町田康のレビュー一覧
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佐野洋子さんの『100万回生きたねこ』。インパクトの強い緑色の瞳をしたオスのトラ猫が表紙の絵本です。おそらく子どもの頃にも読んだことがあったと思うんですが内容はほとんど記憶になく、大人になって改めて読んでグッときました。
1977年に発売されて以来、今なお多くの人に読まれ続けている大ロングセラーであるこの絵本への、13人の作家によるトリビュート短篇集です。
佐野洋子さんの息子さんで絵本作家の広瀬弦さんや元旦那さまの谷川俊太郎さんも執筆されています。結構著名な作家陣ばかりですが、私は読むのは初めましてな作家さんが多かったですね。
どういうこと?と理解が追いつかないお話もあれば、ちょっと不思議なお話もあり、せつなかったりしんどかったりおもしろかったりこわかったり、猫がまったく出てこなかったり、13人それぞれ個性豊かなお話でした。ただ、私が期待していたものとはどれも「なんか違った」なぁ、という感じ。
でも江國香織さん、角田光代さん、山田詠美さんのお話がおもしろかったかな。 -
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小説家や歌人などによる子どものお悩み相談会。
子どものお悩みというのが、子供側の事情を詳しく書いたものではなく「謙虚になるにはどうしたらいいですか?」「遅刻グセがなおりません」といった一行のみ。
だから、お悩みに対するアドバイスというより、それをテーマにしたエッセイのようなものだった。参考になるかどうかは、微妙だった笑。
作家さんたちの多くは、自分の経験について語っているのが、大人として読む側はおもしろかったな。
子どもと大人、どっちが読めば共感できたり面白く感じたりするんだろう。
一番最初に「夏休みの宿題ぎりぎり派はだめ?」というテーマについての角田光代さんの回答で、小学生の時絵が好きで美術部に入っていたが、夏休みの絵画の宿題ができずぎりぎりになってくまのぬいぐるみ(茶色)を書いたら絵が黒と茶色になってしまい、教師から「きったねー絵だな」と言われ、それから絵を描いていないという話が心に刺さった。
私の小学生の時も、美術の男性教師がとても個性的な人で、児童の絵について笑いながらバカにしてた。それも他の児童に同意を求めるように言うから同級生からもからかわれるんだ。私もやられて、恥ずかしくて鉛筆で必死に絵を消して描き直したっけな。・・・まさか同じ教師じゃないよね?
私は大人だから、大人の一言がが子どもにどんな影響を与えるのかということについて、自分の苦い思い出とともに、痛感した。
あと、津村記久子さんの同級生が、教師になったから自分の学生時代のことがよくわかるようになったというのも、なるほど。そうだよね。教師は、自分の学生時代のことを思い出して「あのときのことって・・・」と答え合わせができることもありそうだ。 -
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臨界前に訳した日本昔話
この「特別試し読み版」は、中世前期に鎌倉時代が成立した頃にできた『宇治拾遺物語』のなかから「瘤取り爺さん」を抜粋し、現代作家によるその翻訳を読めるようになっている。これは誰でも子供のときから知って記憶してるお伽話の一つだ。ただ、現代の日本人で中世当時鎌倉時代の世相がわかる者はほとんどいない。そこで現代の風俗を入れたようにして翻訳する意味は大きい。ここでは登場する鬼どもは、赤や青のほかに黒い皮膚のがいてそいつはゴールドのふんどしを締めていたりする。カラフルである。今、都会の繁華街の外国人らの路上飲みが問題になっている。派手な衣装で髪の色も肌の色もさまざまで酔っ払った彼ら彼女らに囲まれたりするとちょっとビビッてしまう。しかし、中世の鬼は異界に属しスーパーナチュラルな存在である。これは鎌倉時代にこの説話に何を込めて伝え残したかったのだろうかと千年前の時空を覗くきっかけとなるであろう。この説話のしめくくりは「物うらやみはすまじき事なりとぞ。」
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大好きなさ自由律俳句の俳人二人のうちの一人。尾崎放哉については、吉村さんが「海も暮れきる」という名作残しているが…。大分、赴きは異なるが、これも伝記?つまらないギャグ、ダジャレは辟易だけど、俳句に関心のない若い人には逆に取り付きやすいかも。面白い試み。酒好きの二人だから通じるものがあるのだろうな。「分け入つても分け入つても青い山」「まつすぐな道でさみしい」「解くすべもない惑ひを背負うて」「どうしようもないわたしが歩いてゐる」「現代人でもひとりで山登りをすると魂が身体から滲み出ていくような感覚に見舞われることがあるが…」「人にバカにしられて腹が立つのは自分の中に人を見くだす心があるから」心しないと。
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少し前に「口訳 古事記」を読んだ。ややこしくて読み切れなかった。
山頭火は予備知識もあるし、興味もあるし。
出生から、生い立ち、亡くなるまで述べてある、が、そうであろうとか、こう思うとか、作者の推測によるものが多い。
また随所に出てくる、関西弁の感想や、話がめちゃくちゃな妄想劇?が少しうざったい(すみません)関西に馴染みのない人が読んだら意味不明な言葉多々あり。
思うに、芭蕉や西行など俳人や歌人は往々にして旅に出ます。山頭火も然り。
でも先のお二方とは何かが違う・・・
旅と放浪? 目的? 人生観? 作品への思い?
とてもモヤモヤしています。
最後に私の好きな山頭火の句。
〈生死の中の雪ふりしきる〉
〈ここにおちつき草しげる〉 -
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町田康氏とたどる山頭火の生涯。
『ギケイキ』や『口訳古事記』みたいな町田節が炸裂…!
それらとちょっと違うのは地の文に完全に町田氏が入り込んでいる分、よりパンクロッカーとか実際の経験をたくさん盛り込んでいるところ。
山頭火の生い立ちは恵まれていたのに、親の手腕が及ばず崩れていっており、それらも生きることに対するやるせなさに影響していて、一方で自分でも押さえきれない真面目さに振り回されている…。そんな生きるのに不器用な人だなぁと思いました。
そこにお酒が入ってきて、何もかもがめちゃくちゃに…。
山頭火の人生がつらつら描かれていても入り込めなかったと思うのですが、町田氏が自分と山頭火を重ねながら話を進めているので面白く読めました。 -
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山頭火も町田康からすれば、紛れもなくパンクロッカーだ。
「…自分の身の上に今この瞬間起きている抜き差しならない事態、を当事者としてでなく、劇として眺める、そしてそれを水のように純粋な言葉に置き換えることによって、それを見ている自分、肉身を離れた自分を創りだし、肉体の痛苦、精神の痛苦から免れようとする。現実から離脱して「一切を放下し尽くす」みたいな境地に一瞬、至る。或いは、至った気になる。これが山頭火の俳句ではなかったか。」
のあたりに大きく共鳴しているのは、『くっすん大黒』や『きれぎれ』などからもよくわかる。
「入門」とあるが、山頭火やその俳句の解説本ではなく、それに町田康の心がどう動いたかを味わう本。