92作品の世界文学を飲みの隣の席で「てかさーっこの主人公さー、ちょっとヤバいんだけど」って軽い感じで語りつつも、だがあってはならない事に対しては厳粛に非難する、1冊5.6ページで簡潔に語ってくれるそんな本です。
世界文学というと構えてしまって学校の教科書を読むような机と椅子に正座して読まなくてはという雰囲気があるけど津村さんの軽妙で率直な感想を聞くと何だかもう読んだ気になってしまう。
この中で実際に読んだ事があったのは恥ずかしながら5冊くらい、あらすじくらいなら知ってる程度なのは15冊くらいで他の作品は知らないものが多くてそんな作品でも面白く読めた。ただ全く知らないものは読んでもよく分からないものもあった。
特に印象に残ってるのは
⚪︎カミュ ペスト
「ペストを知った事、それを思い出す事、友情を知った事、それを思い出す事、愛情を知りそしてそれを思い出すことになるという事」という一文には人間が生きる意味が凝集されている。世界や人生から奪われ続ける不条理の中で思い出すことの価値が刻みつけられる
⚪︎カフカ 城
仕事が進まない、非常にシンプルでありがちなそのことに関するカフカの一家言が恐ろしい長い尺を持って全力で書き込まれている。仕事にまつわる普遍的な混沌の見本市のような作品である。
⚪︎ケイン 郵便配達は二度ベルを鳴らす
DQNの小説である。死語なのだがこの表現が一番しっくりくる。どうしてある種の人はあんなにまで訳がわからないのか。どうしてあんなにまで先のことを考えない動機不明の行動をするのか。それは「何も考えていない」からだ。線はなく点があるだけ。一貫性も文脈もなく、一瞬一瞬があるだけ。ちなみに郵便屋さんは一度も出てきません。
⚪︎フランクル 夜と霧
過酷なアウシュビッツ強制収容所にいながらも他人に思いやりのある言葉をかけたりパンを分けたりする人々が実際にいた事に関して、「どんなに全てを奪おうとしても与えられた環境の中でいかにふるまうかという人間としての最後の自由だけは奪えない」と語る。フランクルは妻がそこにいない状態で妻に思いを馳せて精神の中で妻と対話しながらも人は愛する誰かのことを思うだけで愛の中へと救われる、妻の生死はもはや関係なくただ妻のことを思っているという事が腕を掴む。
⚪︎ウィリアムズ 欲望という名の電車
情緒不安定なヒロインは例えるならおそ松くんのイヤミ。笑いの要素を含めて戯画化しないと描けないようなイタサを正面から取り扱いその根拠と末路を描く。なんなのだこのめんどくさい女は。しかし独特なようでいて誰もが知っているある種の女の人の典型であるようにも思える。
⚪︎ビアス 新編 悪魔の辞典
一人で居酒屋に入ってカウンターの隣の席の目つきの鋭いおっさんに話しかける、話しかけてしまう。この本を読むということは要するにビアスという果てしなく物の見方が厳しいオッサンに軽い気持ちで話しかけて、思った以上に絡まれてやばい帰りたいとなるけれどもかなりの高確率で的を射た事を言うので帰るに帰れない。
忍耐 美徳に偽装した小型の種類の絶望
礼儀正しい 最も歓迎すべき種類の偽善
愛国者 部分の利害の方が全体より大事だと考えている人、征服者の片棒を担ぐ人。
世界文学とはありとあらゆる人間のカタログ。実人生で出会う人の数は限られているが、一度本を開くと現実ではほとんど出くわすことのない極端な人に会うこともできるし平凡な人間の中に秘められた非凡さに目を見晴らされることも多い。人間の本質を鷲掴みにしているからこそ時代や文化の違い馴染みのない名前などの障壁を超えて私たちの日常にまで文学を引き寄せてくれている。
人間という生き物は面白い。