【全体の所感】
対話形式で、わかりやすくかつ自然に時系列に沿って、社会の動きやフェミニズムの歴史について学べる。フェミニズムの歴史や知識に留まらず、男女・親子関係、社会における物事の捉え方に新たな学びが得られたし、とても読み応えのある一冊。
上野さんの、男性社会や現代人そのものに対する不満は正直過激。発言内容はもちろん、言葉遣いにいわゆる「配慮」もないので(「エリート女」「股開く」「」などなど)強すぎる印象もある。上野さん自身が既婚男性とも付き合ってきた経験(つまり不倫相手だった)があって、それを少し得意気に?話す部分は悪印象。フェミニズム云々ではなく、人間としてかっこよくなさすぎる。
社会学のような学問は多くが否定から入るからこそ、研究者は自分の正当性を主張するために、自分以外の派閥や以前以降の時代を批判するイメージだけど、上野さんはまさにそれすぎて語気が強すぎると感じた部分は少なくない。
【メモ・感想】
社会のA面B面の話はわかりやすい。女が結婚や出産を通して、強制的にA面(表社会)→B面(家族、生活そのもの)に移動、あるいは行き来しないといけなくなるという話。一方で男は家族ができてもA面だけに居ることができる。
理想(改善策)として、男も女と同じようにAB面を行き来するような社会が語られているように思うけど、個人的には、AB面の境界線が薄くなるような社会を作るという方向もあるんじゃないかと思った。
それこそ昔の商店街のように、店をやりながら子育てをして、商店街内で手助けし合うような社会。自営業が少なくなって、夫婦共働きでも基本的に別々の場所に働きに出る昨今では難しいのかもしれないけど。
傷ついたり葛藤したりする労力を避けるために、夫に育児などの不満を直接言わず、それをSNSでグチることで解消する。
= 修羅場を回避することで、変化よりも不満をとる。でも根本的解決には至らず、その不満はまたすぐ溜まる、の繰り返し
「一日子どもを預けることに対してする信用のない男と、セックスして子ども作ったのかよ!」今自分が付き合ってる相手と結婚した時に、この言葉言われないようにしよう…
一流企業に花嫁候補として採用された女子にとって、逆に会社は花婿探しの場でもあり、「自分には男を見る目がないから、会社が選んだ男が確実なんです」と言う女子がいたらしい。
→今より大企業勤めのブランド力が高かった時代の現れでもあるし、結婚が当たり前だった時代には勤め先=結婚のための舞台でもあったといえる。
→「すでに出会う前の段階で選別が行われてるってこと。その中で誰を選んでも大差ないのよ」
「優等生こそ、親のやらせたいことに応えられてきちゃったから、嫌なことでもある程度できてしまって、いざ自分のやりたいことを問われると分からない。」今社会人二年目。やりたいことがわからなくなっている自分に刺さる。
「親から子への条件付きの愛」
その条件は親によって違うから、子は選べない立場で生まれてきたその場所で、まずは(無意識でも意識的でも)親の期待に応えないといけない。親からの条件があまりに高すぎたり子に対して合わなかったりすると、その親はいわゆる毒親に見えるんだけど、きっとすべての親子関係に何かしらの「条件」はある。
独身の自分にとっては、やっぱり障害児より健常児がいいとか当たり前に思っちゃうし、親にはやっぱり子を選べるという自覚と望む条件があるんだと思う。
とにかく不快に思うことには声を上げて行かなきゃいけない。それが多数派であれば、いずれその声は大きくなっていくはずだし、少数派であれば自分の中で落としどころを見つけるしかない。実は多くの人が感じていることでも、声を上げなければ多数派にはなれないどころか、そもそも問題として顕在化しないままかもしれないし、もちろん社会も変えられない。
「性暴力は女性問題ではなく男性問題であって、あなたたちが自分で考えるべき問題だ」
激しく同意!いじめをする側される側の話にも置き換えられる。性暴力もいじめも、現状被害者が声を上げることで、それが社会問題と認識され、解決のために動き出しているけど、本来なら加害を加える方に問題があるのだから、加害者が取り組まなければいけない問題のはず。
でもどちらの加害者も権力的に優位に立っている場合が多いから、そもそも問題を大事には捉えていなかったり、解決のための腰も重かったりする。
天皇の「一生お守りします」発言をけなしたのはちょっとなあ…。もちろん「守ってもらいたいなんて思ってねーよ!」って言いたい女の意見もわかるけど、自分と婚姻を結ぶことで天皇一家という特殊な環境に身を置いてもらうから、その責任は必ずとるっていうポジティブな意味でしか捉えてなかった。天皇一家こそ日本の古すぎる体質をそのものだから、そこは進化すべきだと思うけど…。
異性愛はとどのつまり「異性に対して恋愛感情を寄せ、性的な欲求を感じる」というヘテロセクシュアリティの歴史が、私たちの身体に染み付いているから。一方でゲイやレズビアンの人たちはモデルなき性愛を自分たちで開拓しなきゃならないから大変。
→自分は違和感なく異性愛者でいるから、同性愛者の感覚がどうしても想像できなくて、否定する気持ちは無いけど理解ができていなかった。でもこの言葉を読んで、自分の感覚はただ歴史を背負わされているだけで、異性愛者ではない人たちはその歴史ではなく別の歴史を背負っているか、背負う歴史がないから今自分たちで作っているんだって思った。それは性愛だけじゃなくて、あらゆる発明にも言えることで「ただそれだけ」の違いなんだ。多分同性愛者=どこから生えているのかわからないって認識だったのが、そこに歴史がある(今作っている)と気づくことで、「存在するもの」として認識できたんだと思う。
フェミニスト同士の戦いもある。
無罪判決が出た性暴力事件の判例きもすぎ。
新しく出てきた価値観は、すでにある価値観の中で解釈されてしまう。
→フェミニスト=男性の立場に女性が並ぶことではない。それは結局男性基準(すでにある価値観)でしかない。目指すのは女性が女性のまま尊重される社会の実現。
→しっかりとしたイメージはできてないけど、つまり全く新しい価値観の浸透が必要ってこと?男に追いつくんじゃなくて、今男は男のままで不自由なく生きられているのに、女は女のままだと不自由だから、そのままで生きられるように環境を整えるべき、みたいな?
男が男であるが故の不自由(徴兵制とか)を訴えるなら、それはそれで訴えればいいだけの話で、女性の生きやすさと対立するものでは無い。
右翼の女性たちの、「自分の弱さは女性の被害者性を認められないこと」ってのわかるなあ。「自立した女性」に憧れてる自分もこの感覚に近い。でもこれって結局、自立=男性なんかに頼らなくてもいい=男性と同じような立場を目指してるってことだから、フェミニストとは違う。フェミニズム(フェミニスト)は、被害を受けている弱い立場であることを認めて、弱い立場のまま尊重され生きられる社会を作ること。