山崎雅弘のレビュー一覧
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内田樹『身体に訊く』-言葉を伝えるということはどういういことか
加藤典洋『僕の夢』-中高生のための「戦後入門」
高橋源一郎『表と裏と表』-政治の言葉について考える
平川克美『人口減少社会について根源的に考えてみる』
小田嶋隆『13歳のハードワーク』
岡田憲治『空気ではなく言葉を読み、書き残すことについて』
仲野徹『科学者の考え方』-生命科学からの私見
白井聡『消費社会とは何か』-「お買い物」の論理を超えて
山崎雅弘『「国を愛する」ってなんだろう?』
想田和弘『「中年の危機」にある国で生き延びるために』
鷲田清一『社会に力がついたと言えるとき』
以上11人の寄稿文
内田樹氏の以下の呼びかけに対応して書かれたもの
『刻下我が国の政治・経済・メディア・学術・教育・・・どの領域を見ても、「破綻寸前」というのがみなさんの現場の実感ではないかと思います。・・・・私たちが果たさなくてはならない最優先の仕事は「今何が起きているのか、なぜそのようなことが起きたのか、これからどう事態は推移するのか」を責任をもって語ることだと思います。』
各11編の寄稿は、それぞれとても意義ある内容だと思いました。 -
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日本人は空気に流されやすいと言われる。郷にいれば郷に従え、朱に交われば赤くなる、などの諺が示す通り、集団の中にいれば、周囲の空気感や慣習に従うべき的な圧力を感じる事もしばしばある。大衆に訴える能力の高い煽動家でも現れれば、国が誤った方向に行きかねないリスクは高いと感じてしまう。今の政治体制が良いか悪いかは置いておいて、高市総理は日本初の女性総理ということもあり、発言も明確だから(分かりやすい)、国民からの支持率も高い水準を維持している(直近やや下降)。総理なりたての頃は国民の熱狂ぶりにやや恐怖を感じることもあったが、案の定、国防関連では人気のある小泉進次郎を当てて、やんわりというより、むしろ明確に危機を煽って防衛費を「仕方ない費用」として、その負担を国民に求める方向に動いたりする。こんな動き方を見ていると、本書の筆者でなくとも、何だか、かつての太平洋戦争以前の日本の状況との類似性を感じてならない。
日本の戦争は誰が始めたのだろう。この問いに対する回答は難しいかもしれないが、重要な役割を国民自身が負っている事は間違いないだろう。民主的な政治体制であっても国民が方向性を誤れば、国は簡単に危機に瀕する。それはかつての太平洋戦争時の日本を見れば明らかな事だ。国民は熱狂した。真珠湾の緒戦での勝利だけでなく、それ以前に始まっていた中国との戦争についても、国民が束になってそれを推していた。だから誰も止められず、そのまま1945年8月の敗戦へと突き進んだ。
本書は現代の高市政権を見て、かつての太平洋戦争を開始した際の、「戦争を甘くみる空気」感を感じ取っている。そして国民がその様な感情に至るまでの、政治や軍部による巧妙なプロセスがあった事を説明している。前述した様な同調圧力や流されやすい国民性を利用した、巧妙な手法。危機を煽り、敵を憎ませ、自信を持たせ、怒りをパワーに変える。そして死ぬ事を美化し、恐怖を抑制する。そうやって戦場を美しい死に場所として飾り立て気分を高揚させる巧みな手法に、国民自らが戦争を望み後戻りのできない地獄への道をブレーキなく進む列車を作り出した。その時の流れを辿るかの如く、じわじわとアクセルを踏む現政権。勿論憲法改正など、必ずしも私は全てを否定するわけではないが、一度外れたサイドブレーキは坂道を転がる車の様になってしまわないだろうか。ならばサイドブレーキに触らないほうが良いのではないだろうか。本書がいう気づかないうちに戦場に連れ出されないか不安が心を過ぎる。
我々は政治を選べるし、自分の頭で考えられる。危機察知能力も備えているし、危険な場所は避けて通れる。だが、一人一人がしっかり考えなければ、大きな人の波に飲まれ戻りたくても戻れない場所に連れて行かれる。本書を読みながら、ふとテレビを見ると広島の原爆の映像が流れていた。かつて道を誤った国民全員が向かってしまった場所に、戦争をするイスラエルやアメリカの代表と肩を並べる高市総理が何を思ったか。 -
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中国共産党とその配下にある人民解放軍の歴史及び関連する抗争、戦争について詳細に研究、歴史書としてまとめた良書である。
残念なのは、中国共産党が支配するとされる人民解放軍の運営に関わる費用の原資についての経済的な説明が一切無いこと。何百万人もの兵隊、装備品、運用に関わる費用は当然国が負担していると思われるが、その費用の算定、徴収、支払、監査などのメカニズムに関して何も記述されていないのは残念である。当然機密事項としての性格があるので情報へのアクセスは困難と思われるが、軍隊の経済的側面は看過してはならない重要情報であるので、今後の研究対象として欲しい。 -
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2025年は戦後80年だった。(そして昭和100年でもあったという)
一つの時代の区切りも感じつつ、いつまで「戦後」という言葉を使うのか、不思議にも感じつつ。
私も含めてほとんどの日本人が戦後生まれとなり、戦争を知らない人が多くなって久しい。
私は55歳で、父が89歳で健在なのだが、最近よく父が子供だった頃の話をしてくる。
父の父(私の祖父)は、田舎の農家暮らしだったが、徴兵されて戦争に行き、戦地で亡くなった。
そのために私は、父方の祖父とは会ったこともなく、今実家には祖父が若い頃の古びた白黒写真が1枚あるだけだ。
父の記憶も曖昧で、「戦死した地はラバウルだったと思う」と言っていたが、いずれにしても激戦地に送られたのだと思う。
田舎農家から戦地に駆り出された訳なので、過酷な前線地に捨て駒的に送り込まれたのかもしれない。
戦死したからと子供の頃の父に連絡が入り、然るべき場所に来いというので行ってみたら、白い布に包まれ、祖父の氏名が書かれた木箱を渡されたのだという。
遺骨が入っているのだろうと思って中を見たら、全くの空っぽ。
祖父はどこで死んだかも分からず、遺ったものが何もなかったそうで、空の木箱を渡されたのだそうだ。
現地から回収できたものが何もなく、返せるものも何もないのだから、木の箱もまるで無意味であるが、そういう出来事があったらしい。
わずか8〜9歳だった父は、相当にショックだったらしく、トボトボと家に帰ったのだそうだ。
その時の父はすでに病気で母(私の祖母)を亡くしており、父の祖母(私の曽祖母)と二人暮らしだったそうだ。
一家の大黒柱も亡くし、生活は相当に厳しかったらしく、かなり貧乏な暮らしをしていたらしい。
終戦を迎え、数年そういう生活を送っていたようだが、やがて父が中学生だった時に、その祖母も亡くなってしまう。
遠い親戚はいたらしいが身寄りもなく、世話する人もいなかったらしい。
それでも誰かの紹介で、住み込みで働ける場所を見つけてもらい、父は中学校卒業を待たずに、社会に出たのだという。
働く場所の紹介のために、田舎の実家も農地もいつの間にか精算され、何も持たされないままにその新しい職場に追い出された。
戦災孤児となった父は、そこからも苦労の連続だったらしいが、住み込みをしながら仕事も転々として、結局その時の大工の棟梁に拾われてから大工になり、結婚して私が生まれたという。
父から聞いた話を書き出すと、更に長くなってしまうのでこれぐらいにするのだが、私にとって戦争とは、案外他所事とも言い切れない感覚があるのだ。
父が若い頃も、家で酒を呑んで酔っていると、幼い私に戦時戦後の貧乏苦労話をよく喋っていた。
今89歳の父も、相変わらず何回も聞かされた同じ話を喋っているのであるが、こんな時間も後どれだけ残っているかと考えると、心がしみじみとしてしまう。
こんなエピソードを記載すると、不幸な人のような感じがするが、父はどちらかというとポワンとした天然系のキャラである。
子供ながらに「もっと考えろよ親父!」と思ったことも多く、人が好いのでよく他人から謎なお裾分けをもらってくる。
反面、お人好し故に頼まれごとを断れずにいるため、「なんでそんな約束しちゃうの?」ということが絶えずあり、詐欺には合わないまでも、訪問販売の口車に乗せられて無駄なものを買わされたりしている。
そんなことで、父と母の喧嘩も絶えないのだが、日々ポツリと「戦争がなかったら、オレの人生どうなっていたかなぁ」なんて呟く時がある。
戦争が無ければ確実に母との結婚もない訳で、私も生まれるはずがない。
「そんなこと、息子に向かって言うか?」と突っ込みたくなるが、そういう所も天然なので、気遣いできずについ口に出てしまう。
心の棘として、父の気持ちの奥底に残っているから出てしまうのだろうと思う。
「今まで色んな人と出会って嫌な奴もいたけど、誰も恨むつもりはない。ただ、戦争だけは今でも恨むなぁ」というのも父の口癖である。
戦争が無ければ、父の人生は大きく変わっていた。
そうなっていたら、私も含めた今までの生活はない訳で、それが結果的に幸せだったのか、不幸になったかは誰にも分からない。
こんなベースがありつつも、個人的な興味としても、太平洋戦争のことはついつい調べてしまう。
あの戦争は何だったのか?
戦争の解釈は様々だし、それに対して「歴史戦」が繰り広げられるのも良く分かる。
私自身は、どちらの派にも属するつもりはないのだが、実際にどんな戦争が繰り広げられたのかは非常に気になってしまう。
政治では何が考えられて、大本営ではどう考えられていたのか。
そして、戦地では何が行われていたのか。
祖父がどうやって死んだのかは探りようもないのだが、どうしても興味を持ってしまう。
戦争では誰が悪人で、誰が正しいと裁くことは、今となってはあまり意味がない。
過去に過ちがあるとすれば、戦争を止められなかったことだと思う。
もちろん、時代の大きな流れの中で、止められなかった理由があったのも事実だろう。
それでも、本当に何か他の回避する手段はなかったのだろうか。
本書にある通り、「自虐史観」という意味ではなく、過去を真摯に振り返り、より良い未来を創るために、知的で誠実な反省をすることは、今からでもできるはずだ。
歴史問題はとにかく複雑で、安易に結論を出せるものでもない。
特に今はSNSなどを通じて、断片的で偏った情報に流されてしまう。
ほとんどが戦争を知らない国民になった今、過去を論ずるのは益々難しくなっている。
何かの考えに縛られることなく、歴史に対して誠実な態度を持って接するしかないと思っている。
本書「歴史戦と思想戦」は、決して読みやすい、明るい本ではないかもしれない。
まずは様々な意見があることを知ることで、自分自身の中でも咀嚼して、糧として取り込んでいきたい。
父の同じ話を聞けるのも、後何年なのか。
今は元気であるが、そんなに長い時間が残っている訳ではないはずだ。
戦争を語る人が減っていく中で、我々は何を残して、何を未来に繋いでいくのか。
そんなことをつらつらと考えることも、意味のある事だと思っている。
(2025/9/27土) -
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『13歳のハードワーク』がいちばん興味深くわかりやすい内容。これを最初の章に持ってくるべきでした。本当に中学生に読んでほしいと思うなら、まず読みやすい文章から載せるのがいいと思います。「こんな難しいこと書いてるオレってすごいでしょ、みんなついてこれる?」って思ってる大人の文章から始められると読もうとする気持ちがなくなります。
中学生は小説以外の文章を読む機会が少ないし、意外とまじめなので本は常に最初から読もうとします。興味のあるところから読もうとは思いません。
そしてこれを書いているおじさんたち、子どもがいるなら精一杯育児に関わったでしょうか?中学生、高校生の息子、娘にしっかり向き合ったという自信はあるでしょうか? -
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第一次世界大戦後の中東地域の戦争の歴史を分かりやすい表現で、かつ複雑な宗教・歴史・政治をまとめている。中立的観点で長期間にわたる土地を巡る流血の史実を淡々と解説しており解像度が高い。混迷を極める中東の現状は歴史的に必然だったのか。どうすれば戦争を減らし、無くし、平和を実現する方向に持っていくことができるのか。繰り返し読んで理解を深めたい。
第1章 パレスチナ紛争の起源―ディアスポラからバルフォア宣言まで
第2章 アラブ諸国の独立とホロコースト―アラブ・ユダヤ紛争の恒常化
第3章 第一次中東戦争―ユダヤ人国家イスラエルの建国
第4章 第二次中東戦争―大国の思惑とアラブ民族主義の台頭
第5章 第三次中東戦争―イスラエルの領土拡張政策
第6章 第四次中東戦争―イスラエル不敗神話の崩壊
第7章 中東戦争と石油危機―米ソ冷戦時代のアラブとイスラエル
第8章 イスラエル軍のレバノン侵攻―PLOとパレスチナ・アラブ人の抵抗
第9章 和平を目指す者と、それを阻む者―2000年・パレスチナ紛争の再燃
第10章 ガザ紛争とイランの核開発問題―イスラエルが直面する二つの難問
第11章 新たな脅威「イスラム国」の登場―なぜバグダディはイスラエルを敵と見なすのか -
Posted by ブクログ
動乱期!混迷でも混乱でもないこのタイトルからしてザワザワする感覚を覚えます。今思えば昭和の時代の、のほほんとした世界からと比べると明らかに異なる世界に居る感覚を覚えます。あの頃はよかった…なんてノスタルジーに浸っていることも今となっては許されない気がします。
内田先生と山崎雅弘さんの対話は、この「底の抜けた国」「三流腐敗国」に生きている私たちに現実を突きつけます。見ないふりをしてきても薄々わかっていて知らないふりをしても、これを読むとやっぱりそうか…と落ち込みます。
今の日本は、沈みかけている泥舟という指摘は、政治家などの支配層の劣化(良識がない者の増加)、民度の低下(思考停止になっている国民)、メディアの凋落(無批判)、野放図のSNSが跋扈(フィルターが存在しない)…に現れています
そして、歴史的にも戦前の日本の国民の意識や日本軍の参謀本部の組織のあり方、失敗のパターンが今も随所に繰り返されていると言います。
世界を見渡しても、米国を始め特徴的な指導者が目立ち、歴史の畝りの中で翻弄されているようです。
今の子どもたちが成長している頃には、少しはマシな指導者が育っているのか、はたまたこのまま日本は凋落の一途をたどるのか…(マシな人は政治家にならないようですが)楽観的な展望は見えないのですが、それでもこの本でどれだけ絶望的に思える状況であっても、あきらめないしぶとさと知恵を持つ。人類の文明は「三歩進んで二歩半下がる」ということの繰り返しとあります。こんな現状にせよ安易に不和雷同するのではなく、自分の頭で考え行動していきたいと思います。