内田樹のレビュー一覧
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本の中で象徴的な「ギルティフリー商品※」をこう説明してくれている。
「誰もが「私は存在することそれ自体によって、何か罪を犯しているのではないか」という有責感を、
程度の差こそあれ抱いている。その心の隅にある「疚しさ」を標的にして「この商品を買うとその疚しさが緩和されますよ」とささやきかける」
ことによって商品を売り付ける新手の商法だということ
行き詰った今の市場経済で、消費行動の動機づけにはもってこいだ。。
そりゃ近所のスーパーに行けば、こぞってみんなエコバッグ使ってるわ。
「商品購入を通じて自分が趣味がいいとか、
知的であるとか、成熟しているとか、
政治的に正しいとか、さらには「地球に優 -
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挑発的でキャッチーなタイトルに騙されてはいけない。
これは超高度なフェミニズム論、哲学論である。
哲学に馴染みがない人(=俺)には敷居が高いが、
これほど哲学を噛み砕いて書ける学者はいないと思う。
こういう人は哲学界では本当に貴重。
あとがきから読み始めれば
作者のイイタイコトがつかみやすいかも。
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「『女だから』という理由で、その社会的能力を軽んじてはならない」という主張に私は同意する。けれども、それを「社会的能力は性差に優先する」と読み替えることには同意しない。
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この作者の価値観が
本書の根底に流れる思想であり、
自分のもっとも共感した部分 -
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あぁ‥かっこいい。
『街場の文体論』も読みたい。
私には難しいかなと探るように読み始めだけれど、とても読みやすかった。(理解したかどうかはともかく)
知らない書名、知らない人のオンパレードだった「文芸棚」「人文棚」「ウチダ本棚」の章からとにかく楽しかった。
そして「教育棚」「著作権棚」「表現とリテラシー」には比較的身近に感じる話題について、目から鱗な話がハッキリキッパリ書かれていた。格好良かった。
「卒論の書き方」なんて、学生の時に読んでいたら‥!と、どうしようもないことを考えてしまう。
一番興味深かったのは著作権についての考え方。
そして人とともに「死ぬ」言葉のこと。
人通りの多い場所で -
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あの世からこの世、彼岸と此岸、hereとthere、これら遠く離れたところを行き来して、物事を見つめようというのが宗教性なんですな、と理解。客観視の究極の形か。
また、善業を積み重ねることで浄土にいけるという考え方は子供的な浄土観であり、人間中心主義に過ぎないというのが、なるほどー。念仏をたくさん唱えて善業ポイントを稼げば天国にいける権利を得られる、つまり自分の力でなんとかできるのだと考えることこそが甘い、そもそも人間の考える善悪の判断など移り変わるもので、あなたの善悪判断基準は、こことは違うあの世や彼岸で通じるという保証など何もない、だから「他力本願」なのだというのが親鸞なのかなと思った。 -
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ネタバレテレビ、出版、新聞、音楽…。
そういったマスメディアが衰退していっている昨今、
その意味をときあかしていくのが本書です。
大学のメディア論の講義をまとめたものなので、
語りかける感じで進んでいきます。
第一回の「キャリア教育」では、
これこそ、メディアの世界で生きていこうとしている大学生を対象に、
まず、その前段階である、仕事というもの、適性というもの、の説明から入ります。
仕事が適性に合っていない、自分の能力がここでは発揮できないというようなことで
仕事を変えていくのは間違っている、仕事とはそういうものではないと著者は述べます。
そしてびしっと彼なりの答えと理路を教えてくれます。
そん -
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実に刺激的で面白い。身を乗り出したくなるような話題が次々登場するので、一気に読んでしまった。
・「尊師は空を飛ぶんです」と言うオウム信者の若者に対してどう応ずるのがいいのか。
・「創世記」の「イサク奉献」は何を意味するのか。
・この世の成り立ちについて「何も知らない。わからない」という自覚がニヒリズムに結びつかないためには何が必要か。
・「オカルト」と科学の境界線とは何か。
もちろん、これらについて述べられていることがぜーんぶわかった!というわけではない。最後の対談でお二人がおっしゃっているように十年くらいかけて繰り返し読んでいきたい。 -
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合気道の道場で神棚を拝み、大学では賛美歌を歌い、いずれ菩提寺で戒名をいただく「シンクレティスト」内田先生と、浄土真宗の僧侶である釈先生による、丁々発止の往復書簡。いやあ面白かった。
宗教的な態度とは「世界と存在を超えるもの」に対する謙虚な構えであるという内田先生の言葉に、まずはうんうんと納得する。
「喩えて言えば、『どういうルールで行われているのかわからないゲームに、気がついたらもうプレイヤーとして参加していた』というのが人間の立ち位置だと思います。
このときに、『私には分からないけれどもこのゲームを始めたものがあり、そうである以上、このゲームにはルールがあるはずだ』というふうに推論する -
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これ実は単行本で別の名前ででていて、あとがきに内田さんが注意しているのに、また、文庫本で買ってしまった。
なんか、宗教の本に惹かれるところに自分の弱さや疲れが感じされるが、あまり自分を責めないでおこう。
内田さんが浄土真宗のお坊さんである釈さんんにいろいろ厳しい質問をして、釈さんが答えるという手紙文のやりとり形式。
内田さんの最後の「釈先生の話をきいていると、本当に日本の仏教っていいなあって気がしてきます。宗教がもたらす美徳があるとしたら、その最大のものは寛容だと思うんですよ。」(p163)
これにつきるな。自分の宗教の中での寛容さだけでなく、その外、他の宗教や無宗教的な人へ