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Posted by ブクログ
【アンドロイドは電気羊の夢を見るか?】
名作映画「ブレードランナー」の原作だけど、映画より乾いている。
核戦争により人口が激減し、人間そっくりのアンドロイドを労働力として使うようになった世界の話。
人間そっくりの思考能力を持つようになったアンドロイドの中には、人間に使われる事が嫌になり脱走するのがいた。そのアンドロイドを捕まえ、殺傷処分するのが主人公の仕事。
アンドロイドと人間を見分ける基準が「共感能力の有無」。主人公は、人間に紛れて生活してる脱走アンドロイドとおぼしき者を捕まえ、共感能力テストを施し、合格すれば人間だから釈放、不合格ならアンドロイドだから殺傷処分するということを日々実行している。
しかし、主人公は、共感能力の極めて高いアンドロイド(そのアンドロイドは自分は人間だと思い込んでいる)と出会い、その出会いを通じ、次第に人間とアンドロイドの違いが分からなくなってくる。
「証明しなければ人間と認められない社会はすでに人間らしさを失っているのでは?感情を脇に置き、殺傷処分を遂行する自分こそ共感能力の無い機械なのではないか?」と自問自答するようになり、次第に「自分はアンドロイドなのではないか?」と自分自身をも疑い始め、日常は壊れていく。
「人間らしさとは?」という普遍的な問いを投げかけるSF小説の金字塔。 -
Posted by ブクログ
BUTTERで胃もたれししばらく読書から離れ、次に自然と手にした原田マハさんの本。マハさん11冊目。
爽やかで、じんわり温かくて、今の私にぴったりな必要な本だった。
「人生の真昼と黄昏を、それぞれに、笑って旅をしている。」という素敵な文があったのだけど、果たして私は今人生の何時頃を過ごしているんだろうとふと。真昼はとっくに越している気もするし、でも15時にはまだなっていない気もするし、、14時とかかなあ?こういう楽しい思考巡りができるのがマハさんの文章の力。
「もっとも豊かな季節のさなかに、いま、私はいるのだ。」
これもとても響いた文。きっと私は今人生の14時頃で、そしてもっとも豊かな季節のさなかにいるような気がする。毎日バタバタで立ち止まって考えられる余裕もないけど、でもそんな気がする!
裏表紙に「珠玉の短編集」とあった。誇張なく珠玉の短編集だったと思う。落ち込んだら帰ってきたい一冊。 -
ネタバレ 購入済み
凄く良かった♥️
もう諦めてたむつみ君チョコちゃんのイチャラブを又見れるなんて!おまけで載ってるとわかりながらも即購入!正直、虎太郎さん話には全く興味無かったけど(虎太郎さんゴメンなさい!) 虎太郎さんの人柄が改めて浮き彫りにされ凄く良かった!虎太郎さんのファンになっちゃいました!
イケメンむつみ君の容姿(画)も変わらずで嬉しさ倍増!これからも是非とも続きを、描いて頂きたいです!大好き😍💓💓 -
Posted by ブクログ
“多様性という言葉が、最近当たり前のように使われている。みんなちがって、みんないい。自分自身もその考えに救われている。でも多様性が認められない現場がある。みんなちがって、みんないい、では遂行できない仕事がある。個を消して従わなくてはいけない場所があることを、「右向け右」で右を向けない人には任せられない、人の生命に関わる務めがある“
“厳しい話を受け止めて自分を変えられた人だけが、生きたい未来を手に入れられるんじゃないか“
“一括りに看護師といっても知識や技術を学び続けている人と、生活のためだけになにも考えずに働いている人とでは天と地ほど違う。天を見上げている看護師は自分の仕事を卑下することは決してない“
看護学生として看護の原点に立つ人にも、ベテランと呼ばれる看護師さんにも、いろんな角度から刺さるメッセージがあると思います。
涙なくしては読めない。何度も読み返したい一冊です。
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Posted by ブクログ
とても良い。誤解を恐れずに言うと私はいつかちゃんと書きたいなあと思っている人間で、それが結果小説になるのか何かの評論になるのかエッセイ集になるのかは分からないし、その為の行動などは一切起こしていない。産み落とされるか分からない潜在的作家を腹に飼っているとでも言おうか。しかし現代社会においてそんな人間が殆どであるとも思う。Xでもインスタでも、諸々含めば皆何かしら書いているし。
尚且つ私はカート・ヴォネガットという作家のミーハーなファンでもある。「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を読んで一気に恋に落ちて、「タイタンの妖女」「スローターハウス5」「青ひげ」あたりを夢中で貪り読んだ。
概ね変な話なのだが、その根本には極めて普遍的なテーマがあり、何だか笑ってしまうような人と人のやりとりと、時々ズドンと胸を撃ち抜く名言がそこに潜んでいたりして、とにかく唯一無二の、誰の本にも似ていない 最後の最後にグッと来て泣いてしまう、私にとってカート・ヴォネガットの本というのはそういったものだ。
ちなみにあまり(人数的な意味で)豊富と言えない私の人間関係内において、カート・ヴォネガットを読んだことのある知り合いはほぼゼロだ。悲しい。でも一作一作が割と長いので、おいそれと勧めづらい。
そんな人間にとってこの本は名言の宝庫であり、今まであまり触れてこなかった「人間」カート・ヴォネガットについて知る為の貴重な文献であり、また確かに「書くこと」についての もっと言えば「書くことを携えながら、より熱心に 生きること」についての、とても手厚い道標であった。
書くだけで人生は進まず、終わらず、では何が要るのかと言えば 楽しむこと、遊びほうけること、仲間をつくること、ふてぶてしくあること。
カート・ヴォネガットは若く貧しいうちから亡き姉の子供達を引き取り、自分と妻との間に生まれた子と同様に養い、育てた苦労人である。その苦労は、彼がゼネラル・エレクトリック社を辞め、文筆家を本格的に志すのとほぼ同時に生じているはずだ。
つまりキャリアが始まるよりも先に、彼には養わなければならない家族があったということになる。
この本は、かつて大学でカートの講義を受けた元教え子によって書かれている。カート本人との交流を深く持っていた彼女の語り口はさっぱりとしていて、邪魔にならないし、時折差し込まれるカートの人間らしいエピソードや、講義の様子が大変興味深く読めた。
おそらくこの著者も、カート・ヴォネガットの大ファンなのだ。ファン仲間(おこがましい)の推し語りを存分に聞けるという意味でも、極めて楽しい読書であった。
そしてまんまと、これを読んで再びカート・ヴォネガットの著作に惹かれつつある昨今。
本作にもたくさんタイトルが出てきたので、これ幸いと棚に追加しておきます。
みんなも読もう カート・ヴォネガット。
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Posted by ブクログ
ユーモアを交えて死を見つめるベルギーはリエージュの法医学者の著作。
余談だがベルギーに2度訪れたことがある。ブリュッセル、ブルージュ、ユトレヒト、アントワープなどを巡り、ヨーロッパ南部とはまた違う、ひと同士の独特の距離感(決して人懐っこくはないが、話しかけると意外とフレンドリー)が気に入ったことを覚えている。読みながら街に降る陽射しや美しい水路や街並みのイメージが自然にわいて親しみを覚えた。このあたりのフランス語圏の人らしい諧謔に富んだ語り口に、不謹慎ながらときおり爆笑した(ごめんなさい...)。著者が最後に書いている「命がほほえみかけてくれている間は、死を笑い飛ばし、他人と自分を尊重して、有意義に生きよう」という言葉に深く頷いた。まさに、この本の根底にある姿勢だと思う。
深刻になりすぎず、軽妙洒脱に生を謳歌したいものだ。
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