上野千鶴子のレビュー一覧
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社会の流れ自体を簡単に変えることはできなくて、幼い頃から刷り込まれて教育されるものに今すぐに抗うのは難しいし、上野千鶴子先生が生涯をかけて戦ってきても社会には微々たる変化しかない。だからそこに期待するのは難しい。
その上で、「個人的なことは政治的なこと」と言う言葉の意味を深く捉えて理解し、自分が変えたいと思う目の前の人を変えていくこと、そして自分自身が考え続けて変わることが求められるのだなと思えた本だった。
余談だが、通学電車内で読もうとしたら何度か気まずくて本を閉じてしまった。電車内で安心して読めるほど私も社会に安心し切ってはいないらしい。 -
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個人的な上野千鶴子さんのイメージは
フェミニズムの急先鋒、といったところで、
あまりポジティブなイメージはなかったけれど、
かといって当人の言論を直截見たことはなかったので読んでみた。
序盤は面白い立ち位置から興味深い言論が展開されていた。
近代になって“使用禁止の性”が生まれたとあって、
ほかのところで読んだ“青年期は近代の産物”という話と合わさってとても腑に落ちた。
売春と買春についても男性の目線が色濃く出た言論が罷り通っているのはその通りだと思った。
中盤以降は“フェミニズム”と聞いて思い浮かびそうなネガティブな部分が顔を出してくる。
初めのほうから不要に男女を対立構造にして語っていたけれど、
男女の性の非対称性というあまりにも自明の部分に噛みついたり、
個人の恋愛観を有名人であるという免罪符を高々と掲げてこき下ろしたりしている。
エッセイのような形式で不快感を示すだけならいくらでも好きにやればいいと思うけれど、そこまでの文脈と合わない切り口に感じた。
男性個人から向けられる視線と社会から向けられる視線をごっちゃにして語っているように感じられた。
「戦争は女の顔をしていない」というのは最近また脚光を浴びる言い回しになった印象があるけれど、そもそも社会だって女の顔はしていなかった。
今でも社会での男女の不平等を語るときにまず初めに登場する指標は「賃金差」であって、つまり社会という場は「カネを稼ぐ場」、つまり飯のタネを掴む場、原始的には狩りだったものの代替として語られるものである。
出産という過程を男性が代わりにできるものでない以上、男女の賃金が完全に平等(見かけ上)な社会というのは、全く子どもが生まれなくなったか、もしくは会社が大きな負担をしている社会ということになる。
事実誤認もある。
性の隔離を批判しているところがあるけれど、少なくとも日本における性の隔離は差別ではなく役割による区別による部分が大きい。
修験道で女体とされる山やほこらが女人禁制になっていることを「逆説」だとしている。
これは女性である山に女性が入ると山が怒るから、というのが定番の言い回しで、これは女性に対する畏れ、敬意の表れになる。
また、山という危険な区域に女性を入れてむざむざ喪うわけにはいかない、という事情もあるように思う。
社会における“男女平等”が金銭面で表現されるうちは、その向かう先はディストピアにしかならないし、フェミニズムの目指すべきところは平等の定義づけだと思う。
社会がどうしても金銭の多寡でしか語れないのであれば、新生児の金銭的価値を社会的に定義づけするしかないのではないかなー、と思ったりした。 -
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ネタバレインド系イギリス人ジャーナリストの方の書かれた本。
家父長制について歴史をさかのぼって調べていくと、家父長制といってもいろいろあること、
男と女、という2つの性別の関係性は、いろいろあって今も変化しているということ、
それでもやっぱ、どっかからかこの今の家父長制的な関係性がメジャーになってきて、
今でもその勢いが増している場所もあれば、より男性の支配が緩められる傾向にある社会、
あるいはまだまだどっちに転ぶか落ち着かなく不安定な地域、などもある、
とにかく男性優位な社会が全体として広がっている世界に生きている。
『額縁の中の女たち』とも少し重なるところがあった。あの本は、主に欧米の絵を扱っていたけれど、まさに、より平等だったエジプトの文明ではなく、世界がギリシャ文明を選び、男尊女卑の傾向のかなり強いキリスト教とともに世界に広がっていったことが書かれていたのを思い出す。
日本については触れられていなかったように思うけれど、
他のアジアの国、特に著者の出自のインド、あるいは中東、中国、インドネシア、
そしてアフリカ、もちろんギリシャ、他ヨーロッパ、アメリカ、ソ連・ロシア、よりさかのぼるとトルコの辺りやエジプト、北米の先住民族についても、近代はイランの、最近いくつかの本でも読んだ革命後の話。
世界と時代を駆け巡って。 -
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性の二重基準
男は女好きがよい、女は純粋無垢が良い、のように基準が違うこと
AVは夢のように現実を補完して事件を防いでいる可能性があるので全面禁止にするべきではない
男を男たらしめるのは、女を所有して性の主体側にいること、あくまで男同士の認め合いであるため女は記号に過ぎない
ホモフォビア
男の性欲を向けられて性の客体となることを危惧
男にモテる男が女にもモテる
女にモテる女と男にモテる女は別
男に与えられる女の価値の方が、自分で勝ち取った女の価値よりも大きく評価される
学業偏差値、女性性偏差値、同性ウケ偏差値
男は全部高い方がいい
女は違う、ねじれが生じる
権力のエロス化
神が死んで、自然信仰になったあと、原罪を人間に教えるのは男、父、夫に。
支配が性愛のかたちをとる
→性愛を暴力や支配のかたちでとる者現れる
尊敬できる男の人しか愛せないの、は男に従属したいという欲望の表れ
女の方も「支配され、指導される」喜びを淡いそしてそれから「卒業」したのだから、一方的に被害者だったわけではない
愛されたい、庇護されたい→男に従属したい→「権力のエロス化」を身体化した女性であることの表れ
権力のエロス化=「所有」の言い換えに過ぎない「守る」という言葉が、「愛」の代名詞になること
自分は女ではないというアイデンティティだけが男を支えているからこそ、異性愛秩序の核心にミソジニーがある
男の嫉妬は女への、従属しないことへの怒りに変わる
女の嫉妬は、男からの承認という競合関係にある女に向かう -
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▼全体にオモシロかったです。当方が浅学菲才な昭和生まれのオジサンなので、上野さんが渡したかったものを全部受け取れているかは分かりませんが。後日の自分のために記憶に残っていることだけまとめると。
▼「ミソジニー」というのが「女性嫌い、女性蔑視」みたいな観念のことらしいのですが、これがキーワード。
▼日本だけではないでしょうが、日本の実社会をベースに、どれだけ
「女性は社会的に、能力的に、男性よりも劣るのである」
(あるいは、そうであって欲しい、そうあるべきだ)
という「理屈抜きの決めつけ」が世の中の色んなところに浸透しているか、それがどれだけ理不尽だし、非効率だし、残酷だし、身勝手であるか。
というようなことを多例を用いて語られる一冊。
▼月刊誌?か何かの連載をまとめたものだそうで、出版当時の時事問題や事件や世相に立脚しているので、ちょっと懐かしかったりもしますが、全般に気になるほどではありません。
▼それらミソジニーに侵される、というか受け入れてしまっている(というか受け入れざるを得ない)のが、男性だけぢゃないよ、という。
▼原則、日本の今の社会の基礎を作った(その基礎が今、かなりガタガタに、良くも悪くもなっているのですが)昭和の高度成長期の家族や男女役割モデルによってつくられている。
・労働市場への参加の制限
・男性よりも学歴が下位で、大まか年齢も下の専業主婦
・働いても、「男湯に乱入した女性」的な居心地の悪さと扱い
・更には「男性的な社会成功」と「昔ながらの男性受けする、つまりミソジニーに基づいた成功」の両方を求められる
というようなことなんですが、個人的な理解では「フェミニズム」という考え方は、これらのコトバの「女性」を「世界の中の日本人、アジア人」に置換したり、「身体障碍者」に置換したり、「低所得者」に置換したり、「地方出身者」に置換したり、もっと平たく言うと「運動音痴」とか、「学歴的劣等生」とか、兎にも角にもありとあらゆる「社会的な”ガチャ”の弱者」に置き換えて考えても成立するところがキモなんだと思います。
▼そういう意味では過去事例、前例、つまりは歴史特に現代史と言われるものを、どのように「認知」して、その「認知」に基づいて周囲の言動を「判断」して、自分の言動をどう「操作」するのかということに尽きるんぢゃ無いかなと思います。だからコトは、政治家ぢゃなくてもリーダーぢゃなくても、小さな自分個人が、決して多くない身近な人たちとどう接するかということになる。その何億という事例と人間の積み重ねの向こうにしか、自分の、そして子供たちの未来はないんだろうなあと思いました。
そうした積み重ねの結果が、自分個人の歴史の出発地点だったわけだから。
そうした「認知」の視点というかアイディアを色々と提供するというのが、「学者さん」という人々の(恐らくは特段に社会学者とか哲学者とか歴史学者に限らず)本来の役割なんだろうなあ。もっと言うと「本」を出すということも含めて「メディア」というものの役割なんだろうなあと思いました。良き読書でした。
▼ただ、事例の中で、いわゆる少女性愛趣味などの具体例に踏み込んだ章は、ちょっと読んでてココロが疲れるというか、しんどかったです。昼飯食べながらちょっと読むような愉しみ方の本ではありません。
あと、連載をまとめたもので、かつ恐らく一般誌ではなかったようなので、まとめて本にすると若干お手付きがあったり展開が単調だったりはしました。まあそれはしょうがないですね。それを超えてなおインパクトのある素敵な読書でした。 -
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舗装されているとは言わないまでも、自分の歩いている道が砂利道であれ、けものみちであれ、ずっと前にここを踏みしめて作ってくれた人たちのおかげでできたものだということに初めて気づかされた。男並みに働くことがカッコいいと、若かりし頃は確かに思っていた。その男の陰で、母や妻や子が人知れず言葉を飲み込んだり涙したりしていたかもしれないことに、今までは思い至らなかった。その人たちのためにも、後に続く女性たちに「ごめんなさいと言わなくてもすむ社会を手渡」せるよう、この本から得た問題意識を持ち続けていきたい。
星をひとつ減らしたのは、著者の見ている老後の景色はまだまだ恵まれているもので、実態を把握しているとは到底信じられないから。 -
Posted by ブクログ
女の選択肢は増えたけどそもそもが男社会。これを当たり前として育てられたら、自分に不都合でもない限りその偏った構造に気づけない。不都合がある者、つまり女ばかりが声をあげるから、フェミニズムは偏った考え方だと非難されやすい。
私もフェミニズムについて理解しきれていない。この本に書かれていること全てに賛同できるというわけでもない。ただ日本のジェンダーギャップ指数の低さは日本人全員が恥ずべきことだと思う。そしてそれをもっと問題にしていくべきだと思うし、男女共に考えていかなければいけない。フェミニズムは女性だけの問題ではない。正直、日本はジェンダーギャップ指数が低いですと言われても、でしょうねとしか思わなかった。この諦めみたいなものを多くの人が感じていると思う。まずはフェミニズムについて正しく理解することから始めたい。