町田康のレビュー一覧
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「どつぼ超然」「この世のメドレー」に次ぐシリーズ第3段にして完結編。
超然と生きるはずだった主人公の「余」は、死に場所を求めて彷徨った挙句、生を肯定する境地に達し、最後に土俗神・龍神沖奈と対決します。
帯にある「町田文学の最高峰」は言い過ぎとしても(最高峰は誰が何て言っても「告白」です!)、町田ファンには待望の作品には違いない。
だって、たとえば、次のような文章なんて、今の文学界で町田さんくらいしか書けないしょ。
「オレオレ詐欺。という。そんなものはもう旧い。これから必要になってくるのは君君詐欺だ。あんた誰ですか。君だよ。俺は君だよ。え? 君って俺なの。そうだよ。君君。君だよ。I am youだよ。」
ただ、十数年来の大ファンだからこそ言わせていただくと、ややマンネリ化している感あり。
特に、今、大長編の「ホサナ」と並行読みしていますが、本書の内容とかなり重複します(たとえば、「実体化」とかね)。
正直言って、町田さんの本書のようなエッセー風の小説は少し食傷ぎみになってきたかも。
近年だと、「ギケイキ」は良かったです。
池澤夏樹さん個人編集の日本文学全集に収録されている、町田康訳の「宇治拾遺物語」も絶品でした。
町田さんは、歴史に材を取った作品の方が圧倒的に面白いと思います。
それか純エッセー(なんて言葉はないですが、エッセー風小説ではないということ)ね。
そんなわけで「ギケイキ」の続編が楽しみです。
「生の肯定」のレビューになってないですね。
すみません。 -
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あとがきにあるように、最後の数行にやられました。なんだ、この読後の爽快感は…!
資本主義経済に疲弊して、なんだか金銭価値だけで物事が動くことに違和感と少々の吐き気を覚えていた頃、この本に出会いました。
読みすすめてみると、町田康臭炸裂の面白日記な感じで、パンチの効いたリズミカルな日本語にただただ興ずることができました。しかし、意外なクライマックスに心が打ち震えました…。
この世のあらゆるものは、実は「一般的等価形態」だけで量れるものではないのだ、と筆者が気づくのとほぼ同時に、その概念がわたしにもストンと腑に落ちる感覚がありました。
あとがきが素晴らしく、その部分だけでも二度拝読いたしました。 -
Posted by ブクログ
眠くなってきたので手短に。
去年、池澤夏樹さん個人編集の「日本文学全集08」を読みました。
ほかでもない、十数年追いかけている作家、町田康さんの「宇治拾遺物語」が読みたかったから。
いや、爆笑しました。
古典を読んでこんなに笑ったのは初めて。
中学、高校時代に出合っていたら、古典が好きになっていたに違いありません。
本当は古典って面白いものだと思うんです。
それを恐らく研究者や学者たちが、無用に格調高いものにしてきたんでしょうなぁ(恨み節)。
あ、で、本書はその日本文学全集で各作品の新訳を手がけた作家たちによる講義集。
もちろん、町田康さんの「宇治拾遺物語」の講義も含まれています。
私は、町田さんが、どんな手法でこの新訳に取り組んだのかに興味を持って読みました。
「破格な翻訳です。でも、ただ形を壊そうとか、元の話を裏切ってやろうとか、とにかくむちゃくちゃやればいいとかいうわけではないんです。原文を読んで、おもしろい、楽しい、なんでこうなるの? と思った気持ちがやっぱり大事です。そして自分で訳してみて、この訳文ええやんけ、とおもしろがれる気持ちが大事です。単なる破壊じゃあ、なかなか楽しくできませんから。」
誠実だなぁ、町田さん。
そこに惹かれます。
あ、他の作家の講義は斜め読み(すみません)。
古典に興味のある方もない方もどうぞ。 -
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ネタバレ町田さんの文章にはよく「例えば」とか「もし」の話でだだだーっと1文が超長い虚構のような名文が出てくるのだが、今回読んだ中の神文↓
『自分はちっとも悪くないのに襟首をつかまれ怒鳴られた猫は、もっと怒って、
「なにが、なにさらすだ。シャアアアアア」と言って怒って全力で抵抗、意外な抵抗にあって虚を衝かれ、呆然としているおっさんの額を引っ搔いて逃走したのである。
おっさんの額がざっくり切れ、鮮血がほとばしった。』
これは町田さんが幼少のころ、とある家の前に憤怒の表情で立っていたおっさんの額にある赤くて太い1本の傷と、玄関から走り出てきた1匹の猫を見て推測した状況を書いたものなんだが、この最後の1文を読んだ瞬間タリーズで吹いた。今も書いてて吹く。
辛いときに思い出すようにしようと思う。 -
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池澤夏樹編集の日本文学全集を何冊か読んだので、気になって買いました。
『古事記』『日本霊異記』辺りは、男女の……とレビューでは言えないようなワード満載で、初っ端からこの勢いか!とビックリする。
でも、そんな赤裸々な『古事記』が日本のどこか源に流れているような気がして、ちょっと好き。
森見登美彦『竹取物語』も、読んだけれど、後から考えるとまだ大人しい。
かぐや姫の「地球に対するツン」発言は笑った。
どんな業を背負っているかは、地球人ごときが知る由もないこと、という解釈の仕方(ごめん、ごときとは仰ってませんが)は割とマトモで好き。
輪廻転生、盲点でした。
からの、町田康『宇治拾遺物語』!
そりゃ、なんや真面目に訳してもたわ、と嫉妬もされるくらい、色んな意味でヤバい。
自分でコメディー担当と言うくらいに面白い。
何よ、「これも、ルルル、昔のこと」とは。
質疑応答の巧妙なズレ感に、なぜか爆笑してしまった自分が少し恥ずかしい。
とりあえず、ここでクライマックスを迎える。
からの、『百人一首』。
はい、落ち着きましたー。良かった。
「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の」
の静けさに、とっぷり戻ってくることが出来ました。ありがとうございます。
和歌を現代詩にどう訳すかって面白い。
あくまで解釈を基にして。
でもこういう試みが出来たらいいなあー。
あっという間に読めてしまって、笑った。
今は『平家物語』をこのまま読み進めるか、町田康『宇治拾遺物語』をフライングして読んじゃうか、悩み中。
いやー。卑怯やわ。 -
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ネタバレ他人のアイディアを勝手に引用し、「センスがいい」日本語を綴っていた糺田両奴に、小角(蘇我臣傍安)の天誅が下される。
「一、短歌を作る。二、ラーメンと餃子の店を開店し人気店にする。三、暗殺」。糺田の文学を根底から破壊するべく、これらのミッションに挑ませる。
「全体としてはよくわかんないけど、けっこう笑えたし、まあいっかー」と言って終わりかけてたけど、解説を読んで再度パラパラと読み返すと、これはなんやすごい作品なんではないかと思えてきた。人間は謙虚に生きなければならない。傲慢であってはならない。あらゆる表現者への警笛とも言える作品。