内田樹のレビュー一覧
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内田先生の本は、古くなってもなお面白い。
グッと来た箇所を少しだけ。
人間の社会は、一人一人が「オーバーアチーブ」、つまり対価以上のことをしてしまうことによって成り立っている。(「『合理的な人』は結婚に向かない」)
言語とは、意味であり、同時に身体であるようなプロセスである。(「言語と身体」)
死者たちは正しく弔わなければならない。しかし、どのような服喪の儀礼が正しいのかについては誰も確言する権利を持たないし、持ってはならない。なぜならば、それは本来死者たちの判断に委ねるべきことだからであり、にもかかわらず死者は言葉を持たないからである。(「死者の無権利-靖国論争をめぐって」) -
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VUCA感がめちゃ高まっている現在
今、そしてこれからの世界をどのように生きていけばよいのか。
それを自分のために、そして若い人達のために知りたい。
そのような気持ちで本書を読みました。
執筆者は、内田樹先生セレクトというバイアスはあるので、ものすごい多種多様な意見という感じではないですが、それでも幅広い年代と専門分野にわたっています。
そしてみなさん暗くなりがちな話題にも関わらず、暖かで柔らかい前向きな文章を書かれており、こちらも穏やかな気持ちでページをめくり続けることが出来ました。
全体を通してある程度共通だと感じたメッセージは
•現在や過去(大人、制度、システム)を信じすぎないでね
•データは大事だけど私たちは人間だよ
•自分の頭で考えてね
•支え合うって、大事だよ
•いや、そんなシンプルで簡単にまとめられることばっかじゃないからね
ということです。
これに関して私は全面的に共感します。
このメッセージの先によい未来があると信じて、若い人達にそれを伝えたいし、伝え方を考えていきたいです。
と同時に若い人達には、このメッセージと全く関係ないような、私たちが予想もしない全く新しい素敵な未来を創ってくれることも、ちょっと期待しています。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ読書中のメモ
●独裁制の反対は民主制ではない。民主制はいとも簡単に独裁制に転じてしまう悪い面を持っている。みんなが難しいことを考えるのに疲れたとき、シンプルな政策を提示する者に政治をゆだねてしまう
●独裁制の反対は共和制。共和制とは、法の制定者と実行者が別ものである統治形態ー立法権と行政権の分離
●共和制の統治機構は様々。条件は重大な決定は立場や判定基準の異なる複数の審級を経由し結論までに長い時間をかけること
●倒産したら終わりの会社経営と国政を同様に考えてはならない。独裁で迅速な判断ができることを至上命題としてはならない。国政は会社経営と違って間違えたら取り返しがつかないのだから。
●憲法22条「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」。自民党の憲法改正案では、「公共の福祉に反しない限り」を削除しようとしている。(他の条項とは逆の動き)これは自民党の人々が都合が悪くなったらいつでも日本を捨てる権利を確保すること。自由と言う概念はいつのまにか機動性(モビリティ)概念に置き換えられ、機動性の高い、グローバルに活躍できる人材だけが高く各付けされる現状は奇妙だ
●機動性が高い人間というのは周囲にその人がいなくなっても困る人が誰もいないということ。なんでそんな人間の評価を高くしないといけないのか
●独裁を目指す行政府は立法機関の威信の低下をめざす。ゆえに、自民党は議員候補には無能なイエスマンをわざと選んでいる。そして議会不要論が蔓延する
●自民党新人議員はイエスマンばかりで党の言うなり、派閥を作る力を持つ者はもちろんいない。議員はとにかく拍手喝采してればいいという独裁の典型へ近づく。中国や北朝鮮と変わらない
●日本の司法権は弱すぎる。高裁で国に不利な判決は出ない。高度に政治的な問題は裁判の範疇外とされる
●日本の自衛隊員 インド洋の補給活動、イラク復興支援にあたった56名は帰還後に自殺した
感想
世界の自国ファースト主義化、日本の政治や社会のあれこれに対する考察と批判、なかなか勉強になるところあり、なるほどと思うところあり。
2017年出版の本だから、コロナで世界が大きく変わったため古く感じる面もある。
しかし、これからの日本は韓国台湾と協力すべきというアジア主義については、今ひとつピンとこなかった。
基本的にはいい話なんだけど、学者っぽい理想的なものの見方に鼻白む論がそこここにあった。
現実ではなく楽観的な目で印象や見通しを立ててしまってるのでは……と疑問が湧いた。
いい話、聞いて賛成してくれる人が増えるといいね
としか言えない。 -
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現在の社会のあり様を、この様に解釈するとわかり良くなるという、視点をもらえる本。
個人的には、積読の効用が、無知の知を視覚化する所にあるという解釈が秀逸だと思った。
後は、コロナや、ここ数年のアメリカ、中国、日本の政治に対するもやもやとした違和感の正体を解説して提示されたことに感謝。
→中間層の弱体化、政治的無関心を助長することと市民の権利の無権利化で統治コストを下げるというのは、ジリ貧しか生み出さないということ。
→緊急事態への対応として、正常性バイアスを解除するためには、自分以外の視点からの情報の取り込みを一気に増大させないといけないということ。様々な視点から立体的に物事を見ないと、何が起きているかわからない、ということ。日常的に、自分以外の視点からの情報の取り込みを行っていれば、特に苦労しないということ。視点を変えるのは、気づきの視点を得るという瞑想も役に立つと思った。
→市民を相互監視させることで統治コストを劇的に削減することができてしまうが、その結果、大義名分を掲げて隣人を攻撃する人を野に解き放つことが生じること。その危険はすでに顕在化しているが、そうした統治は、コモンズ的な資源の保全や治安維持にも役立ちうるなとも思った。その辺りは、ナチスの環境保全の本でも読んでみようかと思った。
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哲学者で武道家の内田樹と、「三軸修正法」という治療法の提唱者である池上六朗の対談です。
「文庫版のためのまえがき」で内田が、二人の著者たちの出会いが不思議な「ご縁」にみちびかれたものだったということを語っていますが、本編でも身体知にもとづく共感の重要性が指摘されるとともに、そうした原初的なコミュニケーションの回路がうしなわれてしまっている現代の状況に対する批判が展開されています。
内田の身体論・武道論にかんする本はこれまで何冊か読んだことがあるのですが、もはや言説のレヴェルで説得を試みることを放棄してしまっているように感じられて、どうしてもついていけないと感じてしまいます。フランス現代思想に造詣の深い著者なので、「知」に対する批判もそうした文脈で読んでしまうのは、こちらの悪い癖なのかもしれませんが、近代的な「知」のありかたに対する批判から、「身体」や「自然」へと一気に飛躍してしまう著者の身振りそのものも、著者自身の意図を離れて「反復」されるものであり、そうした問題への警戒心のなさが気になってしかたがありません。
もっとも著者は、言説のレヴェルでの「差異」と「反復」といった問題にはもはや興味がなく、それこそ身体を通して「わかるひとにはわかる」真理を語っているつもりなのかもしれません。 -
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ネタバレ問い
修行とは何か。
自分はどのように修業すべきか。
答え
修業は、「私の心身のパフォーマンスを低下させる要素」を最小化(できれば無化)することを目的として行う。それは、実はめざしていたものとは異なるものが得られる過程でもある。
「道場は楽屋であり、道場の外が舞台である」。舞台とは「真剣勝負の場」である。生業と稽古は表裏一体のものでなければならない
要するに、生業でのパフォーマンスを上げるために修業する場を自覚的にもつということ。
キーワード
修業、天下無敵、石火の機、卒啄の機、木偶坊・操り人形・案山子、弱さ・無知、居着き、科学的と科学主義的、鍛える発想、稽古、瞑想、額縁、狐疑・駝鳥、キマイラ的身体・複素的身体、自我着脱の訓練、安定打座、「我なし、敵なし」、ブリコロール、無刀の刀
抜粋
因果論的な思考が「敵」作り出す
(武術は、)実践的な意味での生き延びる力である。
戦場では、先頭能力として示される力が、平時では例えば統治能力として顕現する。生き延びるためにもっとも重要な能力は、「集団をひとつにまとめる力」
「敵」とは「適切な方法を採れば、事前に除去しうるパフォーマンス向上の阻害要因」
「無敵」とは「私の心身のパフォーマンスを低下させる要素」を最小化(できれば無化)することが意味する。
「額縁」というのは、「絵を囲っているもの」である。「この中に描かれているのは現実ではありません。絵です」ということを私たちに指示するのが額縁の役割である。=「現実と非現実の境界線」
目の前に出現した「もの」に、最適の「意味の度量衡」をあてがうこと
「額縁を見落としたものは世界のすべてを見落とす可能性がある」
「私たちが適切に生きようと望むなら、そのつど世界認識に最適な額縁を選定することができなければならない」
瞑想のもたらす最も重要な達成は「他者との同期」である
「今・ここ・私」という不動の定点と思われたものから離脱して、「今」ではない時間、「ここ」ではない場所、「私」ではない主体の座に移動することである。
人間は汚れた場所では祈ることができない。祈りとは幽かなシグナルを聴き取ろうとする構えのことである。祈るためには五感の感度を最大化しなければならない。
(天才は)修業が不要な人のことではない。天才とは、自分のしているルーティンの意味を修業の早い段階で悟り、それゆえ、傍からから見ると「同じことの繰り返し」のように見える稽古のうちに、日々発見と驚きと感動を経験できる人のことである。 -
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かつての大英帝国が縮退し、一島国「イギリス」としてその存在を再び確立したように、日本も「身の丈に合った中規模国」としてのあり方を模索すべき、という基本概念の下に、今日の激動する国際情勢を様々な角度から考察するとともに、日本の国家戦略のあり方を批判的に議論する対談書。
マスコミでは通り一遍の報道しかされない中国の内部事情や、建国まで遡る米国のイデオロギーの対立とそれがもたらす強み・弱み、さらには地政学的観点から見たトルコの存在感など、興味深い考察が複数示されるとともに、日本の国家戦略については、「国家理性」よりも「国民感情」が優先される結果、真に国益となる政策よりもポピュリズムが意思決定の源泉となる危機的状況にあると警鐘を鳴らす。
特に「親安倍派」の人たちからすればイデオロギー的に受容し難い左派の論調に違いないし、お二人の「対談」にしてもちゃんと噛み合っているのかよくわからない部分も多く、発散したままなんとなくクローズしていて「賢い人たちが言いたいこと言いっ放しにしてるだけ」感は否めないが、それでも世論の二極化が激化する今日だからこそ、「ある視点からの国際情勢のアップデート分析」として読む価値のある一冊。