内田樹のレビュー一覧
-
-
Posted by ブクログ
著者が、神戸市東灘区に約80坪の土地を得て、合気道の道場「凱風館」を建てるまでのてんまつをえがいたエッセイです。
著者は、若き建築家の光嶋裕介との縁に感じるものがあり、彼に道場の設計を依頼します。その後、光嶋とともに理想の道場を実現するために職人たちと交渉しつつ、理想の道場をめざします。彼らの「アンチ効率主義」と形容されるスタンスは、著者の思想に通じるものがあり、道場の建築から運営まで一貫しておなじ精神がつらぬかれていることが語られています。
また著者は、道場は「アジール」(避難所)としての役割を担うべきだと主張します。人びとがその場所につどい、彼らのあゆみを測定するための定点となることが -
Posted by ブクログ
ー 私たちが共同体として生きてゆくために必須の資源を「社会的共通資本」と呼ぶ。大気、海洋、森林、河川といった「自然資源」、交通・通信・上下水道・電力といった「社会的インフラストラクチャー」、司法、医療、教育といった「制度資本」がそれに当たる。これらはどのようなものであれ、政治イデオロギーやマーケットに委ねてはならない。専門家が専門的知見に基づいて、管理運営しなければならない。「森林をこうした方が金が儲かる」とか「医療はこうする方が政治的に正しい」というようなことを言わせてはならない。政治的正しさや市場的価値は所詮「脳内」の現象である。平和で安全な場所でなら、いくらでも論じるがいいし、人々がそれ
-
Posted by ブクログ
安定の内田節、という感じ。
特にフェミニズム批判の論考における切れ味の鋭さと、先に逝った友人を悼む論考の切実さが印象的だった。
前者は以前からのもので、最終的な着地点が「体のいうことを聞きましょう」なのが非常に胡散臭いものの、その他の理屈は鮮やか。特にセックスワーク論では廃娼論への違和感を鮮やかに言語化していた。体の所有権を確認するためにこれを傷つけることが必要なタイプの人のメンタルのあり方に一切思いを致すことがないのが、この人の鈍感な部分。
後者は、特に小田嶋隆に向けられたものが好きだった。小田島のコラムの語りの構造を分析することがほぼそのまま哀切な追悼の意思の表明になっている。誰かのことを -
Posted by ブクログ
今回まとめて読んだ新書群は、ほとんど自分が書店で選んで入手したってこともあるんだろうけど、驚くほど似た主旨のものばかりになってしまった。興味の対象だから仕方ないとはいえ、もっと多方面的に選書しないとって、ちょっと反省。それはさておき、本書も内田印の安心の一冊。新たな戦前よろしく、もはや新たな戦中って主張にはドキッとしたけど、言われてみれば…ってところ。何を言ってもどうしようもないなら、いっそ行き着くところまでっていう、加速主義も確かに分からんこともないんだけど、やっぱり自分としては、あくまで内田さんの言うような、ソフトランディングを期待してしまいます。中高一貫でキャラが固定、体育座りは自分を縛
-
Posted by ブクログ
女性へ告白する際に「今付き合ってる人いる?」と聞くのが卑怯だという話があったが、個人的には「それくらい許してやれよ」と思った。相手に彼氏がいるかどうかは素朴に気になるのが当たり前だし、質問する男性は別にそこまで深く考えてないのでは?「女性が強くなった」現代では告白したことをネタにされ周囲に言いふらされて自分の身が危うくなるリスクもある。
お見合い婚を肯定するくらいなら、交際の始まりがその程度の優柔不断であることくらい目を瞑ればいいのにと思う。「男女平等」が正しいとされているのに、世の中の殆どの女性はそのような優柔不断なアプローチ「すら」自分からはしようとしないのだから。
またこれは筆者ではなく -
Posted by ブクログ
今日は令和4年8月15日だ。正午少し前から毎年の様に戦没者への哀悼を示す番組が国営放送(NHK)で流れ、武道館には天皇皇后両陛下だけでなく岸田首相も訪れ、正午の時報がなれば1分間の黙祷が捧げられる。1945年8月15日は昭和天皇による玉音放送が流れた日であり、ラジオで初めて聞く天皇の言葉の前に、何やら難しい事を言っている様だが、日本が戦争に負けた事だけは確からしい、と膝をついて泣き出すもの、心の中では生き残れたと安堵するもの、様々な感情が渦巻いた日でもある。特に戦争遂行の最前線にいた軍部には腹を切って自決するものも多数いた。
終戦記念日と呼ばれるこの日は、この様に先の大戦において国民が戦争に負 -
Posted by ブクログ
2020年、COVID-19が席巻した世界では次々と社会の歪みが露呈した。そのコロナ期とポストコロナ期に、次世代の若者たちがどう生きるべきかを内田樹をはじめとした様々な年代の言論人たちが語る。
内田さんが声をかけて集まった様々な分野の今をときめく著名人たちがコロナとコロナ後の世界をテーマに執筆しました。内田さんのセレクトだけあってみんなけっこう尖っていて(偏っていて)どれも読み応えのある内容でした。中学生向きということで平易な文章で一編が短いのも読みやすくていいと思います。そしてみんな分野が違うので、コロナ期というものを違う角度から見ているのも面白い。また、分野が違っても結局、多くの著者が今 -
Posted by ブクログ
少子高齢化社会でも経済成長を続けることは、お米が足りないのにおにぎりをもっと作れって言ってるようなものなのかな。無理よね。
まず、無理を認めること。
それから、資本主義社会の外の世界があることを知り、体験し、その世界の間でバランスをとっていくことが鍵だと思った。
・大切なことを持続させるために、我々はこれまでの手法からの撤退を学ぶべきなのである。
・社会の内と外、此岸と彼岸、文明と自然、常識と非常識などなど、二つの原理を行ったり来たりすることで、問題を「なんとなく」暫定的に解決する。これが地に足を着けることである。
・現代における下野とは、他社のニーズを全く気にせず、とにかく徹底的に主観を -
Posted by ブクログ
ネタバレ個人的には「僕が家庭科を大事だと思うわけ p56 家事というのは、本質的には、他人の身体を配慮する技術」。家庭科という教科を大事にしたいと思ったという点に共感。家庭科等、生きる力に必要な技術が高等学校教育で減っているような気がしている。
日本に住むということ、構造的にも生きている社会が金魚鉢のように閉ざされた狭い空間。日本文化を象徴する意味合いでも金魚鉢の表現がすごく納得した。表紙の「1匹の金魚」。金魚鉢にたくさん金魚いるのではなく1匹というのが、生きづらさとともに、「金魚鉢も含めた世界はどこからきて、いまどんな状態にあって、これからどう変わっていこうとしるのか、それは金魚鉢の中にいながらでも -
Posted by ブクログ
本書の前半には、2012年に相愛大学でおこなわれた内田樹の3日間の集中講義が収められています。後半には、内田が館主をつとめる凱風館で釈徹宗がおこなった、鈴木大拙の『日本的霊性』についての講義が収められています。
内田の担当しているパートでは、これまで内田がさまざまな著書のなかで述べている内容をまとめたもので、武道などの体験を通じて内田自身がその存在を実感している身体知の重要性を指摘し、そうした目に見えないものについての感受性をないものとしてあつかってきた現在の社会のありかたに対する危惧が表明されています。
他方、釈の担当しているパートでは、大拙の主著である『日本的霊性』の解説というかたちを -
Posted by ブクログ
撤退論。例によって内田樹から寄稿依頼された面々が思い思いに「撤退論」を論ずる。勢い、流れで私も持論を述べたくなるが、テーマ幅広し。一人一人に割かれるページ数が少なく浅い。興味深いのだが〝好奇心のインデックス“程度の本だ。
切り口がそれぞれ。女性疫学者の三砂ちづるが、撤退の英訳withdrawalを、これは膣外射精という意味にもなるが、人口問題に絡めた性行為の撤退として私感を述べていた。少子化問題に対し、避妊を教育する自らへの疑問、近代化され、そもそも性行為の数が減っている事への警鐘。映画やドラマは見るもので、情報化・計画社会により、日常の起伏が減るように、恋愛や性行為がバーチャルのファンタジ