内田樹のレビュー一覧

  • 最終講義 生き延びるための七講

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    25歳の選択について60歳で語ってる

    それが
    痛いほど正直なとこが
    強いなあ!

    学ぶ意味
    教える立場
    わたしは新しい学びの後
    これ程強くあれるかどうか
    強くあれない理由を知るために
    また本を読もう!

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    2019年11月11日
  • 善く死ぬための身体論

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    読んでてよく分かる。
    実感することでしかわからないから
    ビビらずに
    やってみるしかない
    死ぬのも楽しみ

    なんて
    不謹慎かもしれないけど
    そう思う

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    2019年11月09日
  • そのうちなんとかなるだろう

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    ネタバレ

    筆者の半生を綴ったエッセイ。
    ウエブ マガジンのロング・インタビューを元に構成してあるそうだ。

    学生運動について、時々モノクロ写真で見たり
    フィクションのスパイスとして出てきたりして知っている程度だったので
    当時の肌感覚で書かれているのが興味深かった。

    師弟関係について、
    弟子を伸ばすために言うことと潰すために言うことは表面上似ていて
    識別が難しいという件もとても興味深い。

    武道家は勝敗や強弱を競う境位を離脱し、
    いるべき時に、いるべきところにいて、なすべきことをなす人間になることが修行の目標であり、
    道場は楽屋、一歩外に出たところが本番の舞台というのは
    共感するところだった。
    実践するのはなかなか難しいが。

    「侍は用事のない所に行かない」。
    いなくてもいいときにいなくてもいいところにいればトラブルが起きるからというのは
    確かにそのとおりではあるのだが
    侍でも旅好きな人はいたわけで人それぞれではあるのだろう。

    稽古に無理してこなくて良いというのはちょっと意外に感じた。
    一般的には、怠けた精神を叩き直すと言いそうなのが武道のイメージではないだろうか。
    ただ、自分も剣術道場に通っていたが師匠はとても優しく
    仕事で全く稽古に来られない場合でも
    「今の世の中仕事があるだけありがたいから」とニコニコしておられた。

    体が行きたくないとアラームを出しているのにそれを切って出かければ
    アラームを切ってるからセンサーも働かないので
    思いがけない災厄に巻き込まれる。
    自分も普段自分の直感や本能のようなものを大事にしようと心がけているが、
    やはり現代社会で生きるにはそればかりでやってもいけない。
    もちろん本文にあるとおり、それで体を壊しても誰も責任をとってくれないので、
    自分でバランスをとってうまくやっていくしかない。

    決断をくださなければならない状況は、
    今悩むべき問題ではなく今までしてきたことの答え というのは
    厳しくも成程と思った。確かにその通りだ。
    今悩むことではない、悩んでも遅いことであり
    大抵の場合どんな問題でも決断して前に進むしかない。

    丸暗記ではなくフランス語話者から世界はどう見えているかを教える
    というのは、生徒さんが羨ましいなと思った。
    言語教育だけに限らず、理由を教えずに
    「いいから俺の言うとおりにしろ」という上の人間というのは多いもので、
    そうなると言われたことを言われたとおりにしかできず応用も聞かないし
    なんの面白みもなくなるのだ。
    日本の学校は勉強を強制することで英語嫌いを作り出している。
    本当にそうだと思う。

    人間を疲れさせるのは労働そのものではなく、
    労働システムの設計や管理、合理化というのも、本質としては近いのだと思う。
    つまらないことはやりたくない。
    楽しくないのに無理にやれば効率も悪くなる。

    そして批判することは何も産まない。
    才能あるひとの魅力はある種の無防備さと不可分であり、
    批判されて警戒心が高まり欠点は補正されても魅力が高まることはないし、一度傷つけられると無防備さは回復しない。
    人に才能を発揮して欲しいなら過去の業績に評価を下すよりこれから創り出すかも知れない傑作に期待するべき。
    人を育てる立場にある人は、こうした考えでいて欲しい。

    離婚なさったときに義理のお父様が、
    娘は勘当した、君とこれからも親子の付き合いを続けていきたいと
    連絡をくれるというのはなかなかあることではないだろう。
    初めの心証は悪かったようなのに、そこまでの信頼関係を築けるというのはすごい。

    人間が同じである以上右左どちらにいくか悩んでも
    行きつくところはそれほど変わらない。
    悩んでいるときは一大事だと思っているが、結局は道筋が変わるだけで
    行き着くところは似たようなものなのかもしれない。

    SNSは匿名という話は度々論争が見られるが
    これは一概には言えないと自分は思っている。
    匿名性があるから誹謗中傷が多い、本名で使えばいいと言うが
    自分の場合はFacebookの方が酷いことを言っている人が多いし
    Twitterでも名前にしている人は所謂”意識高い系”で頓珍漢なことも多い。
    本名じゃないから駄目というより、自分の発言に責任を持つかどうかである。

    話をシンプルにしろ、良いか悪いかどっちだ なんて人が多いが
    子供の言い分であり、
    複雑なものは複雑なまま扱うのが大人の作法 というのは
    面白い言い方だなと思った。
    複雑なまま取り扱って「なんとかする」。
    できるようになったわけではない、そういう技術があると知ったから、
    死ぬまでに若者の時代を少しでもよくするよう努力する。
    この考え方もとてもよくわかる。
    としをとってくると、遺すということを考えるようになるものなのだろう。

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    2019年11月05日
  • 態度が悪くてすみません ――内なる「他者」との出会い

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    さまざまな雑誌などに寄稿された著者の論考・エッセイを収録している本です。

    著者のブログ記事をまとめた本とはちがい、字数制限のためか尻切れトンボの感のあるエッセイも多少見受けられるように思いますが、身近な話題から思いもかけない理路を通って見晴らしのきく場所へと読者を連れ出す著者らしい議論の運び方が随所に見られます。

    個人的には、橋本治の思想、とくに身体論、他者論、歴史論にかんしては、内田樹の思想を通して読み解くことではるかに理解しやすいものになるのではないかという見通しをもっており、「速度と祝福 God speed you―書評『蝶のゆくえ』橋本治著」の橋本治論は興味をもって読みました。「速度」というキーワードを提示するだけで終わってしまっているのは残念でしたが、一つの行間を一冊の分量にザバッと広げてしまったかのような橋本の批評の文章についても「速度」という観点から考えてはじめて見えてくることがあるのではないかという気がしています。

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    2019年11月02日
  • 身体の言い分

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    ネタバレ

    身体と哲学。私たちは祖先が創り出した最新ヴァージョンという言葉が印象的。
    私たちは両親から生まれ、その両親もふた親から生まれ、と一代、二代と遡っていくと膨大な数の祖先が現れてきます。十代遡れば1024人、二十代遡れば52万4288人。わずか二十代を遡っただけで50万人を超え、二十一代では百万人をはるかに超える祖先が居たことになります。
    もう、今生きているだけど奇跡。アレコレ頭で考えなくても身体がよりよい方向に導いてくれる。複雑に考えるのをいったん手放してみてもいいのかもしれません。

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    2019年10月13日
  • 生存教室 ディストピアを生き抜くために

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    武術家の伝えたいこと
    その方法が両者から語られ
    違いが
    おもしろい

    研究者の創造のスタイルの差
    特徴と顛末の記述に
    共感

    身体機能が日常生活の
    変化から
    仕方ないと
    諦めたくない

    手に入るなら
    手にしたい
    潜在能力の魅力
    古来からの振舞いに
    興味津々!

    馬に乗ってみたくなった

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    2019年10月12日
  • 身体知―カラダをちゃんと使うと幸せがやってくる

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    子供を育てるというのは、「世の中思いどおりにならない」ということを骨の髄まで味わうということですからね(内田)

    ポルトガル語で「マオ・レゾルビーダ」という言葉があります。英語で無理やり言うと、badly resolvedとでもいうのでしょうか。ある地位を得て、ひとかどの人間のように思われているけれども、実際には、自分の個人的な生活とか人間的成長を大事にしていない人、自分ではそういうことを解決したと思っているけれども、本質的には何も解決してない人のことをさすんです。(三砂)

    評価コストって、けっこう深刻なシステム問題なんですよ。精密な評価をするということが自己目的化すると組織の中の人間は活気を失って、消耗していくんです。エビデンスもアセスメントもいいんですけれども、人間は有限なリソースしか持っていないということをwすれちゃいけない。大切なのは精密な査定にどこまでコストを使えば「勘定が合う」のかということなんです。査定のための負荷で本来の仕事に回すべきリソースが食われるというのは本末転倒なんです。(内田)

    「妥協」と「許容」って、違うでしょう。自分と違うものが自分の世界に入ってきた時に「そういうものもありか」と思って自分の範囲を広げて応援するのは「許容」であって「妥協」じゃない。(略)異質のものを受け入れることが人間の自然だと言うことがわかっていない。それが人間にとってある種の尽きせぬ快楽であることがわかっていない。(内田)

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    2019年10月07日
  • 善く死ぬための身体論

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    ネタバレ

    天下の内田センセイとヨーガ行者成瀬師の対談本。
    なるほどの犬の耳多数。二人そろってインプラントにしていてこれはいいと語り合っているのが怪しすぎて笑えたwただ最後の章は切れ味鈍り残念。身体性が至上、ゲームパチンコカジノはダメ、ひきこもりノンアクティブは問題、と頭から切り捨ててしまっていて、そこら辺のジジイと同じレベルとなってしまっている。

    P5 どんな異能であっても、「そういうことができた人がいる」という話は受け入れる。だってそれによって失われるものなんか何もないんですから。自分の中に潜む可能性を信じようと信じまいと、日々の稽古そのものに割く時間と手間は変わらない。だったら「そういうことができる人間がいる」と信じたほうがわくわくするし稽古が楽しい。人間の潜在可能性についてのこの楽観性と開放性は、武道家にとってかなり大切な資質ではないかと僕は思います。

    P9 (ドミナントな産業が農業から工業に変わったことで)製造業の言葉遣いが普通に教育活動について言われるようになりました。この転換によって「子供たちのどのような潜在可能性がいつどういう形で開花するかは予見不能である」という、農作業においては当たり前だったことが非常識になりました。いずれ興業のメタファーも打ち捨てられて、ディスプレイに向かってかちゃかちゃキーボードをたたいているうちに銀行預金の残高が増えていくのが「生産」の一般的なイメージになり、それに則して学校教育の「当たり前」も変わっていくはずです。(多分その時には「創造的思考」とか「スマート化」とか「投資対効果」という言葉が大学教授会で飛び交うことになるでしょう)

    P15(頑固ジジイは)『複雑な話』をする能力がなくなってきているんです。話が複雑になってきた時には自分も複雑になって見せないと対応できない。複雑さを処理する基本のマナーは「判断保留」です。「それが何を意味するのかわからないものがある」ということを受け入れる。それができるのは人間だけです。(しかし)老人になることで際立って衰えるのは、この「なんだかわからないもの」をなんだかわからないまま保持しておく力です。体力気力が衰えると、早く腰を下ろしたくなるんです。中腰つらいから。老いるというのは自己複雑化の努力を放棄することだと僕は思います。ほとんどの老人向け書籍は「どうやったら楽になるか」「どうやったら話を簡単にするか」という方向で読者をひきつけようとすると思います。

    P38 実際に歴戦の軍人の中には、「そう言うことがわかる人がいる」ということを兵士たちは経験的に知っていたから、「そういうことがわかる人がいる」ということについては兵士の間で集団的な合意があった。だから「この人についていけば生き残れる」と思う人がいたら、とにかくその人についていく。最前線には「そういう人」を配置して、指揮をとらせていたということがきっとあったんだろうなと思います。

    P55 人間て、放っておくと西へ向かうという基本的な趨向性があるんじゃないでしょうか。

    P73 八百万の神々という考え方の中に釈迦が来ても何が来ても、そこへ入るイス(スペース)があるということです。

    P86 あらゆる答えは自分の中から出てきます。スタンスとしては常にずっとそうです。「神の声が聞こえた」というのは、自分の中にあるデータから引っ張り出したということだから。(成)

    P90 超高齢者(105歳とか110歳とか)全員に共通している点があった、それは自分の体の内側で起きた反応を言語化できるということだった。施術していると「もういい」「もうそこでやめて」という要請がなされる。

    P93 「合気道家は入れ歯が合う」合気道家はたぶん自分の口蓋の構造を入れ歯に合わせているからだと思うんです。与えられた環境に対して、自分の骨格や筋肉のほうを微調整してインターフェイスを滑らかにするということができる。[中略]自動車やバイクとだって一体化して手足のように操作できるなら、インプラントくらいなんてことないですよ笑

    P97 呼吸は命がけなんですよね。だから、ほかのことを半分考えながら半分だけ呼吸のことを考えるという訳にはゆかない。100%呼吸のことを忘れているか、100%呼吸のことだけを考えているか、どちらかなんです。だから雑念が入らない。[中略]脳内幻想のせいで血圧が上がるとか胃が収縮するとかいうことはたぶんあるんと思うんですけど、幻想で呼吸が止まるということはない。すぐに死んじゃいますからね。

    P100 吸うのは死へつながるから。[中略]生まれたときは吐きから始まって吸って終わるんです(成)

    P104 恐怖心や驚愕は身体現象なんです。だから両薬指をひっかけて伸ばすと消える。横隔膜が下がるんだそうです。

    P111 「イメージ」と「意識」は全く違います。意識できると、まさに今やっている動きがその人の脳内で生じているわけです。だけど、イメージは違います。イメージしてもそれは自分の体の作用として機能するまでには至っていません。要するに「こうだろうな」と思うのがイメージですね。だけど意識するというのは脳内で動いていることです[中略]イメージすることと意識することの違いは、やはり体験しているかいないかが非常に重要です(成)

    P141 本当の意味の「不死」は「自分が死なない」ということではなくて、「死んだ後に生まれてこない」それが不死なんです。(成)

    P157 威張ったっていいんですよ。でも老人は威張りたかったら権力を手放せということです。

    P160 (死んだ後は)解脱しようと思っています。人間卒業という言葉に置き変えてもいいです。つまり人間としての勉強を終えたいということです。そうするともう二度と人間として生まれてこなくて済みます。だから死んだ後のイメージというのは皆無です。宇宙を形成しているチリの一粒になるぐらいでしょうね。(成)

    P164 お葬式に行くと、祭壇の斜め上の角に多くいます。祭壇の斜め上の角をちょっと見ると、わかってくれている人がいるんだと亡くなった人の意識がふわーっと喜んでくれます。(成)

    P179 自分がどういう風にろくでもない人間であるのかについての理解が進むと、自分がしでかした「忘れたいこと」のほとんどは、「いかにも自分ならやりそうなこと」だとわかってくる。だったら隠したりしまい込んだりする必要がありません。ときどき引き出しから取り出して、しみじみ眺める。

    P186 武道をやる人は基本的に「弱い人」なんです。

    P189 天賦の能力は不調になったときに補修のしようがない。そんな頼りないものを土台にして生きてゆきたくない。それよりは、自分で一から十まで自分で作り上げたものなんだから誰にも奪えない壊せない、と言えるものの上に自分の人生を積み上げたい。

    P195 気の悪いところには住まないほうがいい。感受性を鈍感にすることでしのごうとする。そうなるとそこにいる人の間で話が通じなくなるんです。そんな人たちが集まっていると当然いさかいが起こる。

    P196 いやなこととか気分悪いことを我慢するというのは、目の前しか見えないからです。いやなことを我慢するのでなくしっかりと見据えるのです。(成)

    P202 生命力って「取り入れるもの」じゃなくて「出すもの」じゃないかと思うんです。使わないと生命力は増えない。貯めこむということはできないんです。

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    2019年10月04日
  • そのうちなんとかなるだろう

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    20190922 内田先生の自叙伝。なんとなくと言っているが結局は直感を信じて生きてきたという話。自分に置き換えて考える必要はない。若い人なら一つの生き方として参考にできるところを参考にするために読むと良いかも。

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    2019年09月22日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    「倫理」と「常識」がおんなじで、コードを共有しないところで、判断をすることが、陳腐なこと、全く同感した。

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    2019年09月19日
  • 一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教

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    レヴィナスを中心にユダヤ思想を主な研究領域としてきた内田樹が、イスラーム学者の中田考を招きイスラーム思想の現代的可能性について対話をおこなっています。

    ユダヤ教とイスラム教というバックボーンのちがいだけでなく、さらに国民国家が破滅的なクラッシュを起こしてしまうことの危機を訴える内田に対して、中田は「カリフ道」の復興を説くという点でも、両者の立場にはかなり大きなちがいがあるのですが、本書ではアメリカを中心とするグローバリズムへの対抗思想という点で両者の議論は一致点を見いだしています。もっとも、だからといって刺激に欠けるということはなく、まったく異なるバックボーンからともにグローバリズムへの批判がみちびき出されてくるというところにおもしろさを感じました。

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    2019年09月19日
  • 街場のメディア論

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    ネタバレ

    【気になった場所】

    メディアの不調=視聴者の知性の不調

    仕事と適性の順番
    ◯仕事を通して自分の適性を見つける
    ×自分の適性に合った仕事を探す
    →能力は開発するもの

    人間の才能を開花させるのは、他人のために働くとき

    情報を評価する最優先の基準
    →その情報を得ることで世界の成り立ちについて理解が深まるかどうか

    各メディアの不調の原因
    ・テレビ→ジャーナリストの知的な劣化
    ・新聞→テレビの不調を指摘できない点

    ジャーナリストの知的な劣化の背景
    →なぜ弱者の味方をするかを自問してない
    →その思考停止が知的な劣化を招く

    テレビのシステムにも欠陥がある
    →ミスをしないことを優先し、何を放送するかは二の次になる結果、番組のクオリティが下がる

    ラジオは番組の制作コストが低い
    →挑戦的な番組を作っていける

    新聞は今のテレビメディアを批判すべき?
    ・言論の自由と営業妨害の観点でしていない
    ・強い影響力を持つテレビに対し、その構造の利点と欠点について言及すべき

    出版業界も思考停止している
    →出版業界の伸び悩みを、本を読みたい人が減っている、という外的要因だと思っている

    例)
    入学試験の現代文に採用されやすい要素
    →切り貼りしても著作権者から文句が出ないこと

    著作物は商品ではない
    →書き手から読み手への贈り物
    →贈与に対する感謝の気持ちが印税であり、貨幣を用いているだけ

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    2019年09月15日
  • 疲れすぎて眠れぬ夜のために

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    心に響くフレーズ
    ① 人間が仕事に求めているのは、突き詰めて言えば「コミュニケーション」です。
    ② 品の良い人というのは、節度を知る人のことです。

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    2022年01月06日
  • 若者よ、マルクスを読もう 20歳代の模索と情熱

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    自然にあるものはすべての人にとって平等に出現する。でも、「額縁の内側のもの」はそうではない。それは平等には与えられない。額縁の中で示された物語をどう受肉するかという仕事は個人の責任で果たさなければならない。額縁というのは、「そこの中にあるものについては、一人一人が違う意味を汲み出しなさい」というメッセージの解釈についての指示のこと。額縁をどこにつけるのか、何を額縁で囲むのか、ということは、思いがけなく大切な仕事。
    人間が何者であるかは、その人が「何であるか」という本質的な条件によってではなく、「なにを生産し、いかに生産するか」によって決定される。
    自分のことを善良で有徳な人間であると思いこんでいる人の方がむしろ卑劣な行為や利己的な行為をすることをためらわない。
    マルクスのイデオロギー批判というのは、「人間たちが語ること、想像すること、表象すること」の適切性は、「現実に活動する人間たち」に即して、「彼らの現実的な生活過程の側から」検証されなければならないという考え方のこと。
    脳がどれほどすばらしいことを考えても、身体の方は脳についえいけない。「生身が許すうちで最良のこと」を選び出して、「やれるところから、ぼちぼちと」と。
    「共産主義社会では、各人はそれだけに固定されたどんな活動範囲ももたず、どこでもすきな部門で、自分の腕をみがくことができるのであって、社会が生産全般を統制しているのである。だからこそ、私はしたいと思うままに、今日はこれ、明日はあれをし、朝に狩猟を、昼に魚取りを、昨夜に家畜の世話をし、夕食後に批判をすることが可能になり、しかも、決して漁師、漁夫、牧夫、批判家にならなくてよいのである。」分業によって人間が、「ある特定の範囲だけにとどまること」を強いられ、特定の職業に縛り付けられるおき、その労働は「かれにとって疎遠な、対抗的な力」となる。マルクスはそのような言葉づかいで分業を批判した。

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    2019年09月04日
  • そのうちなんとかなるだろう

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    一時期どっぷりはまって片っ端から著作を読んでいた。最初に読んだのは「ためらいの倫理学」だったかな。こんなに腑に落ちる論考を読んだのは、岸田秀「ものぐさ精神分析」以来だと思ったのを覚えている。(「ものぐさ~」はロングセラーだそうだ。今でも名著だと思う。)どんどん出版されるのをいつ頃まで追いかけていただろうか、神戸女学院を退官されて、凱風館を建てられたあたりから、さしたる理由はないが読まなくなったように思う。

    これは「自伝」だというので、ちょっと興味が湧いて、久々に読んでみた。小中高の学校時代の話が詳しく書いてあって面白かった。やっぱりずいぶんとんがった少年だったんだなあ。一方、東大時代のことは、他のもので読んだことがあるが、ここではわりとあっさりとした書き方。結構ハードな学生運動家だったらしいが、運動よりも周辺のさほど緊迫感のないエピソードの方が多かった。それはそれで面白かったけれど。

    離婚後の娘さんとのふたり暮らしについては、ある程度具体的に触れられていた。当時としてはずいぶん珍しい父子家庭だったと思うが、ここで家庭を優先して学者としては「雌伏」の時期を過ごしたことが、後の爆発的な文筆生活につながったとあり、なるほどなあと思ったのだった。

    気軽な聞き書きの形ではあるけれど、読んでみるとやはり、フムフムと思うくだりがいろいろある。以下はその抜き書き。

    「SFは1950年代のアメリカに誕生した新しい文学ジャンルです。背景にあるのは、原子爆弾の発明によって核戦争による人類の滅亡というシナリオに現実味が出て来たという歴史的事実です。人間が自分たちを豊かにするために創り出したテクノロジーによって人間が死滅するという不条理が現実になりつつあったのです。でも、伝統的な文学形式はそのような非劇的なまでにナンセンスな現実を叙することができなかった。SFはほとんどそのためだけに発明された特異な文学ジャンルだったのだと僕は思います。ですから、SFはその荒唐無稽な娯楽性にもかかわらず、底にはある種の絶望感が伏流していました」
    これには膝を打った。そう、SFには、底にか芯にか空気にかはわからないが、絶望感があると思う。もう誰かが言っていることかも知れないけど、私は目から鱗が落ちた。

    「批判を受けたせいで魅力が増すということはないんです。 というのは、才能ある人の魅力というのは、ある種の「無防備さ」と不可分だからです。一度深く傷つけられると、この「無防備さ」はもう回復しません。その人の作品のなかにあった「素直さ」「無垢」「開放性」「明るさ」は一度失われると二度と戻らない」
    これも同感。才能が世に出るや、すぐさま何かと叩かれる現代は不幸な時代だと思う。

    一番胸にしみたのは、終わりの方で紹介されていた、スティーブン・ジョブズの言葉。
    「いちばんたいせつなことは、あなたの心と直観に従う勇気をもつことです。あなたの心と直観は、あなたがほんとうはなにものになりたいかをなぜか知っているからです」
    内田氏が書いているように、心と直観に従うにはとても「勇気」がいる。でも本当に、心と直観は「なぜか」私のことを知っているのだ。

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    2019年09月03日
  • 最終講義 生き延びるための七講

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    2011年に長年勤めてきた神戸女学院大学を去った著者が、そのころにおこなった講演のうち、6本をまとめた本です。

    最終講義ということもあって、著者がとくに力を入れて取り組んできた問題のひとつである教育問題について率直な議論が展開されています。講演がもとになっているということもあって、他の著書よりも若干「前のめり」で議論がなされているような印象を受けました。そのぶん、著者のエネルギーを感じます。

    また、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)について著者みずから解説をおこなった、日本ユダヤ学会での講演も収録されています。こちらでは、レヴィナスと武道に打ち込んできた著者がみずからの内なる「反米」というモティーフをえぐり出す試みがなされており、もちろん講演ということで単純化して語っているところもあるのでしょうが、著者の思想を振り返って考えてみるうえで大事な視点を著者みずからが示しているように感じました。

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    2019年08月19日
  • 街場の天皇論

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    興味深い、しかし読みづらい。
    本書は書き下ろしではなく、月刊誌やブログにある天皇関連記事をまとめただけの天皇本である。1つの項で興味を惹かれたとしても、次の項では全く繋がりのない内容が書き綴られており、思考の整理が上手くできない。しかし筆者の考える天皇論は非常に興味深いので、入門書として本書の半分までを読む価値はある。後半は、だめだ。編集者は少しは手を入れて欲しい。



    私は天皇制について、何も知らなかった。それを気づかせてくれた本書は読む価値はあるが、買うほどの価値はない。
    象徴的行為とは鎮魂と慰藉であると、平成天皇は理解し務めてきた。

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    2019年08月25日
  • 困難な結婚

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    心に響くフレーズ!!
    「結婚生活にかぎらず他者との共同生活を適切に営む上で一番大切なことは、「機嫌がよい」ということです」

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    2019年08月16日
  • そのうちなんとかなるだろう

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    内田樹さんの意外な生き方に触れることができます。内田ファンは一読の価値ありです。心に残った文章を紹介します。「いるべきときに、いるべきところにいて、なすべきことをなす」日々悩みの多い毎日ですが、この文章に出会って、毎日がシンプルになりました。

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    2019年08月14日
  • 橋本治と内田樹

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    橋本治と内田樹の対談を収録しています。

    もっぱら橋本を深く敬愛する内田が、橋本のすごさを引き出そうとしていますが、話をまとめようとする内田を振り切って、橋本が思いもかけない方向へと議論を拡散させていくために、けっきょくまとまりのつかないかたちで話がどんどん進んでいってしまうという印象があります。それをおもしろいと思うか、それとも散漫だと思うかで、評価が分かれそうです。

    橋本治を批評するひとがいないことを問題視する内田の主張は、おなじことを強く感じていた読者としては、あの内田ですら橋本治をつかまえることができずにいる本書の対談を読んで、いささか絶望的な気分にもなってしまいます。それでも、橋本治における「公共性」のありかたなど、いくつか興味深い着眼点が示されていて、感心させられることもけっしてすくなくありませんでした。そのうえでなお、隔靴掻痒の感がのこります。

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    2019年08月13日