山崎雅弘のレビュー一覧
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第二次世界大戦下、アウシュヴィッツなどの殺害を目的とした強制収容所へのユダヤ人の大量移送という職務を通じて、国家間同士の戦争とは全く異なる次元で600万人もの特定の民族を殺戮したナチスの幹部アドルフ・アイヒマン。彼の生い立ちから死刑までを総ざらいし、最終章で、戦後彼が法廷で繰り返した「私は上司の命令に従っただけで」「組織の人間として他に選択の余地はなく」「したがって私に責任はない」という態度から、「アイヒマン的な思考」=「組織人の詭弁」を読み取り、それは少なくない日本人にとって共感を寄せやすい考え方ではないだろうか、という論考である。組織全体の目的が犯罪行為であれ、自分の直接の職務の範囲だけ切り取ってみれば犯罪行為とかかわりのないただの事務であるし、自分は組織としての命令系統の下で上司の指示に従っただけで、責任があるとすれば自分ではなく命令を下した上司にある、というロジックで「一個人」としての内なる葛藤を抑え、あまつさえ、上のものに忠実であることは美徳である、という形式的な理解に補完されながら、今の日本でも、多くの「組織人」が「組織にしたがって仕方なく」といいながらも、組織からの受益のために行動している。大量虐殺のような極端な事例ならば、さすがに上司の命令であっても超えてはいけない一線として一個人として拒絶する、と主張する組織人はいるだろう。では粉飾決算、不法廃棄、談合、不正受発注、生産地偽装、保険金詐欺、街路樹の伐採ならどうだろう? その組織人として超えてはいけない一線とはどこにあるべきか、また、奴隷ではないのだから絶対服従ではないとはいえ、人事という名の家族を人質にとられているような組織の権力の在り方についても考える機会を与えてくれる。
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書店の売り場に「中国・韓国の反日攻勢」「南京大虐殺の嘘」「慰安婦問題のデタラメ」「あの戦争は日本の侵略ではなかった」「自虐史観の洗脳からの脱却」などの歴史修正主義に関する書籍に目が行き、つい手を伸ばして購入したことはないだろうか?最近では、安倍元総理の銃撃事件に端を発し、国葬問題や統一協会問題、東京五輪不正など綴じ蓋が弾けた様な報道に、歴史修正主義者と歴史や事実の積み重ねによる研究書籍など、両論の書籍を並べる書店をSNS等で多数見かけるようになり、読者の目が片方に向かないようになってきているのを肌で感じる。
本書は、歴史修正主義者が「歴史戦」と称して、歴史の一部分をあたかも全体であるかのように見せかけるトリックの概要を解説し、その巧妙さを指摘する。例えば、南京大虐殺では、虐殺の事実の積み重ねが重要であるものを「虐殺された人数」への論点のすり替を行われている点を指摘する。アジア・太平洋戦争では、帝国陸軍は敗戦と同時に多くの書類を焼却・隠滅したために、正確な記録が無い中では明確に数値化できない点を巧妙に突いてくる。しかし、一方で最近になって軍の記録や個人の日記などが多数見つかり、またNHK等の番組で紹介されるようになり、事実の積み重ねと歴史の検証は続いている。この思想戦は、アジア・太平洋戦争中に開始され、戦後も続いている経過とトリックを丹念に追いかけ、歴史教科書や事実の積み重ねの重要性を伝え、ともすれば「非国民」=「反日」のレッテルのトリックも喝破する。作家保坂正康氏は、「自虐史観」から「自省史観」への転換を訴えるが、正に反省、自省、内省、猛省など、「自省史観」が重要な事を再確認した。また、学生を含めた社会人たちと共に歴史の積み重ねを学び、複眼で多面的に考える重要性を再認識した一冊となった。 -
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今回のロシアの暴挙に触れて、という訳ではなく、もともと読むつもりだったもの。だけどたまたま、タイミングもバッチリということになってしまったけど。本書を読み進めると、プーチンが目指している国家像が、この時代にあるのだということがよく分かる。ただ、本書の中心は独ソなど主たる参戦国でなく、好むと好まざると巻き込まれた周辺国。各国ごとに纏められているんだけど、その順序が実に秀逸で、読者の理解を大いに助ける。またときには、一次大戦とか、あるいはもっと前まで歴史が紐解かれ、各国が置かれた立場も分かりやすく示される。一般の倍くらいの分量だし、あまり掘り下げて勉強したこともない分野だから、正直読めるかなって心配もあったけど、著者の手にかかる限り、それは全くの杞憂でした。大戦関連の他著も是非読んでみたい。
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内田樹さんんが呼びかけて「中高生向き」に書いてもらった,オムニバス本。わたしが知っていた人は6~7人だが,それぞれの呼びかけが面白かった。
本書のメッセージは,30代~70代の年代別に分かれていて,70代なんて,中高生が大人になった頃はほとんど現役ではないわけで,だからこそ,なにを呼びかけているのかが,気になる。
新型コロナによって暴き出された現代社会の矛盾は,コロナ禍が過ぎ去ったとしても,なんらかの修正を迫られるはずだ。会社に行かなくても仕事ができる…と分かったからには,満員電車に乗って会社へ行くこと自体が,すでに「必要なこと」ではなくなってしまった。密を避けることは,過疎地域では当たり前であり,過疎であるわたしの地域で影響を受けたのは「年に一番密になる地元のお祭」ぐらいだ。
指導者たちは,巨大な経済システムの中で,無駄を省くことを第一条件として進めてきたことのツケが,あまりにも大きかったことにやっと気づいたのだろうか。もっとも,10年前の東日本大震災の津波による原発事故のときにも気づいたはずだったのだが…それが,いつのまにか,どっかへいってしまっていた。今回,また,違う形で自然が教えてくれたんだが。
内田さんがいうように,今後の社会は決して楽観的に過ごせるわけではないだろう。高齢化率や出生率などを見ても,その大変さがよく分かる。
じゃあ,今後はだれがどんな社会を作ってくれるのか…いや,君が作っていくんだよ,それは君がやりたいことを選んでやっていくんだよ…というメッセージが,少しだけ勇気を与えてくれる。
60代のお爺ちゃんは,孫たちの世代に何を残せるのだろう。まだわたしにできることはたくさんありそうだ。 -
Posted by ブクログ
まず著者群の面子を見て、少なくとも既知の名前において、それぞれの発信することばを追いかけている人が多いことを確認。演繹的に、その他の著者についても、かけ離れた立場にはないであろうと判断。あわよくば、今後の人生指針になり得る存在と出会えることも期待。前置き長いけど、そんな考えの下、発売前から気にかけていた本書。日本学術会議任命拒否問題についても、どこかでちゃんと読まなきゃと思っていたけど、その欲求も本書で満たされた。中曽根時代から綿々と受け継がれて今に至るってのも、何とも根深くて嫌な感じ。そのあたりまで遡って、ちゃんと勉強しなきゃ。あとは、己でさえままならない自由の取り扱いを、更に次世代に伝えることの困難も、改めて実感。自分も不断の努力を続けることにしか、それに対する答えはないですわな。