町田康のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
種田山頭火は漂泊の俳人と呼ばれる
仏門に帰依して僧侶となった彼は
いわゆる行乞、托鉢をやって
少量の食べ物や金銭を恵んでもらいながら
旅する合間に俳句をつくっていた
しかし元々、俳人としてそれなりに人気のあった彼は
各地のファンに援助してもらったり
時には別れた妻の…かつての自分の家に転がり込んで
必ずしもストイックとは呼べない
どちらかといえば自堕落に思える人生を歩んだ
それでありつつ息子の将来に思い悩んでみたりなど
なんつうか、しょうのない人だった
なぜそんなことになってしまったのか
幼少時に母親が自殺したことや
家業の造り酒屋を潰してしまったことなど
不幸な挫折はいろいろあったが
本人には、父親から受け継いだ女狂いの気質であったり
飲酒に逃げる性格の弱さがあって
まあ自業自得な要素のほうが大きかったと思う
それでいてなお自殺もせず生き延びたのは
やはり俳句の才能に頼むところがあり
それを踏まえた上で近代的な問題…
すなわち、人間の完成にこだわった結果でもあろう -
Posted by ブクログ
ネタバレ町田康、最高。終盤が特に面白すぎて電車で静かに読むのが辛かった。奥州平泉の秀衡と息子たちの話あたりが面白すぎる。ヒラメいいですよね、今度ヒラメパーティしましょ、からの、ヒラメ最低、ヒラメ死ね。武士とか貴族とか言っても、テキトーに調子を合わせてものすごく軽い様が、そして生き残ることへの真剣さが伝わって、なんだか可愛く思えてくる。
義経の異常な感じ、鎌倉殿の13人の菅田将暉の義経に影響したのでは?と感じる。
パンクで異常なだけかと思いきや、弁慶の来歴に心を痛め淋しさを理解するような書きぶりに、こちらも胸が痛くなる。弁慶の造形と彼を不憫に思う繊細さもある義経が良かった。
河内弁のリズムの楽しさ、弱いものの空いばり、虚勢とヘタレ具合が吉本新喜劇の文法そのままで、読んでいて心地よく楽しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ関西人に生まれてよかった、河内弁の呼吸が分かって良かった、と思う文章で、読んでいて楽しかった。自分の文章も含め、読んでいて行間から何かくさみが上がってくるなと思うことがある。その現象が気のせいではなく、なぜ起こるのかが克明に明かされていた。
文章の内容とは自分の中にある糸屑のようなゴミカス(心の錦)から湧き出てくるものという。いかにも関西人らしい、自分をあげることへの気恥ずかしさを感じさせる。なんだか照れながら大真面目、真剣な人だ。
ノリ、グルーブ、または文体と内容はお互に呼応しながら組み上げられていくものらしい。
文体、文章のいけずで迂回しながら書き上げなければ、基本、小説は2行、純文学は1行で話が終わるものというのは核心をついていてむちゃくちゃ面白かった。
女が死んでいた。
犯人はフナコシであった。以上。
その間をいかにいけずをして、読者を焦らしながら展開するかが小説。
純文学は人間の嘆きを描くもので、1行。
女に持てたい・女とやりたい
他の奴が出世して腹立つ
人が死んで悲しい
社会に不正や不平等が多くて腹立つ
もっと俺をフィーチャーしろ
あはは。
これを、迂回して文章で楽しませられるようにながながと書くのが純文学、というのは、いやー確かに。
純文学の定義をこれだけ明快に言い表した人に初めて出会った。
雑な感慨ホルダー、という概念も面白かった。
自然ていいよね
人工あかん
銭儲けあかん
心っていいよね
二項対立でもたれあい、世間一般に受け入れられている雑な感慨に自分の考えを、すべて収斂させて単純にものを見ていては、自分が本当にどう思っているか、感じているか、自分の真実は何かがわからない、という話。
以下抜粋。
ええなあ、と、あかんがな、が互いに無れ合いながら、ひとりで立つことがないまま補強し合うことによって、その外皮がどんどん強靱になっていく。だけどそもそもの根拠はきわめて雑、という雑な感慨が知らず知らずのうちに育ち、自分では精緻だと思っている考えの、その出発の地点で、まったくなにも考えずに事物・事象を雑な感慨ホルダに入れてしまっている、という事が、よくあるというか、殆どそうである、という事、そして、それが心の錦=言葉を動かす最初の力を弱めているという事について前に申しあげた。
このあいだ読んだ、現代思想の本のデリダの二項対立から離れたグレーゾーンを見ようという話がまさにこれで、哲学的な話を、こんなにもわかりやすく平たい言葉で紐解く手つきに感嘆した。
雑な感慨ホルダー、使いすぎないように気をつけよう。
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Posted by ブクログ
山頭火のことは、昔「まっすぐな道でさびしい」という漫画を読んで(最後まできちんと読み切ったか自信はない)なんとなくそういう人だと知った。それ以前にも有名ないくつかの句は知っていたようには思う。
その程度の知識だったが、町田康さんがお書きになったものなら読んでみたいと思った。何年か前、講演で町田さんが山頭火の「行乞記」を今読んでいるという話をされていたのも記憶にあった。その時「ぎょうこつ」という言葉を初めて知り、漢字も全く浮かばず、ただ話の流れで意味はなんとなくわかったのだが、全く知らない言葉ってあるもんだととても印象に残った。
評伝エッセイというのか、町田さんの地が現れて、とても読みやすく面白かった。引用される句は、わりとわかりやすく共感できるものが多く(基本「ダメな自分」を表してるような作品って共感しやすい)、町田さんの解説もついているのでしみじみ味わえた。自分のダメさを偽ることなく、正直に表現するところに興味を持ったと書かれていた。