内田樹のレビュー一覧
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内田樹を活字で読んだのは初めてかもしれない。精神科医の春日武彦との対談(というか、春日のあとがきに書かれているように「話に花を咲かせた」、あるいは内田という独特の思想を持った患者を春日が医療面接している、というのが適切か)。話のテーマは色々と移り変わるが、普段から自分がぼんやりと抱いていた思いが言語化されていて「あーそういうことか」と納得する場面が多かった。特によかった節を挙げると、『中腰で待ってみよう』『自ら「変人」の不シールドを張る』『ことばの力は身体感覚を変える』『身体は賢い』、そしてタイトルにもなっている『健全な肉体に狂気は宿る』。
今はどうやっても結論が出ない問題を、明日死ぬかもしれ -
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ネタバレ子どもに教育を与えるのは、子ども個人の生活を向上させるためではなく、すべての世代を含めた集団維持のため、という理論に納得。
──学びというのは自分の手持ちの価値観では考量できぬもののうちに踏み入ることです。具体的な知識や技術を学ぶことではなくて「自分にはそれが何を意味するかわからないもの」に敬意と好奇心をもって接近する作法を学ぶことです。──
内田と釈の講義録だが、第二部の釈は鈴木大拙に関する概説という感じで、内田ほど独特の考察がない。しかし、グループホームの運営など社会活動家としては評価できる、学者肌でない。釈は対談を見るに、内田にあまり強烈なつっこみをしないので相性がいいのだろうな、と -
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デトックスに読みました。
「家庭における父親の居場所」というものに、とても納得してしまいました。
システム的に、父親の居場所と言うものはない。
でも、家庭で自ら機能することを放棄している父親を30年以上見続けていると、
それでいいのかと、
私はどうにかできないのかと、
とても苦しくなります。
父親は、嫌いです。
でも、父親を、不憫に思っています。
どうにかしたいと、
だって、どうにかできる方法を見つけなきゃ、
私が前に進めないからです。
でもそのためには、
父が変わろうとしてくれなければ、
もう私には打つ手立てがありません。
人に変わることを願うことほど、
傲慢 -
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なかなか読んでいて難しい論述である。
それでも、難しすぎるわけでもなく、興味深く読みました。身の周りで起きていることをもっと注意深く、感じ、分析し、考えていくことが大事だよなと改めて思いました。
・ネット社会での誹謗、中傷、言葉の暴力がいわば呪いと化して人を蝕んでいる社会構造
・お金を回すことで経済が潤う。回すためには贈与の精神を強化する
・お祭りや宗教儀式は、単なる習慣でなく、それゆえに「恐れ」を身近に感じ、忘れないためのシステムとしての役割を果たしている
どっかの雑誌の連載エッセイがベースになっており、テーマは散漫な印象、言い換えればバラエティに富んだ話題で楽しいとも言えますが。 -
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内田樹のためらいの倫理学を読みました。
内田樹の初期の評論集でした。
最近読んでいる内田樹の評論では主張がわかりやすく書かれていますが、この本の内容は初期のホームページに書かれていた内容と言うことでレヴィナスやラカンの論文も引用された堅い内容となっています。
なぜ私は戦争について語らないか、なぜ私は性について語らないか、なぜ私は審問の方法で語らないか、それではいかに物語るのか-ためらいの倫理学、という4つの章に分けて書かれています。
自分は被害者であるから他の人を審問する権利がある、という主張に対してどのように対応すべきか、という議論が面白いと思いました。 -
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市場経済の原理を適用すべきでない分野(本書いうところの社会的共通資本)、例えば教育とか地域コミュニティとかについての内田節は共感できるところが多い。これらの分野では、等価交換ではなく、敢えてオーバーアチーブする人が一定程度の割合で存在することで社会が維持されるというのはおっしゃるとおりかと。
クレーマーになって相手に頭を下げされて一時的に快感を得ても、その代償に周りから次第に遠ざけられ、社会的評価を失い、下層社会に落ちていく、だから、いい人でなければ階層の上位には行けないんだという構図は、岡田斗司夫や佐々木俊尚の主張にも通じるものがあるね。
政治的なイシューでは共感できない部分もあるが、こうし -
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本書では、主に日本の共同体が戦前と戦後でどう変化したかについて述べられており、現代に求められるものについての内田さんの考えが示されている。資本主義経済システムの要請からくる反家父長制によって旧式のあらゆる共同体が解体され、個々人に分割されてしまったこと。親子関係しかり、学校教育しかり。経済学科で学ぶ身としては、簡単なミクロ経済モデルを扱う際に登場する「合理的経済人」、つまり「経済活動を行うにあたり完全に合理的であり、自己の利益を最大化するために行動する」と仮定された存在を思わず考えてしまった。この考え方には、人は「この商品は同種の商品の中で最もすばらしい」とか、「このスーパーよりもあのスーパー
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内田樹さんと、ムスリムでイスラム学者の中田考さんの対談本。
イスラーム文化圏のことは高校・大学でも習ったし、すでに聞き覚えのあることも少しはあったけど、中田さんご自身がムスリムというのがよかったのだろうな、新鮮でした。
相手の人格や内面云々じゃなく、砂漠で飢えている人がいたらとにかく食べ物あげるでしょ、という感覚が面白かった。すごく生命と直結してる、生きていくための法なんだなぁ、イスラームの教えって。この人たちは政治も学問も経済も、全部神様との約束がベースなんだから、政教分離や国民国家なんてのは押しつけても仕方ないように思う。それにしても、現地の人にしてみればタリバンのが米軍よりはよかったか -
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現在67歳以下のすべての日本国民は、自分たちが安全保障についても、国防構想についても、「アメリカの許諾抜きで」政策を起案できないということが常識とされる環境に生まれてからずっと暮らしている。
属領に生まれた属領の子たちである。
それが「自然」だと思っている。それ以外の「国のかたち」がありうるということを想像したことがない。というか、想像することを制度的に禁じられている。(p.209)
匿名であることによって得られた発言の自由は、それがどのような個人によって担われているのかが公開されていないことによって、信頼性を損なわれる。
この「言論の自由と信頼性のゼロサム関係」について、匿名の発信者はあま -
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内田樹さんと鷲田清一さんの対談が最初と最後にあり、そのあいだに、両者それぞれ2,3編の短い文章が収められている。
正直に言うと鷲田さんの論説はさほど面白くなかった。やはり内田さんの方が冴えているように見える。
同胞愛と同義であるような愛国心は不可能である、という前提をまず受け入れなければならないとする「愛国心論」ともいうべき『大人の「愛国論」』、ネットに飛び交う他者攻撃の言葉の鋒を「呪い」と定義する『呪いと幻論』が非常に良かった。かなり共感できた。特に後者は、ネットを覆う憎しみの嵐を適切に分析して、『呪いの時代』なんかよりも短い文章できっちりと論じている。すべてのネット民にこの文章を読んでもら -
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【面白かった話し】
・かつては、母親が子どもの実態を把握していて、把握をしていない父親が決定権を持つという構造だったが、今は母親が実態を把握しつつ決定的な影響も持つという構造になっている。母親は子ども以上に的確にその能力を判断し、将来の夢も打ち砕いてしまうがために、閉塞感があふれてしまっている。
・日本は安全で豊かな社会であったために、ネットワークに属さずに孤立して生存が出来るが、安全性に問題がある社会では、ネットワークに属しているかどうかが「格差」どころではなく「生存可能性」に差が出てきてしまう。
・ほんとうの人間的能力は事後的にしかわからないというのが、少し前の時代では通用していたが、 -
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(以下引用)
豊かさと親しみは食い合せが悪いんです。金ができるとみんながだんだん排他的になる。でも、まだ日本全体が貧しくなってきて、共和的な貧しさの知恵の必要性を感じ始めている。いつの時代がいいとか悪いとか、一概には言えないと思います。個人が原子化して、親族や地域社会が崩壊したのは、日本が安全で豊かになって、一人でも暮らせるようになったことの代償なんですから。それ自体は言祝ぐ成果なのです。(P.89)
この三種類の社会制度資本(自然資源、社会的インフラ、制度資本)は、専門家によってクールかつリアルな専門的知見によって管理運営されなかればならない。私念や私欲が介在してはならない。当たり前のこと