多和田葉子のレビュー一覧
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ベルリンに住む「わたし」は「あの人」に会うため町を歩く。勝手に名付けた人びとが語らう黒い喫茶店、ガラス越しにミシンを踏む人の姿が見える帽子屋、子どもの幽霊がお菓子をねだる自然食料品店。待ち合わせを永遠に引き延ばすかのようにさまよう「わたし」の歩みはベルリンの町に折り重なる何層もの歴史の記憶に分け入り、だんだんと浸食されてゆく。
ざっくり言ってしまえば、散歩中の意識の流れを追っただけ、とも言える小説。だが、散歩の合間に目に入ってくる景色と、それにまつわる知識や個人的な思い出、あるいは全然関係ない心配事などが同時多発的に頭のなかをかけめぐる、あの感覚そのものを言語化したような語り口が本当に素晴 -
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多和田葉子(1960年~)氏は、早大文学部ロシア語学科卒業後、ドイツ・ハンブルクの書籍取次会社に入社し、ハンブルク大学大学院修士課程を修了。1982~2006年ハンブルク、2006年~ベルリン在住。1987年にドイツで2ヶ国語の詩集を出版してデビュー。チューリッヒ大学大学院博士課程(ドイツ文学)修了。ドイツ語でも20冊以上の著作を出版し、それらはフランス語、英語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、スウェーデン語、中国語、韓国語などにも翻訳されている、本格的なバイリンガル作家。1993年に芥川賞、2016年にはドイツの有力な文学賞クライスト賞を受賞。今や日本人で最もノーベル文学賞に近い作家との声
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140ページに、「速く読み過ぎてはいけない」とあります。
ケータイでスクロールしながらヤフーニュースを流し読みしているうちに、本を読むときも加速しすぎて、意味を捉えることができないことが多くなりました。目が先に行っちゃう、って感じ。
は?
「書くという作業は、作者とは別のからだである言語という他者との付き合いなのだ」
「いろいろな人がいるからいろいろな声があるのではなく、一人一人の中にいろいろな声があるのである」
204ページに、何とhard-fiのイメージがあって驚く。私のポケットにも穴が開いてるから。
最後の「感じる意味」は何度でも戻っていきたい。感じたことを無視しちゃいけない -
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多和田葉子さんは
1993年に芥川賞を受賞した著名な作家なのだが
私は恥ずかしいことに
多和田さんの存在を
「2018年の全米図書賞翻訳部門を受賞」
のニュースをネットで見て初めて知ったのだった。
多和田さんは早稲田大学でロシア語を学び
ロシア(当時ソ連)ではなく
ドイツ(当時西ドイツ)に留学。
以来30年以上ずっとドイツに住み
日本語とドイツ語で作品を創り続けている。
Exophonyとは
「母語以外の言語で文学を書く」という意味。
サブタイトルのように
多和田さんは朗読会や講演などを行うために
世界各地を旅しているわけだが
その度に母語と非母語について
考え
感じ
新たな捉え方に挑戦し -
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単なる「ドイツに住んでいる小説家の日記」ではない。
言葉と歩いている多和田葉子さんの日記、なのである。
多和田さんは小説を
日本語で書き、ドイツ語で書く。
日本語作品をドイツ語に翻訳もする。
自作品を日本語、ドイツ語、英語で朗読し
さまざまな言語に翻訳された自作品を聞くために
世界各地を旅している。
そんな人生があるとは。。。
まさに理想的な人生である。
それができる才能が実に羨ましい。
あまりに面白いので
私が勤める日本語学校の先生たちに
熱烈推薦してしまった。
何が面白いか、その面白さを説明すると
多分すごくつまらなくなるので書かないが
言葉に興味ある人はとにかく読んでみてほしい -
Posted by ブクログ
遅読の私なのだが実にすいすい読み進めた。
二冊目にして「多和田葉子流」に慣れたのは
思考の形がどこか似ているのかしら?なんて
多和田女史の研ぎ澄まされた言語感覚と
深い洞察力を前にして とても言えない。
1993年芥川賞受賞の「犬婿入り」。
エロチックな有機物のにおいに満ちているが
妙に乾いた空気感。
「異質な存在」も人々の「言葉」次第では
そうでないものになり
何者なのか 何物なのか
わからないまま時は過ぎていく。
「ペルソナ」には「ドイツで生きる私」が
ちょっと痛々しく描かれている。
ある韓国人に対するドイツ人の反応をきっかけに
「東アジア人」の自分がよくわからなくなっていく。
能面 -
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「小学生の夏休みに『アサガオの観察日記』を書いた記憶があるが、それを参考に、日本語とドイツ語を話す哺乳動物としての自分観察しながら一種の観察日記をつけてみることにした。」(著者後書きより)
社会人になってから、数年に一度くらいの頻度で多和田葉子さんの文に引き寄せられる縁みたいなものがある。
今回は小説でなくエッセイというか日記というか、丁寧な思考をほいっと手渡されて後は任せた、みたいな短文が続くので、相変わらず素敵だなあと思ってゆっくり読んでいる。
今のこの日本ではない、別のもうひとつの静謐で豊かな世界がどこかにある気がしてくる。
さいしょからさいごまで良い一冊だった。 -
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ドイツにある尼僧修道院に、取材のため長期滞在している日本人の”わたし”の目を通して描かれる共同生活のようすと、”元尼僧院長の独白”の2部構成になっている。
フェアな人には皆、すこし心を許すものであり、外国人ということもそこに加味されるものである。
第二の人生をこの修道院に捧げる尼僧たちは、離婚経験もあれば子供もいたりする。男性との関わりに疲弊した過去をもっていても、豊かな記憶や想いと一緒に生きている。
最後のほうで、わたし が修道院のことを執筆する(物語る)モードになっていく感覚が面白い。
なにか液体が土に滲んでいくようだった。
そして突然、平面的なものが立ち上がる。
元尼僧院長の独白は、自