町田康のレビュー一覧
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☆2.5 ひねくれ者
この小説を読む者はまづ洗礼を受ける。ルビのない漢字趣味、ひねた視点、わけのわからぬ展開。
主人公の視点がひねくれすぎである。中年金持ちのボンボンを想定してゐるやうだが、ひとを蔑んだり、あらぬことを想像したりして妙にねばっこく厭な人間である。しかし、そのひねた世間のズレが妙におもしろいのである。
小説は「一回目のバーベキュー」から本性あらはしてきたが、つぎの「現報」の章がいちばん長く、試練が待ってゐる。
その、「現報」の悪霊とか怨霊とかのオカルトがもっともキツく、くだらないので、ぴえええええええええええええっとなってしまうこと請け合ひである。なんやねん怨霊って。主人公、おまへやろがい。
そしてそのつぎの「日本平の死」になると、とたんに瓦解した笑ひが襲ってくる。こら、あほである。
で、いつのまにか話は草子を教祖とした、犬を救ふ活動、的な話になり、さいしょのムチャクチャが意味のないムチャクチャだったことが判明するが、よくもまあこんな不快文体描写で書きやがって的な感想もあり、そんでもって文体が固まってきたなとも思ふやうになったのである。
ところが「地下駐車場にて」になると、まったくこれまでの展開が無に帰してしまふ。世界の終り。を滑稽に戯画して、しかしおもんない。といふ感じである。ながながしいのである。地下駐車場の章で地下駐車場の展開・思弁をだらだらと流す。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ町田康の文章は、一般的な文章と違い、そこに町田がいるように錯覚してしまうほど口語的な雰囲気がある。深夜寝床で頭に思い浮かぶすべてを記したように要約の逆を行く形ですべて書いてある。故に、要点が掴みづらく、抽出されたニュアンスが印象に残る雰囲気の創り。
当然の如く、一般的なチップスというより、町田流のやり方、町田節の書き方である。町田作品を書くとき氏の頭の中はこういう感じになってるんだなと思うための書である。
インプットとしては、起承転結がしっかりしていて、読みやすく結末がハッピーエンドといった綺麗に終わる物語より、どこかツッコミどころがあり、理解できない部分がある物語の方が、気になって何度も読んで行くうちに新たな気づきがある。故に自分好みの本よりそうでない本の方が発見がある。
町田作品は文章のいけずによって出来ている。
まずは変換装置という、言わば言い換えによって単なる説明的文章にユーモアを足すことによって、内容説明ではなく文章そのものに内容を孕ませることが出来る。次に刻みである。
刻みによって、同じ場面であっても細かく刻むことで要素をふんだんに盛り込むことが出来る。
例)吉岡はうどんを誂えた。
→最終形態: 吉岡は、店の敷居のところで、牛乳を撒き散らして、股立ちをとり、予備の茸を鶴に与えてから、右の太腿をたっかく上げて、店に入り、うどんを誂えた。
「いいよね」「あかんがな」のどちらかに振り分けられるようだが、「雑な感慨ホルダ」はどう作用するべきなのか、よくわからなかった。
大河ドラマとなった司馬遼太郎『翔ぶが如く』に憧れて『呼ぶが如く』を(おそらく)ChatGPTに生成させたところNHKラジオドラマみたいなあらすじになって印税収入が減りそうで萎えたみたいなエピソードまで書いてある。
相変わらずバイブスのみで読み進めるような感じの文章。 -
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〔!〕猫には人間が大事にしているものや意識を集中している物を瞬間的に察知する機能があるように思えてならない。(p.208)
〔内容〕猫の仕事は寝ることと、狩猟/猫はニンゲンのように見栄や虚栄心や煩悩にとらわれることはない/猫はニンゲンよりたぶん上位の存在。
〔感想〕この著者には前から興味はあったのだけど読むに至らずとりあえず猫エッセイからと日和ってみました/猫の下僕であることを楽しんではるようです。まあ、猫好きはみんなそうか/動物ものに必ずあるのがその喪失で、この本にもやはりあるのだけど、客観視できなくなるからか、そのときだけはごく普通の文章になっていて、やっぱりぼくらとおんなじなんやなぁと、ただひたすら生きてもらおうと。昔の猫は勝手におれへんなってひとりでひっそり死んでたようやけど今の家猫は人の目の前で死ななアカンから…
■簡単なメモ
【ゲンゾー】横着。立場は著者と対等。食べるときには卑屈な態度になるがそれ以外では非常に強欲でなんでも自分のものにしようとする。いろいろやんちゃをしたが今では一人前?
【ココア】それなりに勤勉。女性のようだ。姉御肌。ものごとに対する執着は薄く、思い切りがいい。著者より上位存在。
【ナナ】最年少の家族。女性ながら非常に乱暴で神仏を破壊しまくりゲンゾーと日々抗争を繰り広げている。ヘッケにそっくりなのでたぶん生まれ変わりだろう。手でものを拾って口に持っていくことができる。後に奈奈と改名、ますますパワーアップする。
【ヘッケ】衰弱していた子猫だったのを連れ帰って一年ほどともに暮らし死んだ。 -
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「くっすん…って何よ⁈」
実際書店で手に取るも、しばし逡巡…。
タイトルからして不穏な雰囲気、とは僕の思い過ごしだったと、読み終えた今なら、安心してそう言える。雰囲気ではなく、物語の展開自体や、いつか「どこかで見たような」既視感すら抱くなど、不穏そのものだったから。
俳優の、吉岡里帆さんのラジオ番組の、ポッドキャストを愛聴しています。
「今日のゲストは町田康さん」
彼女が“レジェンド”と称した“作家 町田康”…吉岡里帆さんは、日本のパンクシーンに興味津々とのこと。彼女の興味は、僕の興味でもあるわけで、つまり彼女の言及は僕の、何よりのブックガイド、著者の本に手が伸びるのは必然、というわけです。
ゆえに、とは余談になるけれど、吉岡里帆さんが出演していた、かの『理想的本箱』というTV番組は、文字通りのブックガイドでした。
さて。
『人間失格』を連想しました。じつは先日読み終えたばかりで。ほぼ同じタイミングにて。そのせいかとばかり思いきや、この文庫本の解説にも太宰治への言及があり、偶然というとは、あるものだ、と些か寒気をすら催した次第。
深刻なのだか、そうでないのか。ついつい僕の身辺に思いを重ねつつ「もし僕が⁉︎」とは、読書の際は想像しがちなことだろうけれども、さて僕なら、深刻も深刻、事が起こりゆくにつれ、それら深刻度合いもキリがないほどに高まってゆく一方だろう。きっと僕なら耐えられない。
ギリギリのところで踏み止まる。そうでありたいと希望は捨てない。それでこそ人生、という物語でした。
僕は、ただただ安心したい。事の行く末を見届けたい。だから僕は読書をやめられない。 -
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「こぶとりじいさん」こと「奇怪な鬼に瘤を除去される」の他、「腰折れ雀」こと「雀が恩義を感じる」など、古典『宇治拾遺物語』より腹筋崩壊級の面白さの新訳33篇を収録。
『宇治拾遺物語』の町田康さんによる新訳集。
「こぶとりじいさん」や「わらしべ長者」など誰もが知っている昔話のもとになった話から、芥川龍之介の『芋粥』『地獄変』などの題材となった話、諸々の艶話……というにはかなり下ネタに寄った話などが、かなり砕けた現代語で読めます。
あまりに砕けすぎていて、途中(いや、昔も読んだことあるけど本当にこんな話だったか……?)と自問自答してしまいました。大筋はともかく、ディティールはかなりアレンジが入っているような……?
そんなところを比べながら他の訳を読んでみるのも楽しそうです。
下ネタがめちゃくちゃ多いので、人目のある場所での読書はお気を付けて。 -
Posted by ブクログ
ご存知の通り、『100万回生きたねこ』(1977)は、佐野洋子さんの絵本です。最後に主人公の猫が死ぬのに、心からよかったーと思える、不思議でとっても深いお話でした。少し哲学的で、大人の方が響くかもしれませんね。本書は、この名著に捧げる13名の錚々たる作家諸氏のアンソロジーです。
最近読んだ町田康さん、谷川俊太郎さんも書かれていて…、あ、谷川さんは佐野洋子さんと(短期間)ご結婚されていたんですね。また書き下ろしの広瀬弦さんは佐野洋子さんの息子さん!
なんと不思議な巡り合わせです。当然ながら、全編とも名作絵本への愛と敬意が根底にあり、様々な視点で読ませてくれました。
各話の冒頭には、作家さんがそれぞれ原典の絵本への想いを綴ることから始まっています。
オマージュ作品とは言うものの、短編小説だけでなく詩もあり、また原典のとの絡め方も、かなり直接的だったり着想のみでまるで別作品だったり、多種多様でした。
でも、猫、愛、生と死、側にいる人との心の揺れ動きと変化、時間の経過等々、滋味あふれ深く考えさせられる一冊でした。
初出は、「小説現代」2014年10月〜12月の12篇に書き下ろし1篇
※自分のための『100万回生きたねこ』のあらすじ
(ネタバレ、になるのかな?)
主人公の猫は、100万回生まれかわり様々な飼い主のもとで死に泣き悲しまれますが、猫が好きなのは自分だけで、何度も生き返るので死ぬ事も恐れていません。
ある時、猫は誰の猫でもない野良猫になり、100万回生きた事を自慢します。すり寄ってくる猫の中で、唯一関心を示さないメスの白猫がいて、気になり始め、ただ白猫のそばにいたいと思うのでした。
猫は白猫と一緒になり沢山子猫に恵まれ、猫も自分より白猫や子猫達の方が好きになります。やがて子猫達も育ち猫の元を去り、白猫も年老いて、ある日猫の傍で静かに動かなくなります。
猫は生まれて初めて泣き、動かなくなった白猫を抱えて100万回も泣き続け、ある日のお昼に猫は泣き止みました。そして猫も白猫の隣で静かに動かなくなり、もう決して生き返りませんでした。