あらすじ
カフカの文学は、映像的であるという印象を与えながらも一つの映像に還元できないところに特色がある。『変身』のグレゴール・ザムザの姿も言語だけに可能なやり方で映像的なのであって、映像が先にあってそれを言語で説明しているわけではない。……読む度に違った映像が現れては消え、それが人によってそれぞれ違うところが面白いのである。この機会にぜひ新訳でカフカを再読して、頭の中の映画館を楽しんでほしい。(多和田葉子・解説より)
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Posted by ブクログ
ひとまず変身を読んだ
-どんな虫になったんだろう?たぶんかなり大きい?
-家族の一見薄情にも見える態度がケアの現場で目にするような現実とリンクした。ケア対象の死が安堵と希望をもたらしてしまう。
-人の価値が家族への貢献度になっているリアル
-愛とはいったい
流刑地にて
-これ無理なやつ…
-士官はアドルフ・アイヒマンですか
Posted by ブクログ
私にとって文学は、自分の感受性を鍛えてくれるもの。
一読するだけでは説明の列挙でつまらないと感じてしまうが、解説や他者の感想を読むと、現実社会とのメタファーに気付けたり、「そういう意味だったのか」「この文章を読んでそういう風に感じる人がいるのか」と、自分の発想に無いもので予想もしていない角度から殴られる感覚が気持ちいい。
この本は年齢や立場、読む時の自分の心情、誰に感情移入するか等で印象がガラッと変わる作品。
読み手が「虫」を「病気」「無職」「介護」「鬱」「依存」...何に置き換えるか。
物語の根幹である「虫」について「どんな虫なのか」「どうして虫になってしまったのか」あえて説明しないことで読み手に物語を委ねる「説明しない美学」が美しい作品。
「ブラック企業・社畜」
グレゴールは両親の借金を肩代わりし、自分の時間を犠牲にして五年間で一度も仕事を休むことなく働く献身的な人。しかし、「虫=病気=無職」になり、働けなくなった瞬間に価値を失い、家族に疎ましく思われる存在になってしまう。
「介護・ヤングケアラー・障害」
家族の誰かが意思疎通もできない状態になってしまっても、大切な人のために身の回りの世話をしなくては、という気持ちと、この人がいなくなった方が残された家族は身体的・経済的にも幸せなのではないかという葛藤。本当に辛いのは、「虫になったこと」ではなく「家族が徐々に冷たくなっていく過程」
「鬱病・メンタル不調・偏頭痛・理由なく朝起きられない人・引きこもり・依存症・社会的・性的少数派」
理解されにくい持病や、多くの人が当たり前にできることが当たり前でない人、説明できない苦しさ、理解されにくく、本人の意思でどうにもできない苦しみの投影。
タイトルの『変身』はザムザ? それとも家族?