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生まれては殺される、その無慈悲な反復。
甲州武田家の盛衰と、農民一家の酸鼻な運命。
信玄の誕生から勝頼の死まで、武田家の盛衰とともに生きた、笛吹川沿いの農民一家六代にわたる物語。生まれては殺される、その無慈悲な反復を、説話と土俗的語りで鮮烈なイメージに昇華した文学史上の問題作。平野謙との<「笛吹川」論争>で、花田清輝をして「近代芸術を止揚する方法」と言わしめ、また後年、開高健をして「私のなかにある古い日本の血に点火しながらこの作品は現代そのもの」とも言わしめる。
町田康
一般の調節された言葉は、一族の多くの者がそのために殺害されたのにもかかわらず、それを、先祖代々お屋形様のおかげになって、と言い換えることができる。しかし、この小説の言葉は、そう言い換えてしまう人間の哀しみを描きつつ、それすらも無言の側に押し流してしまう。そして、その圧倒的で、どうしようもない事態は、始まりと終わりを持たず循環する。――<「解説」より>
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Posted by ブクログ
戦国時代を舞台にした小説といえば、通常は戦国大名やその家臣の活躍を描いた歴史小説が挙げられるであろう。本作もまた武田信玄軍の一員を主人公にしているのだが、しかしその身分は武士ではなく、みずから軍に加わった農民である。これだけでもめずらしい設定であるといえるが、しかし本作の特異な点を挙げるとすれば、そのようなことではないであろう。とにかく、人が死ぬのである。中上健次の「紀州サーガ」にも似たような、田舎の前時代的な社会を描いているため、系図がないと容易に把握できないぐらい多くの人物が登場するのであるが、その大半がつぎつぎに亡くなってしまう。当時の平均寿命などを考えれば、それはとくにおかしいわけでもないのかもしれないが、とにかくぞっとしない。しかしほんとうに恐ろしいのは、それがあまりにも淡淡としすぎている点である。死に特有のあの饐えた臭いはいっさい放たれることがなく、きわめて事務的につぎつぎと人が亡くなってゆく。猟奇的趣味から人を殺しているわけではないことはあきらかであるが、しかしこれははたしてほんとうに小説と呼べるのか。そう思ってしまうくらい、とにかく無機質で無味無臭な小説である。死というものを小説に登場させる場合、どうしたって多少は感傷的になってしまいがちであり、そういう意味では間違いなく小説としての技術は高い。だけど、いち読者としてこういった描写と向き合った場合、どうしてもその意義を疑問に思わざるをえない。解説によれば「『笛吹川』論争」が評論家のあいだで勃発したらしいが、なるほどそれも納得である。おもしろいかおもしろくないかでいえば、けっしてつまらないわけではないのであるが、読後の感想としては、なによりも「こういう小説もあるのか」という感じが強い。
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小説・文芸
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