ブレイディみかこのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「ぼくはイエローで・・・」の著者の他の作品を読む。
イギリスの労働者階級については「差別はないが区別はある」と大昔に語られ、ブレグジットを賛成し、移民排斥の急先鋒であり、フーリーガンでイングランドが勝つとイングランド旗(ユニオンジャックじゃない)を振り回して街中で大騒ぎする(実際に目撃した)という「ステレオタイプ」の知識しかない。
本書を読んでの驚きは
・21世紀の英国には階級が厳然としてあり、階級闘争があるとは・・
・「ゆりかごから墓場まで」の本家が社会保障切り捨てを労働党まで推進しているとは・・
・政府がやたら緊縮・財政均衡に腐心している(日本の財務省と全く同じスタンス)こと、たとえ社会が分断しても。
第3部の労働史100年は、一気に読ませる。戦後英国史を労働者の切り口で読んだのは初めて。
この本では深く触れていない英国の経済・財政の側面からの100年史を別の書籍で探して、認識を深めたい。
この作品はわたしの欠落している認識の穴埋めをしてくれた。
いい著作でした。 -
Posted by ブクログ
良書。
まず何をさておいても著者は文章力がすこぶる高いと思います。
底辺託児所に来る子どもとその親の暮らしは文字通り底辺なのでしょう。
けれど著者はその描写に同情や憐憫の感情を全く忍ばせません。
かといって、冷めているわけでも距離を置いているのでもありません。
保育士としての距離感は保ちつつも、言葉では言い表せないほど子どもたちを愛し、こんな状況を作り出した原因でもある社会と政治を厳しい視点で監視し、分析し続けていることが感じられます。
底辺託児所に来る子どもたちは、劣悪な環境で育っている事が多いため、暴力をふるったり暴言を吐いたり、一筋縄ではいきません。
そんな子どもたちをある時は「ガキども」と描写しつつも、諦めず、見捨てず、向き合い続ける著者の姿勢には頭が上がらない思いになりますし、湿度のないカラリとしたユーモアを交えて描写される子ども達の姿は、著者の言う通り「愛すべき個性的な悪魔達」。
写真は1枚もないけれど、行間に子ども達の姿が浮かび、時折涙ぐんでしまうこともありました。
アンダークラスの人びとを通して保育士という視点から見たイギリス政治についての考察は、ただ持論を展開し押し付けるものではなく、読み手のこちらにも問いかけているようで、政治、差別、育児などについて深く考えさせられました。
また、今後の生活においても考え続けるきっかけを与えてくれたと思います。
話題となった「ぼくはイエローで…」も良かったけれど、個人的にはこちらの方が満足感が高かったです。
以下、印象に残った文章を抜粋。
「階級を昇って行くことが、上層の人びとの悪癖を模倣することであれば、それは高みではなく、低みに向かって昇って行くことだ。」
「いろいろな色を取りそろえる意味は、やはりあるのだ。(中略)社会が本当に変わるということは地べたが変わるということだ。地べたを生きるリアルな人々が日常の中で外国人と出会い、怖れ、触れ合い、衝突し、ハグし合って共生することに慣れていくという、その経験こそが社会を前進させる」
「きっとデビーはこれでいいのだ。自分がそう思っていることを他人に知ってもらう必要がないほど、これでいいのである」
2021年15冊目。 -
Posted by ブクログ
事実は小説より奇なり。みたいな本
障がいや病気や犯罪を、深刻に薄暗く描くのはきまってそれらを身近に体験していない人に多い。
身近に体験してると、それは只々当たり前の日常で、ブレイディ氏のように面白おかしくも書けて、薄暗い気分にもならない。
だけどそこにはリアルな人生が書かれていることを知れる。
こんな世界や、こんな人生、生き方をしてる人間もいるということをたくさんの人に知ってもらえる良書だと思う。
ブレイディさんの著書は、私達と同じ目線から感じたことを素直に書かれているので、小難しくなく、それでいて大切な事実はを知ることができるので大好きです。
いち保育士だとご本人は言われてますが、その辺のジャーナリストよりよっぽど訴えかける力の強い方だと思います。 -
Posted by ブクログ
「左派」論者3名による経済政策論かつリベラル批判の対談書。日本のリベラル派を、経済成長政策を疎かにしてきたと批判し、文化的・制度的な面での公正性を重んじるだけでなく、「明日どうやって飯を食っていくか」に直結する経済政策もちゃんと考えろと指摘している。この本を読むことで、リベラルを自称し人権を重視し・・・と考えている人が、自分の視野の狭さに気付かされるかもしれない。僕はそうだった。
対談の著者は三名。①『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で有名なイギリス在住の文筆家、ブレイディみかこ。②マルクス経済学を専門にする立命館大学の経済学教授、松尾匡。③理論社会学でメディア史を専門にする東大大学院教授、北田暁大。戦後史、経済理論史、時事問題(ブレグジット、ギリシャ危機など)を幅広く取り上げつつ丁寧に説明しており、我々はどこからきて、今どこにいるのか、そして今後どこへゆくのかの文脈について、整理することができる。面白い。
また、この本を読んで感じたのは、経済政策を評価(立案・投票などすべて)するとき、私たちはどんな社会(国)作りがしたいのかをそもそも考える必要があるということ。
税金の使い道についても、税の累進性の政策の是非についても、結局何がしたいのかの目的に紐づけて、メリデメを評価する必要がある。
ついては、日本にそういった明確なビジョンがあるだろうかと思うと、色んな政治家がビジョンを出していることにようやく気づく。また様々な政策研究会議においてビジョンらしきものが提示されている。
「株式会社ニッポン」があるとしたら、世界市場でどんなポジションで、どういうミッション・ビジョン・バリューを持ってやっていこうとしているのか、もっと明確に理解していきたい、、、
本書が重要だと思えるのは、現実主義的な語り口だからだ。ライツ・トーク(rights talk)と呼ばれる、人権をベースとするリベラリズムの考え方(とくに、rights as a trump *人権の切り札性)の理想主義的な部分を認め、それだけで物事を判断しきれない、また政策として不十分な部分を解消するために、適切な経済成長や、適切な財政出動を推奨しているからだ。
一方で政策論はそれとして、その政策を実現するためには民意を動かしていく必要があるが、その民意が分断されている(=ソーシャルアパルトヘイトの)現状で、どう人々が交わっていくかについては、この本のスコープではカバーされていない。「リベラル」な自分が本当のところ「左派」になれないのは、この分断を作っている一員だからだと感じるが、これを乗り越えるために何ができるのか、強い課題意識を持った。 -
Posted by ブクログ
みかこさんの最近の著書を結構読んでいたのだが、彼女の原点となる体験がわかる本。底辺保育所で始めた仕事を経て、富裕層の保育園から再び底辺へ。だが底辺も以前と同じではなく、社会保障の削減の煽りを受けて移民受け入れの施設になり、ついには閉鎖されてしまったという。政府の方針や予算配分がここまで如実に低所得層の生活に変化を与えるのかということをみかこさんの実体験を通して知る形になり、面白かった。
本当はこんな短く書ききれないほど興味深い内容で、同時に社会ルポでありながら各人の描写に興味をそそられる小説のようで、続きも気になって一気に読める本なのだが、読後すぐに感想を書くのを忘れてしまった。 -
Posted by ブクログ
学生時代にイギリスで暮らしたことがあるのと、ブレイディさんの文章が好きで、彼女の著作はよく読みますが、本作は面白かった。世界地図上の離れた場所に住む人の読み解く文章は新しい示唆をくれますね。
おじさん政治家の寵愛型(稲田氏・昔のメルケル)、多様性社会の要請を受けた若く爽やかなボトムアップ型(AOC・サンナマリン)、新自由主義/個人主義的フェミナショナリスト(サッチャー・小池百合子)など、パターンがみえてきて面白く、今後、女性政治家を考える時に参考になりそう!
個人的には、高齢者過多の日本においては、多様性ある他者への受容度や共感度が高く、若者(特に貧困層)への教育支援・若者を産み出すファミリー層に向けた制度設計ができるポリティシャンに、男女問わず活躍してほしい。。。 -
Posted by ブクログ
最高に面白い社会ルポ。キャバクラ労働争議、ドヤ街、保育園の実態、貧困層…日本にすんでいると、まあそんなもんだと直視せずに終わらせている問題ばかりなのだが、海外からの視点で切り込むと、「この状況はおかしいよ」ということが噴出してくる。
何冊かみかこさんの本を読んでいたので期待を裏切らない内容だったが、もし他書を知らなければ、一時帰国で訪れただけで日本の貧困をどこまで突き詰められるのだろうと不信感を抱いてしまったかもしれない。でも、そこにはブリクジット前夜の英国の労働者階級にどっぷり浸かった筆者ならではの、英国(と欧州)の動きとの対比があり、そのことが余計に日本の事態の深刻さを浮き彫りにしてくれる。
例えば日本の一億総中流の意識について。英国のミドルクラスと比べてあまりに底辺の低い日本の「中流」は、もはや「一億総中流主義」でしかなく、実は貧困層と紙一重だったり既に貧困レベルにあるとの指摘。結婚して家族を持つことが普通=中流だった時代は終わって、余裕のある人の営みであると考える若者層がいるのだが、彼らはギリギリ仕事があって日々生活できていれば困窮しているとは思っていない。体を壊したり働けなくなったりした時に初めて貧困に陥っていることに気づくのだが、もうすでに心は折れてしまっている…
その根底にある意識の違いとして、日本では人権意識が根付いていないと指摘する。義務を履行してこそ権利を主張できるとの、権利と義務を抱き合わせた思考は確かに日本では根強い。先日も生活保護受給者に対する差別発言が炎上していたが、そこにはやはりみかこさんの指摘するとおり、義務を履行していない人たちには人権を主張する権利がないかのような冷淡な姿勢が透けて見えている。そして何より深刻なのは、「日本ではアフォードできない人々には尊厳はない。なによりも禍々しいのは、周囲の人々ではなく、「払えない」本人が誰より強くそう思っていること」だと指摘する。「人権というのは…全ての力を失ってしまったときにそこにあって私たちを丸ごと受け止めてくれるもの」すなわち、穴の空いた制度というバケツの、底で受け止めている蓋なのだ。日本人はもっと楽になったほうがいいという言葉がずしりと響いた。
その他、印象に残ったのは、日本ではソーシャルワークがあまり政治に結びついていないという部分。すなわちミクロがマクロに結びついていないと。なるほど貧困にしろ何にしろ、こういう制度がありますよという対処療法に終始してしまい、ではどこを変革すべきかという議論(政治)と分断されている。欧州での極右極左の台頭は、その市民レベルの怒り(ミクロ)が政治(マクロ)に吸収されたからであり、スペイン15M運動で広場で各テーマごとにどう政策を行えばいいかという議論から生まれたポデモスは、そのミクロをマクロに持ち込んだ典型だという。わかるようでわからなかった欧州政治が、日本という鏡で一度跳ね返ってきたみかこさんの視線を通して、よくわかった気がする。 -
深いー
無料版しか読んでないけど、優しく日常にある難しい問題に触れていて、人が人を裁くことがないようにすることって難しいなと思いながら読みました。続きぜひ読みたいと思います。