上野千鶴子のレビュー一覧
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ネタバレ会話調で書かれているのでなかなか刺激的な表現ではあるが、今まで女性が感じていなもやもやを分かりやすい言葉で言語化されているので、とても読みやすい。
印象に残った言葉:
・おっさん的想像力の撲滅→性犯罪の話で男に「自分の娘や彼女が被害に遭ったらと考えて行動しよう」っていう話し方、それ自体が女性が男性の所有物という感覚であり、おっさん的想像力になっている
・夫(男)には既得権益があり妻(女)はその不平等にキレるという構図→社会構造上の問題であり、家庭の問題として捉えずにしぶとく議論することが大事
・男は既得権益を保有していることを無自覚的に認識しており、女に奪われると感じているが、女は別に尊重して欲しいだけで既得権益の山に立ちたいわけではなく、ぶっ壊したいだけ。 -
Posted by ブクログ
めちゃくちゃ面白い部分と興味ない部分が両方ある降り幅の広い本だった。この本タイトルでなんとなく借りたけど、出版は約10年前。
つまんない、興味ない部分は自分語り(自分がどれだけ周りと違うか語り合うの必要だった?)とか自分にとっての正しさを他人に押し付けてるだけに感じた。そもそも10年前の価値観での話だから古い考えを押し付けられたように感じちゃったのかとも思うので、しょうがないのかもしれない。
興味ない、嫌なところが半分くらいあったけど残りの半分はかなり勉強になったし自分と同じだと思えた部分もあったしこれからを生きるヒントもたくさんあった。 -
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ネタバレフェミニズムに関する、著者が影響を受けた著作の数々を紹介していく本。
サイードの「オリエンタリズム」の章で、オリエンタリズムがジェンダーと同じ構造であるというのが面白かった。オリエンタリズムというのは、支配者である西洋が審美的に東洋をまなざす視点であって、支配者としての男性が被支配者の女性を審美的に見る視点と重なる。次のセジウィックの「男同士の絆」では、異性愛規範は一つの制度であって、女を欲望の対象とすることで互いを男と認め合うホモソーシャル・同性愛的な心理を排除するためのホモフォビア・女を徹底的に他者化するミソジニーが一体となって異性愛が自然として受け入れられていることが述べられている。いずれにせよ、女というものは男の他者として存在し、その他者である女を通して男が自己を認識していく、みたいな、男のアイデンティティ確立のための道具として他者としての女が設定されているような感じがした。
異性愛が自然なのではなく、日本でも古代ギリシャでも普通に男色や少年愛はあったし、異性愛が自然であるというのは近代作られた制度であるということか。 -
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日本のフェミニズム論者として牽引役だった上野先生による、男女雇用機会均等法前後から現在に至る日本人女性の置かれた状況の変遷史。
女の子が人身売買されたり、男の何分の1の給料で働かされたり、寿退職を迫られたり、搾取や差別が当たり前だった近代前期に比べれば、今は相当改善されたといえよう。
だけど、出産、子育て、家事がついて回る女性が男性と対等に伍して働くのは今でも容易ではない。
立法や政治が少しずつ前進しているように見えて、日本の場合それは国際的外圧からであったり、グローバリゼーションによる経済的要請からであったりする。そして実態は決して女性にとって容易なものとはいえない。
自分の社会人生活を振り返っても、訳もわからず社会に飛び込んだ挙句、景気、雇用ビッグバン、日本の雇用慣習などに翻弄されてきたように思う。
大学生の頃にでもこういう本を読んでいれば、多少は良い選択が出来たかもしれない。
日本は結局、社会を産みやすく育てやすい社会にドラスチックに変える代わりに、昭和の家父長的世帯観を最大限に延命させる方向で社会を維持してきた。その結果若者や女性は相対的に冷遇され、希望を持って結婚し家族を作れる社会にはならなかった。
その結果の少子化。もう何をしたって遅いだろう。次の世代に希望を持てと言えない上野先生の筆致は苦く重い。
上野先生自体は独身で子供もいないし、高度の学歴を持ち研究者キャリアを極めた方なので、サバイバル戦略と言われても上から目線だなぁと感じてしまう部分もあるが、知恵や美貌や愛嬌や資格や、実家や夫や婚家や子供や…とにかく使えるものは使って生き延びろということなのかなと受け止めました。子供たちにもそう伝えます。
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自分が持っている問に対して、完全ではなくとも、何らかのオリジナルな答えを公に受け入れられるに足るようにアウトプットするための方法論。確かにこの通りに出来れば、社会科学で言うところの論文をそれなりの質で書くことが出来るんだろうなと納得。
ノウハウをまとめたものとしてとても良い本だなと思うけれど、ところどころに本筋と関係ない著者の思想が出ていたり、あくまで経験科学の話をしているはずなのに、研究、論文といった用語が裸で使われていて、概念には定義が必要と主張していることと矛盾しないかと思ったり、読む意欲を削ぐような要素があることは残念。
200909 -
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読み終わりました。結婚と何ぞや?女とは?男とは?超有名な社会学者とカウンセラーの対談本。信田氏があとがきで散々上野氏を褒めちぎっておきながら、対談の中では意外と上野節に反論したりしているのが面白い。
対談自体は結婚そのものについて語り尽くすというよりは、DVや性、世代の傾向もふんだんに交えて話している感じ。
信田氏の「わたしは、結婚は制度だと思ってますから。制度であるということを知らずに制度に踏み込むのが結構です」という言葉は核心を突いている。また、「男はおびえて女に暴力をふるう」という箇所も核心的。この本からは学ぶことが多い。
ただ一点だけ。個人的に上野千鶴子節は対談よりも文章の方が輝いているように思った。この対談が悪かったわけでは全然ないけれど、全体としては信田氏が一枚上手だったかなという印象を受けた。 -
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ネタバレこれまで友達にも恋人にも夫にも相談できなかったような事柄が、
お姉さまたちの対談を聞きながら、いっきに解決。人生経験や学術的な裏付けのある断定なので、心強いことこの上ない。
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〇組織は必ず腐る。そこに帰属する人たちのお得と存続が真の目的になっていくから。
〇社員による内部改革はまず無理。組織温存に血道を上げがち。
〇組織の自己防衛。図体が大きく、止まろうにも止まれない。慣性。
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〇「人間は抑圧し抜くと、抑圧に慣れる生きものだ」
〇東大話法ーあの情報の薄さの割の物言いの説得力
〇セクシィ・ギャルの大研究
〇やってみたら大したことない。会社の仕事も、女のひとり寿司も、どうってことない。なんてことないものを、幻想で守って、ずっと男女の差をつけていた。
やってみたらどうってことないじゃん、やらせてみろよ、と。
〇ファッションって、自分のイメージを作り上げ、自分の魅力を自ら発掘して輝かせるもの。
〇向上:
not 目的たっせのためのスキル向上、効率向上
but 人間の質として、より思慮深くなり、自分の体験に即した強い言語を持ち、全人格的に成熟する
死ぬまでにもっと世界を見てみたいという”向上心”
〇ママが不幸せじゃなければ大丈夫
ママが不幸だと、男の子は、ママを幸せにする責任を凄く早くから背負ってしまう。
〇去勢された状態;社会における自分の位置取りを学習し、分(ぶん)を知らされる、ということ(大人には必要な状態)
〇読むべき「モア・リポート」性の実態
〇マスターベーションの回数は、過少申告の傾向。(過大に申告してお得なことな何もない
〇性交頻度とマスタベーションの頻度とは相関する。
〇獣フェミニスト集団FROG
〇女の暴力:
女の依存性がイデオロギー化「私を丸ごと受け止めて」
〇ロマンティックラブの妄想ー異性間での自我の全面譲渡を神話化したもの
〇韓流ー安心がほしい、絶対の安心、絶対の受容。現実には、そこそこの信頼、そこそこの安心でいい。(親であっても)
ー女の性は男のためにあるもので、自家消費しちゃいか、ということになっていた。)
ー自分の性欲は男のためにある、という刷り込み。男によって選ばれ、男によって快感を得るということが、どこまでも内面化している。
-選ばれることに自分の全存在をかけているから、Noと言われると全存在を否定されたと感じる。
★ムラムラ、ドキドキ、ワクワク、というのは相手に予測できない部分があってこそ生じるもの。だから、慣れ親しんだ肉体より、そうじゃない未知の肉体にムラムラするのは当然。
〇”快楽とは受動的なものである”
性欲の主体より、客体になる方がよい
快楽は、自分の統制から放たれたところに到達する忘我
自分でくすぐるより、くすぐられるほうが感じる(予測誤差)
〇たかがセックス。ごはんと同じ。断られたら、OK、でよい。
〇夫で気持ちよくなければ、他流試合をしろ。
〇マスターベーション=光合成、自家発電
〇性欲の中に物語性が学習される。加齢とともに、物語性が欠落していく。残るのは純粋性欲、マスターベーションだけではないか(上野仮説)
〇ドンファン回顧録「記憶に残るベストセックスは、本当に愛し合った相手と、互いに許しあったセックスをしたとき」
〇欧米:対等なセックス
日本:男女差、権力支配ファンタジー?
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〇女たちは気楽に楽しく生きる。
〇応援団をつくる。自分が言うことに、同意、共感してくれる人。
〇加齢とともに、恋愛と性に、遊戯性が中心になっていく。(=目的がない)
恋愛は予測誤差の集まり。おもしろくて仕方ない。
予測誤差=「対人性」という要素。最後の秘境は他人。
〇非対称性(相手と自分が違う)は、鮎のハラワタくらい美味。
〇男の足枷は覇権主義。アウェイの理解不能集団、敵視される場、およびでないところで生き抜く術が必要。外国、被災地。
〇濃密な、生きててよかったと感じる時間が、私にはほしい。 -
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『情報生産者になる』上野千鶴子氏
1.購読動機
上野さん執筆の記事を通じて、
①どんな授業なのか?
②どんな思考なのか?
を知りたかったことからです。
そして、さらに
③情報消費→生産の変化に必要なことは何か学ぶためです。
2.結論
①なぜ情報生産者なのか?
ずばり、そちらの方が楽しいからと記載あります。
②どの分野で目指すのか?
自己の関心があること。
情報にリーチできること。
解決できる、回答に辿りつけること。
3.最後に
8割は、論文を書くに関することです。
しかし、上野氏がタイトルに情報生産者になるを選択したにはわけがあります。
それは、長年、学生にそのテーマで教えつづけた自負、そして今社会に必要とされるスキルだからです。
本。比較的に読むほうです。
こちらの書籍の日本語は『綺麗でした。』
それは、書き手上野氏が読み手を意識して執筆していることが後書きからも読み取れます。
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ネタバレ女性の生きづらさ、不満、喜びを、表現し、他の人々を動かしてきた人たちの紹介。いま、それぞれが自分らしくあるべき、という風潮になっているのは、先人たちのおかげなのだなと。大人向け偉人伝を読む思い。感謝。
●森崎和江
P25 性の交換は、千万の言葉よりもふかく個体の基本的資質を表明するんです。わたしはそこにあらわになるものを男あるいは女の普遍性とこの特殊性とのかねあいとして凝縮させ、そして内的な交換を深めていきたいとうろうろしつづけました。
P29 あなたは誰のものでもない
あなたは ただ あなたのもの
P35 男の思想の単独性とは、自分ひとりの個体のひろがりに限定されるだけなく(個人主義)、自分一人の個体の時間にも限定される(一代主義)まずしさを持っている。
(上野)今日の環境思想=”未来世代との連帯”
●石牟礼道子
P44 (上野)ひとは想い、惑い、考え、経験を言葉にせずにはいられない生きものだ。何のために?ことばという公共の乗り物に載せて、それをまだ見ぬ人へ届けるために。
●田中美津
P81 わかってもらおうと思うのは乞食の心
P81 男に評価されることが、一番の誇りになってしまっている女のその歴史性が、口を開こうとするあたしのなかに視えて、思わず絶句してしまうのだ
P83 このあたしがクズであるはずがないじゃあないか!と立ち上がったのが、あたしのリブであった。
●富岡多恵子 藤の衣に麻の衾ふすま
P105 (梅棹うめさお忠雄)母という切り札を掲げて自分の人生を喪失してまで母の立場に埋没していかねばらならぬ妻たちを、母という城塞の中から、一個の生きた人間としての女を救い出すには、いったいどうしたらいいのか。
P112 性愛ロマンティシズムの対極、性と愛の分離、女性版ニヒリズム
「芻狐(すうく)」性からあらゆる装飾をはぎとって「動物になって生きる希望」を描く
●水田宗子
P129 聖処女、母なるもの、あるいは永遠の娼婦像-それらの女性像は男性の夢の根源であると同時に、女性自身にとっての幻想でもあった。
P141 『男流文学論』
●ミシェル・フーコー
一夫一婦制の誕生
P169 私的領域は公的に作られたものである
P172 『オナニーと日本人』木本至
近現代の日本において性はプライバシーでさえなかった
●エドワード・W・サイード
P185 「東洋人(オリエンタル)」という歴史的役割に自分自身が巻き込まれている
(上野)女性も同様・・・歴史的役割に自分自身が巻き込まれている
P188 女性とは、通例男性的な権力幻想によってつくりだされた生き物なのである。女性たちは限りない官能の魅力を発散し、多少なりとも愚かで、なにはさておき唯々諾々と従うものなのだ。
P198 (上野)コスプレ=覇者が与えた「指定席」の役割を自ら引き受け、それを過剰に演じてみせる
(上野)要約:男の期待通りに動くのは容易だが、一生は続かない。(自分自身ではないから)
●イヴ・セジウィック
P215 (葉隠れ)恋=男と男の情
男は男と認め合った者たちのために、すがる女をふり切って死地に向かう。なぜなら女との性愛より、男との盟約の方が価値が高いから。
●ジョーン・スコット
P247 (上野)radicalに考える=根源的に考える
●ジュディス・バトラー
P284 言語に従属した人間は、同じ言説行為を反復実践することしかできなくなる
ありとあらゆるコミュニケーション行為は、受け手の反応によってはじめてその効果が測定されるような、予想のつかないギャンブルであり、その効果を話し手がコントロールすることができない。そのことが、かえって変革への可能性を与える。
「境界の攪乱」は、既成の秩序をゆるがす変革的な実践であるだけではない。それは既存の秩序を揺るがし、それに亀裂を走らせ、断絶を持ち込む。
その不安と恐怖に最も敏感に反応する者たちは、境界線上に位置する者たち(ホモセクシャルズ等
性差別は、男性の既得権がもはや安泰ではなくなったところで、女性に向かってより暴力的に行使される。(竹村『境界を撹乱する』)
●あとがき
P303 思想とは、経験を言語化・歴史化・理論化することであり、現実と戦う武器である。 -
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田房永子さんが、上野千鶴子さんに質問していくかたちでフェミニズムについて学べる一冊。良書だった。
私自身、フェミニズムって日本で広まったのは伊藤詩織さんの事件や#MeToo運動などからで、海外に触発された思想だと思っていたのが無知すぎて恥ずかしい。
上野先生が青春を過ごしたいわゆる全共闘時代から、学生運動に参加していた女性たちも性差別を受けていたし、それに対してずっと毅然と闘ってきていたんだ。
女は男によって選ばれるものであり、当時の日本では女性が大学に進学すること、ましてや未婚であることは規格外だった。
田房永子さんは毒母に苦しめられてきた経験を著作にしているけれど、上野先生とほぼ同世代のお母さんも性差別の真っ只中を生きてきたんだ。
「母になったらすべての母は抑圧的になるのよ。抑圧者であると同時に犠牲者でもあるのよ」という上野先生の言葉にハッとした。
1960年代後半から70年代初頭にはウーマンリブという、新しい女性解放運動の波が広がった。
「個人的なことは政治的なこと」として、ある女性が受けた個人的な差別や価値観の押し付けは、すなわちそのまま政治的な問題であるということだ。
中絶に関してもそう。日本は中絶天国と呼ばれるほど中絶を簡単にできる国だったそうだが、それだけ望まない妊娠も多かった。コンドームでの避妊が主流で、女性主体の避妊法はまだまだ全然すすんでいない。女性用避妊具もピルも婦人科を受診しないと手に入らない。
私はこれまで自分が受けてきた性被害を、性被害として認識していなかったんだと気づいた。上野先生を始めとするフェミニストがやってきたのは、「あれはセクハラだ」とか「あれはDVだ」って名付けをしてくれることだった。
私は多分それを分からないままで、受け入れなければならないものとして、ただ生きてきた。
しかも男性に性被害を理解してもらおうとするとき「もし自分の彼女、妻だったら」という例え方をするのも甚だ間違いだと気づいた。その例えで男が感じるのは、女はあくまでも男の付属品としたうえで「自分の付属品を傷つけられる」ということだけだ。女性そのものの痛みではない。
フェミニズムって、なんだか仰々しい響きで、賢くて意識の高い女性たちだけがやっているものだと思っていた。
でもそうじゃなかった。個人的なことは政治的なことで、フェミニズムは常に「わたし」から出発しているんだ。
女が女であることを愛し、受け入れる思想のことをフェミニズムと呼ぶ。女は弱い。弱いことも自分自身で受け入れる。
その弱さを隠したり否定したり(ウィークネスフォビア/弱さ嫌悪)すると、ホモソーシャルの社会に同一化して同性でも敵対することとなってしまう。
ミソジニーという言葉があるが、その言葉の本当の意味は男にとっては"女性蔑視"。でも、女にとっては"自己嫌悪"。
「自分の中にあるミソジニーと闘い続けてきた人をフェミニストと呼ぶのよ」
「フェミニズムは女にとって、自分と和解するための闘いだもの。」
と、凛として話す上野千鶴子さんがとても素敵だ。
時代を先に生きて切り拓いてきた女性がいてくれたから、私たちは今こうして曲がりなりにも男女は平等であるとして生きていくことができる。
そのことを決して忘れずに、次にできることはなんなのかを考えていきたい。そしてできるならそれを積極的に吐き出してみたい。
フェミニズム、という大きな思想を前に、決して恐れない女性でありたい。