町田康のレビュー一覧
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<狂気のほむら>が大好きだった。以下抜粋。
最近では各家庭に炊飯器というものが普及して主婦の労働というものはよほど楽になったと思われるが、これがむかつく。~中略~ 黙って引き下がるのも口惜しいので、「この大馬鹿者」「野暮天」「てめえの面なんざぁ見たくもねぇんだよ」「死にやがれ、くそ野郎が」などと罵倒するのだけれども、敵は機械。自分の各種罵倒に対して、なんら反応を示すことはなく、ひたすら飯を炊き、これを保温し続けるのである。
中略~つまり、これを水着、というのであって、着物の名称としてこれほど珍妙なものはないということが知れるのである。だいたいにおいて、着物というものは水にぬれないという -
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夏目漱石の「坊っちゃん」は権力者たちの横暴に対し
正義感から怒りの鉄拳をくらわすが
しかし最終的には敗北して田舎町を追われ
東京へと帰っていったのであった
町田康の「へらへらぼっちゃん」は東京に住み
パンクを歌ったり映画に出たり面白エッセーを書くなどして暮らしている
一見、抑圧とは無縁のフリーダムな人生であるが
結局は社会人である、時には卑屈になるし、満員電車にも乗らねばならぬ
なにより生活が不安定だ
それらの鬱屈をはらすべく、頻繁に飲酒をおこなうのだが
酔っぱらうと生来の無鉄砲が顔を出し、損ばかりすることになると
そういうわけである
でもどうにかなる日々
これは小説家デビュー前後、新聞・ -
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古本で購入。
また町田康を読んでしまった。
読んでしまうのである。
「俺」の独白で語られる現実と思惑のズレ、齟齬スパイラル。
妄想と現実の境が曖昧なままに突っ走った果ての唐突な結末。
この唐突な、と言うより暴力的に話が断ち切られて終りを迎える感じが好きだ。
「でも人生ってそんなもんかも」などとわけのわからんことを思わせるような、無闇なパワーがある。
そのへんの感じは、特に『夫婦茶碗』(新潮文庫)に濃い。
ストーリーには爽やかさと言い感動と言い欠片もないのだけど、そのなまぐささとエグさが癖になる。
この本に収録されている連作(?)『人生の聖』なんて、キチガイじみていて意味はわからない。
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タイトルからしてエッセイかと思いましたけれども、実際は日記風の小説、といったところですかね。主人公はなんとなく町田氏を連想させますけれども、やっぱしフィクション上の人物なのであるからして、町田氏とは別の人物、と考えた方が吉かもしれないですね。
ヽ(・ω・)/ズコー
なんというか、平坦な日常の中にも時折見せる鬱屈とした感じが妙にリアルで、そういや、ボキもこういった気持ちになる時あんなぁ…みたいな共感・共鳴を呼んだのであるからして、少なくとも僕的には良作であった!
ヽ(・ω・)/ズコー
最近の著者の作品はエッセイみたいな小説が多い…という印象を僕は抱いているんですけれども、今作はその中 -
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『「猫の子をひろったので見に来て下さい。とても可愛い。名前をつけてください。今年の冬は厳しいキツイ、ピース」と書いており、ピースの後に、Vサインをする手の絵が書いてあった。減さんはたったこれだけのことを白紙に書き封筒に入れポストのところまで歩いていって投函したのだ。俺は減さんに電話をかけた。
「別に電話でもいいよ」』
『つまり貯蓄するためにいろいろの工夫をして節約するのだけれどもその工夫が一定の効果を上げぬため、精神が鬱屈・内向、これを散じるために入費がかかり、その入費が工夫によって節約した金高を常に上回っていたのであり、減さんが貧乏をしているのはなまじ貯蓄をしようとしたからであるといえるの -
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「パラ…、なんだいそりゃ?」と尋ねたのはのび太。それに答えたのはドラえもん。
「パラサイト」なんて言葉があるね。寄生って意味なんだけど、要するに独力では如何ともしがたい低級な能力しか持っておらぬ存在がために、より上級な存在におべんちゃらを使って、胡麻を摺り摺りして、ご厚恩にあずかるというか、ま、あずかるというよりも甘えるだよね、これは、うん、って違う違う、そげなこと、ドラえもんは答えていないよ。
じゃあ、「パラダイス」。楽園というか極楽というか。まあ、何かよくわからないけれど、とりあえずハッピーなんだよね。昔、スーパーファミリーコンピューターで『ワギャン・パラダイス』なるソフトがあって、ワ -
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「どつぼ超然」の待望の続編。毎度のことながら、独特のビート、言葉をチョイスする才能に痺れます。町田康さんは別の本で、「人間の無意識を書くのが文学だ」とおっしゃっていたと記憶していますが、たとえばこんな個所。
「腹に穴があいたような顔をしてじとっとした雰囲気を醸成していた。腹の突き出たちょび髭をはやかした男が図面を手に俯いてじっとしていた。マラカイボ油田、という言葉が頭に浮かんですぐに消えた」(P30)
なぜ、「マラカイボ油田」なんて言葉が突然出るのでしょう。でも、なぜか「ああ、こういうことってあるよな」と腑に落ちるんです。
凡百の作家にはとても出来る芸当ではありません。
ただ、何度も申し上げる