あらすじ
鳴りやまぬ拍手と眩しいほどの光、人生の境地がここにある──。芝居だけに生きてきた男たち。その命を賭してなお、見果てぬ夢を追い求めていく。芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞をダブル受賞、『悪人』『怒り』につづくエンターテイメント超大作!
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《歌舞伎》への底しれぬ愛情。
2025年7月読了。
話題に成っている映画の方を先に観て、映画は映画でとても素晴らしかったのだが、3時間の尺でも『何かのダイジェスト版を見されられている』様な気がして、速攻で原作を読んだ。
映画を先に観ていたお陰で、名前と顔が直ぐに浮かび、劇場で「喰い足りない感」が有ったのを、原作を読むことで本当に心から堪能した。
ただ、劇場版が笑いなしのシリアスタッチだったのに対し、原作は笑い有り涙ありの波瀾万丈な物語だった事が一番意外に感じた事だ。まぁこれだけの作品を映画化するには、ストーリーを相当にカットしなければ3時間どころでは済まないことに成ったのであろうから、致し方無かったのかもしれないが…。
本当に、吉田修一が此処まで《歌舞伎の素晴らしさ》を描き出せるとは思っていなかったので、その事も意外で有り、こうした伝統芸能について《がっぷり四つ》でぶつかった文芸作品は早々出会えないので最大の賛辞を送りたい。
又、映画の方も原作とは異なる解釈では有ったが大変素晴らしかったので、原作と映画、両方とも違う味合いで魅了された事が何よりの喜びだった。
映画はスゴい興収に成っているそうだが、原作ももっともっと多くの人に読んでいただきたい《大傑作》である。
映画を観て、原作を読んで、今また『映画』が観たいな…と思っている。つくづく《歌舞伎の世界》は素晴らしい…。
映画より面白い
映画が面白かったので、原作を読んでみた。
大筋は原作通りだけど...やっぱり映画は別物。
なんと言っても徳ちゃん、漢前です。かっこいい。
結局喜久雄は『ぼんぼん』なので徳ちゃんが居なくなると叱ってくれる人も居なくて、喜久雄の孤高感が加速したのかとも思うし、その分芸に磨きが掛かった気もする。最後は社長になっても喜久雄の国宝受賞に飛んでくる所は徳次の義理堅さが出てて良かったです。
あっと言う間に読み終え、何故か脳内で柄本時生さん版徳次が躍動しておりました。
柄本時生さんの徳次.....観たっかなぁ。
Posted by ブクログ
下巻も圧巻でした。
映画ではこの中からエピソードをすくい上げて不自然にならないようにつなげて⋯という感じだったのだと気づきました。
小説は端折られず、細かいからこその厚みが有ります。
日常生活的なシーンがたくさんあるけれど、起伏も充分にあり、最後まで飽きさせない。
喜久雄と俊介の関係性に春江も加わっているところも良かったですし、徳次がいい味出してます。
歌舞伎界は私たちが暮らす感覚とは違った家事情というか、家族の定義と言ったら良いのか?そういう独特の感覚があるのだなぁと思いました。実際の歌舞伎界でもよその子を養子に、とか家子にするとかあるようですしね。
どっぷり世界に浸れましたが、最後が衝撃すぎました。美しい景色を観られ、卓越したようにも見えますが、私には狂気にも感じられました。
Posted by ブクログ
歌舞伎を中心に色々な物語が起こっていく。ひたすら優しい春ちゃん、人間的に魅力ある徳ちゃん、真実を語る弁天、それぞれも魅力的でそれぞれを主役とした小説も読んでみたい。
話しの最後の方で明らかになる、喜久雄の悪魔との取引き、その後に起こる出来事を考えると悲しい。
最後は、ひとりの観客が舞台と観客席の境界をやぶってしまったために、喜久雄の心の現実と歌舞伎が一つになってしまう。
映画の評判も素晴らしいですが、小説との違いか気にならない様に時間をあけて観たいと思う。
Posted by ブクログ
読み終わりましたー。
最後は涙、涙。 いやはや、芸に生きるって、国宝になるって、悪魔に捧げる人生なんだなー。だけれど、人には見る事や感じる事のできない、唯一の人生だ。
環境によってひとってこんなに人生が違う。
本って知らない事ばかり教えてくれる。
知的な活動のないのお家に生まれたわたくし。だけど、本を読んでいる時だけは、ほう。なるほど。そう考えるのかと。そんな環境だったら良いなーと思える世界に連れていってもらえる。うれしいのだー。
Posted by ブクログ
極道と歌舞伎。生い立ちも才能も違う若き二人の役者が、芸の道に青春を捧げていく物語の後編。(オーディブル)
読み(聞き)終わった時に、歌舞伎に生きる二人の熱い人生を体感できたような満足感を味わうことができました。
同時に、二人の人生の劇を観客の一人として、見届けることができた充足感もありました。
自分とは全く違う人生を味わえるのが、読書の醍醐味の一つであることを再認識しました。
また、二人を取り巻く多くの登場人物たちの思いや願い、嫉妬、挫折、再生なども丁寧に描かれ、それぞれの人間模様にも魅せられました。
映像でも十分に「国宝」の魅力を味わうことができましたが、やはり原作ならではの作品の大きな力を感じることができて、読んで(聞いて)本当に良かったです。
人の一生とは、一つの物語であることを改めて感じ、自分の人生の物語をしっかりと編んでいきたいと思った今日この頃です。
Posted by ブクログ
『国宝』。その言葉が持つ重みで心が鷲掴みにされる様な、美しさや哀しさで胸が一杯になる作品でした。
この本を薦めてくださった方の言う通り、映画と本は別物ですが、この本の重みがあるからこそ、映画の世界がより、華やかに刹那的に映るのかもしれないと感じました。
Posted by ブクログ
こちらも素晴らしい。
青春篇よりもさらに映画を超越した物語だった。
喜久雄と俊介の苦労、それを支える女性たちの苦悩、時代に迎合しなくてはいけない伝統芸能の実態など、華々しいだけではない歌舞伎の二面性を浮き彫りにしてもらった。
喜久雄が常軌を逸してしまうとは思わなかった。私にはそれが良いのか悪いのか判断つかなかったが、物語をさらに崇高にする展開だった。
Posted by ブクログ
大河ドラマって感じがする。
きくおの一生を描き、きくおに関わる全ての人々の人生が詰まっていたと思う。
小説は、人生を描くため、芸はもちろんのこと、家族や周りとの人間関係、お金など、映画では語られない問題が渦巻いている。
映画は【芸】と【血】に凄くテーマや焦点が当てられ、
俊ぼうときくちゃんの2人を対比させ、2人の関係を強調するために、徳ちゃんがほぼ出て来てない。
映画と小説ではきくおのキャラクターが違うように思った。小説の方が人間味がある。
幸子さん、花江、彩乃など、映画であまりクローズされていない女性陣たちの心情もとても理解できた。彼女達もまた、戦っているのだと、理解することができ、芸しか頭にない彼らを彼女たちが支えて、プライドをもっていたのだと感じた。
映画だけでは、私は歌舞伎町の世界で生きる人の【粋】を理解していなかった。小説を読むことで、より国宝の世界を楽しむことができた!
映画▶︎小説
の方がいい気がする!
小説を先に読むと、ここが違う、あそこが違う、端折ったとかストーリーに集中できなさそう。
あと、「本当はここに徳ちゃんがいたはずなのにぃぃぃぃぃぃ」と徳ちゃんロスになる。
Posted by ブクログ
道を極めるということは
困難に立ち向かい
しなやかに生きること
映画とは違うストーリーを吸い込まれるように
読みました
読み終えて 自分の人生は なんなんだろ?
と 考えました
再読したい作品です
Posted by ブクログ
映画のイメージが強かったので、上巻はある程度忠実に、下巻は映画はかなり端折ったイメージ。小説は波瀾万丈がよりわかった。映画はずっとある孤独感を感じたが、小説では家族や周りとの設定もありつつ、でも独りの感じがより感じた。波瀾万丈の人生読み応えのある小説でした!
Posted by ブクログ
吉田修一『国宝 下 花道編』朝日文庫。
梨園で繰り広げられる御家騒動、跡取り争い、歌舞伎役者の虐め、スキャンダルと万人の喜怒哀楽の感情を全て刺激するような何とも面白い物語は、ついに下巻へと突入。
侠客の家に生まれ、素人ながら歌舞伎界へと飛び込んだ立花喜久雄の運命は如何に。一方で丹波屋の血を継ぎながら喜久雄に負けて跡取りになれなかった俊介の運命も気になるところだ。タイトル通り、どちらかが『国宝』と呼ばれる存在になるのだろうか。それとも……
先日読んだ米国映画原作のアンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が10年或いは20年に一度の大傑作であるならば、日本映画原作の本作吉田修一の『国宝』もそれに負けないレベルの大傑作と言っても良いだろう。
まるで人生の縮図を見るかのような起伏に富み、予想外の展開と波乱の結末が待ち受けるストーリー。人生に於いては勝者は無いというが、喜久雄にせよ、俊介にせよ、徳次にせよ、弁天にせよ、皆が勝者たる権利を持つのだ。
読み応えがあり過ぎて、読後には暫し呆然とした。
二代目花井半次郎は実の息子である俊介を跡取りには選ばず、部屋子の立花喜久雄を跡取りに指名する。ショックを受けた俊介も喜久雄が跡取りになることに納得したように見えたが、ある日突如、喜久雄の彼女である春江と共に出奔する。
喜久雄は三代目花井半次郎を襲名し、半次郎は花井白虎を襲名するが、襲名披露の場で白虎は吐血し、呆気なく亡くなる。丹波屋は屋台骨を失い、喜久雄には端役しか与えられず、それでも役者への道を探りながら、燻る日々を過ごす。
それから10年、地方の見世物小屋で役者となっていた俊介が知人に発見され、春江と息子の一豊と共に丹波屋に戻る。そして、三代目となれなかった俊介は再び歌舞伎の道へ足を踏み入れる。
10年の苦労で芸に凄みを増した俊介は再び歌舞伎界の人気者となるが、歌舞伎界で干されっぱなしだった喜久雄は新派へと活動の場を移す。
と、ここまではほんの触りに過ぎず、喜久雄、俊介、徳次の人生は思わぬ方向に進んでいく。
本体価格800円(古本0円)
★★★★★
Posted by ブクログ
映画とは全然違う結末でした。これはこれでありですが、ちょっとびっくりするかもしれません。山あり谷ありだったけれども、喜久雄の一生はトータルでは幸せなものだったのだろうなと思いました。最後徳次が大活躍してくれるかと期待していたのですが、まあ、あれくらいでよかったのかなと。
Posted by ブクログ
その道を極めるということがどういう事か戦慄を覚えた。
喜久雄がどれほど歌舞伎に惚れ込み猛進(盲信?)していか、最終、昔、娘と神頼みで「何もいらないから芸を極めたい」という喜久雄の願いが娘から知らされた時が1番衝撃だったのと同時に納得した。喜久雄のどこまでも歌舞伎に対する真摯な態度はここまでの覚悟が無意識にあったのかと。
壮大な物語、芸に尽くし尽くされた喜久雄達は幸せだったのか…。
そんな余韻に浸れる素晴らしい作品でした。
Posted by ブクログ
一人の歌舞伎役者の生涯を凝縮した圧巻の作品でした。
主人公だけでなく、取り巻く登場人物すべてが強かな信念と覚悟をもって生きる様、ぎりぎりの選択肢の中で芸道を追究する姿勢からは、痛いほどの感銘をうけました。
ストーリーやエピソードひとつひとつがどれをとっても重厚で、また方言を使い分けることでシーンごとの雰囲気を一転させるところがまた巧妙で印象的でした。メインが大阪弁なこともあり重苦しいシーンでも軽快でテンポがよく、吐き出す言葉の潔さ、深さに心の底から賞賛せずにはいられませんでした。
クライマックスでは物語の最高潮を迎え、最高に美しく哀しい幕引きには、胸が熱くなりました。
匿名
幸せとは
やっと幸せをつかんだかと思いきやその後に起こる不幸や苦難の数々。
それをも全てひっくるめて主人公は幸せだったのだと思えた。
歌舞伎は見たことがないけれど、情景が目に浮かぶような描写は圧巻。
Posted by ブクログ
感動しました。泣きました。
衝撃的なこともあり、感情がぐちゃぐちゃになりました。私の一番の衝撃的な所では、なんで気づかないの?とびっくりしています!!気づいていればと思っても糖尿病は怖いと聞くので、命が短くなるのは知っていましたが、前向きに生きようとしていた所が人生を前向きに進んで生きよう励まされた気持ちになりました。
下を読んでも、これ実話じゃないの?と思ってしまうので最後まで疑ってしまいました。
国宝はネタバレオッケーな人と話したいぐらい、いい作品だと思っています。
映画はカットシーンもあるので、是非小説も読んでもらいたいと思いました。
上下巻とも夢中に読みました。
既に映画は公開されていますが、上巻を読み、どこを切り取って映画化したのか、上巻だけでも色々切り取っても迫力ある映画になりそうで、下巻に進むと更に、幾らでも映画として切り取れるストーリーが幾つも展開していく本です。一体映画は何処を切り取り作ったのか、そう考えながら読んできました。そして思うのは主人公は、歌舞伎役者それとも歌舞伎役者を取り巻く多くの女性達どっちなのか、複雑にからみあう女性達の、なんたる不思議な信頼関係というか線引き潔さよさ、それを許しあう主人公を取り巻く歌舞伎の世界、この微妙な関係や繋がり、寄りかかり助け合う世界を表現する作家の本の構成の妙が素敵な本です。締めに向けては、女形、歌舞伎役者の目に見えぬ心、本人も理解していない境地の世界を表現していき、夢中にさせてくれる素晴らしい本でした。ありがとう。
匿名
最高の小説だった
とにかく余韻がすごかった。
全てを語らず読者に考えさせる隙を与えていて読み終わった後も繰り返し同じ文章を往復していた。
文章がまるで詞のようで流れるように頭にスッと入ってくる。
個人的にはこれを超える作品にはなかなか巡り会えない気がする。
Posted by ブクログ
青春篇と比較すると、苦悩だったり逃れられない性みたいなシーンが多くて読んでて辛いシーンも多かったが、これが歌舞伎という伝統芸能が背負わせる十字架みたいなものなのか。自世代たけでなく連鎖していく。それでも狂気と隣り合わせで芸を追い求めていくのだと思った。
Posted by ブクログ
喜久雄が不憫すぎて何度も辛くなっしまった。誰も悪くないからまたつらい(悪いやつも一部いたが、いやでもその人にも何らかの事情があったのかもしれないか)。マツと徳次の人情が良くて涙した場面もあった。映画を観たときも思ったが、喜久雄は幸せだったんだろうか、、、私にはそうは思えない。でもこうなる運命というか、渦の中で生きるしかなかったのかとも思う。
解説がありながらも想像ができない部分があって読むのが難しいと思う箇所も少なくなかった。それゆえ、私は映画を観てから読めて良かった。心の中で吉川亮氏(喜久雄ぉぉぉぉ)ーーーー(涙)!!!となることも多かった笑
稚拙な言葉しか出ないけど、いろいろな文献が載っていてそれらをすべて読んで理解して書かれたのかと、、本当にすごい。専門的な世界の中のお話を書けるのはすごいことだと思った。
Posted by ブクログ
人は魚ではないので、陸で生活した方が楽だ。
それでも水の中での生活はやめない。
ときおり顔を出して大きく息を吸う。
顔を見合わせて笑ったりする。
そういうときに限って、水中から足を引っ張られたりする。
それでも泳ぎ続ける。
以下抜粋
- おめえ、大したもんだよ。自分が世話になってきた親分さんの顔、ちゃんと立てたんだってな?貧乏くじ引くの覚悟で、そのパーティーに出たんだろ?俺はな、そういう奴は買うんだよ。世のなか、自分の損得でしか動けない奴ばっかりだ(P.126)
- うちの娘婿がやったことを咎められる奴が、この世界にいるんですかね?あいつを咎めるってことは、自分たちを咎めるってことだ。自分たちの芸を汚すことだぜ。役者が立派なふりをしてどうすんですかい?いいですか。立派な人間じゃねえからこそ立派ってこともあるんだよ(P.127)
- ここにゃ美しいもんが一つもないだろ。妙に落ち着くんだよ。なんだか、ほっとすんのよ。もういいんだよって、誰かに、やっと言ってもらえたみたいでさ(P.212)
Posted by ブクログ
歌舞伎役者 喜久雄の物語
様々な人が亡くなるものの、喜久雄は高みに登り詰める。
歌舞伎を是非生で見たいと思った。
ラストは何となく、それまでのストーリーに比べると駆け足で進んでぼやけたかなあという感じ。でも、とても読み応えはあった!
Posted by ブクログ
上巻に続き、喜久雄と俊介の人生が語られて行く。運命に翻弄される俊介と、道を究めんと邁進する喜久雄。
俊介がいたからこその、喜久雄だったのだろう。ライバル大事。ただ、俊介のそれは狂人のようだった。狂うほどにのめり込む仕事があるとは、羨ましくもある。
道を極めるのは、孤独であるという事なのだろうか。喜久雄が極道の血筋であるというロジックも見え隠れして興味深い。
映画は各所で評価されている。歌舞伎は華やかで映像化しやすいとは思うが、全部を描くととんでもない尺になるだろう。
これ、どうやって映像化する?
めちゃめちゃ見てみたい。
Posted by ブクログ
喜久雄の成功は周りの人の不幸の上に成り立つ。そんな言葉が娘から出るなんて⋯なんて悲しいことでしょう。そんなことはないのでございます。喜久雄は苦しみもがきながら、自分の手で掴み取った成功なのです。
芸を極めた人は孤独なのでございますね。皆が目指す憧れの場所に到達したはずなのに。喜久雄は幸せだったのでしょうか。徳次が側にいてくれたら。その後は会えたのでしょうか。
映画も観たいですね。
Posted by ブクログ
どん底の喜久雄がいかにして這い上がるのかを楽しみに読んでいたのですが…。
まず、竹野に腹が立ち、俊介に腹が立ち、幸子にも春江にも万菊にも腹が立ちました。
俊介が出奔した後、借金も含め花井の家を支えてきたのは喜久雄なのに、と。
喜久雄のスキャンダルと対比させ、俊介を正当化し世間を味方につける竹野の戦略も仕方ないこととはいえ、口下手な喜久雄に分が悪かったとしかいえませんし…。
そして、もし白虎亡き後、鶴若ではなく万菊が喜久雄を引き受けてくれていたら、また違っていたのではないかとも思います。
それでも、喜久雄は這い上がってきます。その手段は別として。
芸を極めていくにつれ、孤高になっていく喜久雄。それは危うさもあり、全てを捧げた者しか辿り着けない境地なのかもしれません。
でもやっぱり、徳次がずっと喜久雄の側にいたら違っていたのではないかとも思ってしまいます。
あまりにも象徴的なラストに、様々なことを想像しました。
【追記】
読後に映画を観ました。小説とは違う部分もありましたが、映像美というか歌舞伎の演目が美しくて、とても良かったです。
私は小説→映画でしたが、会社の同僚は先に映画でこれから小説を読むそうです。彼女の読後に答え合わせというか、いろいろ思うところを語り合うのを楽しみにしているところです。
Posted by ブクログ
上巻を読み終えてから、4ヶ月後の下巻。
上巻ののめり込みのまま読んだら、また違ったんだろうな。
支える女達のカラッとした性格と強さ。
芸の道。
白河公司
Posted by ブクログ
自分からは手に取らないと思っていたが色々な方が推薦していたり、映画がヒットしていたのだ読んだ。
普通に面白かった。歌舞伎は一回しか見たことがないが、色々実際の舞台が思い浮かぶほど描写が良かった。映画を見るのが楽しみ。
Posted by ブクログ
昨年の夏に映画版を見た。
三時間超の長丁場。良かったことは間違いなく良かったのだが、それでも後半はなんだかダイジェスト版を見せられたように感じてしまった。
原作は上下巻本なのだから、これは絶対にもっと書き込まれているはずだと確信できたので、一度きちんと読んでみたいと思った。
最初に意外に感じたのが敬体――「です・ます体」で書かれていたことだった。
なぜこの文体を選んだのか。
しかも、その語り口は“神の視点”ではなく、何やら人格を感じさせるものがあり、それが若干ノイズのようにも思えたのだ。
著者は、自身黒子として歌舞伎の現場取材を重ねた上で本作の執筆にあたったという。その取材経験を踏まえた上でこの文体を選んだのだろう。
一読した感触としては、まさしく舞台袖に控えている黒子がそのまま語り手となっているかのように思える。歌舞伎の名舞台と対比させながら、本作を一本の“演目”として描き出そうとしたのかもしれない。
ただ、この文体の選択については、善し悪しがそれぞれあるように思う。
確かに、日本の伝統芸能の世界を描く作品として「~でございます」という語り口の柔らかさは好ましくもあり、この作品の世界観を形作る上でとても効果的だったと感じる。
一方、当事者ではない第三者視点となってしまうことから、一部は伝聞形式となり臨場感に欠けてしまう部分があることも否めない。
各エピソードのクライマックス若しくはその直前で場面転換されることもしばしばあり、そのこととも相まって、せっかくの見せ場がのちに人づてに伝え聞いたかのようになってしまい、物語の迫力が減殺されてしまっているのは純粋にもったいないと思ってしまった。
しかしまた、だからこそ凄惨な場面であっても歌舞伎の様式美のごとくに昇華されているのかもしれない。
映画を先に見てしまったことで、それと比較しながら小説を読むこととなったが、現実の歌舞伎界の複雑な人間関係とも通じる割り切れないどうしようもなさまでもが描かれた小説に対して、映画は起承転結・対比・山場の見せ方がはっきりとしており、ひとつの物語としてまとまっていると感じた。
原作を改変して小説と映画は大きく異なる部分も多いが、この小説作品があったからこそ、あの映画が完成したのだと思える。それは、既に三作目のタッグとなる著者と監督の信頼関係があってこそのものなのだろう。
本書を読み終えて、もう一度映画を見てみたいと思った。
ああ、だからか。これまでの記録を塗り替えて興行収入歴代一位となったのは。いまだロングランを続けていることにも、十分納得できるものだった。
吉田作品はこれが初読みだったが、せめて代表作とされるものくらいは、もう2~3作くらい読んでみたいと思っている。
Posted by ブクログ
映画を見てから読みました。
どこかで、「映画を見てからの方がいい」というレビューを見たので。
通常、映画、アニメ、実写化など映像作品を見てから小説を読むと、映像を見た時点で登場人物のイメージが固まってしまうから小説からの方がいいという人もいるけれど、小説から映像に行くと、自分の描いた人物像と演技をしている人(もしくは声優)が全く違っているとガッカリすることがあるとも聞くし。どちらがいいんでしょうかね。
結果、読書に慣れている人は逆でもいいかもしれませんが、私のような、あまり本は読まない・・・という人にはこれは映画から見たほうがとっつきやすいかも、と思いました。
小説から読んでいたらもしかしたら途中で挫折していたかもしれません。
登場人物も多いし、昔の言葉、歌舞伎の古い慣習、演目の解説、難しい言葉も多くて物語も淡々と進むので特に。
ただ、私は映画を先に見ていたので、ここはあの場面だなーと思うと映像が頭に浮かんできて読みやすかったです。
そして、やっぱりこの内容を3時間に収めるのは無理があったんだろうなぁと思うほど、映画の方はかなり端折っていましたし、物語の流れや人物像の描き方もかなり違っていましたね。
短くするために仕方のなかった部分もあるんでしょうけど、小説の方が壮絶でしたし、人物像が深く描かれていた分、入り込めるような気がします。
父親を殺した人自体が違うというのは・・・驚きでした。最初映画の内容と合わないと思って何度も読み直してしまいました。
実は映画の方は、大絶賛されているほど私は入り込めず。
結構主人公の人間性とか・・・女性関係とかまぁまぁクズじゃなかったですか。こちらでも大きな流れは変わっていないし、もちろん主人公を完璧な人間とは描いていないけれども、人物像がきちんと描かれているので、そうか、と納得できる部分が多かったと思います。
映画では喜久雄の方がかなり実力は上みたいな扱いだったような気がしますが、小説では喜久雄と俊介は同等というか、種類が違うみたいな描き方だったような気がします。
ラストはさすがに映像化はできなかったでしょうね、とは思います。ただこの小説の内容を映像化しようとした試み、歌舞伎を習得して演技した俳優の方々の熱量はすごかったと思います。
Posted by ブクログ
最初はとても楽しく読めた。
登場人物はそれぞれ個性的で、若さあふれるエネルギーに物語へ引き込まれていった。
一方で独特な言い回しと、距離のある語りに引っかかりながら読み進める。
物語は後半に向かい登場人物たちの成熟とともに苦難が増していく…どうなっていくのか見届けるような気持ちで読み進める中で、嫌な予感が積み重なっていった。
ラストはその不安は外れることなく、現実のものに…
読み終えたあとに残ったのは、途方もない重苦しさ。
最初は楽しく読めていたからこそ、その落差がより強烈。
喜久雄たちは舞台で“何かに見られている、何かがいる”と言っていた、その視線こそが語り手で、天井から見守るその視点は、逃げ場のない恐怖を感じた。
ラストの強烈さに耐えきれず、読むんじゃなかったと思った。
それでも、ここまで強い感情を引き出す作者の力は圧倒的だと感じた。すごい。
最初の楽しさと結末の重さ、その落差までも含めて、強く印象に残る作品だった。
Posted by ブクログ
上巻に続き、20世紀後半の日本の社会・文化の中に存在する激動の「歌舞伎」の世界を、喜久雄と俊介という二人の主人公が生きていく物語である。上巻から格段に成長した二人や、病に倒れ最期を迎える俊介。
衝撃的なエピソードもあったが、登場人物はいずれも魅力的であった。
Posted by ブクログ
(良)Audibleに感動でございます。歌舞伎役者の人生を描き切っていました。歌舞伎の世界に疎く、イメージが広がらず、自分の無知を悔やみながら読む。泣けるところもいくらでもあったが、感情移入できず。背負っているものが大きく、傾くとそこはすぐに奈落。そこから這い上がる連続。たくさんの多様な人の力がより集まって強く結び付き、大きな力を発揮し、支えている。自分もそんな一部になりたい。そして最初から最後まで徳ちゃんが好きでした!
Posted by ブクログ
たどり着いた場所は、あの日夢見た世界。
お互い苦難の道を行く俊介と喜久雄。励まし合い、競い合い、高め合う日々が戻ってくる。それは歌舞伎のために他の何もかもを犠牲にする日々でもあった。
不幸を引き換えに高みに近付いていく喜久雄。俊介には病が降りかかる。競い合う俊介を亡くした喜久雄はどこまで行くのか。人としての領域を逸脱していく喜久雄を、誰も止めようとしなかった。時代の移り変わりが歌舞伎を、芸術を消費しても、もう喜久雄には関係なかった。
歌舞伎の演目には詳しくないので、知らないものがたくさんあった。子を思う親の気持ち、恋人を思う娘の矜持、主君への忠信など、歌舞伎にはさまざまな情が現れる。それらを踊りで、演技で、表現する歌舞伎役者。あらゆる情を駆け抜けてきた喜久雄の人生。何か大変なものを見てしまったという読後感がある。