上野千鶴子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『おひとりさまの老後』(文春文庫)の男性編です。
前著を読んだ際には、著者たちと同じ世代の読者に向けて書かれた本であり、自分たちの世代にはあまり関係がないように思えてしまったのですが、今回も同じような感想を持ちました。
もっとも、「弱さの情報公開」ができないという指摘は、ロスジェネ世代にも当てはまるかもしれません。秋葉原の無差別殺傷事件を起こした加藤智大に触れて、「オス負け犬」も「彼女いない暦40年ですが、なんの不自由も感じていません。それがなにか?」と言えるような「常識」が通用するようになれば、男たちもずっと楽になれると、ロスジェネ世代の「男らしさ」のプレッシャーに苦しんでいる読者に向けた言葉も見られます。 -
Posted by ブクログ
上野千鶴子・古市憲寿「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります」光文社新書
上野千鶴子と古市憲寿の対談を書籍化した著書。
テーマは副題のとおり「僕らの介護不安に答えてください」。
団塊ジュニア世代にあたる古市氏が抱く、団塊世代の親の介護に対する不安を上野氏にぶつける。
話は介護の話をきっかけに、家族のあり方、親子の関係性、弱者としての若者と女性の共通項、世代間格差…と展開する。
最後に上野氏は、研究者として若者としての古市氏(あるいは当事者意識の低い若者)に対してこう述べている。
「あなたをつかんで離さないものが、あなたの問題。ウザい、とかムカつく、とかいう感情を大事にしたらいい。まさにそれに気づくことからはじまるんですよ。」
身近で些細なことに幸せを感じ、現状に満足するよりも、身近で些細な苛立ちや憤りに気付き、それを分析し、改善に向けて行動を起こすことが大事らしい。
世界を変えるか
自身を変えるか -
Posted by ブクログ
後半が面白いというタイトルだけど、前半の思い出話ややってきたことの話が殆どだった。
それはそれで面白く、あっという間に読めるのだけれど、なんとなく、タイトルに騙された感は残るなあ。
専業主婦になりたい若者ってのは、15年前ぐらいからたくさんいたのを、当時オバサン大学生してたからよく知ってる。
就職が厳しい時代になると、そう思うらしい。
女同士の連携が弱ってるというのは、どうかなあ?
我々世代が古いからかもしれないが、子育てしてる時は連携する余裕もなくて、子供が大きくなってくると、また連帯感が蘇ってくる気がしてる昨今。
私たちだけなのかしら? -
Posted by ブクログ
軽快な分だけど読むのはちょっと時間がかかる・・
頭いいんだろうね~
2章 学校化が問題なんだろうけれどその大元は近代化 今さら戻れないんじゃあないのかという印象も。近代化で分業化が進んだせいで働く人は会社へ、子供たちの逃げ場が地域にないんだもん。でもって、一斉にど~んって集まったらそこに競争が生まれるのは生物として当然。でその価値観で育ってしまった親がほかの価値観をって言われてもってなるんだろうなあ。大人になってもおけいこ事とか、お勉強好きでしょう?そこを補完するなら頭打つ経験がないと。年齢を超えたサークルとか徴兵制(!)とか
3章 男→ず~っと競争
女→競争→競争→競争(ただし女らしさを捨ててはいけないらしい)
→結婚しておやすみ
結局人生を勝ち負け(これ学校化のたまもの?)でとらえるならば幸せにはなれないということ。
4章 大学について 確かに今後少子化が進む中で増え続けた大学が存続していくには子供だけを相手にしているわけにはいかない。それなのに受験前提での入学だったり、一般教養っていうのではいかんのだろう。
パンキョウ(一般教養)は今後受験なしに地元のおじいちゃんやおばあちゃんも参加できるようにしないとね。(おじいちゃんたち学割効くんかなあって気になったけど、シルバー割引がすでにあるんだった)そんでもって、専門はバリバリ働いている人も参加できるような授業に。もちろんネットで受講申し込みができるように。「みんなの大学」(みんなの党ではない)ってのをはじめていくとそもそも学校化がしでかした問題は多少なりとも緩和されるかもねえ~
5章 私も先生の3流向けの授業受けたかったわ。そしたら看護研究もっとスムーズだっただろうなあ。東大向けのは読書量で挫折しそうだけど。 -
Posted by ブクログ
フェミニズムというものは、一定程度の問題提起には非常に意味があるし、分かるとおもう部分もあるんだけれども、どうしても平行線的な、結局男性の受け入れがたいところをあげつらって悪口を言う的な。そういう風に若干見えてしまった。なんか、右を見ても救われないし、左を見ても救われないし、出口がない気がしてとても苦しくなる。フェミニズムを受け入れても救われないし、男性を受け入れても救われないしというそういうことです。とはいえ、結婚というものは一体なんなんだろうとよくよく考えてみると、考えれば考えるほどになんでもなくて不思議です。そういえばわたしは高校生の頃は家族破壊論を信奉していたなあとかそんな。制度としての結婚になんの意味があるのだろうか。上野先生は「結婚というものは相手の性的自由を自分のみに束縛する契約のこと」とおっしゃっていましたが、それはうーーん、そういうものじゃない気がすると思いつつも、明確な反論が思いつかないので、じゃあやっぱりそういうことなのか、みたいな。とりあえず制度としての結婚はなんだかそろそろ限界を迎えているのかもしれない。なんかもっといい方法はないのか。