内田樹のレビュー一覧
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私の好きな作家,内田樹さんと姜尚中さんの対談なんだから,面白くないわけがありません。
この二人は,いつも新しい視点を与えてくれます。
今回のテーマは,アジア。日本と韓国と台湾の連携で,新しい可能性が拓けていく…というのは,現実からみると無理そうに見えますが,そういう大風呂敷を広げないことには,いつまで経ってもアメリカの属国になっているだけです。
今回の安倍とトランプの外交を見ても,悲しくなってきます。
日本の右翼がどうして反トランプ,反安保にならないのか,不思議です。
韓国が植民地支配の反省から,漢字を廃止してハングルにしたために,若者たちが韓国の古典を読めなくなっている…という指摘には,なるほど…と思いました。英語を話せる力も大切かも知れないけれども,不易から学んでこそのグローバルだと思うんですがね。
ま,今の社会がグルーバル化しているということさえ,眉唾ですが。 -
Posted by ブクログ
文庫化されたのは02年ですが、内容は00年前後の著者のブログをまとめたものです。
今(17年)読んでも、著者の慧眼には、やはり脱帽します。時事ネタは、時の経過と共に、
大概は価値をなくしますが、著者の一部の内容は、経年劣化に耐えています。
第二章に「老人大国に向けてのロールモデル」という文章があります。01年に書かれた内容ですが、
日本は確実に衰退していくという内容に、17年の今の日本がダブります。
日本はここ10数年で、制度疲労を起こしています。
もはや過去の成功モデルでは、国を安定維持させることは、
できないにも関わらず、成長モデルを打ち出してします。
超高齢化、人口減少、少子化、労働人口の減少と、
経済を活気づける上での最もキーとなる要素が減少していく過程で、
成長モデルを打ち出すのは、やはり無理があると思います。
もちろん経済成長は大事です。
それは、成長の条件が、拡大生産であり、純投資と貯蓄だからです。
これなくして、成長の好循環を生み出せないというのは、経済学のセオリーです。
しかし、個人的には、この理論は、もうすでに日本には適用できないと思っています。
政府主導で行った経済政策で、この10年で、日本人の所得が上がったでしょうか?
逆に94年ベースで、世帯所得は25%減りました。
内田氏の言葉を借りれば、日本の国そのものが、「お疲れさん」状態です。
国の屋台骨である財政は既に瀕死状態、社会保障制度もしかりです。これから、
10年近くで労働人口が1000万は確実に減ります。
その中で、今までの、生活水準を維持していくのは、多くの人は、かなり難しいでしょう。
2割ほどが、豊かで、残りは、かなり厳しい生活を強いられるというのが、
日本の今後10年の変化になると思います。中には、日本を変えてやるんだ!と、
抜本の改革を気取る人や、甘い言葉とわかりやすい言葉で、大衆を扇動する人が出てくると思いますが、
問題は、それほど単純ではありません。単純化する方が、よほど問題です。
ある面では、ここ20年、そういう言動に、なびいた自分達の国民性が、やはり、問題ありです。
今の時代に、はっきりとした「答え」は、ありません。
内田氏も、いろんな問題に対して、答えていません。
ただ、考えています。それが、ある意味、答えなのかもしれません。
くれぐれも、答えを安易にいう輩には、気をつけたいと思います。 -
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現代霊性論
内田樹25冊目
霊性というものが科学的なものかどうかは一旦“判断を停止”して、人々に現象として与えている影響等を分析する現象学的なアプローチから、宗教や共同体の慣習について論議している。死に対する態度というものは往々にして世界でも普遍的な要素が多く、面白い。
・墓について:西洋では身心二元論が一般的であるが、アジアでも儒教では身心二元論的な考え方をしていて、死後も魂のよりどころとして位牌が作られる文化があった。それが日本に通じて、墓が作られる。場が持つエネルギーについても面白い。繁華街というものはもともと霊的なエネルギーが強すぎる為、人が住まないことを理由に市場としての役割を与えられたところ。また、河原も元は死体の集積所であったために霊的エネルギーは強い。
・名づけることは呪うこと。これは面白い。名前を付けるという行為が、縛りをもたらす効果について。確かに「何々病」とつけると途端にそのような症状が出てくることはよくある。寝ながら学べる構造主義でのソシュールの項では、西洋には「肩がこる」という言葉が存在しないため、肩がこらないという話があったが、その話もこの類だろう。また、明治時代に苗字帯刀というムーブメントがあったが、これは今まで個人としての名前が重要視されなかった村社会から、国家と一対一対応の紐帯(ある種の呪い)が結ばれた瞬間であるという。さらな、かつて名前を他人に知られることを忌む文化があり、官職や地名で呼ぶことが多かったのも、名前を知られると呪いをかけられるという通念からである。漫画デスノートも「名前を書かれたら死ぬ」ノートであり、本質的には呪いである。
・宗教ブームの構造分析だが、オウム真理教は内部に整然としたヒエラルキーを作ったことによって、「表」の社会で思うように昇進できない人々を包摂した。信者は徐々に上がっていくランクに満足感を抱き、そちらに嵌まっていく。ラーメン二郎を愛好する人々には宗教的なまでに厳格なルール(早く、無言で食べることや残さないこと)があるが、「表」の世界ではデブ等の罵声を浴びる人が、ジロリアン内で共有される価値観では奨励され、二郎の世界に嵌まっていくのかもしれない(単純にうまいというのも理由だが) -
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宗教って、ある種のひとつの「病み方」なんですよ。健全な人ってこの世に一人もいないですから。程度の差はあれ、みんな心を病んでいる。そして、人間の持つ本質的な弱さは必ず「物語」を求める。宇宙を統べるひとつの統一的な摂理があって、自分の個人的な祈りが、そこに伝わると、宇宙の風景に、自分の祈りによってわずかではあれ変化がもたらされる。人間は個人としては、空間的にも時間的にも限定的な生を営むしかないわけですけれど、どこかで類的な宿命に繋がっていたい。ゆうげんてかな存在が、無限の境位と、ある超越性の回路を経由して繋がることを夢見る。そういう物語を人間はどうしても必要としているんだと思います。その「レバレッジ」になるのが宗教です。
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街場の大学論
内田樹24冊目
・学ぶことそれ自体がもたらす快楽
「こうやってバリバリ勉強していればいつかいいことが経験できるという未来の確実性ではなく、こうしてばりばり勉強が出来るのも今だけかもしれないという未来の不透明性によって勉強していたのである」後者がまさしく勉強することそれ自体の快楽である。これが根源的な人間の学習へのモチベーションであるし、並行して読んでいた「グーグルの働き方とマネジメント」にも、潤沢な資金や時間ではなく、一定の制限によってもたらされる制限にこそ、イノベーションの種があると言っていた。
・狼少年のパラドクス
狼が来たというそれ自体は村落の防衛システムの強化を求める教化的なアナウンスを繰り返しているうちに「狼の到来」による村落の防衛システムの破たんを無意識に望んでしまうこと。
組織の自己評価は難しく、「欠陥はない」という言い逃れで問題点を隠蔽して責任を回避しようとする人間と、「欠陥がある」という己の指摘の正しさを証明するために、組織的欠陥を露呈するような状況を待ち望むような人間の二種類を生み出してしまうからである。
・学術性の本質は「贈与」。論文は、自分を同じ主題で論文を書こうとしている5年後、10年後の人間を想定し、その人がその研究をしやすいような道筋を整える、まさしく地図を贈与することである。だから、贈与ではない論文、つまり、未来の読者を想定していない論文は、今の読者にとっても非常に不親切で読みにくい。
・大学は、大学外の組織や階層にとらわれない「アジール」「駆け込み寺」であることが本義であるのにもかかわらず、資本主義的な淘汰の波にさらされることによって、付属の高校や中学をつくったり、その人間のまさしく階層を作り出す側の機能を持ち始めていることが問題である。 -
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ためらいの倫理学―戦争・性・物語―
内田樹21冊目
初期の本ということもあり、やや難しい感じがした。特にレヴィナスについては、難しいと思うことが多かった。印象に残ったところは“私は知性というものを「自分が誤りうること」(そのレンジとリスク)についての査定能力に基づいて判断することにしている。平たく言えば、「自分のバカさ加減」についてどれくらいリアルでクールな自己評価が出来るかを基準にして、私は知性を判定している―p145”という文章。本の後半で表れる「とほほ主義」というもののこれに近い。誰かを断罪したり、自説の正しさを懸命に主張するのではなく、自分が犯しうる失敗や他人にかけるうる迷惑についてクリアに予想し、それをしないように努めるということをしようじゃないかという風に解釈した。物語についてという節の「徹底的に知的な人は徹底的に具体的な生活者になる」という言葉も、自己認識を突き詰めたところ、それは哲学書などではなく日常にその成果が表れるということを言ってるんじゃないかと思う。自分の邪悪さを認識している人は、自分の邪悪さを認識していない人よりも邪悪なことをなしえないというパラドキシカルな言葉はまさに名言だ。つまるところ「汝自身を知れ」ということなのかな。最近の自分のお気に入りの「脚下照顧」という言葉も、なんだか近いものを感じる。特に戦争や性について声高に相手の責任や社会システムを批判するひとは、内田的に言えば知性的ではないのである。まずは自分の周りを出来るだけ幸せにしてから、その輪を広げていこうという内田の経験則的教訓が本書にもにじみ出ている。
他者論は正直よくわからなかったが、自分なりの解釈では、他者というものはよくわからないということが全体にある。最大公約数もなければ最小公倍数もない、同じパラダイムで語ることが出来ないものである。どうにも解釈できないものは、同時にどうにも解釈できる。トランプでいうジョーカーのような、まったくもって異質のものである。貨幣論でいえば、徹底的に価値のない紙切れが徹底的に価値を持つ紙幣となるように(ビットコインとかに至ってはもはや記号でありデータ、使用価値は全くない)、他者はどうにもこうにも分からない存在である。だから、他者を「愛する」必要がある。畏怖し、歓待し、聞き従い、慰める必要性がある。愛するという感情程複雑で、両義的な感情はない。それは言語におけるジョーカーである。他者というジョーカーに充てられるものは、やはり言語におけるジョーカー「愛」なのだろう。わからないものに対してわからないものを充てるということは、あんまりないようでよくある。明治時代の日本が外来語が、漢語に訳されて輸入されたように、よくわかんねえからよくわかんねえままとりあえず使ってみるかという具合に。他者はよくわからない。でもそのわからなさ具合がより人を引き付ける。こんな感じかな。
本書にもある通り、物語ろうとすることは、知ろうとすることである。なんだかレビュー書いてるうちに、わからなかった本のわからない箇所について読んでる時よりも知ることができた(気がする)。 -
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内田樹20冊目
邪悪なものの鎮めかた
内田樹はマルクスを読む理由について、「マルクスを読むと何かが書きたくなる」というような知性を刺激する文体と論理をマルクスが持っているからと話しているが、自分にとっての内田樹についてもそうだなあと思う。この本においても、考え方のフレームであったり、陥りやすい思考の落とし穴だったり、自分が身の回りの人と生きていく上で「そうだよなあ」とうなずけることが書いてある。3年半前に、行く大学が決まり、入学前の暇つぶしに「寝ながら学べる構造主義」を読んでしまってから、3か月ほど読んでいないと、なんだか不調だなあと思うほどこの人の文章やいうことは中毒的である。読者が本を選ぶのではなく、本が人を読む―その本を読むことのできる主体に作りかえる―という内田樹の言葉は本当に深い。
・年齢や地位にかかわらず、システムに対して被害者・受苦者のポジションを先取するものを子供と呼ぶ。「父」を殺してヒエラルキーの頂点に立った「子供」は「この世の価値あるモノ全てを独占し、子供たちを無能と無力のうちにとどめておくような全能者」がそもそも存在しなかったことに気づく。そして「こども」は「父」を名乗り、思いつく限りの抑圧と無慈悲を人々に与えることによって、自分を殺しに来るものの到来を準備するのである。
・今自分がいる場所そのものが「来るべき社会の先駆的形態でなければならない」-革命を目指す政治党派はその組織自体がやがて実現されるべき未来社会の先駆的形態でなければならない。 -
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この本が出てから2年ほど間が空いているので、今頃読んで話題が古くなっているのではと危惧したのですが、私のそんな心配は全く当らず大変面白く読みました。
安倍政権も長期になっているため、安倍首相がニュースに登場するのは毎度のこと、野党という勢力も殆ど機能せず、自民党中心とした一党支配体制の下、最近は憲法改正にも意欲を見せる言動ありの最中に読む価値ありです。
今時マルクス、レーニン主義を言う人に30年ぶりに出会ったと内田先生に言わしめた白井さん、「永続敗戦論」の著者です。構造主義の見方から世の中を論ずる内田先生との対談形式のこの本は、予想に反してとても読み易く眼から鱗の話ばかりです。
戦後日本の国家戦略は、対米従属を通じて対米自立を果たすこと。これを内田先生はのれん分け戦略と評しています。徹底的にアメリカに負けて、アメリカに従属する姿勢しか考えられない日本の戦後社会。とても主権国家と言えない国の成り立ち。負けた原因を精査しないまま、社会の中枢に居座った支配層。その後、冷戦構造の中でアメリカ陣営に立ち同盟関係を結び70年。うやむやにした戦争責任が隣国の人たちから突きつけられる昨今。この本が出た後ですが、とうとうアメリカは本音を言う自国第一主義を唱えるトランプ大統領になり、今までのスタイルが通用せず、右往左往しているのでしょうが、ある意味これも日本にとっては良かったのかも?とも考えました。いつまでも何処までもついて行きますじゃあねえ…
最近は奥さんまで政治の舞台に出てくる安倍首相、心理的には親米を装いつつ反米のねじれた感情を持つ、多分人格が乖離しているのだろうと解説されている安倍さんの心理構造が特に面白かったです。また、歴史を顧みると、明治時代に遡る戊辰戦争以来のつけ、恨みが高じて自滅的な戦争に走ったこと。最近話題になった「忖度する」ことが大事であるために生み出される無責任な組織構造。無意識に破局を求めるカタストロフ願望、方丈記にあるような無常感が日本人の伝統的な感情であるが故の社会構造であること等々、表現は過激ですが、本質を突いているので、今の日本がどうしてこんな成り立ちであるのかよくわかりました。