多和田葉子のレビュー一覧

  • パウル・ツェランと中国の天使

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    短い作品ではあるが注釈を読まないとパウルツェランのエッセンスは到底わからない(個人差はありますが)と思う。私は詩を人生で堪能してきた人間ではないから、彼に触れるのはお薦めしないとご提言をいただいた反駁で手に取ったわけであるが、間テクスト性満ち溢れた本作はより彼について知りたいと思わせ、同時に多和田葉子という作家が積み上げてきたエクソフォニーを体感できるようなそんな作品だった。彼女の作品を関口さんが翻訳する。日本人のかいたドイツ語文学を日本人が翻訳する?不思議な試みだなと当初考えてはいたものの、同じ人間でも異なる言語に身をおいてみれば織り成す内容も形式も変わってくる。まさに「世界は言語によって構成される」を体現した作品だと私は思う。はじめは仕様もない動機で手に取った本作であるが、「言葉に身を置く」これぞ読書といえるような体験が出来る作品だった。

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    2023年04月11日
  • 犬婿入り

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    この作家の特徴でしょうか?
    文章がとても長い。1つの文章にたくさんの情報が入っている。
    「ペルソナ」も芥川賞の「犬婿入り」も間なのか溝なのかを書いてあるんだな?と思いました。
    「ペルソナ」の最後にどちらでもない自分になった道子はその後どんな人生を送ったんだろうか?
    「犬婿入り」は本人たちとその周りの人たちのギャップが面白かったです。

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    2023年03月26日
  • 雪の練習生(新潮文庫)

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    ホッキョクグマの3代にわたる物語。3つの中編からなる。
    サーカスの花形クマが自伝を書き、オットセイの出版社の雑誌に連載。
    その娘のトスカはバレエ学校を出るが舞台に出してもらえない。そこへサーカスから声がかかり、女性調教師のウルズラと出会う。トスカとウルズラは伝説の舞台を作り上げる。
    さらにその息子のクヌートは育児放棄により、人間に育てられる。育ててくれたのはマティアスという男性。クヌートは地球温暖化による北極の環境破壊を止めるための広告塔としての役割を求められていた。クヌートがミルクを飲んで満腹になると眠くて寝てしまうシーンは本当に可愛い♡
    ソビエト連邦がまだある時代から現代までをカバーする背景、ちょいちょい出てくるソ連や東ドイツネタが笑える。
    いろいろな要素で構成されている物語。普通に喋って新聞を読めるクマについ笑みがこぼれてしまう。全然違和感がないのも不思議なんだけど。
    北極海の氷、なくならないで!と思います。

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    2023年04月04日
  • 雪の練習生(新潮文庫)

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    祖母、母トスカ、そして息子クヌートの三代にわたるホッキョクグマの物語。
    実はクヌートについては、名前を聞いたことがあるくらい。
    映画か何かのキャラクターだと思っていたくらい。
    それが、多和田さんの手にかかると、こんなめくるめくような言葉の構造物になる。

    ただ、読み終わったあと、どうにも悲しい。

    自伝を書くホッキョクグマの「わたし」の物語から始まる。

    サーカスの花形ウルズラとトスカの、濃密な関係。
    しかし、それもサーカスが動物虐待にあたるという世論により、二人は引き裂かれる。
    トスカの「死の接吻」の芸により、ウルズラの魂がトスカの中に入っていく。
    ウルズラの死後、トスカがウルズラの自伝を書き継ぐ。
    この作品にあっては、動物と人間の間の絆は、よくある感動もののそれとは趣が違う。
    魂が交錯してしまうのだ。
    「書く」という行為は、その証となる。

    クヌートの物語は、さらにやるせない。
    母に育児放棄され、飼育員に育てられて動物園のアイドル、自然保護活動のシンボルに祭り上げられる。
    動物園の予算獲得のためでもある。
    彼が物心つくのは、そんな騒動が起きてしまってから。

    クヌートは読むクマに育っていく。
    さらに過熱する世論の中で、訴訟騒動が起きたり、人工保育されたクマは自然に反するから安楽死させよという議論まででてくる(これは実話らしい)。
    それを彼は知ることになる。
    動物園でのショーで、育ててくれたマティアスをうっかり傷つけ、マティアスとも引き裂かれる。
    そのマティアスの死を、彼は新聞を読んで知る。

    ホッキョクグマが書いたり読んだりする。
    小説的な設定ではある。
    でも、そのことで、人間と動物の関係の難しさ、人間の身勝手さが浮かび上がる。
    すさまじい構想力だと思う。

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    2022年08月04日
  • 穴あきエフの初恋祭り

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    多和田葉子ってこんな笑える文章もかけるんだ。所々表現が難解で、ちゃんと解釈できてるか不安な箇所があるんだけど、多和田葉子らしい詩的で仄暗い言葉が散りばめられてて最高でした。私は新しめの短編が好みだった!

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    2022年07月27日
  • 百年の散歩(新潮文庫)

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    ベルリンは訪れたことがないので、google earthでそれぞれの通りを見ながら読んだ.一つの店を見ながら様々な思いが沸き上がり、それが落ち着く前に別の気持ちが吹き出してくる、着いていくのが大変だ.当然ドイツ語が随所に出てくるが、分かりやすい解説が楽しめた.彼女のような散歩は彼女にしかできないと感じた.

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    2022年07月06日
  • エクソフォニー 母語の外へ出る旅

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    多和田葉子が世界の様々な都市に滞在した時の体験をもとに綴った「ことば」をめぐるエッセイ.ソローキンと山田詠美のやりとりが微笑ましい.

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    2022年06月29日
  • 雪の練習生(新潮文庫)

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    シロクマが人間の世界で生活したり、そこには性格の悪いオットセイとのやりとりがあったり、サーカスで人間とコミュニケーションがとれたり、動物園で感じることがあったりと、異世界が描かれている。それが、共産主義のロシアや東ドイツが舞台であることによって、人間の生きづらさではなく、人間に愛着を持ちつつも、人間によって生きづらくなったシロクマの生命が冷静にシニカルに描かれて、目が覚めるような感覚だった。

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    2022年05月14日
  • 穴あきエフの初恋祭り

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    28冊目

    2009年から2018年に『文學界』に発表された7つの掌編。

    現実にいながら、ふと違う次元に迷い込んでしまうような一瞬、不条理な部分もあって夢をみているかのようです。そこに意図的誤変換からの言葉遊びが加わると私の精神もぐらぐら揺れ動いてしまいます。

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    2022年05月01日
  • 変愛小説集 日本作家編

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    ネタバレ

    12編のアンソロジー。
    どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
    その中でも特に好みだった2つについて書きたい。

    『藁の夫』
    2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。

    『逆毛のトメ』
    シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚かな人間の頭に邪鬼の形相のトメがいることを想像してそのコミカルさに取り憑かれる。気づけばトメのことが好きになっていた。

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    2022年04月21日
  • 雪の練習生(新潮文庫)

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    「人権については考えたことがない」
    そりゃそうだ、ホッキョクグマだもの。

    ふわふわしているのは見た目だけではない。この物語の空気感。
    透明の風船をつかむような、形のあるようなないような不思議な感覚。

    三部それぞれ少しずつテイストが違う感じ。
    世の中のややこしさやせつなさもにじませながら、シュールでクールでユニーク。
    読み終えた、あとになって何かがじわ~っと広がって来る気がした。
    味わい深い作品だった。

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    2022年04月11日
  • 私たちはどう生きるか コロナ後の世界を語る2

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    コロナ後の日本社会はどのように変化してゆくのか。変化した社会にどう生きるか。桐野夏生さんの「不寛容な時代、自由な小説から力を得て欲しい」の言葉に、不安の塊がふうっと軽くなりました。

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    2022年04月04日
  • 穴あきエフの初恋祭り

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    今の自分には、わかんなかった部分もあったけど、わからないままでいいかと思った。わからないけど良かった。

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    2022年02月11日
  • 穴あきエフの初恋祭り

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    「胡蝶、カリフォルニアに舞う」のストーリー性に牽引され、「穴あきエフの初恋祭り」でかく乱される。多和田さんの作品には、人称の問題とセットで語り手の問題が埋め込まれていることが多いのだけれど、やはり、この本もそうだった。「おと・どけ・もの」は、多和田さんが詩人でもあることを強く感じさせる一編。韻文と散文を自在に往還できる作家さんは、本当に魅力的だ。

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    2022年01月27日
  • 言葉と歩く日記

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    日本語とドイツ語で著作するというか、文学作品を書く著者の言葉をめぐる日常を描いた本。

    著者の「エクソフォニー」という本をたまたま読んで、自国語以外の言語環境で生きること、さらには文学作品を書くということについての話しが面白かったので、こちらも読んでみた。

    日記という形で、その日その日におきたことを言葉、言語の違いという観点で書いてあって、すっと入ってくる。

    でも、これって、社会構成主義とかでいう「言葉が世界をつくる」ということだな。

    ある名詞が指示するものごとの対象範囲は言語によってことなるし、たまたまある言葉がほぼ程度同じことに対応していても、その言葉がもっている他の意味とか、語源によって、意味というか、イメージのづれは生じる。

    さらには、意味はわからなくても、その言葉が発する音が生み出すイメージもある。

    文学は、まさにそうした言語の微妙さのなかでの実験であるわけで、そういうフィールドで2ヶ国語で創作をするということはちょっと想像できない。

    著者はまさにこの言葉の違いこそが、自国語を違う可能性からみたり、つかったりするということに通じて、そこからなにかが生み出されるという言う。なるほど。。。。でも、すごいな。

    社会構成主義とか議論されていることの生活レベルでの実践がここにあると思った。

    また、途中で、金谷さんの「日本語に主語はいらない」を読んで共感したと言う話しがあって、わたしもそのことに共感した。

    それにしても、この日記が書かれた4ヶ月くらいの時期は、著者は、世界のさまざまなところに呼ばれて、朗読をしたり、シンポジウムに出演したり、かなり忙しそう。

    そのなかで、この新著(日記)を書き、本を読み、日本語の「自作」を自分で初めてドイツ語に翻訳するということにもチャレンジしていて、すごい活動量だなと感心した。

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    2021年12月07日
  • 私たちはどう生きるか コロナ後の世界を語る2

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    20人によるエッセイ。
    共感できる話が一つや二つはあるのではないでしょうか。
    私は瀬戸内寂聴さんでした。

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    2021年09月27日
  • 尼僧とキューピッドの弓

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    本好きの友人に誘われ、多和田先生の読書会へ行くときに読みました。とても文章が好き。整頓された文章で且つ感情への訴えかけも緩やかでてくだです。

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    2021年03月07日
  • 言葉と歩く日記

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    ネタバレ

    作者は早稲田大学で文学を学び、ハンブルグ大学で学び、チューリッヒ大学で修士を撮った人が、言語の壁を日本語からドイツ語を観察したり、ドイツ語から日本語を観察する際に、感じたことを日記の形で、自作翻訳している期間にまとめられたもの。それは、日本語の「雪の練習生」を和独する作業をされていた時期だと後書きで述べられている。
    作者の琴線に触れた事としてあげられている物の中の一つとして。117項にこんな記述がある。
    「ハンナ・アーレントによれば、ナチスの一員として多くのユダヤ人を死に至らせたアイヒマンは、悪魔的で残酷な人間ではなく、ただの凡人である。上からの命令従わなければいけないと信じている真面目で融通のきかないよくいるドイツ人である。個人的にはユダヤ人を憎んでさえいなかったが、上の命令に従い、自分の義務を果たさなければいけないと信じ、ユダヤ人を殺せと命令されれば殺してしまう。凡人が自分の頭でものを考えるのをやめた時、その人は人間であることをやめる。どんな凡人でも、ものを考える能力はある。考えることさえをやめなければ、レジスタンスばどとても不可能そうに見える状態に追い詰められても、殺人機械と化した権力に加担しないですむ道が必ず見えてくるはずだ。言語を使ってものを考えると言うこと、それが絶望の淵にあっても私たちを救う。」僕はクリスチャンだが、どうも教理にしたがって人に福音を述べ伝えよと言うことが最善の命題ならば、それを疑わずにしてしまう機械の歯車になっていることが楽なのである。自分の信仰を問われる一文であった。
     やはり、文法的なことで、138項に「人称代名詞と一口に言っても、一人称三人称の間には、根本的な違いがある。「ich」という人称代名詞の正体は何なのか。べろんべろんに酔った不良少年も祝日信者たちの前で演説するローマ法王も自分の事を「ich」と呼ぶ。」とある。日本語で「あたし」とか「俺」とかなどの社会のしがらみのなかで体臭をはなつ日本語と比べて、ドイツ語の「ich」無色透明なので、初めのころは本当に三人称で自分の事をしゃべっているような感じがした。」と言う。
    著者は朗読の為に、世界各地を旅行しているのも凄い。昨日、日本からベルリンに帰ったのに明日はアメリカだと言う。驚いてしまう。彼女は僕とどう年配の作家さんなのである。
    あともう一読しなければならないなあと思わせられてしまう。

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    2022年10月08日
  • 犬婿入り

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    表題作のつもりで読み進めていってたら全然違う作品で焦った。

    さて、解説にもあるとおり、二作品を収めたこの『犬婿入り』は「溝」がキーワードになっている。つまり境界線のことだ。

    「ペルソナ」では信頼の置ける弟の和男でさえ、主人公・道子とは合同な意見を持っているわけではない。
    特に序盤は、意識的にさまざまな国の名前が登場する。母語である日本語が、だんだんと自分の体から解離していく。日本人らしさや、外国人らしさ、といったステレオタイプには軽微な齟齬がある。同じくらい執拗に、肉の厚みについて述べられる。それもその一点が明白に羞悪な瑕瑾であるかのように。また、「ニガイ」は一貫してカタカナで表記されていた。途中わずかに登場する黒人の話と何か関係があるのだろうか。

    表題作の「犬婿入り」。安部公房の作品群に似た雰囲気が離れない。水平線が分かつ二つの世界がぐるぐると混ざり合っていく感覚。忘れた頃にやってくる「電報」の言葉。何が普通で何がそうでないのかが判らなくなってくる。三人称的な視点で読者は自分を凝視する。伝染していく獣の体臭。みつこもだんだんと臭いに敏感になっていく。特に序盤は、文章が息継ぎすることなく進んでいく。非日常にいざなう導入催眠のようにも思える。

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    2020年10月28日
  • 海に落とした名前

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    ネタバレ

    印象に残った二篇を。

    「時差」三ヶ国に離れるゲイの三角関係のお話。ゲイの気持ちに関する話は初めてだったんですが、個性ある三人の心の動きはとても気持ちよかった、みんな優しい。でも肉体の描写は辛かった。

    「海に落とした名前」航空機の事故で記憶喪失になった主人公、唯一手元に残ったレシートを手掛かりに自分を取り戻そうとする。が、落としてしまった名前、レシートの中に自分の人生がいかに表現されているかというお話のように感じました。ヘルプに現れる人たちのクセが強すぎて、ちょっと主人公へのフォーカスがずれてしまうのが残念。

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    2020年10月03日