ヤマザキマリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ名前はよく耳にしていたけど作品を読むのは初めて。
『日本だけが世界じゃないから』
が口癖で、紆余曲折の人生を送ってきた母を持つヤマザキマリさん。
日本に窮屈さを感じて日本と距離を置いてきたのに、時間の経過とともに様々な日本の味わい深さを感じられるようになったという。
表紙と目次を軽く眺めただけで、何とも興味をそそられる。
以下、目次を一部抜粋。
*ぼっとんの闇が生んだ、世界最高峰トイレ文化
*同化しようとするカメレオンたちのストレス
*キレることが苦手な一億総「おしん」
*全世界から憧れの眼差し、電化製品のドラえもん
*血みどろにならない敏腕歯医者
*子どもの物欲を煽りまくるメディアに注意せよ
*しゃがむ
*驚くべドSな吹き替えに脅かされる民
シリア、イタリア、ポルトガル、アメリカ…と、様々な国で暮らした経験のある著者ならではの着眼点がおもしろい。
それに加え、ヤマザキさん自身の体験をまじえて語られているので面白おかしい。相槌を打ったり驚いたり、スキマ時間に読めてクスッと笑えたのも良かった。
知らなかった日本の一面を知りながら異国を感じられる。
こういう本、大好きです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人生の速度がジェット機から徒歩に変わったら見えてきた世界。
2022年9月発行。『テルマエ・ロマエ』の作者、ヤマザキマリさんがコロナ禍で日本に長期滞在しその中での体験が綴られている。
昆虫の飼育、東京五輪、息子の就活、などなど。
ヤマザキさんの作品は『テルマエ・ロマエ』を冒頭ちょこっと読んだだけなので、ヤマザキさんが息子さんを一人で産み、その後(子の父親ではない男性と)結婚されたということをまったく知らなかったので、毎ページ驚きの連続でした。普段は日本在住ではなく世界のあちこちに移住されていてるんですね。バイタリティーがすごい。
歴史を取り扱った漫画を描かれる漫画家さんは資料としてたくさんの書物を読まれているしもともと本好きな印象がありますが、ヤマザキさんも多種多様な本を読まれていて考え方も行動も理知的な方でした。面白かったです(*´ω`)
こちらは2020年発行『たちどまって考える』の続編だそうで機会があればそちらも読んでみたいです。 -
Posted by ブクログ
オーディブルで聞いた
2人に共通する昆虫の話が中心。それを通した世の中の見方が、書いてあった。
私が常識と思ってた事と真逆の事が多く勉強になった。
日本と海外の差など知識が多岐に渡り、付いていけてない所もあったので、時間を置いて読んでみたいなと思う。
印象に残ったのは、
•日本人は言語化能力が低いから本など活字に答えを求めている。という考察
•新型コロナのワクチンは全く新しい技術(mRNA)が薬に使われて、短期的な副作用は無いと証明されたが、長期的には判らない。でも長期的な副作用出ても自分は死んでるからと養老さんの意見
また、この技術を使えばデザイナーベイビー的に好きに遺伝子を書き換えられる可能性が出てくると言う点
これはユヴァル・ノア・ハラリが言ってた未来の話(確か21Lessonだったと思う)子供の能力を書き換える技術が出て来たら利用するのは是が非か倫理的にダメだと思うが、周りがしていて自分の子だけしないと言うのは厳しいというのに似ているなと思った
最近、昆虫にも興味があったので全体的に楽しめた -
Posted by ブクログ
ネタバレヤマザキマリさん、イタリアを含め様々な国に行き、経験を積まれて、世の中を俯瞰的に見れる人なんだなぁということがわかった。
日本という国が民主主義を育める土壌を持っているのか、という問いが全編通して練り込まれた話だった思う。私としては、主張のできない、空気を読む、リーダーが決めたことに反対しない、そういう国民性を持った日本人が民主主義を発展させられるか、民主主義の強みを活かした国営ができるかと言われたら、無理だよなぁと思うし、そもそも民主主義的な政治運営が戦後続いてるか?と言われると、それすらもノーだと思う。むしろ政治そのものへの議論が全くされない義務教育でどうやって民主主義を育むんだろう…?
日本人は為政者が舵を取る国という船に乗って、その人が指し示す方向が正しかろうが正しくなかろうが、「もうすぐ転覆しちゃうねー」「まぁ誰か助かるでしょう」「そしたらその人がきっとなんとかするよ」「そうだね」っていいながら船室で花札をしているような暢気な国民なんじゃないかと思ってる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ今から3年前2019年、当時の首相による日本学術会議の会員任命拒否問題は、政府による自由・学術・教育に対する介入であると大変な危機感をつのらせることになった出来事でしたが、自分の周りでこの件について同じようなことを考えていたり意見を交換したりということがあったのは、小学校教員である友人ただ一人との間でした。
そこにあるものの不穏さを感じ取った人が自分の周りにはあまりにも少なかった、と思います。
それから現在までを振り返ってみるとたった3年の間に自由というものがとても堅苦しく緊張の伴うものになってしまっており今なお進行形であると感じます。
気づいたら周りから固められてて自分は奇特な意見を述べる少数派になってる…という状況がたまに起きるようになり、うかうかと思ってることを言いづらくなりました。(例えばマイナンバーカードを持つことについてとか…)
組織の中でできる活動として、教育に関するおかしな介入や締め付けに抵抗している友人の姿を目の当たりにすると、自分も黙っていてはいけないと思うものの一個人でどんな風に「おかしいぞ!」とか「ふざけたことしてんじゃないよ」と世の中に問えばいいのか、問えるのかと無力感が正直あります。
大きな声を発することができなくても、周りがみんな朱くなっても自分が白だと思ったら白という意見を曲げない強さをせめて維持し続けたいと思います。
本書は、これからまた数年過ぎたところから本書が著された当時を振り返る、そしてその時の現実・現状を見直すという、考え続けるための一つの標となる一冊だと思います。
編集部によるあとがきにも勇気をもらいました。今後もこのような良書を出版し続けてほしいです。