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Posted by ブクログ
苦しい読書だった。読んでいる間は家族の悪夢を見る程。「まともな家」の子どもではない側の人間なので、登場人物たちの苦しみをダイレクトにくらった。ダメージをくらうということは、この物語には問題のある家庭が抱えた、共通する核心が描かれているのだと思う。楽しくはないが優れた読み物だと感じた。
読み進めていく内に果たして「まともな家」など存在するのか?という疑問が表出してきた。
意識的にか無意識的にか、おかしなことがあっても気付かぬフリをする子どもや親にとっては「まとも」なのかもしれない。でも「まともじゃない」と気付いて確信してしまったら最後。後戻りはできないんだろうと感じた。
思春期特有の、という感想や解説を見るたびに苦しくなる。私もいい大人だが、現在進行形で家族のことで苦しんでいる。ある一定期間の苦しみのように完結させられること自体に、苦い思いが込み上げてくる。
仕事をし社会を知り親も完璧でないことを理解しつつも、鈍麻させた感受性と言葉で縛りつけてくる親の手から逃れる上手い手は未だに見出せない。距離を保とうとしても家族というだけで踏込んでくる。
自分の意志や決断に介入してくる相手から逃れるために、ある種、本を読んでいる節があるのだが、この本は逆に対峙させてくる。
しんどくはあるが、しんどい思いをしているのは自分の家庭だけではないと勇気付けられもする。
しんどさだけに絡めとられず、一見くだらない物事や美味しい食べ物、ささやかな楽しみに気を紛らせながら日々を淡々と生きていきたいと思った。
Posted by ブクログ
なにをもって「まとも」というのか。
誰かを「まともじゃない」と言い切る津村さんの表現力は潔くて、わたしは誰かをまともじゃないと言い切ってしまうことはその人を否定するように感じるから、思っても言わないようにしてしまうけれど、はっきりと言い切るこの潔さ。強いなと思った。
もし自分がこの作品を出版する立場だとして、わたしはどこかで「もしまともじゃない側の人が目にしたらどんな風に思うだろう」とか思ってしまって、このタイトルをつけることに戸惑いを感じてしまうだろう。
それは優しさとかそういう綺麗なものではなく、単純に自分が「まともじゃない人」に対して持っている差別意識だったり、自分の中にある「他人から見た自分」を捨てきれない自身の弱さなんだろう。ただただ怖いだけなんだ。見えない何かに、脅えているだけ。
たしかにこの作品に出てくる親たちはみんなまともじゃない。その状況の中で精一杯生きている人間だ。
一方で子どもにとって、家族は子どもが最初に触れる社会であるし、親は最初に触れる大人の像となる。徐々に関わる社会が広くなるにつれ、自分の家族が他と違うことや、どこかおかしいことにも気付きはじめる。特に思春期は、ありたい自分と今の自分との間でぐらんぐらんと揺れ動く。親なんて完璧じゃないのに、触れていく大人を、親と比べたりして苦しくなる。なんで自分の親はこうじゃないんだろうって。
だから、セキコは「まともな家」で暮らしていそうな、例えば室田のことを好きじゃない、と思う。すぐに家に帰ることができる大和田のことも気に食わない。まともな母親ではないナガヨシは圧倒的にセキコの味方で、一方で家にいたくないセキコにとって、ずっと家にいるクレは家にいられて羨ましい、と思う。
でもじゃあ、室田の家がまともかと言われたらそうじゃない。大和田もずっと家にいたわけじゃない。みんな、それなりに自分の居場所を探すことや、自分を守ることに必死なのだ。
ナガヨシの独特なキャラクターとその存在感、クレの包容力、室田と関わり、その全てがセキコの心の中に積み重なって、セキコは自身の家族と向き合っていく。
そして、もう一つ収録されている「サバイブ」では室田を中心に世界が描かれる。室田の世界もまた、そう簡単ではない。子どもの目線から見た大人の恋愛、という珍しい視点。
大人になって気が付く。何が「まとも」かどうかなんてわからない。
長く一緒に生活していれば大人も子どももいろいろなことがあって当然だし、みんな外から見れば「まとも」に見えるように、なんてことないように振る舞う。でも、みんなまともじゃない家族の中で、世界で生きている。
その中で、セリカのように楽なポジションを見つけられる子もいれば、セキコのようにどうしても親を受け入れられず、頑なに家を拒む子もいる。ナガヨシのように、上手に関わって、向き合っていく子もいる。
結局、「まとも」かどうかの判断なんて必要なくて、自分がその家族を通してどう向き合って、自分の人生にどう向き合っていくか、なんだと思う。でもそれが親や環境、その子の捉え方次第なんて、酷すぎるよな、と個人的には思う。人類みんなこんな十字架を背負っているなんて酷すぎるよ、神様。
淡々としつつも突き刺すような言葉で、心の機微を穿った津村さんの表現は、すごく好き。
そして、津村さんの作品に出てくる主人公は、いつも正義感が強い。わたしのなけなしの正義感が、彼女の作品に触れるたびに、敏感に反応する。
Posted by ブクログ
緩やかに気怠く過ぎる8月の気配に懐かしくなる。でもこの街には澱みのようなもののほうが多い。「宿題の写しを集める」という中学生にとっては致命的な問題でもある1つのミッションが中心に据えられながらも、その周縁にある「大人の事情」はなかなかに複雑かつ子どもにとってはグロテスクですらある。当の本人たちの心情がそれほど詳細に劇的に語られる訳ではないから淡々と読めてしまうけど、やっぱりだいぶしんどい家庭が多かった。セキコの家庭はひとまずは持ち堪えた感があるけど、室田・片山家はどうだろう。
登場人物の中学生たちの、どこか達観し諦観しているからこそできるような飄々とした振る舞いと、表紙の絵柄とが相まって、ほのぼのとした物語かと思ったが大間違い。薄っすらと胸にムカつきが残るようなものであった。
Posted by ブクログ
父親が«働かない»という状態の主人公のセキコ
もうすぐ受験なのに、こういう父親がいたらそりゃ、終始むかつくし家以外に居場所を求めてうろつくだろうなと思う
母親と妹が父親に対してそんなに怒っておらず、家の中に味方がいない気がするのもまたしんどい
自分が思春期の頃の、何か分からないけどずっと何か思いつめたようにイラついていたのをまざまざと思い出した
この年代って、何だかずっとあらゆることに怒っているよな
それにしても、まともってなんだろうとずっと考えながら読んでいた
出てくる子どもたち、誰も彼も別にいわゆるまともな家は出てこないのだ
まともっていうのは何というかただの幻想で、何かあるのがフツーの家なのかもな
もう一つ、セキコと塾が同じの室田いつみを主人公にした「サバイブ」もヒリヒリしていてまさにいつみにとってのサバイブな話だった
これからお祈りに~でも思ったけど、津村先生はこの年代のどうにもならない怒りや鬱屈した感情を描き出すのがものすごくリアルで上手いなあと思う
津村先生の本は面白いな~
Posted by ブクログ
自分の思春期のころを思い出した。
多くの子供は、自分の家がおかしい、まともじゃないってことに気付かないふりをしてるんだと思う。
分かりやすく父親が働かない等の事情を抱えるセキコはそれに気付いてしまう。
中学生が向かい合わなくて良いはずの問題に向かい合って、イライラするセキコ。
友達とバカバカしいことしてる間(男子の尾行とか、やってるの、私と友達だけじゃなかったのね)はイラつきも少しは忘れられるんだよな。
セキコの友達のナガヨシが、これまた私の中学時代の友達に似てた。
何が似てるって、気になる異性の基準が、変で興味深いかどうか、というところ。私の友達が1学年下のメガネかけた怒り肩の男子に興味を持って、その男子のデフォルメキャラとか描いてたこと思い出した…。なつかし。
思春期に散々家族のことでイラついても、大学生になると家族のことより自分のこと(恋愛や学校生活)が忙しくなって、折り合いの悪い家族と離れて暮らすことも可能になる。
「サバイブ」に登場する佐和子はその典型だ。
だから思春期の子どもたちは、早く大人になりたがるのかな。
まともな家っていうのは、あんまりないんだよね。
まともな学校、まともな教師も、同じくらいあんまりないけどね。
嫌で嫌でたまらなくても、そこで生きていかなきゃいけない子どもたち。
みんなたくましく大人になっていってほしい。
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