【感想・ネタバレ】百年の散歩(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

豆のスープをかき混ぜてもの思いに遊ぶ黒い〈奇異茶店〉。サングラスの表面が湖の碧さで世界を映す眼鏡屋。看板文字の「白薔薇」が導くレジスタンス劇。カント、マルクス、マヤコフスキー。ベルリンを幾筋も走る、偉人の名をもつ通りを、あの人に会うため異邦人のわたしは歩く。多言語の不思議な響きと、歴史の暗がりから届く声に耳を澄ましながら。うつろう景色に夢想を重ね、街を漂う物語。(解説・松永美穂)

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Posted by ブクログ

10の短編
全てに出てくる「あの人」、とは何者なのか
ドイツの通りを歩けばプラタナスの木や墓地のレリーフ、閉店したお店の写真、様々なものが葉子さんに語りかける
孤独遊びが癖になってしまって人生の内容になってしまった
慰められる言葉です

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2022年12月19日

Posted by ブクログ

「でも、わたしにとっては負の世界に分け入っていくことの方が美味しいものを食べることよりも魅力的なのだった。」

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2022年02月24日

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小説だと思って読みはじめたからか最初は読みにくかった。
小説ということだけど、小説というより多和田さんが散歩をしていて、考えていることをつらつら垂れ流しにしているエッセイという感じで、一緒にベルリンの街を、時空を、思考の中をふらふら歩いている気分になる。
特に最初の方は、言葉遊びが樋口一葉と雰囲気が似ていて川上未映子が好きそうな感じだなと思った。
「別宮、別宮浮かん、別空間」、「おつまず、つままず、つつましく、きつねにつままれ、つまらなくなるまで」

★「シーン」があるのは映画の中だけのことで、現実にはシーンなんてない。切り取ることのできない連続性の中を突っ走っていくだけだ。

★出逢ったかもしれない人たち、親友になったかもしれない人たちで町はいっぱいだ。そのせいか、どんなに気の合う昔からの親友でも、同じくらい気の合う人間は町にたくさんいるのだけれど偶然知り合う機会がなかっただけではないかという疑いが払いきれない。

★家に帰って待っていれば確実に会えるのだが、家ではなく、わたしが辿り着いた遠い場所まで、あの人の方から歩み寄ってほしいのだ。

★「四時に行くわ、とマリアは言った。八時、九時、十時」 

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2021年12月01日

Posted by ブクログ

「わたし」は散歩をしている。読者も一緒に歩き始める。でも、あれれと思っているうちに、言葉がつるつる滑って行ったり、時間と空間がずれたり、いないはずの人が現れたり。

短歌を作っていて時々、自分の中からひょいと意外な言葉が出てくることがある。見ている情景と自分の心とが化学変化みたいなものを起こしている時は、その感覚を逃がさないように、言葉の海でジタバタする。

『百年の散歩』を読んでいて、そんな心の動きに似ていると思った。

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2021年08月21日

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ベルリンに住む「わたし」は「あの人」に会うため町を歩く。勝手に名付けた人びとが語らう黒い喫茶店、ガラス越しにミシンを踏む人の姿が見える帽子屋、子どもの幽霊がお菓子をねだる自然食料品店。待ち合わせを永遠に引き延ばすかのようにさまよう「わたし」の歩みはベルリンの町に折り重なる何層もの歴史の記憶に分け入り、だんだんと浸食されてゆく。


ざっくり言ってしまえば、散歩中の意識の流れを追っただけ、とも言える小説。だが、散歩の合間に目に入ってくる景色と、それにまつわる知識や個人的な思い出、あるいは全然関係ない心配事などが同時多発的に頭のなかをかけめぐる、あの感覚そのものを言語化したような語り口が本当に素晴らしい。
とにかく一文一文のコストが高くて、ふんだんに盛り込まれたマルチリンガルな言葉遊びや、町の通りに名前を付けられた偉人たちとベルリンにまつわるトリビア、移民として暮らす「わたし」の実感などを読むだけで満足感がある。たとえば「果物の話は必ず政治の話につながっていく」という一文を私は心に刻んだ。散歩や普段の会話のなかに、見て見ぬふりをして考えないようにしている事柄が多いことに気付かされる。
実はグーグルマップと対照して読むことができるくらい本当のベルリンに即して書かれてもいるらしい(2017年当時)。大きな観光地はオペラ座くらいしかでてこないけれど、読んでいると「わたし」がたびたび入ってしまう味もサービスもよくない個人経営のカフェや、インスタレーションのようなガラス張りの帽子屋をのぞいてみたくなる。なにより〈歩く〉という行為をこんなに豊かに感じられるようになるまで、いろんな町に行ってあらゆることを学びたくなる。
町の記憶に語りかけ、幽霊たちと共に「わたし」が歩んでいった先に「あの人」が待つことは遂にない。どこに行けば会えるのかはっきりわかっている人と思わぬ場所で再会したい、という願いは叶わぬまま、「わたし」はベルリンという大きな「家」をでて語りから解き放たれてゆく。取り返しのつかない寂寥感と同時に、「春のような」解放感が体を包むラストの一文。物語の行く末を知るためではなく、ただただ〈読む〉ことの快楽をひさしぶりに思い出させてくれた小説だった。

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2021年08月20日

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ネタバレ

よく分からんけど、言語に精通した方の文章だ〜!となった。これはエッセイではないけれど、色々なことに造詣が深い人の視点だと、こんなふうに世界が見えるものなのか。なんだか忙しなくてすごいなあ。面白かった。

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2025年08月26日

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最近ふとしたことからドイツ語に興味を持ち、特に「名詞に性がある」というドイツ語の特徴になんとなく気になるものを感じていました。とりわけ「ややこしそうな文法ルール」として。

そんな中、個人的に惹きつけられた本書の一場面が、ドイツ語文法に怒りを込めて文句を言うアメリカ人と思われる女性に対し、主人公の「わたし」が
『「性を失った英語の方がよっぽどステューピッドでしょ」と言い返してやりたくなった。』
と心の中で反発する場面でした。

真実がどうかはさておき、「言葉というものには元々性があって、英語はその性を失ってしまった言語なのだ」というものの見方は、自分の中に新しい視点を与えてくれたように思います。
もっと言えば「ややこしそう」というネガティブな印象をも反転させられたと言えるかもしれません。

言葉の中にある引っ掛かりや違和感みたいなものを、独自の視点で掬い上げる感覚はやはり多和田さんならではだなと唸ってしまいます。

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2023年08月11日

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ベルリンは訪れたことがないので、google earthでそれぞれの通りを見ながら読んだ.一つの店を見ながら様々な思いが沸き上がり、それが落ち着く前に別の気持ちが吹き出してくる、着いていくのが大変だ.当然ドイツ語が随所に出てくるが、分かりやすい解説が楽しめた.彼女のような散歩は彼女にしかできないと感じた.

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2022年07月06日

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“川、湖、滝など、水の見える場所にすわっていると喉につかえていたものが流れて楽になる。”(p.171)


“子供は親のすべての表情、仕草、言葉を解釈できないままに記憶し、夜空のように肩に背負って歩いていく。”(p.206)

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2020年01月31日

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ベルリンの街並みと多和田葉子の想像力、言語力がゆるやかに化学反応を起こしながら散歩はどこまでも続いていく。散歩しながら思索する人は多いだろうけど、そんな人たちの頭の中を多和田仕様で覗かせてもらったような気持ち。気取らず朗らかに、足取り軽く彼女はゴドーを待っている。


散歩に出たくなるけれど、ただ同じ道を歩いても多和田葉子が拾い上げる要素の数は誰とも比較にならないように感じる。そしてわたしもこの本で、かつて歩いたことのあるベルリンの記憶を辿る。
ベルリン以外には住みたくない、本当にそう思ったことがあった。
そうだったよ、わたしも、もう一度ベルリンに行きたい。

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2020年01月13日

Posted by ブクログ

この物語はなんなのだろう。読んでいる最中も、読み終わっても、なんだかよくわからないものを読んでしまった気持ちがある。エッセイのようで、でも、物語のようで、そもそも「わたし」と「あの人」の関係性もそもそもの性別すらわからない。そこかしこに潜んでいる歴史の残骸、遺物、遺構。「わたし」の思考が浮遊しているようにも思えるし、いやいや、実際に通りを歩いて目に移ったものを片っ端から夢想して、妄想して、思考が四散していっただけだ。と思う瞬間もある。

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2024年10月30日

購入済み

エッセイのような小説のような不思議な感覚。10遍収められていますが、前半は街の描写や言葉遊びなどが多く楽しく読めるのですが、後半になるにつれてどんどん空想的になっていき、言葉遊びなどもしなくなっていく。一つ一つを独立した短編としてでなく全体として捉えたらまた違ったものが見えてくるのかな。

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2024年08月17日

Posted by ブクログ

面白かったです。
ドイツの様々な通りを散歩しながら、あの人のことを考えたり、不思議な人たちに出会ったり、歴史的な物事に接したり。
言葉遊びも豊かでした。ドイツ語がいきなり出てきますが、意味も書いてありました。
なかなかおいそれと外出出来ない昨今ですが、状況が落ち着いたらわたしも色々考えたり考えなかったりする散歩に出かけたいと思いました。

ドイツの「FUTON」に「Hokkaido」という名前が付いてた、という文を見て、昔イギリスに住んでいたことのある同僚が「日本のポッキーが『Mikado』という名前で売ってた」と言ってたのを思い出しました。帝。。

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2020年06月11日

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