内田樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ内田樹は好きですが、たまに難しい言い回しで分からないところがありますw
自己実現っていう言葉を私語にしてほしいというのは同感。(よく使っちゃうけど☆)もう自己責任とか、自己実現とか、その言葉が一人歩きしてるような気がして。
キャリアは自分で形成するものではなく、向こうから扉が開かれないと、積んでいけないんだよっていうのはメモしとこ。資格をとってとか、こういうキャリアを積んでとか、そういうのは大事だけど、何より求められているのは、経験やその場で何ができるか、把握する力だから。
こういう対談って、その空間で観客として聞いてるような感覚が、とても好きで、やはり専門家同士の知識と考え方の交換というのは、大変楽しいものだと再確認どす。 -
Posted by ブクログ
「こんな日本でよかったね」
このタイトルは小泉首相が構造改革を旗印に
日本を変えようとしている際
それに違和感を覚えてつけたという。
今となってみれば、
小泉構造改革がすべて悪だとは言わないが
ゆり戻しや破たんがあちこちで起きている。
それよりも何よりも日本の赤字問題は
またまた棚上げにされている。
でも、そういった不安感を持ちながらも
「こんな日本でよかったね」という言葉は
今の日本に安堵感をもたらす。
内田先生は構造主義を分かりやすく語る大学の先生。
さてさて、構造主義とは何かを簡単には語れないが
(理解できてないので)
本書からひたすら抜粋。
「私は知っている」ではなく、「私にはよくわからない」から
始まる知性の活動、私はそれが構造主義だと理解しています。
作家は作品のあとにはじめて存在し始めるのである。
モーリス・ブランショ
「言いたいこと」は「言葉」のあとに存在し始める。
リアルなのは言葉だけである。
言葉の向こうには何もない。
けれども言葉は「言葉の向こう」があるという
仮像をつくりだすことができる。
古代中国社会に濃密に漂い、
リアルに人を撃ち殺すだけの力をもっていた祝能と
それを統率するダイナミックな力をもつ文字についての
物語を読んでいると、私は胸がどきどきしてくるのを感じる。
子どもには先行世代に
「対立する態度を取る同性の成人」が
最低二人は必要だということである。
なぜ、葬礼を行うのか?
理由はひとつしかない。
それは葬礼をしないと死者が
「死なない」からだ。
人生はミスマッチ。
平川克美
レヴィナス老師が私たちに求めたのは
目が覚めるたびに「私は誰でしょう?」と
問いかけるような「知性の次数」の繰り上げである。
コミュニケーション感度の向上を妨げる要因は、
「こだわり・プライド・被害妄想」。
春日武彦
「強い個体」とは「礼儀正しい個体」。
世界を一気に救おうと考えは人間の人間性を損なう。
レヴィナス
「女性的なもの」の本質は「無償の贈与」。
できるだけ今の自分と縁の遠い人間の書いた本を読むこと。
すべての世界史的な大事件や大人物は二度あらわれるものだ。
ヘーゲル
「リセット」の誘惑に日本人は抵抗力がない。
泣くべきときに正しい仕方で泣けること。
構造主義的なものの見方とは、私たちの日常的な現象のうち
類的水準にあるものと、民族誌的水準にあるものを
識別する知的習慣のことである。 -
Posted by ブクログ
内田樹の武道についての本は、対談集を含めて多くの著書がありますが、この本は主にブログに記載したエッセイをまとめたものです。
正直、武道を嗜まない自分には、前半の記述があまり面白く読めなかった。武道の考え方や武道を巡る様々な出来事についてコメントしているが、ちょっと分かり難い雑文のような印象がある。
おそらくこの本が、最初から武道論として書かれたものではなく、彼の武道論を寄せ集めたものであるため、話の筋が通っていない印象になってしまっているように思う。例えば、高校における武道の必修化は、一般人の視点では日本の伝統を学ぶ良い機会でありスポーツのひとつとして認識しているが、武道家としては武道をそういうふうに認識しては困ると考えている。武道とは生きるための殺傷技術であるのだから、武道を単なる伝統的なスポーツと認識するのは良くないと言っているかのようです。(このあたりは何度か読んだけれど、いまひとつ理解できませんでした)しかし、それは武道を本格的に極めた人の話であって、学校で学ぶ武道の入り口の役割として、武道教育はあっても良いのではないかと思いました。このようなエッセイや武道家の生活の風景がいろいろ描かれています。
分かりやすいのは後半の武士のエートス、二十一世紀的海国兵談あたりで、福沢諭吉が勝海舟について書いた「痩せ我慢の説」の話、坂本龍馬は明治時代には忘れられていた人物だった話、日本のナショナリズムや政治等、日本の核保有の話、時事関係の話題はいつもの内田樹の考え方が反映されて面白い。自分自身も同じような考え方なので、読んでいるととても気持ちが良いけれど、読み終わると思い出せないような話題が多いのが気になった。本の成り立ちのせいなのかな。 -
Posted by ブクログ
体育会系なオジサンと、女性の生活や出産などに詳しいオバサンが対談しているんだけど、ウンウンと頷ける所もあれば、ウ〜ンと思う所もあるけど、全体的に勉強になるところが多い著書。黙って結婚しろ!と言う三沙氏。早く結婚して子供を生んで、40くらいでキャリア積めばいいらしい。そして、結婚に向いた男は早く片付いてしまうので、早めに結婚した方が良い男に恵まれるとも。まぁワタシはサッサと結婚したが、子供には最近まで恵まれず、やっと40代で妊娠出産育児に突入した。いろいろ考えて今で良かったと思う。仕事に結婚にとうじうじ悩むくらいなら、とっとと結婚して子供を産んだ方が良いかもしれないね。やはり、40代の育児はかなり大変だから…体力無いわ、キャリアも登り詰めた所だわ、そして頼りになる親も高齢で使い物にならぬ…でも今時代、女性が40歳から職でキャリアを積み始めるのは並大抵の事ではない。それにとっとと結婚して子供を産んでも離婚と言う場合もある。そうなると、早々と誰でも良いから結婚しろとは言えないかも。離婚しなくて良い男の子供をじっくり育てたいと女は思うだろう。子供の経済援助を100%国が面倒見てくれないと無理だわ。それに離婚すると日本は単独親権なので、子供を巡っての争いも多い。片親なので、養育費の支払いも滞りがちで経済的にも苦しくなる。共同親権に法律を変えなきゃ、安心して早期結婚をお勧めできないかな!日本は結婚に不利な法律がいっぱい有るから、キャリアな女性が多くなった今、結婚率も下がる一方なのよね…その辺も考慮すると、夢のような話しが多い著書かな?まぁでも、明るい未来になるにはどうすれば成れば良いのか?と言う事を知るには良い本です。
-
Posted by ブクログ
内田樹氏の著作、初体験。
非常に読み易く、刺激的な内容。自分にとっては、『メディア』に対するあらたな視点、考え方を与えてくれた。
-------------------------------------------------------------------------------------
・与えられた条件のもとで最高のパフォーマンスを発揮するように、自分自身の潜在能力を選択的に開花させること。それがキャリア教育のめざす目標だと僕は考えています。
・人間が大きく変化して、その才能を発揮するのは、いつだって「他者の懇願」によってなのです。
・あまりにも多くの要素が関与しているという事実が、テレビをビッグビジネスたらしめており、同時にそれがテレビの本態的な脆弱性をかたちづくってもいる。
・それ以上に「たちが悪い」と思ったのは、この「知ってるくせに知らないふりをして、イノセントに驚愕してみせる」ということ自体がきわめてテレビ的な手法だったということです。
・自分が市民的に享受している利益は「当然の権利」であり、それについては少しも「負債感」を持っていない。しかし、自分の利益が侵害された場合にはうるさく言い立てる。
・大人というのは、最低限の条件として「世の中の仕組みがわかっている」ことを要求されます。ここでいう「世の中の仕組み」というのは、市民社会の基礎的なサービスのほとんどは、もとから自然物のようにそこにあるのではなく、市民たちの集団的な努力の成果として維持されているという、ごくごく当たり前のことです。
・それは医療と教育という、人間が育ち、生きてゆく上でもっとも重要な精度について、市民の側に「身銭を切って、それを支える責任が自分たちにはある」という意識がなくなったからです。
・「とりあえず『弱者』の味方」をする、というのはメディアの態度としては正しいからです。
・人間はなかなかそんなに悪くはなれない。人間が悪いことを平然とできるのは「そうすることがいいことだ」というアナウンスを聞きつけたからです。
・そこで語られることについて、最終的な責任を引き受ける生身の個人がいない、「自立した個人による制御が及んでいない」ことの帰結だと僕は思います。
・「市場経済が始まるより前に存在したもの」は商取引のスキームにはなじまない。
・「社会的共通資本は決して国家の統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として市場的な条件によって左右されてはならない」
・社会制度の変化はよいことであるということはメディアにとって譲ることのできぬ根本命題だかです。
考えれば当たり前のことですけれども、社会が変化しないとメディアに対するニーズがなくなるからです。 -
Posted by ブクログ
個人的にとても納得できることが書いてあった。
特に、《コミュニケーション能力が高いというのは、理路整然とした明確なメッセージを送受信することじゃなくて、「理解できない言葉」に対して耳を塞ぐとかノイズとして切り捨てるということはしないで受け止める、他者が発する「ノイズ」を「声」に変換して聴き取る強引な力業》だということに、涙が出るほど納得した。
閉じない家の在り方とか、昔ながらのお産についてとか、異質なものに直面したときの対応とか、親になるまえに考えておくべきことだろうと思う。
東京に住んでるけど、わたしは沖縄の人みたいな出産観を持ってる。
多分それは歓ぶべきことなんだろうな。
将来職業として何になるかと同じような感じでこういう話もできたらいいのにな。 -
Posted by ブクログ
内田樹がすごいのは、当たり前でなさそうなことをそれなり説得力を持って語れるところであると思う。
それができるのは、誰もが納得できる事実に対し誰よりも考察を働かせているから、つまり普通の人が考えないところまで考える力を働かせることができるからだと思われる。
そしてもうひとつの普通の人が知らないことをあたかもわかっているかのように語るからである。例えば、武道が何であるかということは普通の人は知らない。武道をやっている人間でさえ、内田さんのように考えたことはないだろう。
それを武道とはこういうものである、ということそれなりのレトリックでもって語るので、読んでいる人にはそういうものかなと思ってしまう。
確かに独断と偏見のきらいはあるが、それをすんなり受け入れさせてしまうところが彼が言う知的好奇心を刺激する形での教育なのだろう。
ここら辺が、こうすればこうなるというえさをぶら下げて語る語り手(うすっぺらいハウツー本を出し続ける人)との大きな違いである。
武道を始めたいと思った。