町田康のレビュー一覧

  • 残響―中原中也の詩によせる言葉

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    中原中也は大好きなんだけど、現代に中也まんまのスタイルで詩を書く人がいたら、中二病と言われるだけだろう。

    実際、中也の詩はじめじめしていて、不必要に暗かったり、そのまんまランボーのパクリのようなこともある。だけど、暴力的なくらい正直で純度が高い。

    その中原中也の詩の数十編に、町田康が呼応する形で、詩を書いた本。どちらもリズムが素晴らしく音楽的で、正しく残響というタイトル通り。

    一見してスタイルは違うが、今の時代に中原中也の詩がはらむものを伝えるには、町田康の、落語のようでなぜか暴力と哀しみが垣間見える詩と組むことは、確かに合っている。

    とりあえず、最後の四行詩に呼応した、町田康の七行詩

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    2011年11月27日
  • つるつるの壺

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    『そしてたぶん自分は、今日も涙で明日も涙。明後日涙で、明明後日うすら笑い。その後のことはようわからん。』

    『拙宅にも猫が二匹いて…、ー 思い切って申し上げると、私としては、これを、匹、と言いたくないのであって、じゃあなんなんだ、と言われても困るのだけれども、うーん。困った。じゃあ、本当の本当の本当の事を言うと、恥を申し上げるようだけれども、言いますと、「私はこれを二人と言いたい」うぐぐぐ。とうとう言ってしまった。』

    『こうしてすべてを告白してしまい、余計な虚栄心を捨ててしまったいま現在、私は大変安らかな気分である。誰に対してでも、堂々と、「拙宅には猫が二人います」と言えそうな心持ちがする。

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    2011年11月11日
  • 残響―中原中也の詩によせる言葉

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    中原中也にアテラレタ。今も昔も変わらない心象風景がある。
    風化しない詩がある。町田康さんの毒気が感じられない程の中原中也の言葉の力。

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    2011年10月25日
  • 真実真正日記

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    日記にある内容のどれが「私」に本当にあったことでどれが妄想なのかもわからない。
    また作家でバンドマンである「私」の日記には、町田康自身の真実がどのくらい含まれているんだろうか。
    でもそれは明らかにする必要はないと私は思う。

    読んでいて舞城王太郎『暗闇の中で子供』の一文を思い出した。

     ある種の真実は、嘘でしか語れないのだ

    めちゃくちゃな出来事を一心に綴った「私」の文章は嘘でかためられているれど、その文章の奥に、何かを訴えてくる真実の存在を確かに感じる。

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    2011年08月22日
  • どつぼ超然

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    日々、頭の中で取り留めもなく考えていることを一字一句そのまま文字に表したら
    こんな感じになっちゃうんじゃないんだろうか。
    所々に時流に乗った単語を入れてくるのはずるい。不意に笑ってしまう!

    脳で遊ぶ
    という言葉がとても気に入ったので
    ネガティブな思考に陥ったら即座に思い出そう。

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    2011年08月06日
  • 浄土

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    素直におもろい。
    一言主のお話に爆笑してしまった。

    原発関連の不穏さがまださめやらぬ現状で、ギャオスの話は
    非常に示唆的に見えた。


    あとがきやるきねえ

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    2011年07月30日
  • どつぼ超然

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    あえて迷いこもうとする迷路のようであり、脱線ぐるぐる自己完結のオンパレードなのである。その様を眺めるのはたいへん愉快。いちいちげらげら。それは突飛だからウケてしまうのではなくて、なんというか親近感、そう思うわーとか何その捻くれ具合わかるわとか、そういうの。現実ってもんはこんな感じだよね、僕も私も。あと「余」と一緒にうだうだ巡らすことによって、はっと気付かされることがあるなあと思った。
    あ、そうだ盗撮婆が気になって眠れない。

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    2011年03月02日
  • どつぼ超然

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    声を出して笑える。料理を注文するのに何ページも使うのはこの人ぐらいだ。エッセイっぽいけど一応フィクションなんですね。

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    2011年02月11日
  • どつぼ超然

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    主人公<余>は何かやらかしそうで危うい。心の内側から繰り出される言葉が、削除されず表現された文章。韻を踏んだり言葉遊びで作られたりした文章から一歩進んだ作品だと思います。これが後退なのか座標の移動なのかはわからないのですが…

    町田さん流の人間失格といった感じ。

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    2011年01月27日
  • どつぼ超然

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    今までに読んだものと雰囲気が違うと思ったら、言葉数が少し少ない。まくし立てるような感じではなく、もう少し時間はゆっくりと流れている。『実録・外道の条件』のように重くじっとりとまとわりつくことはない。もう少しドライ。でも、絡まりつくような感じはある。

    久々に読んだ町田康。うまくことばにできないけれど、おもしろかった。

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    2011年01月14日
  • へらへらぼっちゃん

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    ネタバレ

    こういう感じ好きだなぁ。
    なんだかよくわからないけど、読んでるとなんか安心してくるんだなぁ。
    この人の小説も読んでみよう。
    音楽も聴いてみんければ。

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    2010年12月22日
  • きれぎれ

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    へらへらと生きる“俺”がだらだら語るうちに、友達の、道行く人の、他人の悪意が襲いかかってくる。
    でも読んでいるうちに、全ての悪意はこの本人から発せられたものに見えてくる。
    自分が社会に向けた敵意は、鏡のようにはね返されて自分を突き刺す。

    “俺”が社会を突き放しているのか、社会が“俺”を突き放しているのか。
    しかし、解説で池澤夏樹が書いているように、どんなに馬鹿馬鹿しくても“俺”は「大衆を見下して超然としているわけにはいかない」。
    どれだけ社会を軽蔑していても、現実ではおべんちゃらを言いながらへらへら笑って金を借り、ハムをめぐんでもらわないと生きられない。
    だからこそ主人公は滑稽にも、悲しくも

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    2019年01月16日
  • どつぼ超然

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    著者の文章は頭の中に瞬時に浮かぶよしなしごとを枝葉を刈らずに残らず書くというような拡散するスタイル。
    嵌ります。

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    2010年11月28日
  • 耳そぎ饅頭

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    町田康のエッセイ。ディズニーランド嫌いの著者が、意を決して現地に赴き、そして最終的には感動のあまり涙する。という偏屈には徹しきれない町田康の、適度な意志の弱さに笑ってしまいます。

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    2010年11月21日
  • へらへらぼっちゃん

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    初めて町田康作品でこれを読んで、好きな文体ばっかですごく興奮したような気がする。同時になんでこんなに面白いのに今迄手ェ付けなかったんだと後悔した、気がする。

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    2010年11月17日
  • どつぼ超然

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    人生、苦しいこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、でも大丈夫。そういう時は『どつぼ超然』を読みましょう!すると人生『頑張るぞー、頑張って、死ぬぞー』って気になりますから!

    すると悠々と人生を超然と見据える事が出来るようになり、「善きかな、善きかな、ほほほ。」と言えるようになる・・ハズ!!((笑))

    文章の書き方が主人公の独り言の形で物語が書かれているのですが、実は私、こういう文法?っていうんですか?例えば森見登美彦さんの【恋文の技術】や、アンシリーズの【アンの友情】など、台詞があまりない文章を読むのは(しかも、それが状況説明ではなく、独り言だったりすると)集中力を欠いてしまうんです。

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    2010年11月09日
  • どつぼ超然

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     飄然から超然へ。世界を睥睨する町田文学の新境地。
     って、これのどこがだよ! と、ついつい声を荒げてしまいそうになる作品。
     観光地(モデルは熱海)を練り歩きながら、どーでもいい思念を繰り広げるだけで、物語性などは皆無である。
     死を決意したりもするが、そこには人生に向き合う真摯な姿勢は微塵もない。しかしそのいい加減さは逆に生と死の在り方を浮き上がらせているような気もする。でもやっぱそれは考えすぎだな。
     町田の言葉が生み出すバカバカしいウネリに身を任せ、ヘラヘラと笑うのが正しい読み方であろう。

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    2010年11月04日
  • 権現の踊り子

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    登場したばかりの町田康の圧倒的存在感を示す系譜にダイレクトにつながるような作品ではないが、「工夫の減さん」に一番著者の素直な感じが現れているように思う。
    初期に特に鮮明な独特の文体、リズムとは異なる次元にあると思われるが、
    やりきれなさというかなんでそうなのという、社会一般から見れば理解されないような生きる選択をしていることに関する、著者の視線が一番素直に表現されていると思う。

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    2010年08月14日
  • へらへらぼっちゃん

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    携帯電話で待ち合わせの概念が崩れる話とか、セッティングを買って出てしまうがために結局損な役回りになってしまう話とか、大槻ケンヂ的に言えば「町田康って私に似てる」って感じでしょうか。文体がたまらん。漢。

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    2010年03月08日
  • 権現の踊り子

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    ふくみ笑いと、逆水戸がフェイヴァリット。
    町田康はエッセイでも小説でも文章に本人の色がすごくよく出てる。

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    2009年12月08日