町田康のレビュー一覧
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『「まあ、あの、まあ六月ぐらいからですねぇ、ひどいっていうか、あんまり無茶苦茶な、ちょっとあれが続くものですから、どんなものかなー、って思ったっていうか、まあこんな感じが、いつまで続くんだろうか、みたいなことがちょっとあれだったものですから」自分でもなにを言っているのか分からない。』
「私はあなたと別れます。なぜならあなたが途轍もない馬鹿だと分かったからです。私はあなたのことがほとほとに嫌になりました。足は臭いし、チンポが臭いくせにフェラチオしろと言うし」
「わかりました。足とチンポも洗います。だから別れないでください」
「一日何回洗うのですか」
「足が一回、チンポが二回でどうでしょうか」
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このレビューを読んで不快な思いをなさる方もいるかもしれません。
本編は非常に楽しめました。生き物を飼う大変さも再確認できました。
ただ、本編、解説の動物愛護団体さまになんだか釈然としないものを感じたので書かせていただきます。
まず、動物愛護の活動は素晴らしいことだとは思いますが、希望とは違う、それも病気であったり気性が荒かったりといった問題のある子をどんどん作者に押し付ける(という表現は適切ではないかもしれませんが)のは如何な物だろうかという感想を持ちました。
作者は引き取って大事に育てていますが、その善意につけ込んでいるような印象を受けてしまったのです。あくまでも私の感想ですが。
全員が -
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ネタバレうまい具合に世の中と やっていくことが出来ない
ろくでなしが一念発起すると ろくなことをしないというお話。
呑気で楽天的、何をやっても失敗ばかりの落語の与太郎噺なのだけど、
一人称で紡がれるので、可笑しみの中にも“近くの哀しみは悲劇”な お話です。
常識と非常識を対比させているので、“堕ちていく感”は強まり、
常識人は読んでて一層不安を掻き立てられます。
でもね。軽妙な語り口と相まって、なんせ語り手が呑気な与太郎なもんだから、
ははは、とあっけらかんと読めてしまうのですよ。
主人公は、エレカシの宮本浩次のイメージがぴったりです。
「夫婦茶碗」では良くできたかみさんが
与太郎亭主に引き摺られ -
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戦国時代。江戸の士農工商というカースト制度が、各身分を分離する以前、このころは、農民が領主のためにいくさに参戦し、死に、あるいは手柄を立てて褒美をもらったものらしい。
この小説に出てくる農民の一族は、武田信玄の一族のために戦い、死ぬ。あるいは富裕になりすぎて妬まれ殺されたり。やがては武田氏の敗退とともに、追い詰められることになる。
それでも彼ら農民は領主にさからうでもない。黙々と肉体を捧げ、黙々と死んでゆく。この無限の繰り返しが、妙に日本人的であるとともに、不気味な生の成り立ちをイメージさせる。
最後の方で末子が
「この土地の者は、みんなお屋形様のおかげだ」
と言いだし、周囲の者たちは -
Posted by ブクログ
『あはは。遊びのイロハもわかっとらん。ハンドルには左右に五度ばかり、きってもタイヤが動かぬ範囲があり、これを称してハンドルの遊びという。』
『財布と魂が連動してませんのよ。』
『すなわち、参る、というのは、「行く・来る」の謙遜語であって、そのアナウンスを聞く度、自分には、非人間的なスピードで疾走する巨大な列車が、謙遜しながら、もじもじホームに入ってくる姿が想像せられて、気色悪くてしようがないのである。』
『電車が参るとは何事だ。ふざけやがって。それを言うなら到着しますだろう、馬鹿野郎』
『なんかぁ、人殺し? みたいなことって、やっぱりやっちゃいけない? って感じ? だから獄門とかになっ