内田樹のレビュー一覧
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最近本当に「大人」が減ってしまったように思う。
そんなことを考えていたら、本書に出会った。
大人について考えるところから始まって、どんどん派生していく。
本当に大人のいない国になってしまっては、困る。
今の日本は、システムが優れているため大人でなくても上手く回ってしまうというような記述があったが、確かにハードがしっかりしている分、ソフトはいまいちでもやっていけるところがあるのかもしれない。
社会環境に左右されないように、家庭や地域など小さなコミュニティで大人を育む必要があるのだろう。
成熟するためには、どうしたらいいのだろうか。
まず、自分が未成熟であることに気付くこと、そして成熟を目指して努 -
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著者が1990年から21年間勤めた神戸女学院大学における伝説の「最終講義」はじめ、7つの講演を収めたのが本書。
私は割と熱心な内田樹ファンで著書もかなり持っていますが、調べると「ウチダ本」を読むのは実に1年2か月ぶりでした。
しばらく追い掛けていましたが、発刊ペースが速すぎてついていけなくなったのですね笑。
それだけ多作な方です。
私がウチダ本を読む理由はただ一つ。
知的に負荷をかけたいからです。
自説を補強するような読書には興味がありません。
どこかで聞いたような話をわざわざ本で読みたいとも思いません。
極端なことを云うと、そこに書かれていることが正しいか正しくないかにも然したる関心はないの -
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けれども、兵法者の仕事を妨害するものがいる。それを「反−兵法者」と呼ぶことにする。「勝負を争い、強弱に拘る」ことをつねとする人間のことである。
彼は、キマイラ的身体というようなもののあることを知らないし、その機能も有用性も知らない。反−兵法者は自我に固執する。自分ひとりの五感や価値判断に居着き、自分ひとりの生存を優先し、他者との協働身体の校正を拒む。
そのような利己的個体は、どのような危機的状況においても必ず出現する。そして、あらゆるハリウッド・パニック映画が教えるところでは、そのような人間が真っ先に死ぬのである。
説話原型的にはそういである。だが、説話原型が「そう」であるということは、「ほん -
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内田樹著「修行論」
「修行」について書かれた内容ですが、武道のような身体的なことだけでなく、内田先生らしい思想的な面も多く書かれています。
●努力と成果の相関
「努力と成果の相関」を信じて修行すると、人間の身体をシンプルなメカニズムとしてとらえてしまう。
そして「強化」ということを優先的に考えると、どうしても努力と成果の相関を数値的に現認したいという欲望に取り憑かれてしまう。
その例が「ダイエット」である。
「私は私の身体を支配している」という全能感は、きわめて強烈である。
●他者の成長を阻害する理由
相手の成長を阻害したくなる理由として、勝負において「私が強い」ということと「相手が弱い -
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神戸女学院大学を退官した内田樹教授の講演録である。
なかなか面白い評論をする人なので本屋で見かけた際に購入した。
7つの講演録が載っておりどれも独特な視点で興味深い内容だった。
教育の考え方についてはとくに考えさせられる。教える方はいつも与えているように思えるが、実は受け身で、教えを請いに来る人がいなければ教育は成り立たない。
そして学ぶ側が求めなければ知識を得る以外の何も起こらず、本当の教育にはならないというわけで、教育とは決して知識の商品ではないと言うことがよくわかる。
また、北方領土の問題でアメリカがロシアに干渉しないのは、北方領土をロシアが返せばロシアはアメリカが沖縄から撤退するように -
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内田先生の舌鋒鋭いのには慣れているが、白井さんも「はじめに」から鋭く、ワクワクしながら読み始めた。
”上は内閣総理大臣から下はヘイトスピーチの市民活動家に至るまで、郷土への愛着は何ら感じられない一方、幼稚な戦争趣味と他国民への攻撃性だけが突出した悪性のナショナリストたちが、愛国主義の旗印を独占しています。” 7ページ
”シェイクスピアの『リヤ王』の中の台詞に「今は末世だ、キチガイが目くらの手を引く」(福田恒存訳)という言葉があります。” 9ページ
『リヤ王』にこんなセリフあったんだ。
『永続敗戦論』は衝撃的だった。白井さんの今後のお仕事、研究に注目していきたい。きっと、目を開か