内田樹のレビュー一覧

  • 大人のいない国

    Posted by ブクログ

    大人のいない国。日本にたいしての警鐘
    大人になるということはどういうことか
    大人がいなくても社会的に成り立つように成熟した社会
    哲学者としての2人の造詣の深さ
    難解さを感じながら、少々読むのに苦労しましたが
    面白かった。

    0
    2013年11月15日
  • 価値観再生道場 本当の大人の作法

    Posted by ブクログ

    右肩上がり の 幸福という
    呪縛 から 逃れる 方法
    自分が 何かして それに対して いろいろな人 から いろいろなかたちのリアクションが 返ってくる そういう 関係の中に いるのが 豊かさ という 事

    同化し 一体化幻想から はじまり
    嫉妬 バッシングに 繋がる
    今の自分に満足していない
    不満が ある状態だから
    同化した 他人を 叩く
    自分に 向けた 言葉

    0
    2013年11月18日
  • 修業論

    Posted by ブクログ

    武道家としての内田論で私には難しかった。
    ただし、中島敦の『名人伝』の「無射の射」の解説と司馬遼太郎の書く剣豪たちへの考察はおもしろかった。

    0
    2013年11月11日
  • 街場の読書論

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    【私の本棚】p22
    小説を読むというのは(哲学でも同じかもしれないけれど)、別の時代の、別の国の、年齢も性別も宗教も言語も美意識も価値観も違う、別の人間の内側に入り込んで、その人の身体と意識を通じて、未知の世界を経験することだと私は思っている。
    私の場合はとくに「未知の人の身体を通じて」世界を経験することに深い愉悦を感じる。

    【ジュンク堂と沈黙交易】p81
    インターネットでお買い物というのは「沈黙交易」の今日的な甦りであるという仮説。

    【非人情三人男】p96
    「苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それをし通して、飽々した。余が欲するのはそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である」(夏目漱石『草枕』)

    【マルクスを読む】p105
    「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分の向こうがわにつくりだす疎遠な対象的世界がそれだけ強大になり、彼自身つまり彼の内的世界はいっそう貧しくなり、彼に属するものがいっそう乏しくなる」(カール・マルクス『経哲草稿』301頁)というのは単なるレトリックではない。

    【歩哨的資質について】p177
    私たちの世界は「存在しないもの」に囲繞されている。
    宇宙の起源を私たちは知らないし、宇宙の果てに何があるのか(というより「何がないか」)も知らない。時の始まりを知らず、時の終わりを知らない。

    【140字の修辞学】p375
    長く書いて、かつ飽きさせないためには、螺旋状に「内側に切り込む」ような思考とエクリチュールが必要である。

    【補稿 「世界の最後」に読む物語】p401
    私たちは文学を通じて、今の自分と違う身体のうちに入り込み、こことは違う世界で、こことは違う空気を吸い、想像を絶した快楽を享受し、想像を絶した苦痛に耐える。今いるこの世界から抜け出し、他者たちのうちに入り込む。その経験がもたらす解放感と快楽ゆえに人類は文学を必要としているのである。

    0
    2013年11月10日
  • 街場の憂国論

    Posted by ブクログ

    本書で著者が何度も言及している、政治の責務は「国民全員を食わせること」であるという国民経済という考え方はシンプルでわかりやすい。これは今の政治に置き去りにされている考え方だ。

    (以下引用)
    議会制民主主義というのは、さまざまな政党政治勢力がそれぞれ異なる主義主張を訴え合い、それをすりあわせて「落としどころ」に収めるという調整システムのことである。「落としどころ」というのは、言い換えると、全員が同じように不満であるソリューション(結論)のことである。誰も満足しない解を得るためにながながと議論する政体、それが民主制である、(P.48)

    行政官に対しては「税金を無駄使いしている」という批判はありうるが、「稼ぎが悪い」という批判はありえない。(中略)管理部門は価値あるものを創りだすプロセスを支援するのが仕事であって、自分たちではなにも価値あるものを創りださない。行政とはそのような管理部門である。そして、そういうものでよろしいいのである。(P.73)

    ひとわたり欲しいものは手に入ったら、購買力が落ち、経済成長は鈍化する。欲望が身体を基準にしている限り、欲しい物には限界があるからである。1日に三食以上食べるのはむずかしい(してもいいが体を壊す)。洋服だって一着しか着られない。(中略)かように身体が欲望の基本であるときには、「身体という限界」がある。ある程度以上の商品を「享受する」ことを身体が許してくれない。そのとき経済成長が鈍化する。(P.111)

    今の日本における若年層の雇用環境の悪化は「多くの人に就業機会を与えるために、生産性は低いが人手を多く要する産業分野が国民経済的には存在しなければならない」という常識が統治者からも、経営者からも失われたからではないのか。(P.122)

    外交についての経験則のひとつは「ステークホルダーの数が多ければ多いほど、問題解決も破局もいずれも実現する確立が減る」ということである。(P.165)

    ロビンソン・クルーソー的単独者は、無人島でそれほど厳密な手続きで、それほど精密な実験を行っても、科学的心理に到達することはできない。それは彼が実験によって到達した命題が科学的に間違っているからではない。命題の当否を吟味するための「集合的な知」の場が存在しないからである。科学者たちが集まって、ある命題の真偽について議論するための「公共的な場」が存在しないからである。「反証不能」とはそのことである。命題そのものがどれほど正しくても、他の専門家達による「反証機会」が奪われている限り、それは「科学的」とは言われない。(P.238)

    「オレがここで死んでも困るのはオレだけだ」と思う人間と、「彼らのためにも、オレはこんなとこで死ぬわけにはいかない」と思う人間では、ぎりぎり局面での踏ん張り方がまるで違う。それは社会的能力の開発においても変わりません。自分のために、自分ひとりの立身出世や快楽のために生きている人間は自分の社会的能力の開発をすぐに止めてしまう。「まぁ、こんなもんでいいよ」と思ったら、そこで止まる。でも他の人生を背負っている人間はそうもゆくまい。(P.331)

    0
    2013年11月05日
  • 荒天の武学

    Posted by ブクログ

    私の娘が虫を殺したときに「なぜか自分がいけないことをしている」とかんじた。私が教えてないのに彼女はそう感じた。…から続く234pあたりは最高に面白かった。

    0
    2013年10月31日
  • 街場の憂国論

    Posted by ブクログ

     内田センセイの、例によってあちこちのブログやネットや雑誌などに寄稿された文章から編まれた憂国論。政治、経済、教育、マスメディアなどあらゆるところでコンフリクトを起こしているように見える我が国を、どのように論じることができるのか。いったいその処方箋は存在するのか。

     

    0
    2013年10月31日
  • 「おじさん」的思考

    Posted by ブクログ

    「大人になること」漱石の場合、という章、すごくよかった。
    なんだか妙な小説だなぁと「こころ」を読んで思っていたんだけど(3回読んで3回ともなんかへんな小説と思っていた)、なるほどこういうとらえ方をすればすっきり理解できるのかと。
    先生は今でいう人たらしなのか、とも思っていたけど、「先生」は「先生」であるという一点に尽きたんだなあ。

    0
    2013年10月30日
  • 大人のいない国

    Posted by ブクログ

    内田樹さんの〝追っかけ〟になってから5年くらいは経つでしょうか。書棚にずらりと並んだ内田作品の背表紙を眺めて、「はて、初めて読んだのはどれだっけ?」と考え込みました。でも、他の書き手が書かないようなことを選択的に書きながら、読み手を説得してしまう手腕に舌を巻いたのを今でも覚えています。恐らく、これが内田さんの魅力でしょう。
    でも、それだけではありません。作品全体に流れる自由さというか、風通しの良さも内田さんならでは。読み手との距離が近いと言ってもいいかもしれません。
    学者さんの書いたものって、偉そうなのが多いじゃないですか。特に文系の学者さん。甚だしいのに至っては、読み手に学術的成果を伝えるというより、もっぱら自分の知的威信を高めるために書いているのが見え見えという方もいて辟易することもしばしばです。これは学者さんの性分なのかもしれません。
    なぜ、内田さんはその陥穽を免れているのか。本書でも一部触れていますが、内田さんって、仲間と雀卓を囲むし、漫画もよく読みますし、お酒もよく飲むようですし、睡眠もかなり取っているようです。「偉い」学者さんはこういう、自身の価値を損ないかねないことは隠すか積極的に書かないものだと思います。
    でも、内田さんは違うんですね。「お前らはバカだから俺が教導してやる」みたいな態度は決して取らないですし、むしろ「みんなでワイワイやろうよ」という開放的な態度で読者を迎えてくれます。
    本書の共著者、鷲田清一さんが「文庫版あとがき」に書いてます。
    「内田さんを結び目とする人の輪、もちろんそこからいっぱい内田さんぬきの輪も生まれてきました。その輪を結ぶ人がみなとにかく気持ちのいい人ばかり。逢うのが初めてなんて信じられない。この人のつながりにぼくは無限に近い信頼を置いています」
    内田さんの人となりを雄弁に物語っているように感じました。
    ああ、何というレビューでしょう。本書の内容にはひとつも触れずに1,000字くらい書いてしまいました。
    本書は内田さんの年来のテーマのひとつ(たぶん)である「成熟」について、内田さんと鷲田さんの論考を交互に並べ、それを両者の対談で挟むという、なかなか凝った体裁。
    文庫で189ページとかなり薄いですが、内田さんの魅力がギュッと詰まっていますし、鷲田さんの話も実に面白いです。
    FBにも書きましたが、非常に印象に残った個所を本書からひとつだけ引用して終わりにします。子を持つ親として、胸に響きました。肝に銘じます。
    「教育の目的は信じられているように、子どもを邪悪なものから守るために成熟させることにあるのではない。子どもが世界にとって邪悪なものとならないように成熟を強いることに存するのである」(内田樹「第6章 もっと矛盾と無秩序を」)

    0
    2013年10月29日
  • 街場の読書論

    Posted by ブクログ

    気になって数えてみたら、内田樹はこれで14冊目みたいです。これだけ読めば僕も「タツラー」を名乗ってもいいでしょうか?
    街場シリーズ『読書論』ですが、読書にとどまらず教育・文体・母語・情報・エネルギー・ネット社会・死など、さまざまな分野について語ってくださっています。
    情報システムがIBMモデルからアップルモデルに変わる過程で「情報」は「商品」ではなくなったという話には目からうろこでした。そこからエネルギー問題まで持って行っちゃっうんだからタツラーはやめられない。
    例によってブログコンピ本なので読んだことのある文章は少なからずあるのですが、なかでも『学ぶ力』という文章は大のお気に入りになりました。いつか中学2年生の担任になったら、生徒に読ませようと思います。

    0
    2014年08月06日
  • 街場の憂国論

    Posted by ブクログ

    「憂国論」なので、全体的に暗い話が多いのですが、その中で「こうしたらいいのかもしれない、ちょっとはよくなるかもしれない」という「希望のとっかかり」のようなものを掴むことはできます。

    ”事故を未然に防いだ人たちの功績は決して顕彰されることがありません。事故は起きていないのですから。そういう人たちのちょっとした警戒心とささやかな配慮のおかげで大きな災禍を回避できた場合があったということが日本にもあったはずです。…そういう顕彰されることのない英雄のことを「アンサング・ヒーロー」と呼びます。「歌われざる英雄」です。”(「あとがき」より)

    何か問題が発生してからそれを解決した方が、見た目には貢献したことが分かりやすいし、報われやすいのかもしれない。だけど、もう少し「アンサング・ヒーロー」な生き方を見直してもいいのかもしれない、見知らぬ誰かのために、未来の自分や自分たちの子供たちのために。
    そんな気持ちでいっぱいになりながら、本を閉じました。

    0
    2013年10月26日
  • 街場の大学論 ウチダ式教育再生

    Posted by ブクログ

    読みやすく、率直な意見がおもしろい。大学の危機的状況を感じたし、大学評価の在り方、教員の質、国が決める提言の裏の意図を読み取ることが必要など、勉強になる点が多かった。

    0
    2013年10月18日
  • 街場の憂国論

    Posted by ブクログ

    歴史が教えているように、競争的なマインドの人間は危機を生き抜くことができない。危機とは定義上「1人では生きてゆけない」状況のことだからである。だからそれを生き延びるためには、他の人々とある種の「共生体」を形成できる能力が必要である。p344

    0
    2013年10月15日
  • 現代霊性論

    Posted by ブクログ

    むらいさんにお借りしました。内田先生と浄土真宗のお坊さん・釈徹宗さんが大学で行った講義を本にしたもの。
    霊性、スピリチュアリティというのをキーワードに、現代の各宗教について、日常にある占いや「いただきます」といった行為が持つ宗教的(霊的?)意味について考察。靖国とか、オウムとか、話題が幅広。現代宗教の体系図も。おもしろいです。

    印象に残ったのは・・・
    ・「賢しらに」宗教性を否定することの憎たらしさ(「無宗教葬」の傲慢さ、六曜入りカレンダーと安息日としての日曜日、女人禁制の山と性同一性障害)
    ・「自分」「自己」が確立するほど幸せを感じづらくなる
    ・いったん自己を潰す方法
    ・イヤホンは都会で暮らしていく上であえて感覚を鈍らせるツール
    (さわ)

    0
    2013年10月09日
  • 脱グローバル論 日本の未来のつくりかた

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    グローバリズムを疑う。成長し続けることを前提とした資本主義はいつか限界点に達する。資本主義は常に新たな市場、貧しい者、安価な労働力を求め続ける。つまるところ貧富の差があることを前提としている。もっとも裕福になったはずのアメリカや日本で、逆に貧富の差が増大しているということは、やはりそれを必要としている制度なのではないだろうか。高齢化と共に人口減少を避けられない日本がこの先どのような社会を築いていくのか。貨幣経済の外で助け合える共同体をどのように作っていくのか。興味深い。

    0
    2013年09月19日
  • 14歳の子を持つ親たちへ

    Posted by ブクログ

    結局親よ、しっかりしなさい、ということになるのだろうか。
    内田氏と名越氏による対談本ということもあり、話しはテンポよく進んでいく。タイトルがなぜ14歳としているのか?については内容をはっきり覚えていないので、なんともいえないが、これから子どもが中学生・高校生となる親はよんでおいて損はないと思う。

    0
    2013年09月17日
  • 橋本治と内田樹

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    天才橋本治について、内田センセイが尋常ならざる興味を持って切り込んでいく、という体の対談。したがってこのタイトルはちょっとヘンだな、と思う。内田樹ミーツ橋本治なのである。どちらも世の常識からすると相当ヘンな人なのだが、やはり橋本治という人はどこか超越してしまっているような風格がある。人を食ったような、でもこれ天然なのかな?とかよくわからない。それでいてその言葉がしばしば本質を鋭く突いているように感じるから始末が悪い。データで説得しない説得力の最たるものではないだろうか。

    0
    2013年08月28日
  • 脱グローバル論 日本の未来のつくりかた

    Posted by ブクログ

    グローバル化、新自由主義、何だか地に足が付いていないことがどんどん進んでいるような…。身体感覚のない言論が過激さを加速する。匿名のネット上での発言が問題になるのも納得です。

    ここのところの内田氏はグローバル化、グローバル企業と国民国家が相入れない関係であることを盛んに書いています。株式会社の平均寿命が10年未満なのにたいして人間の寿命は数十年。我々の身体感覚ではものごとを100年単位で捉えている。それを体現しようとするシステムが国民国家である。企業は100年後のことには興味ないのですぐに効果、結果を求める。この企業の論理が国民国家に浸透してきてしまっている。これが何を生み出すのか私たちは冷静に判断しなければならない時期に来ているようだ。
    既得権益を排し、全ての人に平等な機会を与えるというのは一見正論のように聞こえるけれど、本当にそうなのだろうか?もしかしたら強者だけが得をする超格差社会を生むだけなんじゃないだろうか?
    答えは分からないけど、はっきりとものを言う、正論を言っている(ように聞こえる)人が幸せな未来を私たちにもたらしてくれるの考える必要があると感じさせられる。

    0
    2013年08月25日
  • 狼少年のパラドクス ウチダ式教育再生論

    Posted by ブクログ

    学生時代に就職活動で、就職担当者を訪ねたことがありました。その担当者は終始、不遜な態度かつ高圧的な物言いで癇に障ったのを覚えていますが、怒り、というか落胆を禁じ得なかったのは次のような言葉でした。自己PRできるものは何かと問われ、「結構、本を読んでいます」と答えると、「そんなことして何になるの?」と嘲笑したのです。
    言うまでもなく、大学は学生に教養を身に付けさせるための教育機関であり、最高学府と呼ばれるように、あらゆる教育機関の最高位に位置する存在です。教養を身に付けるための最も基礎的かつ必須の方法である読書という営みを、卑しくも大学人(教官だけでなく大学運営に関わる全ての方たち)たる者がかくも軽く見積もり、しかも軽々に口にするのはいかがなものでしょうか。私はこの大学に入ったことを後悔しました。
    むろん、就職担当者にとって、学生の就職率を上げることが最大のミッションだということは分かります。そうした崇高(かどうか分かりませんが)な責務を担う当該の就職担当者にとって、「趣味は読書」というのは、就職氷河期と呼ばれた当時の社会状況にあって、いかにも危機意識に乏しく、牧歌的に映ったのかもしれません。
    しかし、企業が求める人材育成に汲々とするあまり、大学が本来、果たすべき社会的機能を忘れた結果が今の体たらくを招来した最大の要因であることを指摘しないわけにはいきません。
    恐らく、内田樹先生も同意してくださるでしょう(願望)。たとえば、こんなエピソードが紹介されていて、思わず膝を打ちました。
    長いですが、引用します。
    □□□
    ゼミが始まる。
    新四年生のゼミは初回から欠席者が六人というありさま。卒論研究計画の提出日だというのに。
    就職活動というのは、そんなにたいせつなものなのであろうか。繰り返し言っていることだが、もう一度言わせて頂く。大学生である限り、就職活動は「時間割通り」にやりなさい。
    諸君はまだ大学生である。いま、ここで果たすべく期待されている責務を放棄して、「次のチャンス」を求めてふらふらさまよい出て行くようなタイプの人間を私たちは社会人として「当てにする」ことができない。
    当然でしょ。いま、ここでの人間的信頼関係を築けない人間に、どうしてさらに高い社会的な信認が必要とされる職業が提供されるはずがありましょうか。
    そんなこと、考えればわかるはずである。
    「おっと、こうしちゃいられない」
    地獄への道はこの言葉によって舗装されている。これは長く生きてきてわかったことの一つである。みんなそうつぶやきながら破滅への道を疾走して行った。
    □□□
    内田さんは神戸女学院大学の教授(執筆当時)ですが、「学生の本分は勉強である」という、当たり前といえば当たり前ですが、当今は建前としてもその意味を失った本義を頑なに信じ、しかも堂々と表明しておられます。私はこのような大学人がいる大学を羨望します。ビジネスマンを養成する機関にはなってほしくないのです。
    本書は2004年に書かれたものです。学生の就職難は現在もそれほど変わっていません。もしかしたら、「きれいごと」と受け止める向きもあるかもしれませんが、どうでしょうか。
    いささか偉そうなことを書きましたが、正直に告白すると私はほとんど「クレイジー」と形容されるほど不真面目な学生でした。末尾になりましたが、そのことについては出身大学の教官、職員の皆様に率直にお詫びしたいと存じます。いえね、学生の皆様に「大学では勉強しろよ。僕みたいに後悔するぞ」とアドバイスしたい意図もあるわけでモニョモニョモニョ。

    0
    2013年08月13日
  • 価値観再生道場 本当の大人の作法

    Posted by ブクログ

    上から目線、揚げ足を取る、人を叩く
    そういう人が多い世の中で
    取るべきスタンスはどういものなのか

    3人での会話形式の文章がとても分かりやすく
    すっとお腹の中に落ちてきます。
    結果的に答えが出ない問題もありますが、
    じっくり自分の中で考える良い機会になるかと思います。


    上記のような 大人げない 人間にならないための
    内容ではありますが、
    そういう人たちに出会っても
    自分を見失わないようにするための
    応援-支援のような要素も感じました。


    人間関係に悩む人にも良い本だと思います。

    0
    2013年07月24日