多和田葉子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
祖母、母トスカ、そして息子クヌートの三代にわたるホッキョクグマの物語。
実はクヌートについては、名前を聞いたことがあるくらい。
映画か何かのキャラクターだと思っていたくらい。
それが、多和田さんの手にかかると、こんなめくるめくような言葉の構造物になる。
ただ、読み終わったあと、どうにも悲しい。
自伝を書くホッキョクグマの「わたし」の物語から始まる。
サーカスの花形ウルズラとトスカの、濃密な関係。
しかし、それもサーカスが動物虐待にあたるという世論により、二人は引き裂かれる。
トスカの「死の接吻」の芸により、ウルズラの魂がトスカの中に入っていく。
ウルズラの死後、トスカがウルズラの自伝を書 -
Posted by ブクログ
ネタバレ12編のアンソロジー。
どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
その中でも特に好みだった2つについて書きたい。
『藁の夫』
2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。
『逆毛のトメ』
シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚か -
-
Posted by ブクログ
日本語とドイツ語で著作するというか、文学作品を書く著者の言葉をめぐる日常を描いた本。
著者の「エクソフォニー」という本をたまたま読んで、自国語以外の言語環境で生きること、さらには文学作品を書くということについての話しが面白かったので、こちらも読んでみた。
日記という形で、その日その日におきたことを言葉、言語の違いという観点で書いてあって、すっと入ってくる。
でも、これって、社会構成主義とかでいう「言葉が世界をつくる」ということだな。
ある名詞が指示するものごとの対象範囲は言語によってことなるし、たまたまある言葉がほぼ程度同じことに対応していても、その言葉がもっている他の意味とか、語源に -
-
Posted by ブクログ
ネタバレ作者は早稲田大学で文学を学び、ハンブルグ大学で学び、チューリッヒ大学で修士を撮った人が、言語の壁を日本語からドイツ語を観察したり、ドイツ語から日本語を観察する際に、感じたことを日記の形で、自作翻訳している期間にまとめられたもの。それは、日本語の「雪の練習生」を和独する作業をされていた時期だと後書きで述べられている。
作者の琴線に触れた事としてあげられている物の中の一つとして。117項にこんな記述がある。
「ハンナ・アーレントによれば、ナチスの一員として多くのユダヤ人を死に至らせたアイヒマンは、悪魔的で残酷な人間ではなく、ただの凡人である。上からの命令従わなければいけないと信じている真面目で融通 -
Posted by ブクログ
表題作のつもりで読み進めていってたら全然違う作品で焦った。
さて、解説にもあるとおり、二作品を収めたこの『犬婿入り』は「溝」がキーワードになっている。つまり境界線のことだ。
「ペルソナ」では信頼の置ける弟の和男でさえ、主人公・道子とは合同な意見を持っているわけではない。
特に序盤は、意識的にさまざまな国の名前が登場する。母語である日本語が、だんだんと自分の体から解離していく。日本人らしさや、外国人らしさ、といったステレオタイプには軽微な齟齬がある。同じくらい執拗に、肉の厚みについて述べられる。それもその一点が明白に羞悪な瑕瑾であるかのように。また、「ニガイ」は一貫してカタカナで表記されてい -
Posted by ブクログ
ネタバレベルリン在住で、日本語とドイツ語のニヶ国語の小説を発表している多和田さんの、"言葉"に関する日記形式のエッセイ。
小説の中で多和田さんはよく言葉遊びを取り入れておられる。生まれてからずっと日本在住で日本語しか話さ(せ?)ない私にとって、それは新鮮で斬新で、いつもクスッと笑ってしまう。
ドイツから見た日本、ドイツ語と比較した日本語、というように俯瞰して日本並びに日本語を観察しておられるからできる技なのだろう。特に印象深かったことをピックアップ。
●時代と共に日本人が遣う日本語も変化し、遣われなくなり消えていく日本語も少なからずある。実際遣っている我々は、そんなものかと時代に