内田樹のレビュー一覧
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内田先生の主張は今や数多く活字化されており、ものごとの見方や生きる術についてなど読む度に納得。もやもやしていたものがすっきりと霧散します。もちろん、構造主義などの思想に裏打ちされた文章は一読して分かるというものではないのですが、それでも何故かそうだそうだ!あっなるほどあのことだ!なんて思うこともしばしばです。
今回もせんせいは、せんせい自身が見つけた答えを私たちに教えて下さっています。「礼儀正しさ」「身体感度の高さ」「オープンマインド」この3つが邪悪なものとの対峙する術のようです。呪術とか呪い・・の類も散見するので思想家というせんせいの肩書とどう繋がるのかと思う方もいらしゃるかもしれないのですが、古来人間は畏れなど目に見えないものとお付き合いしてきたのですから、武道家でもあるせんせいにとっては身体感覚に根差すことは根本であります。私の座右の銘でもある「まず隗より始めよ」をテーマとした文章があったので、尚満足でした。 -
Posted by ブクログ
「とりあえず、みなさんと一緒に、手に小さな石を一つずつもって、手近の「蟻の穴」を塞ぐところから初めてゆこうと思います。
ご健闘を祈ります。」
あとがきの最後、私の手にも「蟻の穴」を塞ぐことの出来る小さな石が一つくらいならあるだろうか?と自問した。
この本に書かれている文章は恐怖心を煽るようなものではく、時にくすりと笑ってしまうほどに冷静で丁寧で、そして優しい。
心配事はたくさんある。
内田さんが指摘する歪みが私の中にもあると感じるし、自分のことも周りのことも全く見えてない。
というよりも見ようとしていないんだな。
「あきらめ」に浸ってしまっている気がする。
危機的状況になった時に私に生き残ろうとする気力が果たしてあるのだろうか?と真剣に問いかけてしまう。
答えは見つからない。
でも、私も「アンサング・ヒーロー」になれたらいいな、とは思った。
「蟻の穴」を一つでも塞ぐことが出来れば嬉しいな。
そんな目標が出来ました。 -
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2014.3月現在。わーい。祝1000作品目!
たくさん楽しみました。
まぁ、細かいこと言えばシリーズものを1作品にまとめてたりするんで形のうえでは、っていうだけでそこまで感動はないけど、桁が変わるのはちょっと嬉しい。
さて。この本は、常々ブログを拝見させていただいておりますゆえ、あぁ読んだことあるある、という内容のものが多かったり。
日本人の感じやマンガを読む際の脳みその構造については大変興味深いなぁと思いました。
あとね、少女志向の話はちょっと笑ったw
あぁ、そうだ、ひとつ疑問だったんだ。
少女マンガのリテラシー。
少年漫画は、「実際に口に出した言葉」「心の中で思ったけれど口に出さなかった言葉」と「擬態語」の3種類しかないけれど、少女漫画はそれに加えて、「心の中には存在するのだが、そのことに本人さえ気づいていない言葉」があると。
なるほどなぁって、思ったのだけど、
わたしそれを、少年漫画みたくって言ったら語弊があるかもしれないけれど、「すべて心に思い浮かべてはいたけれど、口に出さなかった言葉」として、読んでた。女の子って、そういう風に読んでいないのかなぁ?
少なくとも私は、心の中に、いろんな「私」がいる。
どの行動に選択するかを決める「主たる私」も確かにいるのだろうけれど、「心にはあるけれど、口に出さなかった言葉」を心の中で、何人もの私が、奏でる。
「実は心の中でこう思ってる」ってのは、1つだけじゃない。「なんでそう思ってるかっていうと、本心はこう思ってるからよ。」って言ってくれる私も同時に存在するし、「そんなこと言っても、結局はこうなんでしょ?」って反発みたいに突っ込み入れる私も同時に存在する。恥ずかしいけどモノローグみたいに、「発言している私を取り囲む環境」を、客観的にみて、「そんなセリフ吐くのは、今あなたがこういう状況にいるからだ」とか、「(例えば)それにしても月がきれいな夜だ」とかそんな風にいう自分もいる。
だから、「本人も気づいてない」のは、ほんと?って思ってしまう。
正直自分は、多重人格一歩手前なのか?とか思うことがある。必ず「自分を客観視する自分」が、いるのだ。人の心なんて知る由もないけれど、そうみんな、思っていないのかな?思っているからこその「少女漫画の在り方」が、このように言われるわけで。
でも、どれも「私」なのだ。
だから私は、「私」を信用してない(というと言葉が十分じゃないけれど。)
その時々に自分にとっての最適解を選ぶ自分がいたとしても、そうでない自分が、心にたくさんいるからだ。それは「主たる自分」がいるとしても、「サブキャラ」みたいな認識とは違う。どう考えても、それはやっぱり「私」なのだから。
男と女の脳内構造の違いか何かでしょうかね? -
Posted by ブクログ
「霊性」などという単語に拒絶反応がある人には勧めない。
内田樹と釈徹宗が、今の傷ついた日本人には日本的霊性を賦活させることが必要で、そのための手段として聖地巡礼を実際にやってみた、体験的ルポ。第一陣として3階に渡り、大阪、京都、奈良を巡ったもの。
内田曰く「大阪は世俗の力によって本来の霊的エネルギーが枯渇している。だから、さらに世俗的な都市計画を立てて、箱物つくったり、カジノを建てようとしたら、霊的な力はますます衰えていく。それに比べて京都は、霊的なポテンシャルを近代化した都市の中でも高めに維持することに成功しています。奈良は、さらに霊的なエネルギーが生き残っている。」都市化によって人間が本来持っているポテンシャルが低下していることに同感。