多和田葉子のレビュー一覧
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なにこれ、いいところで終わってる!? 最後まで読んでから『星に仄めかされて』、『太陽諸島』と続く三部作の1作目であることに気づいた。とりあえず最初に読んだのが1作目でよかった。このあと本屋に直行せねば!
日本の文化が世界に広まっていく。それ自体は良いことだが、裏を返せば日本の独自性が薄まっていくということでもある。その先には「日本の消失」があるのかもしれない。それがグローバル化ということなのだろうが、そこには動植物の絶滅を思うときのような妙な焦りや寂しさを感じることがある。本書は、そこのところの感情を突いてくる。
多和田氏の作品自体を初めて読んだのだが、ドイツ生活が長いそうで、読んでいて異 -
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国はもういい。とひらりと言える情勢ではないけれど、なくなってしまったとして、たしかに独自の食文化などだけは残るのだろう。浮世に浮き足立つような、ふっとこの国から本の中で抜け出してひとりぼっちになったような、不思議な感覚で淡々と旅ができてよかった。ちょうどモネ展に足を運んだばかりでタイミングが良かったなと思う。なにしろ絵がちゃんと思い浮かんでくれたから。セットでおすすめです。
“ジャパンとかなり大きな滴が水たまりに落ちて、三秒くらい間隔をおいてまたジャパンと落ちる音だ。“
そんな意図かわからないけれど、上の一節で、ジャパンって水の落ちる音なのかと、ドキドキして珍しく薄く、線をひいてしまった -
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日本から海外に出て、新たな風をもたらすというストーリーが歴史上の遣唐使的である、だけでなく、歴史上の遣唐使が持ち帰った仏教文化のモチーフが所々現れているのが面白いと思った。
まず献灯とは、仏像や仏塔、仏典などに灯明を捧げる仏教の儀式のこと。(今でもお仏壇にロウソク挙げる習慣ありますよね)また、ロウソクに火を灯すというイメージは、東日本大震災の追悼を思わせる。
また、主人公「無名(むめい)」は、仏教用語「無明」(目が見えないこと、仏教の真理に開けていないこと)と言い換えられそう。後は、「私が海の向こうへ行くといったら着いてくる?」と無名を導く謎の少女の名前は「睡蓮」。睡蓮って、「蓮華」と呼ばれて -
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最高の読書体験をした。
万博イタリア館の待ち時間に全て読み終えた。
およそ7時間くらいか。
多和田葉子さんの書籍は2冊目。
テレビに出ていた、祖国を亡くしたという女性が話す独特の言葉遣いに興味を持って、ぜひ会いたいとテレビ局に問い合わせたら、案外簡単に会えて、詳しく話を聞いてみたいということで、会いにいったことから始まった。問い合わせをしたのは、クヌートという名の青年。彼は言語に興味があることもそうだが、祖国を亡くしてしまったという女性に興味を持った。女性はHiruko という。
Hirukoは、スカンジナビアの言語体系を自分なりにまとめて、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク語を話す人な -
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ネタバレ突然ですが、読書について。
私よりも速読・多読の方は数えきれないほどいらっしゃるのは分かります。それでも、この数年は、私の中では人生史上最も読書をしているという感覚があります。
それらの本は、当初は仕事で行き詰まる自分への武器、突破口発見のため。あるいは、金がないなかで(というか塾に通わせずに)子どもの高校受験を成功させる、という目的がありました。
仕事がそこそこ落ち着き、そして子どもたちも無事に日本に戻った近年は、文芸書・エンタメが太宗を占める、息抜き読書が多く、しかも消費する・ただ貪り読むという、あたかも早食い・大食いの読書バージョンであるかのような読み方であると自身感じていました。 -
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ネタバレこの物語の主人公 Hiruko が話すオリジナルの言語であるパンスカは、体言止めで、独特な言い回しをする言語だった。また言語といっても、そこに決まった形はなく、Hirukoがその時感じたままを、スカンジナビア半島周辺の言語の中で、より同じような質感を持つ言葉を選びつつ、会話は展開されていた。
恥ずかしながら、今まで日本語は表現できる種類の言葉が多く、表現においてあまり不自由を感じたことはなかったが、日本語という言語に支配されているからこそ、語ることのできないものも同時に存在するということを知る機会になった。
本書を読み、さまざまな言語を学ぶことは、さらに自分の表現の幅を増やすということにつなが -
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ちょっとすごすぎるかも!!
多和田葉子のなかだとかなり読みやすい方だと思うんだけど(ストーリーが追えるので)、ふんわりふんわり流動的に場所が動いていく。根本的に根無し草の感覚があるのかも。
言語はもっと自由なのかもしれない。私はいつも(特に)英語を話すときには間違えるのが怖いと思ってしまう。文法がちがうと笑われることが怖い。とりわけ「文法を解する」日本人に笑われたりするのが怖いんだと思う。だからchatGPTとは、べらべらずっと好きなだけ喋ってしまう。私は本当はおしゃべりなのに、英語だとおしゃべりになれないのは「文法の共通了解」が世界中に有ってその人たちにジャッジされているという感覚があるから -
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彼女は言語学者ではない。
小説家であり詩人だ。
それも日本語とドイツ語で小説を書く小説家だ。
だからなのか言語への深い理解と探究心と遊び心にあふれている。
言葉と歩く多和田さんの日記の言葉を
もらすことなく読みたくて時間をかける。
折しも今日は3月11日
私のすぐ横に職場のブラウン管テレビが
落下してきた日だ。
彼女は「ベルリンにいて地震を経験していないという穴があまりに大きいので、人の話がその穴にどんどん吸い込まれていく。共有ではなく、むさぼり喰うような感じ」と語る。そして次の日のアサヒ・コムの「炉心溶融」は危機感が薄く、「メルトダウン」の方が危うく感じられると述べている。そして、多和田さ -
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文芸誌GOATで上白石萌音さんが紹介していたのをきっかけに読みました。
萌音さんが教えてくれたように『先入観無く読みたい!』と思い、ネットで買うにも検索したら表紙が見えちゃうので、家族に頼んで買ってもらい、表紙も帯も取ってもらってから読みました。
この工程が無ければ、すんなり読めてしまったかもしれません。でも、表紙や背表紙のあらすじを見ずに入り込めたお陰でとても楽しく(頭の中が???になりながら)読むことが出来ました!
これは初めての読書方法でした。
上白石萌音さんに感謝の気持ちでいっぱいです^_^
イヤな顔をせずネットでポチってくれたり表紙と帯を隠してから渡してくれたりと協力的な家族にも