の場合は、少し滑稽なくらい一直線で(笑)、周りが呆れても生活が苦しくてもやめない。その「やめられなさ」まで含めて天才なんだと思う。
天才って、出来上がった作品だけを見ると「すごい人」で終わりますが、『板上に咲く』は、その裏にある執念とか迷惑さとか、支える家族の苦労まで見せてくれたのが面白かった。
それにしても、結婚していて隣の部屋にはチヤがいるというのに、「独身です」と言ってしまうところには笑ってしまった。天才ではあるけれど、なかなか困った人でもある(笑)。