多和田葉子のレビュー一覧
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読み進めるにつれて、未知の世界に引き込まれる感じがした。風景や様子など表現が細やか。義郎が荒廃した都心を想像していたが、とても寂しい風景なのにどこか幻想的に感じた。気持ちの揺れに対して潮の満ち引きなど、素敵な表現だなと思う。
義郎は、曾孫に知恵や財産を残してやろうとするのは傲慢だ、今できるのは一緒に生きる事。その為にはずっと信じていた事を疑える様な勇気を持たなければならない。と考えていて、歳を重ねるにつれて考えが凝り固まってしまう人の方が多いと思うが、そういった考え方の更新は、義郎の世界だけでなく、今の私達の世界でも必要なことかもしれない、と思う。
下心をもって結婚し、そんな自分を軽蔑したこと -
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祖母、母トスカ、そして息子クヌートの三代にわたるホッキョクグマの物語。
実はクヌートについては、名前を聞いたことがあるくらい。
映画か何かのキャラクターだと思っていたくらい。
それが、多和田さんの手にかかると、こんなめくるめくような言葉の構造物になる。
ただ、読み終わったあと、どうにも悲しい。
自伝を書くホッキョクグマの「わたし」の物語から始まる。
サーカスの花形ウルズラとトスカの、濃密な関係。
しかし、それもサーカスが動物虐待にあたるという世論により、二人は引き裂かれる。
トスカの「死の接吻」の芸により、ウルズラの魂がトスカの中に入っていく。
ウルズラの死後、トスカがウルズラの自伝を書 -
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ネタバレ12編のアンソロジー。
どの作品も変愛の名に相応しかった。この一冊に密度濃く詰め込まれたそれぞれの変愛。愛と一口に言っても当たり前ながら1つも同じものはない。
その中でも特に好みだった2つについて書きたい。
『藁の夫』
2人の間に嫌な空気が流れる、その始まりはいつも些細なことなのだと思い出させる自然な流れだった。あんなに幸福そうだったのに、藁に火をつけることを想像させる経緯、鮮やかな紅葉にその火を連想させるところがたまらなく良かった。
『逆毛のトメ』
シニカルでリズムのいい言葉選びが癖になる。小説ってこんなに自由でいいんだと解放して楽しませてくれた。躊躇なく脳天にぶっ刺す様が爽快だし、愚か -
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日本語とドイツ語で著作するというか、文学作品を書く著者の言葉をめぐる日常を描いた本。
著者の「エクソフォニー」という本をたまたま読んで、自国語以外の言語環境で生きること、さらには文学作品を書くということについての話しが面白かったので、こちらも読んでみた。
日記という形で、その日その日におきたことを言葉、言語の違いという観点で書いてあって、すっと入ってくる。
でも、これって、社会構成主義とかでいう「言葉が世界をつくる」ということだな。
ある名詞が指示するものごとの対象範囲は言語によってことなるし、たまたまある言葉がほぼ程度同じことに対応していても、その言葉がもっている他の意味とか、語源に -
Posted by ブクログ
大地震によって大陸から遠く離れ、原発事故の影響で放射能に汚染された日本。政府は鎖国政策を取り、往来での外来語使用はなんとなく憚られる空気のなか、人びとの生活と共にことばも形を変えていく。震災後に生まれた体の弱い曽孫・無名の看護をする"死ねない老人"義郎の物語「献灯使」ほか、大災害と原発という二つの〈爆弾〉を抱えた列島の物語五篇を収める短篇集。
あらすじを書きだすと真面目な反原発小説のようだし、実際真顔で書かれた反原発小説そのものなのだが、表題作の構造自体はSF。〈変わってしまった世界〉の姿が霧の向こうから少しずつ見えてくるのが楽しくもあり、恐ろしくもあるディストピア小説 -
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ネタバレ作者は早稲田大学で文学を学び、ハンブルグ大学で学び、チューリッヒ大学で修士を撮った人が、言語の壁を日本語からドイツ語を観察したり、ドイツ語から日本語を観察する際に、感じたことを日記の形で、自作翻訳している期間にまとめられたもの。それは、日本語の「雪の練習生」を和独する作業をされていた時期だと後書きで述べられている。
作者の琴線に触れた事としてあげられている物の中の一つとして。117項にこんな記述がある。
「ハンナ・アーレントによれば、ナチスの一員として多くのユダヤ人を死に至らせたアイヒマンは、悪魔的で残酷な人間ではなく、ただの凡人である。上からの命令従わなければいけないと信じている真面目で融通